軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

腹黒く逞しき令嬢

「ちょっとクリス! 私とアダムを一緒にしないでよ。私までお馬鹿の仲間みたいじゃないの」

クロエがプンプン怒り出した。

「クロエはお馬鹿じゃないけど、サラの言う『ゲスゲスしいこと』は一杯してたよね?」

「私はお母様の真似をしただけよ!」

「クロエ、気持ちはわかるけどそれは言っちゃダメ。伯母様の顔が物凄くコワイわよ?」

エリザベスは、鬼のような形相でクロエを睨んでいた。まさか身内、しかも娘から裏切りに合うとは思わなかったのだろう。

「ひっ!」

クロエは母親の顔を見て、怯えた。

「伯母様も本当のことを指摘されたくらいで怒らないでください。その表情を続けるとシワが増えますよ?」

ハッとしたエリザベスは淑女の仮面を被りなおし、わざとらしく咳ばらいをした。

「コホン。サラさん、あなたにはいろいろ言いたいこともあるけれど、まずはアダムをお馬鹿と言うのはやめてもらえるかしら?」

「あ、私は『馬鹿なの?』って聞いただけです。『お馬鹿』と断定したのはクリスですね」

エリザベスは夜叉の表情で次男を睨んだ。

『ガラスより脆い仮面だなぁ…』

「お前ら、僕のことを馬鹿にしてるのかよ!?」

「アダム…ううん、お兄様のために言っておくけど、馬鹿にしてるんじゃないわ。本当にお馬鹿だと思ってるってだけ。それと変態」

クロエがアダムに引導を渡した瞬間であった。多分、サラに指摘された時よりもダメージは大きかっただろう。

「くそぉぉぉぉぉぉ」

アダムは泣きながら駆けだしてコンサバトリーを後にした。

「あらら、泣いちゃったわ」

「放っておけばいいのよ。本当のことを言っただけなんだから。最近のアダムは令嬢たちの間でも評判悪いし」

「ゲスゲスしいから?」

「ううん。お馬鹿だから。アカデミーの受験に2回も失敗してることは隠し切れないもの。アダムのせいで私もお茶会で恥ずかしかったわ」

クロエは大変辛辣であったが、クリストファーは肩を竦めるだけに留めた。

「サラ、僕は勉強するよ。もう少し僕に知識が無いと、サラがやってることを理解できない気がするんだ。どうせ今の僕が面白いって思えることなんて、ほんの一部なんだろ?」

「玩具を作ったのは昨日が初めてなの。クリスがどんなことを面白いって思うのかわからないわ」

「僕も自分が面白いって思えることを見つけたいんだ。サラと一緒に遊びたい!」

そこにクロエが割って入った。

「ちょっとクリス、サラは女の子なんだから私と遊ぶべきでしょ!」

「えっと…私はそんなに遊ぶ時間ないんだけど…」

だがクロエはまったく聞く耳を持たない。

「そのドレスどこで作ったか教えてよ。王都では見かけないデザインだわ」

「これはソフィア商会から購入したものよ」

「侍女やメイドたちから聞いたけど、ソフィア商会に服飾部門は無いのでしょう?」

「詳しいのね。その通りよ。これをデザインしたのは、今回の狩猟大会でお土産を入れる巾着などの小物をデザインした少年で、縫製した人もやはり小物を縫ってくれた内職の女性たちなの」

「ドレスメーカーで作らせたわけじゃないってこと?」

「ええ。だからこのドレスをデザインした子には、本格的にデザインの勉強をさせたいと思ってるのよね」

するとクロエはサラの方に身を乗り出して捲くし立てた。

「基本的な技術は学ばせてもいいけど、どこかの工房に弟子入りさせちゃダメよ!」

「どうして?」

「話を聞く限り、貧しい平民の子なのでしょう? アイデアだけ盗まれて良いように使われて終わってしまうわ」

「確かに裕福な家庭の子ではないわね」

「適当にお金を握らせて、弟子のアイデアを搾り取るデザイナーは多いのよ。家が貧しい子は、目先のはした金であっさり自分のデザインを売ってしまうの。酷い工房だと、弟子の独立を邪魔したりするわ」

