軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【20】壁を越えられない生き物達

ペタペタと歩きながら、ティアは歌を歌う。

「『ララルゥア・ララルゥア・メーテア、ララルゥア・ララルゥア・メーテア、ララルゥア・アルシェ・ディーアーヴァ』…………」

口ずさんでいた歌が止まる。歩く歩幅も少し落ち、忙しないペタペタがゆっくりのペタペタになった。

(……わたし、何か間違えたかな?)

寿命の話になった時、レンは言った。

〈楔の塔〉なら寿命を伸ばす魔術もあるのではないか、と。

それがティアにはとても不思議だった。

例えば、体の悪いところを治したい、なら分かる。怪我をしたら治したい。

だけど、寿命を伸ばしたいというのがよく分からない。

だから、ティアは言ったのだ。

『そんなに長く生きて、どうするの?』

その時、レンは傷ついた顔をしていた。

そのことが、ティアには悲しかった。

(レンに、そんな顔をさせたいわけじゃないのに……)

そういえば、人間は四十年、五十年……人によっては、もっと長く生きるのだ。

それなのに「そんなに長く生きてどうするの?」は、意地悪な言い方だったかもしれない。

だって、レンやセビルはこれから五十年、あるいはもっと長く生きなくてはいけないのだ。

ハルピュイアは、二十五年以上生きる個体は稀だ。三十年以上生きた者をティアは見たことがない。

だからハルピュイアは、人間で言う皺々のおばあちゃんにはならない。なれない。

ティアにとってそれは当たり前のことで……だからだろうか、「それぐらいが丁度良い」と思うのだ。

空を飛んで、歌を歌って、卵を産んで──ティアはもう、卵を産めないけれど。

ハルピュイアの一生は、きっと二十年ぐらいが丁度良いから、寿命もそういう風になっているのだと、漠然と思っていた。

寿命が二倍、三倍に伸びたら、水で薄めたスープみたいに、自分の一生が薄くなってしまう気すらする。

(人間は考えることがいっぱいあるから、二十年じゃ足りないのかな)

そういえば、人間の寿命について、カイが──ティアを拾ってくれた男が、触れていたのを思い出す。

『人間の寿命は、百年前、二百年前と比べて明らかに伸びている』

『どうして? 人間はどんどん強くなってるから?』

『戦争の有無も大きいけれど……食糧供給の安定化、病気の対策、治療方法の確立などが、大きく貢献しているのだろうね。人間は、生きることに貪欲な生き物だ』

人間は生きることに貪欲。それは全くもってその通りだと思う。

魔物にも生存本能はあるのだろうけれど、それ以上に人間に対する執着が強すぎるのだ。

……だから、魔物は滅びつつある。

同じ魔法生物でも、竜や精霊は人間にさほど執着しない。興味を持つことこそあれど、依存して身を滅ぼすものは稀だろう。

(あとはなんだろう、魔物と人の違い………………そうだ)

一つ、思いついた。

──人は何かになりたがる。

何かになるためには、二十年じゃ足りないから、長く生きようと必死なのかもしれない。生きることに貪欲なのかもしれない。

(……もしかしたら、魔物って、とても弱い生き物なのかも)

そんなことばかり考えていたら、なんだか胸が苦しくなってきて、ティアは適当に草の生えている辺りで仰向けに寝転がった。

ハルピュイアの時は、仰向けなんて無防備な体勢はまずしない。

人に化けて初めて知った。こうすると、寝ていても空が見えるのだ。

見上げた空は、いつの間にかどんよりと曇っていた。

灰色の分厚い雲を、鳥の群れが横切っていく。その中に、群れからはぐれた一羽がいた。

──あれは、ティアだ。

(早く帰らないと、わたしを知ってるハルピュイアが、いなくなっちゃう)

ハルピュイアは一度に二つから四つの卵を産む。

ティアの姉は、ティアより一日早く孵った。人間で言うなら双子だろうか。

羽の色が全然違うし、見た目はそんなに似ていないけれど。

(……お姉ちゃん、元気かな)

自分が群れからはぐれて、もう何年が経っただろう。

この数年で、寿命を迎えたハルピュイアもいるはずだ。

(早く、首折り渓谷に帰らなきゃ)

