軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

もふもふとフラグ

狩猟大会が10日後に迫り、いよいよ明日には小侯爵夫妻がグランチェスター城に入ることになった。

その日の夜、サラの寝室を訪れたセドリックは、眷属を全員集めて現状の整理を始めた。珍しく人間サイズになっており、報告する姿を見ると、邸に勤務する執事と見分けがつかないレベルである。

「明日は小侯爵様ご一家が、使用人10名を連れて入城される予定となっております」

「彼らは本邸の東翼に入るのでしょう?」

「然様でございます」

サラ、ロバート、レベッカが起居する部屋は本邸の西翼にあるため、始終小侯爵一家と顔を合わせることは無いだろう。なお、邸の主である侯爵とその夫人が使う続き部屋は東翼にある。

「まぁ晩餐は諦めるしかないわね。お父様やお母様も一緒だし、以前のような胃の痛い食事はしなくて済みそう」

「大会期間になれば、お子様方が晩餐を共にされることもないかと」

「それはありがたい話だわ」

どうやら気まずい雰囲気の食事は、最低限の回数だけで済みそうである。

「予定では明日の午前中に到着され、昼食後にオープニングセレモニーと舞踏会の会場となるホールを視察される予定です」

「10日前に来て視察ねぇ。不具合が見つかっても修繕できる時間なさそう」

「そのあたりは侯爵閣下の責任でございます。本来は侯爵夫人のお仕事ですが」

「祖父様には奥様がいらっしゃらないのだから、本来なら小侯爵夫人が領地に来て差配するものではないの?」

「そのあたりは貴族家によってさまざまです」

「あら、そうなのね」

『王都にいる間は、そんなに雰囲気悪そうには見えなかったけど、祖父様は伯父様や伯母様に権限を渡すのを 躊躇(ためら) っている?』

「お子様方ですが…っと、サラお嬢様大丈夫でございますか?」

セドリックが従兄妹たちの件に触れようとしただけで、サラの眉間には微妙にシワが寄ってしまう。

「ごめんなさい、どうも彼らのことを思いだすとイラっとしてしまって」

「お気持ちはお察しいたします。が、避けられない儀式のようなものがございまして」

「本音の伴わない謝罪?」

「まぁそうですね」

深いため息を吐きながら、サラは池に落ちた時のことを思いだした。

「本当のことを言うとね。あの時のことをそんなに怒っているわけじゃないの。事故だってわかってるしね」

「それは驚きました。許していらっしゃらないのかと思っておりました」

「あ、怒ってはいないけど、許してるわけでもないわ。だって、人として最低だもの。事故だとしても、私を助ける行動を一切とらず、逃げて隠蔽しようとしたわ。どこに許せる余地があるっていうの?」

「ふむ」

「あの時、本当に死んじゃうんだって思ったの。変な話よね。祖父様が迎えに来るまで、私は父さんや母さんと同じように死ぬつもりだったのよ。なのに池に落ちた瞬間、死にたくないって思ったのよね」

「それは人として普通なのでは?」

セドリックは心配そうにサラの目を覗き込むように見つめた。

「妖精のあなたに『人として普通』って言われるのは不思議ね。でもあの頃の私は、生きてても死んでるみたいだった。父さんが死んで家にお金が無くなって、母さんは私のために悲しむ暇もなく私を育てなきゃならなかった。けど、女性が一人で子供を育てるのはそんなに簡単なことじゃない。女性たちの集落を見ると、あの頃のことをすごく思いだすわ」

「然様でございますか」

「お腹が空いてても食べるものは少ししかなくて、薪を買うお金もないから部屋はいつも寒かった。私は母さんと同じベッドで一緒に寝てたけど、二人ともまともにご飯を食べてないから体温が上がらなくて、なかなか暖かくならないの。母さんは毎日私を撫でながら、『サラは私の宝物』って言ってた。だからね、母さんが最期の眠りについたとき、私もそのまま傍らで眠り続けたかったの」

困ったような表情を浮かべたセドリックは、ぽんっと大きな黒豹に変化した。堂々とサラのベッドに上がり込み、大きな体で彼女を包み込むように寄り添った。眷属の子たちも次々と猫のようなサイズの黒豹に変化して、セドリック同様にサラの周りにじゃれつくように寄り添った。

