軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去編⑧

いつからだっただろうか?

サリエルが他の生物よりも人間を優先するようになったのは。

きっかけはきっとたわいもないことだった。

サリエルに与えられた使命は原生生物の保護。

戦闘特化タイプの天使であるサリエルにその使命が割り振られたということは、その意味するところはつまり原生生物を他の神から保護せよということだ。

他の神に干渉させるなという意味であり、つまりサリエルに与えられた使命は神の駆逐。

他の神同様、サリエルが原生生物に干渉することは求められていなかった。

だから最初は見守るだけだった。

サリエルはずっと世界を見守っていた。

しかし、いつの頃からかサリエルは見守るだけではなく、手を差し伸べるようになった。

きっかけはきっと、本当にたわいもないことだった。

ただ、ちょっとした善意で助けた子供。

転んだところを助け起こしたくらいの、善意というほど仰々しいことでも何でもないこと。

「ありがとう!」

ただ、そのお礼を言われただけ。

そんな些細なことが始まりだった。

ストーカーとは、特定の人物に付きまとう行為のことを言う。

当然のことながら、特定人物を監視する行為もまたそれに含まれる。

国によってその対応には差があるが、先進国ではほぼ犯罪として扱われる行為だ。

犯罪。

龍種たるこの自分が、犯罪者。

ギュリエの受けたショックは当人にしか理解できない。

しかし、その衝撃は大きかったとだけ言っておこう。

フォドゥーイに言われ、人間の常識とやらを学んでいくうちに、ストーカーについての知識もギュリエは得ていた。

そして落ち込んでいた。

まさか、自分がなんのけなしにしていた行動が、人間にとっては犯罪として忌み嫌われる行為だという事実に対して。

龍種たる自分が、人間から後ろ指差されてストーカーだと非難される。

なんという屈辱!

それと同時に自分の無知さ加減に危機感を覚える。

今まで自分のしてきたことが、実は他者から見るととんでもないことだった、ということがあるのではないかと不安になったのだ。

その不安に突き動かされて、ギュリエは人間のありとあらゆる常識や習慣を学んでいった。

龍は普通そんなことをしない。

人間からどう見られようとも、揺らぐことはない。

人間が龍を神聖視するのは当たり前。

なぜならば龍は至高の存在なのだから。

人間が龍を奇異の目で見るのもまた当たり前。

至高の存在たる龍を、人間ごとき矮小な存在が正しく理解できなくても仕方がない。

龍を理解できない人間が愚かなのであって、龍の行動が間違うはずがない。

それが龍にとっての普通なのだ。

しかし、ギュリエはそれに反して人間の言葉で心を乱され、人間の文化を学びだした。

この時点で同じ龍たちに奇異の目で見られ始める。

至高の存在たる龍が、なぜ下等な生物の生態を学ぶ必要があるのか?

至高の存在たる龍が、なぜ下等な生物に合わせなければならないのか?

龍は龍としてあるだけでよく、合わせるのであれば下等生物が龍に合わせるべきなのだ。

それでもギュリエは自分が間違ったことをしているとは思わなかった。

ギュリエもサリエルに出会うまでは龍種こそが至高の存在だと信じて疑っていなかった。

サリエルに出会ったことでその考えにほころびが生まれ、そして人間であるフォドゥーイに論破されたことでそのほころびはさらに大きくなった。

龍とは確かに強大で偉大だ。

しかし、はたして本当に至高の存在なのだろうか?

武力ではサリエルに劣り、口ではフォドゥーイに負けたというのに?

自分が知らなかっただけで、龍よりも優れた種は存在するのではないか?

龍としては異端なその考えは、しかしギュリエにはストンと納得のいくものだった。

龍が生物として優れているのは疑いようもない。

しかし、だからと言って他の生物を下等と決めつけるのは早計だと思いなおす。

ならば今まで下等と蔑み、見向きすらしていなかった人間から学べることもあるのではないか?

その疑問は人間のことを学べば学ぶほど確信に変わっていく。

龍は優れているがゆえに、前進しようとしない。

そんなことを意識してやろうとしなくても、時間が経てば自然と力を身に着けていくのだから。

そしてそれだけの時間が経てば、知能もまたそれなりに発達していく。

悠久とも言える時間があるからこそ、焦る必要もなくただあるだけで進化していくことができる種族。

それが龍。

対して、人間には時間がない。

人の一生など龍から見ればほんの一瞬のことで、その一瞬で命を燃やし尽くしていく。

その一生で費やす行動は目まぐるしく、生きるということに真剣に向き合い、その生を謳歌している。

龍が無為に過ごしている間に、人間は驚くほど精力的に活動しているのだ。

それがもたらす結果が、龍から見れば些細なことだとしても、人間は生きている。

生き生きとしている。

何もせずただ無為に過ごす人間のことを、ニートというらしい。

なるほど、その理論で言うのならば龍はみなニートだ。

そう思い至り、ギュリエは人知れず笑ってしまった。

どれだけ強大な力を誇っても、ニートでしかもストーカーとくれば、馬鹿にされるのも仕方がないと。

龍がニートをしている間に、人間は必死に生きている。

種族としては龍のほうが優れている。

それは疑いようのない事実だ。

しかし、だからと言って人間のことを下等生物と見下すことは、ギュリエにはもうできそうになかった。

種族としての強みに胡坐をかいていたら、いつか人間に痛い目にあわされるのではないかという危機感まで覚える。

それは考えすぎにしても、人間の生き方からは学べることが多い。

そのことに気づかせてもらった礼。

そして今までの謝罪。

そして何よりも、答え合わせのためにギュリエはもう一度サリエルに会う決心をする。

サリエルが神の力を使わない、その答え合わせをするために。