なんだか無性に寂しくなって、ピョロロロと悲しい声で鳴いていたら、頭の方から声がした。

「今日は変わった歌だね」

ティアの顔に陰が落ちる。ティアを見下ろしているのは、ヒョロリと長身の青年──薄茶の髪はツンツンしていない。兄のフレデリクだ。

「フレデリクさん」

「こんにちは」

フレデリクがティアの横にしゃがむ。

ティアは上半身を起こした。

「ピロロ……こんにちは」

「あれ? なんだか元気がない? ダマーさんに何か言われた?」

「ダマーさん? ううん、違うよ」

そこまで言って、ティアは考え込む。

自分の気持ちを上手に言葉にできなかったのだ。

──寿命の違いに触れたら、レンに悲しい顔をさせてしまった。

──寿命の違いについて考えていたら、姉に会いたくて堪らなくなった。

考えるのが苦手なティアなりに、慎重に言葉を選んだ。

「……今ね、とても寂しい気持ちだったの。ねぇ、フレデリクさん」

「なぁに?」

この人に何か訊いてみたいな、と思った。

だから、人に化けたハルピュイアは、人に問う。

おそらく魔物に欠けている、人特有の渇望を。

「フレデリクさんは、何かになりたい?」

「将来の夢の話?」

「ピロロ……そんな感じ?」

多分、ちょっと違うけれど、本質からそんなにずれてはいないと思う。

人は将来を語る時、何かになりたいとよく口にするから。

そこまで考えて、ティアは気づく。

「あっ……もしかして、もう、なりたかったものになってる?」

「どうして、そう思うの?」

「フレデリクさんは魔物狩りの一族だって、リカルドさん言ってた。それなら、フレデリクさんは強い魔物狩りになりたかった人で、もうなってるのかな、って」

フレデリクは少し困ったような顔で笑った。

「魔物狩りなんて、なりたくなかったよ」

「……ペウ? なりたくなかったのに、なってる?」

ぺヴヴヴ……とティアは疑問の呻きを漏らす。

フレデリクはやっぱり困ったような顔で、小さく肩を竦めた。

「そう、不思議でしょ。なりたくなかったものになってる」

「じゃあ、別の何かになりたい?」

フレデリクは何かを言いかけて、口を閉ざした。

そうして何かを思い出そうとしている顔で黙り込み、ポツリと呟く。

「……旅人に、なりたかったな。壁の西側を旅してみたかった」

──なりたかった。過去形だ。

ふと、ティアはリカルドが言っていたことを思い出す。

『フレデリクさん、いつもニコニコしてるけど、本当は誰よりも魔物が怖い人なんで……夜はあんまり眠れてないんすよ』

リカルドが言うには、フレデリクは魔物が怖いのだという。

事実、魔物狩りの一族は、魔物に狙われやすいのだ。

それなのに、彼は討伐室の前線で戦っている。

「フレデリクさんは、魔物狩りをやめて西側に逃げちゃおうって、思わなかった?」

〈楔の塔〉の西には壁と呼ばれる大きな結界があって、魔物達はその壁を越えられない。

もし、フレデリクが魔物と戦うのが嫌ならば、魔物がいない西に行けば良いのだ。

「逃げられないよ」

応じる声は、硬質な響きだった。

フレデリクの目元がかげる。静かで暗い怒りに。

その怒りに、ティアのうなじがチリチリする。

「僕達は逃げられない。壁の西側には行けないんだ」

「……ピヨ? 壁を越えられないのは、魔物だけじゃないの?」

「魔物狩りの一族も、壁を越えられないんだよ。一説だと、先祖に魔物がいるとか、魔物に呪われてるとか言われてる」

それはどちらもあり得る話だ、とティアは思った。

ハルピュイアは人間の男性を攫って交尾する。それならば、ハルピュイア以外にも、人と交尾する魔物がいてもおかしくはない。

そうして生まれた人と魔物の合いの子が、人に近い姿をしていて人里で育ち──それが、フレデリクやリカルドの先祖だった、というのが前者の説だ。

あるいは、上位種の魔物が獲物につける「印」の可能性もある。

その「印」が原因で魔物狩りの一族が壁を越えられず、それが「魔物の呪い」として伝わっている、というのが後者の説。

「真相は定かじゃないけれど、『長い手足のランゲ』と『褐色の肌のアクス』はいつも似たような容姿の人間が生まれる。どんなに小柄な人と結婚しても、子どもはこうなるんだ」

そう言って、フレデリクは長い腕を軽く掲げた。

頭一つ抜けた長身と長い手足は、どこにいてもよく目立つ。それが小さい町や村なら尚更だろう。

「僕達の先祖が周りの人に受け入れてもらうには、魔物狩りになるしかなかったんだろうね……怖くなった?」

「ううん。すごく納得した。じゃあ、オリヴァーさんも壁を越えられない?」

「……そうだよ」

ハルピュイアは帰巣本能があるのか、あまり遠くへ行くことに執着しない。

だから、ティアはわざわざ西の壁を越えたいと思ったことがなかった。

旅人になりたくて、なれなくて、魔物狩りになったフレデリク。

何かになるつもりはない、ハルピュイアのティア。

こんなにも違う生き物なのに、壁を越えられないという事実だけは同じなんて皮肉な話だ。

「フレデリクさん。わたし……上手く言えないけど」

「うん?」

「寂しい気持ち、共有してくれてありがとう」

この寂しい気持ちは、決して捨てて良いものではない。

寂しい、嬉しい、楽しい、悔しい、色んな感情を積み重ねて、ハルピュイアは人を知るのだ。

ティアの言葉に、フレデリクはおっとりと首を傾げる。

「僕のライバルさんは、不思議なことを言うね」

「ライバルさん! ピヨッ!」

「あれ、急に元気になった」

「ライバルさんにライバルさんって言われるって、なんだかちょっと嬉しい気持ち! 認められた、みたいな? ペフフゥ」

「ふふっ、なにそれ」

フレデリクは肩を震わせて、息を吐くみたいに笑う。

そういう穏やかで楽しげな笑い方が、一番似合う人だとティアは思った。