軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Maybe he's gifted, I don't know.

「まぁ、トマス先生が可愛いという話は置いておいて」

『え、ソレ置いておいちゃうの?』

周囲にいた全員が焦る中、サラはあっさりとトマスの傷心を流した。

「この珈琲を始めとする嗜好品の多くが、シルト商会の独占となっています。シルト商会はロンバルの王室御用達ですから、国内外の王侯貴族の顧客も多く抱えています」

「ふむ。取扱品目のリストはありますか?」

落ち込んでいても仕事の手を抜かないトマスは、即座にサラの発言に反応した。

「まだ作成中なので網羅できていませんが、さまざまな香辛料を扱っていることでも知られています。あとは繊維ですね」

「香辛料と繊維ですか」

「多種多様な香辛料、それに遠国から運ばれる絹糸を丁寧に織りあげた絹布は、シルト商会の自慢の一品です。アヴァロン王室の結婚式にも用いられています」

「それって、ロンバルシルクでしょ? めちゃくちゃ高いドレスの布地よね」

「ええそうよ。ロンバルで作ってるわけでもない癖に、国の名前を付けてる厚かましい布地ね。狩猟大会の開会式で伯母様がお召しになってたドレスにも使われていたわ」

「……サラって容赦ないわね」

「ただの事実の指摘よ」

サラはにっこりとクロエに微笑んだ。

「何が言いたいのかって言うとね、それだけ多種多様な商品を取り扱う大商会を相手に、小麦だけで戦うのは無理があるってことなの。多少損をさせることくらいは出来るかもしれないけど、おそらくシルト商会の尻馬に乗った別の小さな商会が破産するだけで終わっちゃうと思う」

「先程も同じことを仰せになってましたよね。『全体が揺らぐと思える程、私は楽天家ではない』と」

「ええ、その通り。だけど小麦の戦をこちらが受けて立てば、争いは確実に激化することは間違いないと思う」

トマスとサラの会話を聞いたリヒトは青褪めた。

「待ってサラ。オレがいない間にそんな話をしてたの?」

「え、ずっとしてたけど?」

「沿岸連合の大商会相手に経済戦争を仕掛けるつもりか? いくら何でも無謀だろ」

「うん、何も準備しないでやるのは無謀極まりないわ。ぶつからないで済めば、その方が良いしね」

「しかし!」

サラはリヒトに歩みより、彼の手元にあったマグを消し去った。

「説明してなかったわね。既に向こうから戦を仕掛けられているのよ。シルト商会はロイセンで食糧が不足していることに目を付けて、暴利を貪ってる沿岸連合の商人たちのトップなのよ。そして、アヴァロンがロイセンを支援できないようにするため、グランチェスターの文官を抱き込んで小麦を横領したのよ。ちなみに、奪った小麦はロイセンに高値で売り払っているわ。徹底しているわよね」

「はぁ? ナニソレ」

「そして狩猟場の近くで暴動を起こし、グランチェスター侯爵の殺害を目論んだ。同時にグランチェスターの小麦を焼き払おうとしたの。ご丁寧なことに、ロイセンの仕業に見せかけるような偽装工作までしているわ。ブレイズはその時の被害者よ。全身酷い火傷だった」

「あ、いや、オレの火傷は、オレが魔力を暴走させたせいなんだけどね」

ブレイズが慌てて口を挟んだ。

「でも被害者であることは間違いない。アヴァロン、いえグランチェスターはロイセンと沿岸連合の争いに巻き込まれた立場だけど、放っておいても状況は悪化するだけなのは確実よ」

