軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去編⑦

「なぜそんなまどろっこしいことをする?」

サリエルは突然目の前に現れ、これまた突然難癖をつけてくる男を、無視してそのまま素通りした。

「おい! 待て!」

後ろで何か喚いている、のみならず喚きながらついてくるが、サリエルは無視し続ける。

喚く男、ギュリエのことはもちろん知っている。

人型の姿に化けているが、その正体が龍であり、自身を千里眼で監視していたこともまた把握していた。

しかし、監視されようが、それが使命に抵触しない限りサリエルが排除に動くことはない。

さすがに監視のみならず危害を加えてくるのであれば話は別だが、今のところ文句は言えどそれだけで実害はない。

いや、あった。

「病院では静かにしましょう」

立ち止まり、振り返って喚いているギュリエに注意を促す。

病院では静かに。

常識だ。

それを堂々と破っているのだから実害はあった。

「そんなことはどうでもいい!」

しかし、どうやら相手は常識の通じない手合いだったらしい。

さらに一段階声のボリュームが上がる。

サリエルが正面から向き合い口を開いたのをいいことに、話を聞く気になったものだと思い込んだらしいギュリエがさらに喚きだす。

こんな病人など治そうと思えば治せるだろうだの、それでも神なのかだの。

あまりにも大きな声で喚くものだから、医者や看護師、さらには入院している患者までギュリエと、その話を聞き流しているサリエルに視線を向けてくる。

二人がいるのは発展途上国の小さな病院だ。

サリエル、正確にはサリエルの活動を金銭的に支援しているサリエーラ会の会員の援助によって建てられた病院。

小さな病院であるため、ギュリエの声は院内すべてに響き渡っている。

迷惑極まりない。

「もう一度警告します。ここは病院です。病院では静かにするのが常識です」

ギュリエのいつまでも続く愚痴を遮り、サリエルが釘をさす。

しかし、そのサリエルの態度がギュリエには癪に障ったようで、元から悪そうだった機嫌がさらに急下降していくのが手に取るようにわかる。

「それと、ここは内科と外科の病院です。頭の病気は専門外なので他の病院に行くことをお勧めします」

真面目な顔をして辛辣な冗句を言うサリエル。

それを聞いたサリエルのお供は「ぷっ!」と吹き出した。

そのお供の態度が気に食わなかったのか、ギュリエの怒りの矛先がサリエルから移る。

「下等生物が」

「ああ、失礼。しかしながら傍から見て下等なのはいったいどちらなのでしょうね?」

ギュリエの怒りのこもった視線をさらりと受け流すお供の男性。

名をフォドゥーイというその男性は、穏やかな笑みを浮かべながらも、目は見下すかのようにギュリエのことを捉えていた。

フォドゥーイは人間の平均寿命からすると、かなりの高齢に当たるのだが、その背はしゃんと伸びている。

サリエルに付き従う姿はどこかやり手の執事のようにも見えるが、その正体は大財閥のトップ。

サリエルに入れ込み、資金援助をしている大富豪の筆頭だ。

「無礼な! 貴様死にたいのか!?」

「おやおや? 口で勝てぬから暴力ですかな? 下等と罵る相手に口で勝てぬ愚か者が、本気で自分のほうが優れていると勘違いしているのかね? ああ。それがわからぬから愚か者なのか。失礼失礼。どうも私は基準を自分で合わせてしまうのでね。自分より劣る思考の持ち主の考えを理解してやれないのだよ。すまなかったね。許してくれ」

実年齢では龍であるギュリエのほうが上だが、大財閥を動かす海千山千の妖怪爺には口で勝てるはずもなし。

フォドゥーイの口が一度開けば、そこからは罵詈雑言が絶え間なく流れ出す。

一日中でもそれを途切れさせることなく続けることもできるのだが、そんな無駄なことはしない。

「君の話は私が外で聞こう。ここは病院だ。サリエル様の言う通り無関係の人間が騒ぎを起こすべき場所じゃない。それともなければ、君はそんな当たり前のことすら守れない下等な頭の持ち主なのかね?」