「ひどい話ね」

「でしょう? そうやって泣き寝入りした人を何人も知ってるわ。まぁ彼らも貴族の同情を引いてパトロンになって欲しかったのでしょうけど」

『あれ、クロエって意外といい子?』

ちょっとだけクロエに感心した次の瞬間、当の本人があっさりと台無しにした。

「ソフィア商会は、サラの息がかかっているのでしょう? だったら商会でお抱えのデザイナーになってもらって、サラがその子のパトロンになりなさいよ。それで私のドレスも作って欲しいの。王都のドレスメーカーよりも安くて可愛いドレス一杯買えそう!」

サラは少しばかり驚いた。おそらくクロエは経営に関連する授業は一切受けていない。にもかかわらず、クロエはお金の流れを肌で感じる天性のバランス感覚を持っているように思えてくる。

「ソフィア商会に格安で売れって言ってるの?」

「従姉妹同士なんだから、ちょっとくらい安く売ってくれてもいいじゃない。その代わり、ドレスは”お気に入りの”ソフィア商会から購入したってご令嬢たちにおしゃべりするし、その小さなデザイナーの少年には王都の流行とかの情報を逐一教えるわ」

「…悪くないわね」

「だって昨日の話を聞いた限り、今後はこれまでみたいにドレスやアクセサリーを自由に買えなくなりそうだもん」

『昨日の会話でそこに思い至れるってことは、クロエって馬鹿じゃないのね。私にビジネスモデルを提示してくるところもイケてるけど、交換条件が親の力に頼らず自分にできることってのも悪くないわ』

「でも、貴族令嬢がお金の話ってダメなんじゃないの?」

「だって、このままお父様を信じてたら、突然なにも買えなくなりそうで怖いもの。次もサラが助けてくれるとは思えないし」

「あはは。確かに助けるのは今回だけだと思うわ。学習しない馬鹿に何度も付き合うことはできないもの」

「さすがに破産したら、祖父様もお父様を廃嫡しそうじゃない?」

娘と姪にとことん批判されているエドワードは、しょんぼりと肩を落とした。これには侯爵やロバートもエドワードを気の毒に思って見つめていた。

「それは、どうかなぁ?」

「考えてもみてよ。自分の家計を管理できない人が、領の管理なんてできると思う? 私が祖父様だったら絶対廃嫡にするわ」

「そこはクロエも伯父様を信じてあげるべきじゃないの?」

クロエはサラのことを困った子を見るような目で見つめた。

「あのねぇサラ。あなたは王都の社交界のことを全然理解してないわね」

「どういうこと?」

「王室や王室の血を引く公爵家を除けば、グランチェスター侯爵家は大貴族よ。過去には王妃を何人も輩出しているわ。だからお父様やお母様は社交界の中心で多くの貴族から注目される存在なのよ」

「そうでしょうね」

「お母様や私がドレスやアクセサリーを購入したことは、社交界ではすぐに知れ渡るの。逆に言えば、私たちが買い物を控えるようになれば、それもすぐに知られるということよ。そのことを理解しているのなら、いきなり買い物を控えろなんて言えるはずないのよ」

「要するにグランチェスター家の財政状況を疑われるってことね?」

クロエは頷いた。

「そういうこと。ここに来る直前にね、突然お父様から『買い物を控えろ』って言われたの。理由を聞いたら『予算の割り当てが減ったから』って説明されたわ。でもね、それまで私はお父様のお金がグランチェスター家から割り当てられてるってことすら知らなかったわけ。どれだけ使っても怒られたりしないから、うちはお金持ちなんだって思ってた」

「お金持ちなのは確かよ。王都にあんな広い屋敷を構えてるんだし」

「でもそれって、結局祖父様のお金であって、お父様のお金じゃないわ。それに、予算の割り当てが減ったのは昨日今日の話ではないでしょう? 最初にはっきり使っていい金額を提示してくれていれば、社交界での面目を保ちつつ、予算を上手く使うことを考えることだってできたはずだわ」

