軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かなりまずいことになっている - SIDE ウィリアム -

騎士団本部に顔を出すと、何とも言えない表情を浮かべたジェフリーからメモを手渡された。二つ折りにされた紙をそっと開くと、中には驚愕のメッセージが書かれていた。

「ジェフリー、お前サラに言ったのか?」

「私は何も申しておりません。ゴーレムとの合同訓練を申し出たところ、サラお嬢様がご自身で気づかれました。やり方が私らしくないそうで『祖父様のやり方は少々気に入りませんね。ジェフリー卿を慕う乙女心を利用するなど』と憤慨していらっしゃいました」

「お前、本当に慕われているな。ロバートが嫉妬するわけだ」

「光栄なことでございます。このままどちらかの息子に嫁いでくれれば最高なのですが」

私はジェフリーの発言にやや含みがあることに気付いた。

「どうかしたか?」

「いえ、社交の場にサラお嬢様を出してしまった以上、他家が黙っているとは思えませんから。王室も口を出してくるでしょうし、おそらくロイセン側でもなんらかの動きがあるのではないかと」

「そうだろうな。少なくとも貴族家からは山ほど縁談が舞い込んでいるよ。おそらくソフィアの方にも来ているだろう」

「想像に難くないですな」

昨夜、突如としてアカデミー関係者は拘束されて王都へと護送されることが決まり、夜のうちに出立させるよう厳命が下った。

王室とアカデミーの体面を守るため、乙女の塔への襲撃事件は無かったこととなり、彼らへの処遇は穏便なものになるはずであった。だが保身のためにマッケラン教授が親戚筋を頼って社交の場で余計な噂を流したことが、アンドリュー王子の逆鱗に触れることとなった。

いや、それも正確ではない。おそらくサラが不快感を示して抗議の手紙を書いたことで、アンドリュー王子が忖度したと考える方が自然だろう。社会的地位の高い人物を夜中に護送車に押し込んで出立させるなど尋常ではない。

サラ自身があのように苛烈な対応を望んでいたとは思えないが、アンドリュー王子はサラの機嫌を損ねたくなかったのだろう。

まぁ王族の中でも魔力量が多いと言われているアンドリュー王子の魔力暴走を抑え込み、アカデミー関係者を無傷で守り切った事を思えば、そのくらいのことはしても不思議ではない。サラの魔力量は王族を軽く凌駕しており、しかも使い方を熟知している。未熟なアンドリュー王子のように魔力暴走を起こすこともない。

「ふぅ…」

思いがけず深いため息をつくことになったが、それも致し方ないだろう。

「ジェフリー、近々サラには王都からの召喚状が届くことになる。アカデミー関係者を護送したということは、裁判が開かれるはずだ。サラやアリシアも証人として出廷することになるだろう。護衛騎士たちを選んでおけ。おそらくソフィアも同行させた方が良いだろう。どうせ向こうで山ほど商談が待っているに違いない。ひとまず、ソフィアには王都にあるグランチェスター家の別邸を使わせる予定だ。まぁ、どちらかはゴーレムになるわけだが」

「ソフィアも同行するのであれば、ダニエルは付けられます。ヤツを騎士団に復帰させられればいいのですが、おそらくソフィアの傍からは離れないでしょうな」

「いっそのこと、サラに頼んでソフィアのゴーレムを一体ダニエルの妻として貰い受ければ良いのではないか?」

「閣下…おそらくダニエルもサラお嬢様も烈火のごとく怒ると思うので、その発言は聞かなかったことにしておきます。閣下は亡くなられた奥様のゴーレムをサラが作ったら、同じように愛せますか?」

「無理だな。ノーラは唯一無二だ」

「そういうことです」

「だが、ダニエルがソフィアに会ったのは最近ではないか。何故そこまで心酔する?」

「最初は美しさに心を奪われただけだと思います。ですが彼女はダニエルの負った古傷を完全に癒し、彼が失った騎士の生き方を取り戻してみせました」

「なるほどそれは堕ちるな」

「それと、健康体を取り戻した直後にソフィアと手合わせをしています。彼女は華麗に舞うように戦いますからねぇ。あれがトドメだったと思います。私も妻を愛していなければ、年甲斐もなく堕ちていたかもしれません。戦うソフィアは黒蓮から採れる希少な『恐れ忘れ』の薬のように中毒性の高い薬のような存在です。魅入られたら最後、心臓を貫かれても微笑んで逝けそうです」

「それはかなりまずいのではないか?」

「かなりまずいことになっていると思います。ソフィアと騎士の手合わせは避けた方が良いでしょうね。被害が拡大しますから」

私の孫はいったいどうなっているのだ。頭痛と胃痛が同時に襲ってくるような感覚を覚えずにはいられない。

「ただ、ダニエルはソフィアの本来の姿を知っていますからね。どこかで線引きできる日が来ると思いますよ。今はまだ自分の心に住んでいる女神との折り合いが付いていませんが、それが幻想であることを思い知るでしょうから」

