軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コーデリアの授業

「そんなに僕のことを心配してくれてたのか! サラ、もしかして僕のこと…」

「全然、まったく、ちっとも心配してない。祖父様の言い方が気に食わなかっただけだから、変な勘違いは絶対にしないで」

「そこまで僕が嫌いなのか?」

「アダムのどこに好きになれる要素があるのよ」

「顔?」

するとクロエが呆れたような声を出した。

「我が兄ながら本当に酷いわ。トマス先生の前で顔の自慢がよくできるわね。面の皮の厚さしか評価できないわよ。大体、クリスやスコットと並べても、グランチェスターの顔としてはやや落ちだって気付きなさいよ」

実の妹の評価には欠片も容赦がなかった。

「クロエ…、またアダムが泣くからそのあたりで止めてあげた方がいいんじゃ?」

「サラ、アダムは甘やかすとつけあがるのよ。母上の次はサラのドレスの後ろに隠れるかもしれないわ」

『あ、それはウザいしキモい』

サラはそっとアダムから距離を取った。それを見たクリストファーは、アダムに詰め寄って冷静に告げた。

「サラのお陰で首の皮一枚で繋がってるけど、このまま何もしなかったら半年後には廃嫡確定だよ」

「なぁクリス…お前って、そんな奴だったっけ? 親兄弟にも容赦ないな」

スコットは覚醒したクリストファーを見て、驚きを隠せないでいた。

「目立たないよう大人しくしてたら、予想以上に兄がダメダメになったんだよ」

「なるほど」

これまでの様子を見ていたため、スコットにも状況は理解できた。

「それよりも現実的な解決策を検討しないと。トマス先生、アダムはどのあたりに問題があるのでしょう?」

「問題しかありません。まず基礎がまったくと言っていい程できていません」

「特に苦手とする科目はありそうですか?」

「うーん…全般的にダメなのでどこがと言われると……」

トマスが頭を抱えていると、部屋の扉が静かに開いてコーデリアが入ってきた。

「あら、今日は賑やかですね」

「コーデリア先生、お越しになっていたのですね」

さすがに会計の教科書策定ではコーデリアとはサラの姿で繰り返し顔を合わせたため、今ではサラの姿でもソフィアの姿でも自然にやり取りできるようになっている。まだ正体を明かしてはいないのだが、薄々気づかれているような気もしないではない。

「そちらの殿方がお困りのようね」

コーデリアは、アダムを見つめて優雅に微笑んだ。

「トマス先生、あのテストを実施されたのでしょう? 解答を見せていただけるかしら?」

アダムの解答用紙を受け取ったコーデリアは、落書きを見つめてふっと微笑んだ。

「あ、コーデリア先生、すみません。淑女にお見せするようなものではないのに」

「トマス先生は神経質になり過ぎですね。小さな紳士たちが、こういったことに興味を持つのは普通のことですよ。成長過程のひとつでしかありません。私の教え子たちの中には、もっと過激な落書きをする子もいますよ」

コーデリアは子供の些細ないたずらを見つけた母親のような態度を崩さなかった。

「アダム様の問題はアヴァロン語の基礎にあるようです。つまり読み書きですね。小さなミスはありますが数学の基礎部分に大きな欠陥は見当たりません。計算式に答えだけを書いていく問題はほぼ正解しています。ですが、文章で出題されると、途端に誤回答が増えています。面白いくらいにひっかけ問題に引っかかっているので、問題を考えた側としては大変愉快ですね」

ころころと本当に嬉しそうにコーデリアは笑った。

「アダム様、どうしても言いたいことがあるのですが、失礼なことを言ってもご容赦願えますか?」

「うん? 構わないが」

コーデリアはアダムを正面に見据え、ニンマリと笑った。

「してやったり! 私はこの問題を考えるのに3日もかかったんです。引っ掛かってくれて凄く嬉しいです」

「むぅ。僕はちっとも嬉しくない」

「じゃぁ今回は私の勝ちですわね。次の挑戦をお待ちしておりますわ」

「くっ。次は絶対に僕が勝つからな!」

「ふふふ。私は手強いですわよ」

『あー、アダムも煽られると弱いタイプかぁ』

サラはなんとなくアダムと自分の共通点に気付いて、しょっぱい気持ちになった。

「では、こんな問題はどうでしょう? なんでしたら、皆様もご一緒にいかがですか?」

コーデリアは黒板に数学の文章問題を書き始めた。無論アダムに合わせて初歩の問題である。

「これなら簡単だ」

さすがにアダムもスラスラと答える。

すると次にコーデリアは文章に仕掛けを施し、先程とよく似た問題文でありながら異なる解法が必要となる問題を書き始めた。

「これでどうだ」

自信満々に間違った答えを自分の石板に書いて掲げたアダムに対し、コーデリアは再びニンマリと笑った。

「ではスコットさんも同じ意見なのか聞いてみましょう」

名指しされたスコットは黒板の前に立ち、説明を始めた。

「アダム、問題のこの部分をよく読んで。さっきとは違う解法が要求されているんだよ」

「はい。さすがにスコットさんはよく勉強されていらっしゃいますね」

「これはコーデリア先生の問題の出し方が意地悪ですよ」

「もちろんです。皆様を引っ掛けるために全力を出していますもの!」

するとクロエも横からぼそっと呟いた。

「私も騙されたぁ」

気が付けばクロエとアダムだけでなく、サラ以外の子供たちはコーデリア先生が次々と出すクイズのような問題を解くことを楽しみ始めていた。さすがにスコットとクリストファーが間違えることは無いが、ブレイズは意地悪な問題に時々引っ掛かることがある。