「ふふふっ。心配してくれてありがとう。妖精も暖かいのね」

「特別にもふもふで暖かくしております」

サラはセドリックの胸にぽすんと顔を埋めた。

「いつもこの姿なら可愛いのに」

「サラお嬢様が望めばいつでも構いませんよ」

「中身がセドリックじゃなかったらもっといいのに」

「時には妥協も必要です」

サラはセドリックの前足にある大きな肉球をぷにぷにしながら、幸せな感触にうっとりした。

「…でもね、私は前世を思いだして自分の人生は自分のためにあるって気付いたの。私は母さんの宝物になるためだけに存在してるわけじゃないってわかったから。そしたらね、私の世界は一気に広がったの。グランチェスター領に来て、お父様やお母様、祖父様、妖精たち、乙女たち、学友たち…いっぱい大好きな存在が増えたわ」

「それは良かった」

セドリックはサラの頭にすりすりと頬を寄せる。その仕草があまりにも優しくて、サラは思わずセドリックの鼻先にキスをした。

「うーん。いつもこの姿で居ても良いかもしれないと思えてきました」

「今日は疲れすぎて心が弱ってるから特別」

「このまま幸せの余韻に浸っていたいと言う気持ちで一杯ではあるんですが、実は報告はまだまだあります」

小さな黒豹がサラの胸元に飛び込んできた。

「あなたは誰?」

「ロイセン王宮に行ったセドです」

「遠くまでありがとう。魔力を少しあげるね」

サラはセドの額を撫でながら魔力を補充した。

「ほわ~。魔力いっぱいです」

セドはうっとり目を細める。

「えっと、ロイセンの第三王子ですが、国王の胤ではありませんでした」

「あら。実父は誰なの?」

「護衛の近衛騎士でした。既に護衛中に殉職しておりますが」

仔豹を撫でながら聞くには、少々不穏な内容である。

「それと、お家騒動の原因ですが、第二王子が第三王子の妻を凌辱したため、激高した第三王子が第二王子と第一王子を殺したのだそうです」

「ナニソレ。お母様を側室に迎えようとしてたくせに。とことんクズね。でも第一王子はどうして?」

「事件を傍観していました。第三王子妃はその場で自死し、彼女の侍女も亡くなっております」

「なんて悲惨な…」

サラは被害女性たちを悼んだ。

「国王は以前から第二王子を擁立する貴族派を疎ましく思っていたこともあり、第三王子の凶行の報せを聞くや否や、そのまま側室を含め貴族派を一気に粛清したのです。第二王子が他国への侵略を計画していたことは周知の事実でしたので、国王はその事実を盾に『国賊を討った』という形をとっています」

「そんな事情なら準備もなく粛清したはずだわ。ロイセンはかなり混乱したのでは?」

「もちろんです。国内産業へのダメージは大きく、国力は10年経った今も完全に回復しているとは言えません。それでも事件直後にゲルハルト王太子はアヴァロンを直々に訪問して第二王子の横暴な求婚を謝罪し、国同士の関係正常化に努めています」

「国が荒れたなら隣国との関係を正常に保つのは重要な政策だものね」

サラがセドを胸に抱え込むと、目の前でピルピルと耳が動く。

『可愛い~。癒されるぅ』

「そうですね。ゲルハルト王太子は、沿岸連合と呼ばれる大陸の南側に位置する海に面した小国家群の連合とも同盟を結ぶため、加盟国の一つであるサルディナの姫を娶られています。この王太子妃は3年ほど前、15歳におなりになる前に亡くなられましたが」

