作品タイトル不明
カフェラテと苦い失恋
パンケーキを食べる子供たちが、独特な雰囲気の盛り上がりを見せていることにリヒトは気づいた。サラと入れ違いになるようにやってきたアメリアから新薬の開発について相談されたため、うっかり長時間話し込んでしまったのだ。
『身体は復調してるはずだけど、あんなにはしゃいだら体力がヤバいかも』
心配になったリヒトは、足早にサラたちに近づいた。
「おーい。そんなにパンケーキは旨いのか?」
「ふわふわだし、メープルシロップたっぷりだし、間違いなく美味しいわよ」
「へー、ここにもメープルシロップがあるんだ」
「アクラ山脈の中には、サトウカエデもたくさんあるのよ。ポチがメープルウォーターを持ってきてくれたんですって」
「へぇそりゃいいね。オレも甘いものは好きだからさ、植物園…あぁ今は秘密の花園っていうんだっけ、あそこに蜜蜂を連れてきてもらったんだよね」
「知ってるわ。凄くお世話になってるから」
「はは。蜂蜜は美味いからね」
「もう、どうしてリヒトはそんな素人みたいなコメントしかしないのよ。蜂蜜だけじゃなくて、蜜蝋、ローヤルゼリー、プロポリス…商品化できるものの宝庫じゃない! アメリアが化粧品作ってるのを知らないわけじゃないでしょう?」
「お、おう。なんか圧が凄いんだけど」
「当然よ。これからも蜜蜂さんたちとは仲良くしてもらわなきゃ」
すっとサラが席を立ち、リヒトの近くに歩み寄った。
「ところで珈琲飲みたくない?」
「凄い飲みたい」
「ロイセンの王太子から貰った豆がまだあるんだけど」
「サラお嬢様、どうかお恵みを!」
「魔法で淹れるからエスプレッソっぽくなるけど良いかな?」
「問題ないよ! っていうかたぶん好物だと思う」
「だったら、エスプレッソメーカー作ってよ。私もカフェイン恋しい」
「豆が定期的に手に入るなら作っても良いな」
「うーん。どうしよう、クロエ。いきなりリヒトから難題を吹っ掛けられたかも」
サラは突然クロエに話しかけた。
「ちょっと、いきなりなんで私に話を振るのよ」
「未来の王妃様に敬意をもって接してる感じ?」
「せめて婚約に漕ぎつけてからにして頂戴。っていうか、なんで難題なのよ」
「リヒトが欲しがってる珈琲豆なんだけど、シルト商会がロイセンに献上した商品を分けてもらったんだよね」
「また、シルト商会なの!?」
「沿岸連合の大商会だからねぇ。何処から輸入してるのか知らないけど、独自ルート持ってそう。うちの錬金術師もコレに夢中なのよ!」
クロエと会話しながらも、サラは手早く魔法で珈琲を抽出し、同じく魔法で創った即席のマグに注ぎ入れた。ブラックのまま、そっとリヒトに差し出す。
「不思議な香りのするお茶ね」
「これは、コーヒーチェリーっていう果実の中にある種を加工してつくる飲み物なの。普通のお茶とはかなり違うし、苦いから慣れてないと美味しいと感じないかも」
サラはクロエのためにデミタスカップを用意し、ちょっとだけ珈琲を注いで渡した。
「うぇ、苦いっ。コレ毒じゃないの!?」
「まぁそうなるよね」
「こんなものを飲む人の気が知れないわ」
サラはグラスに水を満たし、クロエに渡した。
「ねぇ、マリア。牛乳あるかしら?」
「ございますよ」
「悪いけど、少しだけ持ってきてくれる? あ、一緒に砂糖もお願い」
「承知しました」
やや待つと、マリアが大きめのピッチャーになみなみと牛乳を持ってきていた。砂糖もたっぷり入った袋ごと持ってきている。
「こんなにたくさん?」
「あぁ、皆様が興味津々にご覧になっていらっしゃったので、おそらく必要になるかと」
指摘されて見回すと、その場に居た全員がサラの手元をじっと見つめていた。
「えーっと、皆さん珈琲が気になってる感じですか?」
すると子供たちだけでなく、トマスやジェインまでこくこくと無言で頷いていた。リヒトはニヤニヤと笑いながらその様子を見守る。
「えーっと、先程も言いましたが、そのままでは苦いです。飲みなれて上級者になると、苦味、香り、酸味、コクなど楽しみながら飲むようになりますが、初心者のうちはたっぷりのミルクやお砂糖と一緒に飲むのをお勧めします」
サラは即製のカップを人数分用意して珈琲を注ぎ、その上からフォームミルクを注いで最後にハートのラテアートを作った。もちろんフォームミルクを作るのも魔法だ。更紗時代にちょっとだけ練習したことがあったのだが、絵心の無さが災いして、出来るのはハートやリーフだけである。
「わー、可愛い。模様が作れるんだ」
「それは単なる遊び。別に模様は作らなくても問題ないよ。お好みで砂糖を入れてから飲んでみて」
サラが淹れたカフェラテを、マリアが素早くサーブして回る。サラはメイドたちの分も淹れていたので、しっかり自分用も確保している。
「サラ、オレにはカフェラテないの?」
「リヒトはたっぷりのエスプレッソ飲んでるじゃない」
「いやぁ、なんか久しぶりに見ると飲みたくなるよね」
「まだバニラを見つけてないから、キャラメルマキアートは難しいかも」
「キャラメルシロップは作れるでしょ」
「でも、普通はバニラシロップ使わない?」
リヒトと前世知識で会話している間、他の面々はカフェラテを一口飲み、好みに合わせて砂糖を入れたりしていた。
「皆様に感想を伺ってもいいかしら?」
「今まで飲んだことのない味だから、なんていうか不思議。でも、美味しいと思う」
「確かに初めての味わいですね。これならリヒトさんが飲んでる牛乳抜きの物も飲んでみたいです」
