軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去編①

男が試験管を振る。

中には赤い液体が満たされており、試験管の中で控えめに波を作った。

その試験管の中の液体を、マイクロピペットですくいあげる。

男は慣れた手つきでマイクロピペットの中の液体を別の試験管に少量ずつ移していく。

薬液の入った試験管に、赤い液体が少量ずつ加わり、それぞれに反応を示していく。

それを眺めながら、男は次の作業に取り掛かる。

男の手が止まることはない。

男がいる場所は実験室とも、または病室とも似ている。

両方の機能を備えているため、そのどちらでも正解だが、あえてその部屋をどちらかに定義するのであれば、そこは実験室だ。

なぜならば、そこに横たえられているのは病人ではなく、男の実験の被験体、実験動物なのだから。

男、ポティマス・ハァイフェナスはベッドに横たわる少女に冷たい視線を向ける。

そこにあるのは実験動物へと向けるものであり、情は一切存在しない。

それが実の娘であっても。

並んだ試験管の反応が、加えられた赤い液体に前の日と変化がなかったことを知らせる。

しかし、それは異常がなかったことを知らせるわけではない。

その赤い液体には、少量の毒素が検出されている。

ベッドに横たわる少女の血液から。

ポティマスが少女に毒を盛っているわけではない。

少女の体が毒を生成している。

しかし、それは本来人間の体にはない機能であり、そのために生成した毒が血中に混ざりこみ、自身を蝕むという結果になっている。

生まれた時からこの毒に体を侵されているため、少女はろくにベッドの上から起き上がれない生活を余儀なくされていた。

しかし、健康体であろうと少女に人並みの生活ができたかと言えば、答えは否。

少女の父親がポティマスであり、少女が真っ当な人間でない時点で、人並みの生活など送れるはずがない。

少女は実験動物である。

たとえ遺伝子上はポティマスの娘であろうとも、真っ当ではない手段で生み出された彼女は実験動物としてしか生きることができない。

それも毒に蝕まれた体ではいつまでもつのかわからない。

彼女はキメラ。

人と動物の遺伝子を掛け合わせる狂気の産物。

その数少ない成功例。

受精卵に加工を施し、人に動物の特性を付加しようとした実験の末に生まれた。

見た目は人間と変わりないが、その中身は歪なもの。

少女に名前はない。

ただ、記号のように、混ぜ合わせた蜘蛛の種族名をもじって、タラテクトと呼ばれている。

ポティマス・ハァイフェナスは物心ついた時から、周囲の人間とは違った。

彼には理解できなかった。

なぜ、人々はこんなにも悠長に過ごしていられるのか。

人は死ぬ。

それは避けられない運命であり、どんな偉人だろうと、どんな悪人だろうと、等しく訪れる。

ポティマスにはそれが恐ろしくて仕方がなかった。

常に死に怯え、死を思った。

だからこそ、人々が普段死について何も考えていないのが不思議でならず、信じられなかったのだ。

なぜ、恐れない?

なぜ、抗わない?

ポティマスは死にたくなかった。

幼少の頃からいつか来るその時のことをずっと恐怖していた。

どうすればその絶対を回避することができるのか。

子供ながらにずっと考え続けていた。

そして、ありとあらゆる分野の学問に手を出す。

そこに活路がないかを知るために。

結論から言えば、死を回避する方法などどんな学問にも答えはなかった。

当たり前のことだ。

それがなされていれば、人々が知らないはずがない。

不老不死は万人が望む夢であり、夢であるからには実現できていないことなのだから。

しかもその夢はいわゆる夢物語の世界のもの。

実現は不可能であり、本気でそれを目指す人間は少ない類の、半ば伝説や神話の中の出来事のように信憑性のないものだった。

それでもポティマスは諦めなかった。

そこで諦めれば、いつか来る死を待たねばならない。

そんなことはごめんだった。

だから、ポティマスは本気で完成させようとした。

不老不死、その秘法を。

細胞学に基づいた科学的な方法での研究を進める。

10に満たない年齢で飛び級して大学生となり、20に満たない年齢で数々の発見を発表しその名を世界中に轟かせた。

しかし、肝心の研究は実を結ばない。

科学だけでは限界を感じていたポティマスは、ついに禁断の研究に乗り出す。

魔術という、人間に扱えない分野の研究を。

世界には不思議な生き物がいる。

その生態には謎が多く、人間の知恵ではその全てを解き明かすには至らない。

その生物の中でも群を抜いて未知のヴェールに包まれている生物、それが龍。

龍は山奥などの秘境にしか生息せず、人間との接触を断っている。

下手に接触しようとすれば、その逆鱗に触れることになる。

過去、龍の神秘を解き明かそうとした人間はいずれも手痛いしっぺ返しを受けている。

そのため、龍についてわかっていることは少ない。

ただ、科学では説明のつかない現象を引き起こす術を持っているというのは確定しているのだ。

それを人々は魔術と呼んでいた。

ポティマスはそこに着目した。

なぜならば、龍は長命。

伝承では不老とも言われるほど、龍は長く生きる。

その長命の体の研究。

そして、魔術という未知なる分野。

それらの知識があれば、不老不死研究の完成に近づける。

そう確信し、ポティマスは龍の研究に乗り出した。

そして、それこそが破滅への序曲となる。