アダムやクロエは間違うたびに慎重に問題文を読むようになり、最初の頃よりも正解率が高くなっていく。こうしたコーデリアの教育テクニックに、トマス、レベッカ、ジェインの教師陣は舌を巻いた。

しかし、一時間を超えてくるとさすがに疲れて集中力が落ちてくるため、コーデリアはトマスたちに休憩を提案した。

教室を出ると、共有スペースのテーブルにハーブティが用意されていた。

「お勉強お疲れ様です。今日は集中力アップのブレンドにしました」

「パンケーキのご用意もありますよ。もちろん蜂蜜もたっぷりです!」

ニコニコとメイドたちが子供たちを迎えてくれた。乙女の塔には執務メイドを志望する若いメイドたちを多く採用したため、勉強や仕事を効率よくするための努力を惜しまない。

タイミングよくサーブされるハーブティ、ちょっとしたスイーツや軽食、場合によっては蒸しタオルなども用意してくれるのだ。

「サラ、なんかここ居心地良いな」

アダムが若いメイドたちを目線で追いかけた。

「アダム…不埒なことしたら禿げどころか頭の皮剝ぐわよ」

するとコーデリアがサラを窘めた。

「サラお嬢様、そのようなことを口にしてはなりません」

「申し訳ございません。淑女らしからぬ物言いでございました」

「ふふっ。誤解しないでくださいませ。不埒な殿方のために、サラお嬢様が淑女らしさを崩す必要はないということです。仮にアダム様が不埒な振る舞いに及ぶようなことがあれば、問答無用で実行すべきです。わざわざ警告して差し上げる必要はありません」

涼しい顔をしてコーデリアは微笑んだ。

「さ、然様でございますか」

「ですがサラお嬢様、殿方が花を目で追うのは本能のようなものです。あまり目くじらを立てて相手を責めるのは、淑女としてはいかがなものかと。これから、お母様になられるレベッカ先生の意見とは異なるかもしれませんが…」

コーデリアはレベッカに水を向けた。

「このようなことを、若い殿方の前でお話すべきか迷うところではございますが…」

と、トマスを含めた10代の若い男性たちに遠慮しつつも、レベッカは話し始めた。

「正直なところを申し上げれば、ある程度は致し方ないように思っております。そもそも花を愛でる衝動がなければ子孫は絶えてしまいますしね」

「ふふっ。そういう意味では、私たち人間も動物ですものね」

そうした話を女性にされると、男性陣は居心地が悪いらしく、微妙にもぞもぞし始めた。

「ですが、人は理性を持つ生き物だと思います。どれほど欲望に突き動かされた衝動がこみ上げたとしても、女性に対して無理強いするようなことはすべきではありません。こちらにいらっしゃる殿方たちは、貴族やそれに準ずる立場の方々です。つまり、平民にとっては社会的な強者です。私はこの塔の主として、ここで働く女性たちを守る義務があると思っております」

サラは言い切った。

『乙女たちやメイドは私が守らないと!』

「ええ、サラお嬢様。大変ご立派な覚悟だと存じます。乙女たちも使用人たちも安心でしょうね。ですがどうか『行動に移していないのであれば』ある程度は大目に見て差し上げてください」

「と、申しますと?」

「殿方のそうした衝動は動物的な本能に近いものです。理性で行動を抑えているのであれば、妄想くらいは許して差し上げてくださいませ」

するとクロエが不思議な顔をして会話に割り込んだ。

「こんな話をするとお母様に叱られてしまうことが多いのだけど、サラたちは平気なのね」

「普段はあまりしないわ」

「アダムがいるからこんな話をすることになったってことね」

「否定はできないわね」

サラとクロエは見つめ合って、くすっと笑い合った。

「サラは『女性を守る義務がある』って言ってたけど、守らないといけないのは女性だけじゃないでしょう? 立場が弱い人を守るのが貴族だってジェイン先生は仰っていたわ」

「うん。ジェイン先生の仰ることは正しいと思う」

名指しされたジェインは微笑んだ。

「お茶会でいろいろな令嬢と話をしているとね、いっぱい噂話を聞くことになるわ。令嬢が好きな令息を罠にかけて既成事実を作ったって話も少なくないのよ。トマス先生だって他人事ではないでしょう?」

クロエは解放されたように遠慮がない。さすがにジェインは慌ててクロエを止めようとしたが、トマスが爽やかな笑顔でクロエに答えた。

「そういうことはあるかもしれません」

「それにね、男性同士や女性同士だってそういうことが問題になったりするわ。だから私たち貴族はいつだって、『そういうこともあるかもしれない』って考えながら、守るべき人たちを守らないといけないんじゃないのかしら」

『すごい納得した。クロエに教えられるなんてビックリだわ』

「確かにそうだね」

「だけどね、これだけは絶対に言えるわ」

「なぁに?」

「アダムは有罪」

その瞬間、アダムは盛大にハーブティを噴いた。

「さすがに具体的な内容には触れないでいてあげる。でも、妹として恥ずかしかったし、二度とやらないで欲しい。次にやったら社交界の令嬢たちの間で噂になると思ってね」

「お、お前なぁ」

「文句あるの?」

「アリマセン」

アダムはクロエに完全に白旗を掲げた。

『なるほど。禿げよりそっちのがキツイのか。クロエ強いな』

ふと、トマスが切実な表情を浮かべてサラに語り掛けた。

「ですがお嬢様方にはお伝えしておきたいことがございます。男のそうした衝動は時として理性をあっさりと凌駕します。もしかすると女性もそうなのかもしれません。特に執着するほどの強い感情を抱いてしまうと、聖者や賢人と呼ばれるような方でも道を踏み外してしまうことがあるのです。どうかご自身の持つ魅力を 徒(いたずら) に誰かに試すようなことは決してなさらないでください」