砂糖を入れずにそのまま飲んだスコットとトマスは、比較的気に入ったらしい。
「オレはよくわかんない。でも、牛乳入れてもまだ苦いって思う」
「僕は砂糖をたくさん入れたら飲めるかな」
「私は牛乳入れても苦くて好きじゃないかも」
ブレイズ、クリストファー、クロエは苦味がやや苦手らしい。
「まぁ嗜好品だし、好みの分かれるところよ。お茶だって好き嫌いがあるのと同じ」
「こっそり飲んだエルマブランデーも私は美味しいと思わなかったし、大人になったらわかるようになるのかなぁ?」
「クロエ、あなた盗み飲みしたの?」
「だって大人たちがみんな絶賛するんだもん。気になるじゃない」
「気持ちはわかるけど、大人になるまでお酒は飲んじゃダメ。リヒト、あなたからもリスクを説明してあげてくれない?」
話を振られたリヒトは、子供たちに向き直って説明した。
「ふむ。承知しました。成長期の身体にアルコール、つまりお酒の成分を摂取すると、大人よりもさまざまな悪影響があります。お酒を飲み過ぎて突然倒れる可能性が大人よりもずっと高いのですが、クロエお嬢様のように二次性徴…つまり女性や男性として成熟する時期にお酒を飲まれると、女性は月の物が止まってしまう、男性の場合には機能不全に陥ることがございます。もっと幼い時期の飲酒では、脳の発達に影響が出ることもありますね」
「ちょっと、それってほとんど毒じゃないの!」
「まぁ…薬師の視点で言えば、お酒は毒物のようなものですね。飲み過ぎたら死にますし、お酒が原因で寿命を縮める人も少なくありません。適量を飲む分には良いのでしょうが、痛飲は止めた方が良いでしょうね。私に言わせれば、トマス先生も年齢から考えればまだ子供のようなものですよ。あまり沢山のお酒は摂取されない方が宜しいかと」
「あ、私は元々あまりお酒を飲まない方なので」
トマスは媚薬入りの酒などを飲まされそうになった経験がたくさんあるため、あまり人前でお酒を飲まない。乾杯などで少し口を付ける程度だ。
「良い習慣だと思います。オレは全然駄目ですけどね」
「リヒト、説得力が全然ないじゃない! それと後半、口調がくだけてる!」
にへらっと笑ったリヒトは、エスプレッソを飲み干した。
「いや、だって。トマス先生、19歳だよねぇ? オレもそうだけど、サラだって可愛いって思っちゃうくらいの歳でしょ? お肌もツヤツヤだし」
「う、いや、そうだけどさ。お肌なら私たちだって十分ツヤツヤでしょう?」
「サラお嬢様。私を可愛いと思うことがあるんですか?」
「…あ、はい。時々思うことはありますね。なにせ前世の私から見れば、可愛いお坊ちゃんって感じなので。なんというか先生ではあるんですが、スコットやブレイズみたいに可愛いなぁって」
サラの発言に、トマスはしょんぼりと肩を落とした。これまでトマスは女性たちから憧れの視線を向けられることは多くても、可愛いと言われたことはなかった。鼻にかけていたつもりはないが、自他共に認める優れた容姿であることは理解しているし、学業や仕事で遅れをとることも無かった。女性運が悪かったせいで転職や転居を余儀なくされたが、それはあくまでも”運が悪かった”と理解していた。
「待て、サラ。トマス先生が全力で凹んでるぞ」
「え、なんで?」
「一部の男性は、可愛いと言われることに拒否感があるんだよ」
「それってよく聞くけどさ、誰だって子供の頃は可愛いって言われるものじゃない? 褒めてるのになぁ」
「あぁぁぁ、だからお前はトドメを刺すな!」
見るからに落ち込んでいるトマスは、サラとリヒトを見つめてボソリと呟いた。
「サラお嬢様から見ると、私は子供なんですね…」
「あ、いや…そう見える瞬間があるだけで、いつも子供っぽいと思っているわけじゃないです。それに、私も大人って生き物がどんなものなのかよくわかってないですし。失礼なことを言うつもりはなかったんです。ごめんなさい」
サラは慌ててフォローしたが、全然フォローにはなっていない。
「サラって、前世では『君は強いから一人でも大丈夫だよね』とか言われて別れを切り出されるタイプだった?」
「あー、否定できない。でもそういうこと言う男って、大抵は既に浮気してて別の相手がいるんだよね。私のせいにしないで欲しいわ」
「まぁ確かにそうだね」
「あとは『仕事の方がオレより大事なんだろ』とか面倒なこと言われてキッパリ捨てるってパターンもある。あ、両方が合わせ技だったこともあるけど」
「スゲー理解した」
こうしてトマスは人生で初めて”失恋”という名前の挫折を経験した。いろいろアプローチしたにもかかわらず、まったく相手にされていないどころか、子供だと思われていたのである。よもや教え子たちと同じレベルに見られるなど考えたことすらなかった。
もちろんサラが特別な存在であることは理解していたが、年端もいかぬ少女であり、まだ恋愛がどういうものなのかを理解していないのだと考えていた。今は幼いから仕方ないが、ある程度成長すれば自分を意識してくれるだろうと高を括っていた節があった。そのくらい、男性としての自分の魅力には自信があったのだ。だが、サラとリヒトの会話から理解したことは、明らかに精神年齢はサラの方が上で、恋愛についても無知ではないということだけだ。
なお、この様子を傍らで見ていたジェインとメイドたちは、同時に同じことを考えていた。
『トマス先生には貴重な経験になりそう』