「オレが寝てる間にそんなことがあったんだ」

「それにね…」

「まだ何か?」

「横領がバレて逃げ出した文官たちは、全員シルト商会が雇った傭兵団に殺害されているわ」

「それは徹底したやり方だね」

「シルト商会のトップはマイアーと言うのだけど、おそらく彼の性格がそうなんでしょうね。不安要素を残しておくのが許せないタイプなんじゃないかな」

「なるほど。受けて立たないとこちらが潰されるだけってことか」

「おそらく、私たちを…いえ、私を彼は放置しないと思うわ」

「もしかして実際にマイアーに会ったのかい?」

「ええ。ソフィアの姿でね。狩猟大会の晩餐会に偽名で紛れ込んでいたわ。とても恐ろしい男だと感じたし、おそらく相手も私を普通の小娘だとは思っていないと思う」

「サラにそこまで言わせる相手か…」

そこにクロエも参戦した。

「シルト商会にはお父様も狙われたの」

「暗殺されそうになったのかい?」

「そうじゃないんだけど…」

途端にクロエの声が小さくなった。

「正確に言えば小侯爵一家を取っ掛かりにして、グランチェスター家の現金を減らすことが目的だったんじゃないかと思う。虚栄心を刺激して伯母様や子供たちに高い買い物をさせ、伯父様は祖母様から受け継いだ鉱山を抵当に入れることになったのよ。正直、これはホイホイ乗っちゃう方が悪い気もするけど、彼らの性格や教育が不足していることを理解した上でやってる気がする」

「なるほど。わかりやすい手口だけど、貴族は体面が邪魔して表沙汰になることはないわけか」

「加えて、グランチェスター家の手形も買い漁っていたわ」

「つまり、グランチェスター侯爵への襲撃が成功していたとしたら、シルト商会に多額の借金をしているエドワード小侯爵が、次のグランチェスター侯爵になってたわけか」

「そういうこと。当主交代と同時にグランチェスター家の手形を持ち込んで、揺さぶりをかけたでしょうね」

「なんとも厄介な」

サラの説明に、リヒトはしみじみといった風情で 応(いら) えた。

「リヒトさんの発言で気づいたんだけど、もしかして僕らの父上は、ソフィア商会に多額の借金をしている小侯爵ってこと?」

クリストファーがサラに問いかけた。

「今気づいたの? ついでに言うと、祖父様も私のお父様もなかなかの借金額よ」

「それって、グランチェスターは実質的にソフィア商会の手の中にあるってことだよね?」

「あはは。クリスは賢いわね。その通り!」

「祖父様も父上も、身内だからってサラに甘えてるわけか。でもさ、サラって身内だからって甘やかすタイプには見えないよね。シルト商会より恐ろしい相手から借金してる自覚あるのかなぁ」

「人聞き悪いなぁ。身内にはかなり配慮してると思うわよ。わざわざグランチェスター領で産業を興してるじゃない」

「確かに”今は”グランチェスターを大事にしてるけどさ、サラが気に入らなきゃいつだって他領でも他国でも似たようなことができるよね」

「否定はしないわ」

「そうやってサラがグランチェスターから居なくなったら、僕たちに残るのはソフィア商会への借金だけだよね?」

「ちゃんと産業は残るわ」

「魔石や乙女たちはソフィア商会が握ってるんだから魔道具は無理だ。乙女の塔のメンバーもソフィア商会と行動を共にするだろうから、化粧品もハーブティもグランチェスターには残らないよね。そうなると、残る産業はエルマブランデーとシードルくらいかな。でもさ、サラみたいに”いきなり”熟成された奴を用意する手段は無いよ?」

「あら、きっちり理解してるのね」

「当然だろう。僕はサラが”ちゃんと”8歳だってことを知ってるし、グランチェスター領にやってきたのも今年だってことを知ってる。いきなり20年物のエルマブランデーなんて造れるわけがない。けど、サラはたくさんの樽を用意してみせたよね?」

