軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

話題にしないことと知らないことは違う

「クロエはこっちにいる間、勉強はどうするの?」

「ガヴァネスから所作と会話術のレッスンは受けると思う」

「私は商会の仕事もあるからバタバタしてるけど、なるべく時間を見つけて勉強はするつもり。歴史とか文学の知識が足りてないのよね」

「あぁ会話術の延長ね。知識が無いと会話に深みがでないもんね。そういうとこアダムは全然ダメダメだから」

「あー、そんな感じするね」

「アダムがあんな調子だから今日はどうなるかわかんないけど、少なくともクリスは私と一緒に勉強すると思うんだよね」

「チェス目当てに?」

サラとクロエは目を合わせてくすくすと笑った。二人の少女の様子を見ていたレベッカとロバートも微笑んでいたが、小侯爵夫妻はかなり顔色が悪かった。そして、そんな対照的な二組を眺めていた侯爵は、深くため息を吐くしかなかった。

「伯母様、クロエも一緒にお勉強しても良いですか?」

「構わないわよ。できればアダムも一緒に参加させて頂戴」

「アダム自身が望めば構いませんよ」

内心エリザベスは『その気にさせるのが一番難しいのよ!』と思ったが、それは母親が言う台詞ではないという自覚はあった。

「でもさぁ、スコットとかと一緒にやるアカデミー受験用の勉強でしょう?」

「うーん。読み書きと計算の授業が多いかな。こっちにいる間に会計の勉強もしていく? 面白いと思ったら基礎部分の教科書もあるから王都でも自習できるよ」

「会計って文官とかがやるアレ?」

「そうそう。どれくらい収入があって、どれくらい支出があるかを帳簿に付けるの。数字がわかっていると、あとどれくらいお金が使えるのかがよくわかるよ」

「絶対にガヴァネスは教えない勉強ね」

「貴族令嬢には下品かしら?」

「よその貴族家じゃどうか知らないけど、ウチじゃ必須ってことだけは理解できるわ」

クロエは名よりも実を取るタイプのようだ。サラはその性格をますます好ましいと感じた。

だが、風向きが怪しくなったと感じたエドワードはクロエを窘めた。

「待て、クロエ。確かに私の現状に問題があることは確かだが、お前が貴族令嬢としての矜持を捨てる必要はない」

「お父様、どのあたりが貴族令嬢の矜持を捨てることになるのかが理解できません。自分が使うお金を管理するだけのことですよね?」

「クロエ。お父様に口ごたえするなど何を考えているのですか!」

エリザベスもクロエを叱った。さすがに自分が言い出したことでクロエが責められるのは申し訳ないと思ったサラは、小侯爵夫妻に謝罪した。自分自身が疑問に思ってるとは言え、この国の文化として貴族令嬢がお金について露骨に話をするのはタブーなのだ。親戚とはいえ他家の教育方針に反することでもあった。

「伯父様、伯母様、私がお誘いしたのが悪いんです。クロエを叱らないでください」

「サラは謝る必要はないわ。女性だってお金のことをきちんと考えるべきだと私も思う」

「クロエ!」

「確かに人前でお金の話をすることは私も品が無いと思っています。ですが、話題にしないことと、知らないことは別ではありませんか! お母様も、いつまで無自覚にお買い物を続けるつもりなのですか?」

「お金のことはお父様が考えることで、私たちが口を挟んで良いことではありません」

「その結果が10,000ダラスの借金ではありませんか!」

「娘のあなたまでサラのようにお父様を責めるなんて! 家族ならお父様の味方になって差し上げるべきでしょう?」

すると、クロエはスッとたちあがってエリザベスの方を振り向き、静かな口調だが明確に怒りをにじませた声で話し始めた。

「お母様、私はこれまでお母様を淑女としてのお手本にしてきました。社交でお忙しいと知っていたから寂しくても我慢していました。ですが、今のお母様は最低です。心底見損ないました」

「なっ!」

「私はお父様の味方をするからこそ、お金のことをきちんと考えることにしたのです。サラはお父様の問題点を指摘し、助けてくれたではありませんか。サラには私たちを助けなければならない理由なんて何一つありません。捨て置くことの方がずっと楽だったはずなのに、味方となってくれただけでなく、私たちに苦言を呈してくれたのです」