「ぐっ!」

フォドゥーイの言葉に呻くギュリエ。

遅まきながら自分が周囲の人間から白い目で見られていることに気づいたようだ。

それもそうだ。

神だのなんだのという話を喚き散らしていれば、サリエルの言う通り頭のおかしい人間だと思われても仕方がない。

龍という超常の存在がいても、この星に生きる人間にとって神やその奇跡の力などはおとぎ話の範疇。

それを真剣な表情で喚く大の大人など、「やだ、何あの人」と指をさされても仕方がないのだ。

尤も、それ以前の問題として病院で騒ぐなという話ではあるのだが。

フォドゥーイに連れられてギュリエが外に歩いていく。

未練がましく何度も振り返ってサリエルのことを見てきたが、サリエルはそれを気にすることなく本来の目的のために歩き出した。

「ストーカーここに極まれり、ですな」

「は?」

病院から出てすぐの人目の多い道路で、フォドゥーイは口を開いた。

「ストーカーもほどほどにしていただきたいと言っているのですよ。聞こえていませんでしたか? どうやらあなたの言う上等な生物というのは耳が遠い生物のことを言うようだ。私の常識からすればそれはかなりおかしいことなのだが、世界は広いということで納得いたしましょう。きっと私が知らないだけで耳が遠いことを誇る文化というものがあるんでしょうな。私には理解できかねますが」

フォドゥーイの言葉に思わず間抜けな返答をよこせば、これだ。

これでもまだ本人としては手加減しているのだから質が悪い。

「人聞きの悪いことを言うな。私の耳は遠くもないし、そもそも私はストーカーなどではない」

「おやおや? 自覚がないとはやはり愚か者ですな」

「なんだと?」

ギロリとフォドゥーイのことを睨みつけるギュリエ。

その機嫌は最高レベルで悪い。

しかし、ここで短気を起こして手を出せば、フォドゥーイの言う通り口で敵わぬから暴力に訴えた愚か者になってしまう。

至高の存在である龍種たる自分がそんなことをしていいはずがないと、理性で抑え込んでいるのだ。

それに、ここで手を出せば必ずサリエルがやってくる。

そうなれば今度こそギュリエの命運はそこで尽きることとなる。

「ふう」

しかしながら、そんなギュリエの理性の限界を揺さぶるかのように、フォドゥーイは馬鹿にしたような溜息をわざとらしく吐いてみせる。

「自らを至高と言うのであれば、下等と卑下する人間の常識くらいわきまえたらどうかね? 龍殿」

カチンときて口を開こうとしたギュリエだが、それよりも先にフォドゥーイの言葉が先制する。

そしてその言葉はギュリエを唖然とさせた。

フォドゥーイはギュリエのことを龍とは知らずに接しているのだと思っていた。

それを知らぬからこんな態度でいられる愚か者なのだと。

しかし、そうではなかった。

フォドゥーイはギュリエが龍だということを知っていて、そのうえで馬鹿にしてきているのだ。

その差は小さいようで大きい。

「貴様、それを知りながらこの私を馬鹿にするのか?」

「しますとも。馬鹿にする理由が存在するのであれば、私は相手が何人であろうとも馬鹿にする」

当たり前のことのように宣言する目の前の老人のことを、ギュリエはその時初めて下等生物と侮ることをやめた。

理解不能だったからだ。

「とにかく、今のあなたでは話になりません。今日のところはお帰りなさい。そして少しでも人間社会について学んできなされ。そうすれば私があなたをストーカー呼ばわりし、馬鹿にしたことが少しはわかるでしょう。それでわからないのであればあなたに見込みはない。二度とサリエル様の前には姿を現さないでいただきたい」

一方的に話を打ち切り、フォドゥーイは病院へと引き返していってしまった。

残されたギュリエは、言われた通りすごすごと帰っていくしかなかった。