「確かに用意したわ。よく見てるわねぇ」

「僕のことちょっと馬鹿にしてる?」

「してないわよ。どっちかと言えば感心してる。転生者でもない10歳の洞察力とは思えないから」

「僕は昔からこんな感じだよ。たぶん3歳くらいの頃には、同じように思考してたと思う」

この発言にサラとリヒトは顔を見合わせた。

「ねぇリヒト、私たちと違ってクリスはギフテッドかもしれない」

「オレも同じこと考えてた」

ギフテッドとは、子供の頃から知能指数が高い子供のことだ。感受性が強すぎるせいか、感情のコントロールや感情表現が苦手だったりする子も少なくない。

『そういえばクリスはあまり感情表現する子じゃなかった。兄や姉の後ろで、何も考えていないように振舞っていたのは、彼の社交術だったのかもしれない』

「クリス、本当のことを教えて欲しいんだけど、もしかして前に一緒に受けたトマス先生のテストで手を抜いた?」

「そんなことは……ちょっとだけしかしてない」

すると横に居たトマスも納得したように頷いた。

「やはりそうでしたか。実はちょっと違和感があったんですよね。意図的に回答していない問題も多かったので」

サラはクリストファーに向き直った。

「もしかして、アダムよりも目立つのが嫌だった?」

「嫌っていうか面倒なことになるんだよ。サラならわかるだろ? 僕は領主になりたいわけじゃないんだ」

「それじゃぁクリスは将来何をしたいの?」

「グランチェスター小侯爵の息子である以上、僕にそれほど自由があるわけないだろう?」

「そういう中途半端に賢い答えはいらないから、本当は何をしたいの?」

クリストファーは少しだけ思考の沼に沈み、そして浮上した。

「やっぱりチェスかな。チェス・プロブレムやチェス・タクティクスの問題を解いたり、考えたりするのが好きなんだ」

「そうなんだ」

「それとさっき気付いたんだけど、シルト商会のマイアーのような戦略を考えるのも楽しそうだよね。あ、マイアーみたいに別に人を殺したいとか陥れたいってわけじゃないよ。そういう手段を選ばないところは好きになれないし、洗練されてないやり口だと思う」

このクリストファーの発言に、サラは少しだけ笑顔を引き攣らせた。おそらくリヒトやトマスも同じ表情をしているのではないだろうか。

「えっと…あなたの才能が盤上だけで発揮されることを心の底から祈るけど、もしかしたらあなたはアカデミーの騎士科で軍略を学んでもいいかもしれないわ」

「僕は剣術があまり得意じゃないから、騎士科は厳しいんじゃないかな」

「そっかぁ。それならクリスはそのまま好きな事をやればいいと思う。せっかくだし、クリスが作ったチェスの問題集を本にして出版してみない?」

「あ、それは面白そう」

「興味があるかどうかはわからないけど、私やリヒト、それにグランチェスターの始祖が生まれた国にはね、チェスに似た『将棋』っていうのもあったんだ。相手の駒を取ると自分の駒にして再利用できるから、なかなか複雑で面白いよ」

「へぇ。今度教えてくれる?」

「構わないけど、私はそんなに強くないよ? リヒトは将棋強い?」

「趣味でそれなりにやってた程度かなぁ」

「それでもいいよ! 始祖がやってたなら僕もやりたい!」

サラは意識的に、実際の戦略や軍略から盤上競技へとクリストファーの意識を向けるように振舞った。何となく物騒な感じがしたからである。そして、サラもリヒトも敢えて口にしなかったが、カズヤが将棋をやっていたかどうかはわからない。だが、クリストファーの興味が盤上に向くなら何でもいいやと思ったのは確かである。

また、トマスもマイアーに対する戦略的な話をサラが意図的に止めたことに気付いた。

『続きはクリストファー君がいないときですかね』

そしてトマスはにっこりと微笑んでクリストファーに話しかけた。

「ではクリストファー君。再テストしましょうか。手抜きは一切なしでお願いします」

「あ、クリス。手を抜いたらチェスセット取り上げるから」

サラの残酷な一言に奮起したクリストファーは再テストを受け、500点満点中485点というスコアを叩きだした。しかも、不正解なのは”字が汚過ぎて読めない”という理由によるものなので、字が綺麗だったらサラと並んでいた可能性が高い。

かくして、クリストファーのお勉強に『書き取り』と、貴族にとってとても重要な『 カリグラフィー(お習字) 』の時間が多く割かれるようになる。ちなみに、ジェインの得意分野である。