「ってことは、ゲルハルト王太子は本当に嫁探しのためにアヴァロンにいらしたの?」

「そのようです。彼にはまだお世継ぎがいらっしゃいませんので」

「沿岸連合の方は良いの?」

「加盟国同士が争っているらしく、連合として次の正室の候補を立てるのに難航したようで、複数の姫を側室にどうかと打診されています」

「でも、アヴァロンの王室には独身の姫はいないのでしょう?」

「はい。王室で一番年上の独身女性は国王の妹姫で51歳ですが、さすがにお世継ぎが望めません。その下は第二王子のご息女で5歳です」

「それは、どっちもムリだわ」

「ですので有力貴族のご令嬢を王室の養女として嫁がせることを検討されているようです。今回の狩猟大会には候補となるご令嬢が一堂に会します」

「うわ、面倒くさっ! っていうか、そんなにアヴァロンとの同盟ってロイセンにとって重要なの?」

「ロイセンはアヴァロンに比べて土地が貧しく、麦の収穫量が少ないのです」

「じゃぁグランチェスター領に来るのは、嫁探しだけじゃなくて視察の意味もありそうね」

「仰る通りです。侯爵閣下には既に小麦農家の視察を打診されております」

「まさか備蓄見せろとは言われないわよね?」

「備蓄庫の場所は戦略的な機密事項ですので、それは大丈夫かと」

『ひとまず安心ね。さすがに備蓄が失われてることを外部に気付かれるのはマズいもの。不安を煽りかねないから領民にすら言えないしね』

セドばかりを構っていることが不満なのか、リックももぞもぞとサラの胸元に頭をすりすりし始めた。

「リック、どうしたの?」

「小侯爵閣下がご自身の炭鉱を抵当に入れて、10,000ダラスを借入しています」

「え?どうして?」

「夫人とお子様方の手形を現金化するための資金が不足しました」

「いくら足りないの? そもそも祖父様には相談したの?」

「現状で不足しているのは2,000ダラス程ですが、次の予算が割り当てられるよりも前に、社交シーズンの用意が必要になりますので。この件は、まだ侯爵閣下もお気づきではございません」

「なるほど。こっそり借金したわけね」

「そうなります」

「どうして祖父様に隠しているの?」

「次期侯爵としての資質を疑われることを恐れていらっしゃるのかと」

「それは私でも疑うわ。妻子の散財を止められない家長に、領主が務まるとは思えないもの」

「小侯爵は夫人とお子様方に、支出を控えるよう申し渡しましたが…」

「どうしたの?」

「クロエお嬢様が、『お父様が一日も早く侯爵を継げば、もっと予算が使えるのに』と不穏な発言をされまして…」

「なっ!」

「しかも、その発言を夫人は 窘(たしな) めませんでした」

『侯爵ならお金は使い放題だとでも思っているのかしら…いくら女性はお金のことを気にしてはいけないと教えられるとしても、酷すぎるわね』

「リック、小侯爵が借金をした相手が誰だかわかる?」

「わかりますよ。シルト商会です。多国籍な商会で本店は沿岸連合の一つ、ロンバルにあります」

「シルト商会…? もしかしてその商会、小侯爵一家の手形を買い集めてたりしてない?」

「それは調べてみないとわかりません」

「イヤな予感がするの。調べてもらえるかしら」

「承知しました」

リックはサラのお腹の辺りで満足そうにくるりと丸まったので、サラは額部分を指先で撫でるように魔力を補充した。

すると、少しだけ遠巻きにしていたもう一匹の仔豹が、じっとサラを見つめている。

「あなたは王宮に潜伏してる子?」

「はい。然様でございます。サラお嬢様」

「こっちにおいで」

おずおずと近づいてきた仔豹に手を伸ばしたサラは、そのまま抱え込んだ。頭の上にちょこんと乗った耳を唇だけで軽くハムハムしながら吸った。

「ふややぁぁ。サラお嬢様、それはダメです。なんかスゴくダメですぅぅ」

「愛い奴め~。もふもふ最高~。あなたのことは、今日からドリーって呼ぶわ」

「名前は嬉しいですが、ハムハムは本当にダメですぅ。今日はボクからも報告あるんですからぁ」

「あら、それは聞かなきゃ」

サラは豹吸い(?)をやめて向き直った。

「今回、ロイセンの王太子とともに、王室からは王太子の長男であるアンドリュー王子がいらっしゃるそうです」

「うーん、王室メンバーのことはレベッカ先生の授業でも習ったわ。確か17歳でいらっしゃるのよね? 来年アカデミーを卒業されるはず」

「はい。その通りです」

「そちらのお相手は祖父様か、小侯爵一家がするでしょう。お母様のお茶会に、わざわざ王子や隣国の王太子が来るはずないものね」

「そういうものなのですか?」

「そういうものよ」

こういうのをフラグと呼ぶことを、サラは後から思い知らされることとなる。が、ひとまずはもふもふ天国で癒されつつ眠りについた。