「クロエって、お馬鹿じゃなかったのね」

「だからそう言ってるじゃない。アダムと一緒にしないで欲しいわ」

『もしかしたらクロエって伯母様よりも柔軟性があって賢いのでは?』

「だからね、私凄く腹が立って『お父様が一日も早く侯爵を継げば、もっと予算が使えるのに』って言っちゃったの」

「く、クロエ! それは絶対に言っちゃダメ! 小侯爵は侯爵の継嗣ではあるけど、同時に侯爵の臣下よ? その発言は叛逆よ」

「うん。後でガヴァネスと侍女が真っ青になって教えてくれたわ。そりゃそうよね。私が処分されれば彼女たちも巻き込みかねないもの。自分でも馬鹿なこと言ったって思ってるわ」

『どういうこと? なんで自分に不利ってわかってることを暴露した??』

クロエはスッと立ち上がって侯爵の元に近づき、一番深い姿勢で頭を下げた。

「グランチェスター侯爵閣下。私は愚かにも閣下を貶める発言をいたしました。処分は如何様にもお受けいたします」

「頭を上げろクロエ。子供の 戯言(ざれごと) だ。いちいち気にしたりはせん。繰り返さねばそれで良い」

「寛大なお心に深く感謝いたします」

すると侯爵は肩をぷるぷる震わせて笑い出した。

「クロエ、お前も母親に似てだいぶ腹黒いな。今のやり取りを聞かせて、私から服飾費を搾り取る気なのだろう?」

「やっぱり見抜かれちゃいました?」

クロエはいたずらが見つかった子供の表情で笑った。

「だがお前の母よりは立ち回りが上手いな。断れないこともわかっているのだろうし」

「お父様に我儘を言ったところでお金の持ち合わせが無いのですから、持ってる方におすがりするしかございません」

「それなら私よりもサラにすり寄ったほうが良さそうだぞ」

「もちろん、そうするに決まっているではありませんか!」

サラの方に振り向いたクロエは、ニンマリといった雰囲気の微笑みを浮かべていた。

「仕方ないなぁ。いきなりオートクチュールってわけにはいかないから、子供服と少女服メインで可愛らしいドレスを作ってもらおうか。お茶会用とかでいいんでしょ? クロエをイメージモデルにして、女の子たちが集まるお茶会で自慢して着て頂戴。宣伝料としてドレスはタダで用意してあげる」

「やった!」

「その代わり、ドレスを作るたびにグランチェスター領まで来ることになるわよ? 私はお任せだからサイズ伝えるだけで適当に作ってくれるけど、クロエは違うでしょう? フォーマルなドレスなら、仮縫いだって必要だろうし」

「構わないわ。 祖父様と一緒にこちらに来るつもりよ!」

「え、祖父様は馬で来るけど大丈夫?」

「多分大丈夫だと思うわ。私はアダムやクリスよりも乗馬得意だし」

すると侯爵が口を開いた。

「クロエが同行するなら馬車でも構わんぞ?」

「アダムのせいで馬車の長旅にはうんざりです」

「そうか」

侯爵は俯きながら、クククと笑いをこらえたような音を漏らした。

「彼にデザインの基本を教える人探さないと」

「何言ってるのよ。グランチェスター城の服飾係に頼めばいいじゃない」

「へ?」

「そっか。サラはそういうところも貴族的じゃないのね」

クロエがちょっとだけ嬉しそうにドヤ顔をした。

「あのね普通の上級貴族の家には、服飾係がいるの。当然、グランチェスター城にもいるわよ。普段は繕い物の仕事が多いけど、下着や夜着を作ることも多いわ」

「へぇ。そうなんだ」

「それだけじゃないわよ。貴族女性は同じドレスを何度も繰り返し着ることはできないから、既存のドレスを別のドレスに作り変えるようなこともする。贈り物でいただいた布から主人の服を仕立てることができる服飾係だっているのよ。だから貴族家の服飾係は、ドレスメーカーで働いた経験者がとても多いの。もちろん、貴族家の服飾師から独立してドレスメーカーになる人だっているのよ」

「つまり、クロエはグランチェスター城の服飾係から学べば良いって言ってるのね?」

「手っ取り早いし、変な工房に捕まって面倒なことにもならないでしょう?」

「なるほどね。ありがとう。良い情報を聞いたわ」

「どういたしまして。ドレスよろしくね」

どうやらツンデレクロエは、大変逞しい貴族令嬢へと変化しつつあるようだ。

『クロエに会計の基礎を教えておくと、後々役に立ちそう』