軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

煽りに弱いタイプ

「トマス先生、アダムはもう14歳です。来年はアカデミーの入学試験を受けられる最後の年なのですが、試験まであと半年しかありません。何とかなるでしょうか…」

サラがトマスに尋ねると、トマスは非常に厳しい表情になった。

「…かなり難しいでしょう。まず本人にやる気が無ければ無理です。ですが、私はアダム君から勉強へのやる気を感じません。試験の最中に落書きするような生徒をどうやって教えればいいのかわかりません」

サラがアダムの答案用紙を裏返そうとすると、トマスが慌ててその手を止めた。

「淑女が見るような落書きではございません」

それだけで何を描いたのかをサラは大体察した。せめて問題用紙の裏に描けばいいのにと思わないこともなかったが、いずれにしても馬鹿である。

「何度見てもわからない問題ばかりだったんだ。時間が余って暇だったんだよ!」

「せめて回答できた問題を見直してください。初歩の計算問題でケアレスミスが多く見受けられます。書き取りにもスペルミスが多いですね。ついでに言えば字が汚いので、回答が正しいかどうかを判断するのに時間が掛かります。これがアカデミーの入学試験であれば、間違っていると判断されても文句は言えません」

『ここまで酷いとは思わなかった。さすがに想定の範囲を超えたわ』

「アダム…これはもう残念とかいうレベルじゃないわ。危機的状況よ」

このテスト結果にはクリストファーも驚いていた。常々残念だと思っていた兄が、想像以上にヤバい状態だったからだ。

「サラ、どうしよう。このままじゃアダムが領主になるのは無理だよ…」

「どうしようって言われても…どうにもならないわ。クリスがやるしかないんじゃない?」

「ヤダよ。僕は領主になんてなりたくない!」

「じゃぁクロエが婿を取る?」

「ちょっと私に押し付けないでよ。領主の責任なんて果たせないわよ」

そしてサラ、クリストファー、クロエの三人は一斉にアダムを見た。

「本人がやりたがってるんだし、やらせてみる?」

「でも想像以上にお馬鹿だよ?」

「そもそも、お嫁に来てくれる令嬢いるのかなぁ…」

無論三人の会話はアダムにもそのまま筒抜けである。

「お、お前ら、いい加減にしろよな!」

「なんで偉そうに怒鳴るのよ。アダムがお馬鹿なのがいけないんじゃないの! 9年も家庭教師付けてるくせに、私より馬鹿ってどういうことなのよ!」

アダムが怒鳴り散らすと、負けずにクロエも怒鳴り返した。

「なぁ、いっそサラがアダムの嫁になるってのはどう?」

「なんで私がアレの面倒見ないといけないのよ! 馬鹿、見栄っ張り、変態の三重苦よ?」

するとレベッカが近づいてきた。

「サラさん大丈夫よ。アダムとの結婚なんて絶対にロブが許すはずがないわ」

「そ、そうですよね」

「それに、あなたの崇拝者たちが指を咥えて見てると思う?」

トマス、スコット、ブレイズが無言で頷いた。ここにダニエルがいれば、同じように頷いたことだろう。

「それにしても困ったわね。このことはエドとリズにも報告するけど…。ねぇアダム、グランチェスターは名門の侯爵家よ。汚点を抱えた令息がいつまでも継嗣で居られるはずないってわかるかしら? しかも優秀な次男がいるのよ?」

「そ、そんな…」

「仮にクリストファーがダメだったとしても、ロブだっているわ。将来私がロブの息子を産めば、その子が将来のグランチェスター侯爵になる可能性だってある」

「お前は本家を乗っ取るつもりなのか!」

「私は可能性の話をしているだけよ。言っておくけど、スコットにだって十分資格はあるのよ? エドとジェフリーは従兄弟ですもの。グランチェスター侯爵がスコットを養子にしたら、エドは小侯爵の地位を譲ることになるかもしれないわ」

