軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【18】道具の価値

「飛行魔術の習得は、諦めた方がいい」

気まずそうなバレットの言葉に、ティアはピョフッと声を漏らす。

バレットが意地悪で言っているわけではないことは、彼の表情を見れば分かる。だが、まだ練習を始めてもいないのに諦めろと言われても納得いかない。

「わたしが、魔力操作下手だから……?」

「まぁ、端的に言えばそういうこと。そもそも、飛行魔術ってのは上級魔術師でも扱いが難しい代物なんだ」

この〈楔の塔〉では魔術師の階級がないが、魔術師組合では魔術師をその能力に応じて下級、中級、上級と分けている。

そして、ティア達の指導員であるヒュッターが、魔術師組合の上級魔術師なのだ。

つまり上級魔術師とは、ヒュッター先生ぐらいすごい人達、とティアは認識している。

(ヒュッター先生ぐらいすごい上級魔術師でも、飛行魔術は、難しい……)

ピロロゥ……と唸るティアに、バレットはちょっと困り顔をしながら言う。

「魔術師の訓練中の死亡事故で、特に多いのが飛行魔術って言われてるんだ。なにせ、飛行魔術の転落事故は、魔法戦用の結界じゃ防げない」

「…………ピヨ?」

魔法戦用の結界については、共通授業で知っている。

物理攻撃を無効にする特殊な結界で、魔力を帯びた攻撃を受けると、そのダメージの分だけ魔力が減る。

魔法戦の結界の中では、基本的に安全に訓練ができるはずなのだ。

(あ、でも、レーム先生が、何か、注意事項があるって言ってた……気がする……)

ティアはピロピロ唸りながら、レームの言葉を思い出す。

「えぇと、魔法戦の結界は……転倒、転落等の事故には、対応してない……?」

「そうそう。つまり、飛行魔術に失敗して墜落したら、物理無効にしてもらえないんだよ。首の骨折れたらそれっきり。飛行魔術の訓練は命懸けなんだ」

なるほど確かに、それなら死亡事故が多いのも頷ける。

魔法戦の結界内では、風の刃を受けても、火球が炸裂しても死ぬことはないが、高いところから落ちたら死ぬのだ。

「飛行魔術ってぇのは、魔術式自体はそこまで複雑でもないんだが、魔力の消費が激しい上に、制御が難しい。とにかく高い魔力操作技術が求められる」

ティアの場合、魔物なので魔力量に問題はない。

だが、魔力操作技術に難があるのだ。魔物だからこそ、一度に大量の魔力を放出してしまう。

「ヒュッターさんから聞いたんだが、あんたは魔力量はそこそこあるけど、魔力操作が苦手なんだろ? 特に、一度に放出する魔力量が多すぎるタイプときた」

「ペゥゥ……うん」

「俺の経験上、そういうタイプは、すごい高さまで飛び上がって、そのまま勢いよく落ちて墜落死する」

ティアは、同じ見習いのオリヴァー・ランゲの飛行魔術を思い出した。

高く、高く、どこまでも高く飛んでいき、空中で腕かきをして、一歩分進んで着地。

あれは自分が求める飛行魔術じゃない、と思った。だが、今のティアが飛行魔術を使うと、高確率でそうなるらしい──否、着地ができない分、あれより悪い。

オリヴァーは着地の訓練に、相当な時間を費やしたのだろう。

「……でも、わたし、飛行魔術を覚えるために、〈楔の塔〉に来た……」

「空を飛びたい理由があるのかい?」

訊ねる声は優しかった。哀れな子どもに向ける優しさだ。

「……空、飛びたくて……飛べないと嫌で、それでここに来たの。そのためだけに、来たの」

空が飛びたい。だって、ティアはハルピュイアなのだ。

空を飛ぶこと、歌うこと。それがハルピュイアの幸福なのだ。

なにより空を飛べないと、ティアは故郷に帰れない。首折り渓谷の姉達に会えない。

ティアが項垂れたその時、バァン! とやかましい音を立てて扉が開いた。

「そういうお前さんに、ピッタリの魔導具がある!」

声を張り上げたのは、管理室室長のカペル老人だ。

カペルは手にした金属の箱と薄い金属板のような物を高々と掲げた。

「シャラララーン! これが飛行用魔導具だ!」

バレットが呆れ顔でボソリと突っ込む。

「室長、シャラララーンってなんすか。シャラララーンって」

「うるさい。子どもはこういう演出に喜ぶんだ。ほら見ろ、チビ。これが飛行用魔導具だ。これを背負って魔力を込めると、鳥のように飛ぶことができる。どうだ、夢があるだろう? 欲しいだろう? 欲しくなってきただろう?」

「いや、室長。さっき、思いっきり失敗したところ見られて……」

「この魔導具、まだ試作品だが、完成したらとんでもない値段がつくぞ。金貨百枚でも足りん。とてもではないが、子どもの小遣いでは買えんな? ……そこでだ」

カペルは金属の箱を抱えたまま、スススススと実に素早い動きでティアに詰め寄る。

ニヤリと笑う顔は、人間に取引を持ちかける小狡い魔物に似ていた。

「試作品の試運転係にならんか? グフフ……そうすれば、ただで乗り放題だぞ。今なら特別に、この機体を好きな色に塗って可愛いリボンをつけてやろう」

「なんすか、その気遣い……」

「水玉模様でも縞模様でもいいぞ? んん? 動物さんの絵を描くか?」

ティアはカペルの手の中にある金属の箱を見た。

魔導具。これがあれば、空を飛べるかもしれない。

(魔導具で、空、飛びたい?)