「ふむ」

「閣下、その手元のメモをもう一度ご覧になってください。サラお嬢様が天使でも女神でもないのは明らかでしょう?」

「そうだな。これを見る限りサラは悪魔だ。だがこの悪魔にひたすら頭を下げて謝罪しなければ、私はエルマブランデーのお預けをくらいそうだ」

「悪魔かどうかはともかく、慈悲深くは無いでしょうね。そもそもエルマブランデーを取り上げられるのは、閣下が狩猟大会前にやらかした盗み飲みのせいです。持ち出しを実行させられた側近たちは、ゴーレムに捕獲されて本気で泣いてました。そろそろ反省しないとサラは本気で怒ると思いますよ?」

「うーむ」

「唸っている場合ではありません。まずは書簡で謝罪した方が良いでしょう。いきなり乙女の塔に行けば、ゴーレムに追い出されるのがオチです。それに今日は外出予定らしいです」

「そうか」

サラに謝罪すると、いろいろ毟り取られそうで胃のあたりがキュっと痛む。今度は何を要求されるのだろう。

「それに、本邸に戻らないと知ったら、ロバート卿も黙っていないと思いますよ」

「そうだなぁ。だが、実際に警備のことを考えると、本邸よりも乙女の塔の方が向いていそうではあるな」

「それはサラお嬢様がご自身でも仰ってましたね」

「ということは、本邸にも護衛のゴーレムを置けば…」

「閣下! 本当に反省していらっしゃいますか?」

「言ってみただけではないか」

「かなり本気でしたよね?」

「まぁ、否定はせん」

もう30年程の歳月をグランチェスターの領主として生きているが、つくづく自分は領主に向いた性格はしていないと思う。かつて自分は近衛騎士となり、結婚した後は近衛騎士団を退団してグランチェスター騎士団に入団するという人生計画を立てていた。今でも執務棟にいるより騎士団本部の机に居る方がしっくりくる。

サラにはエドワードの領主教育をしなかったことを責められたが、そもそも私だってまともに領主教育を受けたのは数年しかなかった。領政など父上と歳の離れた兄上たちがやるものだと思っていた。

いまさらエドワードに何を教えればいいというのだろう。アーサーがとても賢かったせいで目立たなかったが、エドワードもロバートも人並み以上に優秀であり、おそらく執務能力は私よりも高いだろう。与えるべき情報さえ与え、それなりに経験を積めば良いだけだと私は高を括っていた。

ただ、ノーラがいなくなってからというもの、エドワードとエリザベスが少しずつ社交界において貴族至上主義へと傾いていくことを私は止められなかった。

気になって叱責すれば口論に発展することも多く、口論にならなければ不満そうな顔で頷くだけでこちらの言い分を納得している様子もない。そうやって、私はエドワードとのやり取りを少しずつ面倒だと感じるようになっていった。

そのような私の怠惰をサラは正面から指摘して非難した。否定はできないが、だからと言ってすぐに何かができるのかと問われれば、それも難しい。領主教育など自分もまともに受けていないというのに。

『ノーラ、君は本当に優秀な女性だったんだな。今でも私はとても寂しいし、グランチェスターはかなりまずいことになってるみたいだ』

そんな私の感傷などお構いなしに、事態はいろいろとまずい方向に傾いている。少なくともロイセンへの陰謀は大規模にグランチェスターを巻き込んでおり、既に横領事件やエドワードへの多額の貸付などの実害が発生している。

身内の中に敵の間者が潜んでいることは明らかだ。誰を信頼していいかわからない状況において、ゴーレムを頼りたいと考えてしまうのは人情ではないか。

だが、サラはあっさりと私の要求を切り捨てた。どうやら私の孫は、私の甘えを一切許す気はないようだ。

「おそらくここから先は、本気でやらないとまずそうだ」

「今まで本気ではなかったのですか?」

「そういうわけではないが、これからは常ではなく戦になるだろう。有事であると思うべきだな」

「……サラお嬢様が今朝方言ってたことを思い出しました」

「何か言っていたか?」

「はい。ゴーレムたちとの連携については、為政者や軍属は信用できないと。訓練の次は有事であるという理由で、ゴーレムを兵器として利用するだろうと」

「確かに否定はできないな」

「まぁサラお嬢様と実際に話し合ってみてはいかがですか? 会ってくれればですが」

「おい、ジェフリーよ」

「これ以上は協力しません。サラに嫌われるのはオレも御免です。伯父上が一人で頑張ってください」

「むぅ」

どうやら、あの天使だか女神だか悪魔だかわからない孫に、頭を下げつつ協力を取りつけねばならないらしい。私は領主としてもっとも困難な事態に追い込まれているらしい。

「かなりまずいことになっているな」

「間違いありませんね」

私は何度目かの深いため息をついてから、孫娘への手紙を書き始めた。