「馬鹿なことばかりいうな! 叛逆の罪に問われたいのか!?」

「いや、アダムよ。馬鹿な話ではないぞ」

新たな人物の声が聞こえてきた。グランチェスター侯爵当人である。

「祖父様、お越しだったのですね」

「サラ、あのゴーレムたちに私のことを教えておいてくれ。アリシア嬢に助けてもらうまで、ゴーレムに抱き上げられて恥ずかしい思いをしたぞ」

「許可のない男性はそうするのが規則なのです。祖父様でも事前にご連絡いただかなければ許可はできません。ここは乙女の塔なのですから」

「わかったわかった。これからは先に連絡を入れることにする」

そして侯爵はアダムに向き直った。

「アダムよ、グランチェスターの領地を治める領主に愚か者はいらぬ。私はお前を廃嫡にせねばならぬようだ。エドワードにもエリザベスにも文句は言わせぬ」

「そんな!」

「クリストファー、お前が領主の地位を望まないのであれば無理に領主になれと言う気はない。無論クロエもだ。サラは…まぁ継がぬことはわかっている。エドワードとロバートの歳が近いことを考えると、エドワードの次代はスコットか…」

「お言葉ですが侯爵閣下、私は騎士団に入団予定です!」

スコットが父親によく似た凛々しい表情で答えた。

「ふむ…。イヤなら仕方ないが、グランチェスター侯爵になってサラを嫁にするという手もあるぞ。サラが自由に商売することを許可せねばならんだろうが」

「それはかなり魅力的ですね」

「ちょっと祖父様、スコット勝手に決めないでよ!」

さすがに勝手に嫁にされても困るので、サラは抗議の声を上げる。

「サラは僕と結婚するのはイヤ?」

「イヤってわけじゃないけど、全然そんな気になれない!」

すると侯爵はニヤリとサラに笑いかけた。

「無論、サラが私の養女となってグランチェスターを受け継ぐのであれば、婿は好きに選んでいいぞ。そこのトマス・タイラーでも、ブレイズでも構わん」

「祖父様! 彼らは平民ではありませんか」

アダムは大声で抗議した。

「血統など所詮その程度のものに過ぎないということだ。お前とて、母の血が半分流れている以上、グランチェスターの血は半分であろう?」

「ですが母上は貴族です」

「そうだな。エリザベスの伯父がなくなったことで貴族令嬢となった。そうでなければ騎士爵の娘であり、今のサラと大差ない」

「ですがサラの母親は商家の娘と聞き及んでおります。私の母上とは流れる血の高貴さが違います!」

侯爵はアダムを気の毒な目で見つめた。

「高貴な血か…。確かに血に宿る資質というのはあるかもしれん。だが、そんなものは本人の努力によって培われる能力とは比較にならぬほど小さい。そうした血統主義や貴族至上主義を植え付けたのも、元はと言えばアーサーとアデリアの結婚を許さなかったことが原因だろうな」

「祖父様…」

深いため息を吐きながら、侯爵は話を続けた。

「サラ、お前に言ってなかったことがある。お前の母のアデリアは、沿岸連合の一つであるフローレンスの元王族だ。フローレンスはクーデターで共和国となり、追放された国王一家は同じく沿岸連合の一つであるジェノアで商会を興したのだよ。まぁ3世代前の話ではあるがな」

「はぁ。存じませんでした」

「私もアデリアが亡くなってから知った。お前の母をアーサーと共に埋葬するため、親族に連絡をとったのだ。お前の母方の祖父母は既に亡くなっておるが、商会は親族が経営を引き継いでいるそうだ。商会長はお前の従兄弟らしい。言えばお前が去っていくような気がして言わないでおったのだ。すまぬ」

