軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去編②

「どこのどいつだ? 龍の子供を拉致するなんて暴挙に出た馬鹿は?」

「目下調査中とのことです」

緊急で開かれた会議の席で、ダズドルディア国のトップである大統領が頭を抱えながら呻いた。

「被害は?」

「今のところ警告だけで済んでいますが、このまま捜査が進展しなければどうなるかは……」

「その捜査は進んでいるのか?」

「犯人の目星もついていないようです」

「結局のところ龍の機嫌次第ということか」

大統領が重い溜息を吐く。

会議室には重い空気が立ち込めている。

事の起こりは海を挟んだ別大陸の同盟国からもたらされた、緊急の援助要請であった。

曰く、「龍が暴れるかもしれないので援軍を派遣してほしい」というものだ。

龍。

それはこの星において生態系の頂点に君臨する生物である。

人よりも優れた知能を有し、人よりも屈強な肉体を有し、人よりも長い時を生き、何よりも魔術という人では行使できない神秘の技術を有している。

全てにおいて人よりも優れている彼らだが、人に対して干渉してくることはほぼない。

そのほぼないことが起きている。

異常事態であることは明白だった。

緊急援助を申し出てきた国に詳しい事情を問い質すと、龍からの通告があったことを告げた。

「龍の子供が人間の手で拉致された。

直ちにこの犯人を差し出し、攫われた龍の子供を無事に返還せよ」

これが龍からの通告だ。

通告を受けた同盟国は最初混乱の極致にあった。

寝耳に水のことであり、何よりも相手が悪すぎるということもあって。

龍とは不可侵の生物であり、決して手を出していい相手ではない。

それは人類すべてに共通した常識であり、それを破る愚か者がいるとは予想だにしていなかった。

しかし、現実には龍から通告があった。

龍の子供を攫うなどという暴挙を何者かがしたという、信じがたい通告が。

「それで、大統領。援軍を派遣するのですか?」

重い口を開いたのは国防省長官。

もしここで大統領が援軍派遣を肯定するならば、軍事を司る彼が動くことになる。

「できるか!」

しかし、そんな国防省長官の心配を大統領は一喝で吹き飛ばした。

「龍だぞ? テトマイアの悲劇を忘れたか? もし仮に龍が暴れるような事態になれば、我が国がいくら援軍をよこしたところで意味がない。被害が拡大するだけだ」

テトマイアの悲劇。

それは過去に起きた、怒りに触れた数少ない事件のこと。

テトマイアと呼ばれた国が、新型の爆弾の開発に成功し、あろうことか龍の生息域にそれを落とした。

新型爆弾の威力は申し分ないものだった。

それこそ地図を書き変えてしまうほどの威力があった。

しかし、それが悲劇と呼ばれ、龍の恐ろしさを改めて伝える契機となったのは、爆弾など比べ物にならない被害を龍がその後もたらしたからだ。

どうしてテトマイアがそのような暴挙に出たのか、その真実を知る者はいない。

爆弾を落としたその日のうちに、テトマイアは地図上から消え失せてしまったのだから。

地図を書き変えるほどの威力の爆弾を受けても平然とし、一つの国を地図上から消し去る暴威を振るう。

龍とはそういう生物なのだ。

「しかし、軍の派遣など論外だが、何もしないというわけにもいくまい。捜査局から適当に人員を送っておけ。現地の職員と合流させて犯人の捜索に協力させろ」

「向こうがそれを受け入れるでしょうか?」

「捜査官のプライドか? そんなもの龍に食わせてしまえ。向こうに協力する気がないのであれば独自に動いて構わんと通達しろ。ことは向こうの国だけで収まらんかもしれんのだ。なりふり構ってられるか」

大統領の指令に捜査局長官が是と返す。

「向こうへの対応はそれでいいとして、こちらも防備を固めなければな。全ての空港や港の監視体制を強化せよ。絶対に我が国に攫われた龍の子供を入れさせるな。多少検査が手荒になってしまっても構わん。怪しいのは全て押しとどめろ。ああ、密入国にも気を付けておけよ?」

矢継ぎ早に下される指令に、担当の人物はげんなりとした顔をする。

ダズドルディア国は一つの大陸が丸々一つの国としてある超大国。

当然航空や港の数も膨大で、民間のものや不法なものを入れれば、その全てを監視することは容易ではない。

しかし、やらなければ攫われた龍の子供が自国に持ち込まれ、最悪龍の標的がこの国となるのだ。

やらないわけにはいかない。

それがわかっているからこそ、大統領はどんなに難しいことでも指令しなければならない。

「……それと、サリエーラ会にこのことを流せ」

大統領が歯切れ悪く、それでもはっきりとそう指令を下した。

「機密情報を、民間の慈善団体に漏洩させることになりますが、よろしいのですか?」

「構わん」

念のために聞かれた確認に、大統領は即答する。

聞いたほうもわかってはいるのだ。

龍がもし本当に暴れるとすれば、それを止められるのはサリエーラ会しかないと。

正確には、サリエーラ会の会長しかいないと。

サリエーラ会はどこの国にも所属していない、慈善団体。

その活動内容は多岐にわたる。

動植物の保護。

病院への支援。

貧困層への救済。

果ては、戦争の仲裁まで手掛ける。

おおよそ慈善と聞いて想像しうるすべての活動をしているとまで言われる団体。

それがサリエーラ会。

そんなサリエーラ会には実しやかに噂されていることがある。

それは、サリエーラ会の会長は人間ではない、という噂。

それが事実かどうか知る人間はこの会議室の中にいない。

しかし、サリエーラ会の会長が龍を止めうるということは事実として知っている。

テトマイアの悲劇の折、暴れる龍を鎮圧したのはまさにその人物なのだから。

「サリエーラ会がどう動くのかは知らん。が、知らせて悪いことはないはずだ」

サリエーラ会の活動は慈善事業。

しかも、他のどこよりも清い活動を行っている。

本当に人間なのかと思うほど無欲に、ただ救済のみを目的とするかのように日々活動している。

その活動によって救われた人間は数知れず、それに感銘を受けて支援する富豪もまた数知れない。

そもそも、サリエーラ会という団体は、会長の活動に感銘を受けた人々が、会長の活動を支えるためだけに立ち上げた団体だ。

サリエーラ会の会長ではなく、会長を支えるためのサリエーラ会。

その会長が悪事を働かない限り、サリエーラ会が悪事に手を染めることはない。

そして、大統領が知る限りサリエーラ会の会長が今回の件を知ったとして、その情報を悪用することは考えられなかった。

何せ、巷では女神などと言われるくらい、清廉潔白なのだから。

「龍の機嫌を窺い、女神の慈悲に縋る。まったく、ままならないものだな」

大統領の愚痴に、誰も何も言わずに会議は終了した。