「でもサラは家族ではありませんか。家族は助け合うものでしょう?」

「その家族を平民と見下し、イジメた上に殺しかけたのは私たちです。お母様だって身に覚えがないとは言わせません。王都から逃げ出すように領地に来たサラは、それでも私たちを助けてくれたのです。その好意を当たり前のように受け取っておきながら、『サラのようにお父様を責める』などとよく言えますね。耳に心地良いことを言えば味方なのですか? このような母親から生まれたことを、今ほど恥ずかしいと思ったことはありません」

「ダメ! クロエ、それは言い過ぎよ!」

サラは慌ててクロエを止めたが、発してしまった言葉は戻らない。エリザベスは傷ついた顔を浮かべ、何も言わず立ち上がって足早にコンサバトリーを後にした。

「伯父様! すぐに追いかけてください。あれでは伯母様が可哀そうです」

「わかった」

エドワードもエリザベスを追いかけた。

クリストファーはクロエの近くによって、ぽんぽんと軽く背中を叩いた。

「クロエらしくないね。母上にあんな言い方するなんて」

「だって…あんまり恥ずかしくて…サラ、お母様がごめんなさい」

「私のためにありがとう。でも、アレはさすがに伯母様が気の毒よ」

「ちょっと言い過ぎたかもしれないけど私は間違ってないわ」

サラも立ち上がってクロエの隣に座った。先程までエリザベスが座っていた椅子だ。

「クロエが間違ってないって思ってるのは、女性でもお金のことをちゃんと考えるべきだってことだよね?」

「うん」

「それと伯父様を責め立てた私は敵じゃないってことかな?」

「うん」

「理解してくれてありがとう。クロエだけでもわかってくれて嬉しいよ」

「サラ! 僕だってちゃんとわかってるよ!」

「そっか、クリスもありがとう」

サラはにっこりとクリスに微笑んだ。

「でも最後に言ったことはクロエの本音じゃないでしょう? 伯母様のことを淑女として尊敬してるんでしょう?」

「正確には『尊敬してた』になるかも。サラに指摘されて、恥ずかしいこと一杯したって思ったし」

「じゃぁ伯母様のこと嫌いになったの?」

「そんなわけないじゃない!」

「だったら、ちゃんと伯母様にそう伝えた方がいいよ。伝えたくても伝えられない人だっているんだよ?」

クロエとクリストファーは、サラの両親が既に亡くなっていることを思い出して俯いた。

「でもサラはあんなこと言われて悔しくないの?」

「うーん、伯父様や伯母様に何か言われたところで…なんというか慣れた?」

『さすがに子供たちの前で負け犬の遠吠えとは言いにくいなぁ』

「僕たちが言うのもなんだけど、それは慣れちゃダメなんじゃ?」

「うん。サラはもっと怒ったほうがいいと思うわ」

「正直言うとね、王都を出るときは仕返ししたいと思ってたんだ。でも、こっち来たら忙しくてそれどころじゃなくなっちゃったみたい。それより貴族っていうか社交界が面倒そうで、代わりにやってくれる人がいるって良いなぁって思ってしまって」

「そっか、サラは貴族になりたいって本当に思ってないんだね」

「結果として貴族になることはあるだろうけど、積極的になりたいとは思ってないわね。それよりクロエは伯母様に話しに行った方がいいよ。時間が経てば話しづらくなるから」

「そうかもしれない。行ってくるわ」

クロエはサラに促されるままエリザベスの部屋へと向かったが、残されたクリストファーは真面目な顔をしてサラに質問した。

「ねぇサラはずっとグランチェスター領にいるつもり?」

「どうだろう。次代のグランチェスター侯爵次第かなぁ。居心地が悪くなったら他領や他国に行っちゃうかも?」

「それはグランチェスターにとって大損害だね」

クリストファーの表情があまりにも真剣だったので、サラはなんとなく違和感を覚えた。

「急に真面目な顔してどうしたの?」

「サラがいなくなるのはイヤだなぁって」

「ふふっ。クリスは私と一緒に楽しいことを一杯したいんだっけ」

「うん沢山楽しいことがしたい。サラにもそう思ってもらえるよう頑張るよ」