「いえ。気にならないと言えば嘘になりますが、会ったこともない従兄弟に、そこまで思い入れはありません」

「だが血筋の高貴さなどとアダムに言われてはなぁ。アデリアの両親は亡命した元王太子と妃だ。下手をすればグランチェスターなど足下にも及ばぬほど高貴だぞ」

「元王族などに意味はありません。血筋の高貴さなどに意味を持つべきではありません。どのような名家でも、元をたどれば成り上がりです」

「はははは。どんな名家でも元をたどれば成り上がりか。だが、お前の膨大な魔力は母親の血筋によるものだろう。そういう意味では、血に宿る資質と言うものもあながち否定はできん。アダムが血の高貴さを重視するわけだ」

「なるほど。その点は母の血統に感謝すべきですね」

侯爵は再度アダムを見つめた。

「アダム、お前のその残念な頭でも理解できるか? サラはお前よりも高貴な血を持ち、お前よりも高い能力を持っている。女性であるが故にこの国で爵位を引き継ぐことはできぬが、優秀な婿を取ることで実質的にグランチェスターを支配できる。少なくとも、今のお前が継ぐよりもグランチェスターには有益だろうな」

「う…」

「スコットにしても、ジェフリーの両親はどちらも貴族だ。ジェフリーの亡き妻は騎士爵の娘ではあるが、彼女の祖父が侯爵であることを考えれば、お前よりスコットの方が高貴な血を持っていると言えるだろう。私も頑張ればあと10年程は侯爵を続けられると思うが、そうなればスコットは23歳の血気盛んな青年となる。グランチェスターの後継者に相応しい若者になると思わないか?」

既にアダムの目にはたっぷりと玉のような涙が浮かんでおり、今にも流れ落ちそうになっている。

「そうしてまた泣くのか? 逃げ帰ってエリザベスに慰めてもらえば満足か? お前はいつまで母親のドレスの後ろに隠れるつもりなのだ?」

「僕は隠れてなどおりません」

「そうは見えぬ。気に入らぬものがあれば母親に言いつけて遠ざけ、欲しいものがあれば母親に 強請(ねだ) って買ってもらう。そして叱られたり責め立てられたりすれば、母親が慰めに来るまでベッドで泣きわめくような子供ではないか!」

『あら、意外に祖父様ってアダムのこと見てたのね』

「幼い頃であれば大目に見ることもできた。だが、14歳にもなってアカデミーの入学さえままならず、一丁前に金だけは使うような甘ったれた子供にグランチェスターを任せるつもりはない。領主とはそれほどに重い責任を負うものなのだ」

だが、サラは侯爵の叱責を空々しく感じていた。エドワードの時にも同じことを考えたが、今アダムを責め立てるのであれば、何故もっと早くに言ってやらなかったのだろう。エリザベスに問題があると気付いていたのなら、何故注意しなかったのだろう。ほぼ手遅れといった状態まで放置しておいて、突然手のひらを返したように廃嫡を突き付ける理由をサラはまったく理解できなかった。

「ですが祖父様、グランチェスター侯爵を継ぎたいと願っているのはアダムしかおりません。それに、まだアカデミーに入学できないと決まったわけでもないのです。祖父様は『14歳にもなって』と仰いましたが、まだ14歳であるとも言えます。もしアダムが本気でグランチェスターの領主となることを願うのであれば、私は全力でアダムを支援いたします」

「サラ…お前…」

「無論、本気でなければ次の瞬間には見捨てます。なんなら頭のてっぺんだけ禿げにして外に放り出します」

「サラがそこまで言うのであれば、次のアカデミーの合格発表まで待つとしよう。無論合格できなければ即廃嫡だ」

「ですって、アダム。あなたはどうする?」

「や、やるよ! アカデミーに合格してみせる」

「ふん。できるものならやってみるがよい」

それだけ言い捨て、侯爵は乙女の塔から去って行った。

レベッカが近づいてきてサラの耳元にそっと囁いた。

「サラさん。侯爵閣下はサラさんを煽りに来たのよ。上手くアダムを押し付けられちゃったわね」

『しまったぁぁぁ! 祖父様の策略だったか!!!』

気付いた時には後の祭りである。