そうして胸の奥から湧き出た気持ちを、ティアはそのまま口にした。

「いらない」

ティアらしからぬ硬い声が出た。言葉に、感情が上手く伴っていないからだ。

何故、こんなにも拒絶感があるのか、その感情が何なのかは分からない。分からないまま、ティアは辿々しく思いを口にする。

「道具で飛ぶの…………なんか、やだ。なんか違う…………キモチワルイ」

その時、離れた場所でガタンと音がした。

今まで黙々と作業をしていたルキエが立ち上がった音だ。

「だったら、もうここに用はないでしょ。さっさと出ていきなさいよ」

ルキエはツカツカと早足でティアに近づき、椅子に座ったままのティアを見下ろす。

その顔には、明確な怒りがあった。

「あんた、さっき、ユリウスから貰った腕輪を叩きつけたわよね? こんなのいらない、って」

「ペウッ……?」

何故、昼前の出来事の話になるのだろう。

困惑するティアに、ルキエは早口で言う。

「魔導具用に加工された腕輪を作るのが、どれだけ大変か知ってる? 職人がどれだけ心血注いで、手間暇かけて、大変なことをしてるか考えたことはある?」

ティアは口を半開きにしてルキエを見上げた。

矢継ぎ早に捲し立てられる言葉の一つ一つが、ティアには予想外だった。だって、ティアはそんなこと考えたこともなかった。

ポカンとしているティアに、ルキエが低く吐き捨てる。

「あんたに、この部屋に来る資格はないわ」

「…………ペゥ」

ルキエに言われた言葉を、全て呑みこめたわけじゃない。

ただ、その通りだと思ったから、ティアは立ち上がり、トボトボと管理室を出ていった。

* * *

(ありゃぁ……)

トボトボと出ていくティア・フォーゲルの背中を見送り、バレットは気まずさを誤魔化すように頭をかく。

正直バレットは、カペルの申し出なんて断って良いと思っていたのだ。

飛行用魔導具の完成は彼らの悲願だが、だからといってあんな子どもに危険な試運転をさせるのはしのびない。一応、安全に配慮するつもりはあるけれど。

(ただ、ルキエがここまで怒るのは予想外だったなー……)

見習い魔術師ルキエ・ゾルゲは魔導具職人志望であるらしい。

家族の反対を振り切り、固い意志を持って〈楔の塔〉の入門試験を受けた彼女は、職人であることにプライドを持っている。

パタンと部屋の扉が閉まったところで、ルキエはカペルに頭を下げた。

「勝手に口を挟んですみませんでした、カペル室長」

「んー、ワシは、ケツの青い見習い同士の喧嘩に興味はないが……」

カペルは「どっこらしょ」と飛行用魔導具を机に置き、肩をグルグル回しながら呟いた。

「ああいうふうに、道具に拒絶感のある奴は、珍しくないぞ」

説教ではなく、独り言のような口調だった。

カペルは静かに続ける。

「昔、ある村に、便利な道具を開発した男がいた。簡単に土を耕せる道具だ。だが、村の人間は頑なにその道具を使おうとしなかった。昔からのやりかたでいい。その方が慣れている。安心できる……と言ってな」

カペルは農具を例に挙げたが、魔術や魔導具も同じだ。それらは確かに便利だけれど、安易に頼りたくない、という者も多い。

その考えをバレットは否定しない。室長のカペルもだ。

「ワシは新しい道具が好きだが、ああいう人間の言い分も分かる。一見便利そうに見える物に飛びついて、痛い目を見ることもあるからな」

思わずバレットは口を挟んだ。

「飛行用魔導具なんて、まさにその典型じゃないですか……一見便利そうだけど、安全性の保証なし……」

「うるさい。安全性はこれから上げていくんだ」

フンと鼻を鳴らし、カペルは横目でルキエを見た。

「便利な道具を嫌がるやつもいる、っていうのは理解しとけ。職人をやっていくんなら、そういう連中とはしょっちゅうぶつかるからな」

「……はい」

ルキエは殊勝に頷いたが、その目の奥にある怒りは全く収まっていない。

(これは……まぁ……)

今年の見習いを預かるヘーゲリヒ室長は大変だ。とバレットは密かに考えた。