作品タイトル不明
よく似た二人
熱病対策で忙しいことは承知していたが、サラには王都に発つ前にどうしてもリヒトとアリシアに相談しなければならないことがあった。申し訳ない気持ちはありつつも、サラはリヒトとアリシアに今夜は乙女の塔に戻って欲しいとゴーレム経由で依頼した。
治療薬の治験中、リヒトは騎士団寮に滞在していたが、その夜は患者の看護をゴーレムに任せて乙女の塔に戻ることにした。いざという時は、アメリアを緊急で呼び出せるような体制にしているが、彼女でも対応が難しい場合にはリヒトを呼び出す手筈になっている。
なお、騎士団の男性寮に女性のアメリアを寝かせるわけにもいかないので、彼女は治験の期間中はジェフリー邸の離れで起居している。ここは、以前にサラがソフィアになるときに使っていた場所であるが、騎士団寮からは徒歩で10分程度の距離にある。
リヒトは普段からアメリアが騎士団寮にいる際、ゴーレムたちに看護だけでなく、アメリアを護衛するよう申し付けている。騎士の高潔さを理解しないわけではないが、リヒトは若い男性の衝動を甘く考えたりはしない。正直言えば、夜間に騎士団寮を離れるのはあまり気乗りがしなかった。そのため、サラの話が終わった後は、そのまま騎士団寮に引き返すつもりである。
一方のアリシアは錬金術ギルドの作業に手を貸すため、一時的に実家に戻っていた。あくまでも手伝いでしかないので、サラから呼ばれたことを告げると、テオフラストスは自分用の丈夫な馬車と家で雇っている馭者を快く貸し出してくれた。
あまり遅くなってからの移動はリヒトとアリシアの負担になるだろうと考えたサラは、食事を用意して夕刻に二人を呼び出すことにした。
乙女の塔には、普段あまり使っていない来客用のダイニングがある。いつもの夕食であれば使用人たちに給仕を頼むのだが、今回はすべての皿をテーブルに並べ、使用人たちは人払いしておいた。リヒトとアリシアが到着すると、サラは防音と覗き見を防止する魔法を展開した。
「今日は随分と物々しいね。どうしたんだい?」
「ここから先は極秘事項だと思うから、ひとまず二人にだけ話すことにするわ」
「アメリアやテレサはいいの?」
「乙女には話しても構わないけど、専門外だから聞いてもポカーンとするだけよ」
「なるほど」
「まずは食べながら話をしましょう」
「ふむ」
サラが自分用に少し座面の高い椅子に向かうと、リヒトがそっとサラのために椅子を引き、そっと抱え上げて座らせてくれた。いつもならメイドがやってくれるのだが、今日は人払いしているためリヒトが代わってくれたのだ。その後、アリシアの椅子も引いて座らせるあたり、この世界にリヒトが長く生きていることを証明しているように思える。
「二人の開発者にきちんと聞いておきたかったんだけど、マギが賢くなり過ぎだと思うことはある?」
「本気で学習し始めたらあんなもんだとおもうけど、何か気になることでもある?」
「個人的にはとても気に入ってるけど、最近は特に人間臭いなぁと思えて。でも、開発者のあなたたちが違和感を覚えないならマギはあれで良いのでしょうね」
「それを狙って作ってるよ? ただのAIじゃつまんないでしょ」
「サラが何を気にしてるのかがわからない。マギは三賢者の名前の通り、賢くなることを目的にしているのだもの」
どうやら二人にとってマギの状態は予想の範囲内らしい。
「暴走しているのでないなら問題ないわ」
「オレ的にはゴーレムがマギの端末になったことが想定外だよ」
「ダメなの?」
「その逆。オレにはその発想はなかったからさ、どうやってマギにアクセスするデバイスを作ろうかって考えてた。普通にタブレット的なものを作るつもりだったんだよね。でも、サラはそういう難しいことなんて考えず、あっさりゴーレムと接続しちゃうからさ」
「うーん。あれだけの数を統率するなら、バックエンドの仕組みがないと困ると思っただけなんだけどなぁ」
「オレはマギありきの思考だったけど、サラはゴーレムにとって必要なモノって考えた結果ってことだね。まぁお陰で学習速度はとんでもないよね。あれだけの数で、領主からスラムの孤児まで幅広い層の人間たちと接している。人間だけじゃなく妖精ともやりとりしてるし、なんならデュランダルとも会話してるって知ってたかい?」
「え、なにそれ全然知らない」
「妖精たちが間で通訳しているうちに、魔力を使えば会話できるって気づいたらしいよ」
「マギおそるべし…」
「そろそろ日本語とか英語を学習させるか?」
「あなたの走り書きも全部読み込むと思うけど平気?」
サラはニヤニヤ笑いながらリヒトを揶揄う。
「そのあたりは諦めてる。どうせサラにはバレてるし、放っておいてもあいつらならそのうち学習しそうだ」
「確かに。そういえば、グランチェスター家の始祖であるカズヤの資料を閲覧する許可を貰ったわ」
「今まで見たことなかったのかい?」
「直系の男子にしか公開しないルールだったのよ」
「あぁ…そういうところはグランチェスター家も貴族だなぁ。女傑の多い家柄なのにね」
「そうなの?」
「知らなかった?」
「うん。全然」
「じゃぁオレが話すよりも、お父さんかお爺さんに聞いた方がいいね」
「今度聞いてみるわ」
サラは手近に置かれたエルマジュースを一口飲んで、そのジュースが新種のエルマを絞ったモノであることに気付いた。甘みがとても強い。これほど味わいが違うとなると、このエルマはブランデーやシードルには向かないかもしれない。
「それにしても、リヒトもタブレット欲しがったのね。PCやプリンタを欲しがる私を諭した癖に」
「サラは必死に止めるくらいが丁度いいと思うんだよ」
「あ、その気持ちわかる。サラは暴走するから」
「だよね。さすがオレの玄孫だ。よくわかってる」
「ちょっと、そこの錬金術師たち。あんまり失礼なこと言うと火を吹くわよ」
「「わぁこわぁい」」
驚く程反応がそっくりである。アリシアはリヒトによく似た玄孫であるらしい。サラは少しだけ頭が痛くなった。
「うん。アリシアがリヒトの子孫だってことはよくわかった。そういえば顔立ちも少し似てるよね。二人ともかなり美形だし」
「そうかなぁ。自分じゃよくわかんない」
「自覚がないって凄いわぁ。アリシアってなかなかの美人さんよ?」
「それをサラに言われてもなぁ」
「あ、オレもアリシアは美人だと思うよ。確かにサラは外見詐欺だから、妖精みたいな美少女だけど、アリシアは健康的な雰囲気だ。錬金術師なのが信じられないくらい。個人的にはアリシアの外見の方が好み。あと、亡くなったオレの前の奥さんにもちょっと似てる」
「はいはい。遠回しなノロケありがとう。それと、わざわざ外見詐欺とか言わなくても良くない?」
「いや、そこは強調すべきポイントだと思う。騙された男たちの屍はアクラ山脈よりも高くなりそうだ」
「本当に失礼ねぇ」
「いや真面目に褒めてるんだけど」
「へー。ところで、アリシアは錬金術ギルドにいる若い錬金術師たちに告白されたりしないの?」
「みんな父さんが怖いからねぇ」
「あぁ、なるほど」
「それだけじゃないと思う。みんなアカデミー出て自尊心だけはデカいからね。自分よりも優秀な女の子を認めたがらないヤツ多いんだよ。ヘンに突っかかるヤツとかもいるけど、それって裏を返せばアリシアが気になってしょうがないってことでもあるからね」
「まぁ…いるにはいるよね。『自称の癖に一人前に錬金術師面するな』とか言われたことが無いわけじゃないよ。事実だし怒ることでもないから放置するけどね」
「相手にする気にもならないってことね?」
「そういうことになるのかな」
おそらくアリシアのことが気になってるから、つまらない絡み方をしてる面倒なタイプなんだろうとサラは容易に想像できた。だが、そうした輩は構うことなく放置されるのが一番堪えるのではないだろうか。自業自得ではあるが、こちらも求愛者の屍の山をそこそこ築いていそうである。
「でもさ、サラはこんなこと言いたくて私たちを呼んだわけじゃないよね?」
「ええその通りよ。やっぱりアリシアには隠せないわね。私はもうじき王都や他領をサラやソフィアの姿で動き回ることになるわ」
「ほう。そろそろグランチェスター領を出るのか」
「まぁグランチェスター領の小麦を抱えたままだからね。うまく捌かないと、アヴァロン国民が飢えちゃうもの」
「なるほど」
「っていうか既に小麦の価格は上昇してるわ。そろそろ急がないとかなりマズイ」
「それはわかったけど、オレたちはついていくわけにはいかないよ?」
「当たり前でしょ。これから熱病が本格的に猛威を振るう時期だもの。あなたたちがグランチェスター領を離れたらどれだけの人が死ぬかわからないわ」
リヒトとアリシアはサラの発言に頷いた。
「さっきも言ったけどソフィアも一緒に動くことが多いはず。バラバラになることもありそうだけど。でも、マギと通信できる距離がわからないから、あなたたちを呼んだの」
「あぁそういうことか。まだきちんと検証はできてないんだけど、通信距離はゴーレムのユニットにある魔石の大きさや質に左右されるみたいだね。ソフィア商会のゴーレムたちは恐ろしく大きくて高品質な魔石を使っているから、カバー範囲は30kmくらいかな。頑張れば50kmくらいいくかもしれないけど。前世の携帯電話の基地局なんかと比べると驚異のカバー範囲だね。まぁ電波じゃないからなんだけどさ」
「ってことは、馬で1日くらいの距離が限界ってとこかしらね」
「そう思っておくのが無難そうだ」
サラは空間収納からアヴァロンの地図を取り出した。
「これは正確に測量して作られた地図じゃないから、いろいろ適当なんだけど、おおよその位置は正しいみたい。私は移動しながらゴーレムで通信状態を確認しつつ、必要に応じて中継器を設置していこうかと思ってるんだよね」
「おお、それは面白そうだ」
リヒトはワクワクしながらアヴァロンの地図を食い入るように見つめた。