軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【17】管理室の魔術師達

第三の塔〈水泡〉に向かいながら、ティアは考える。どうして自分は魔導具を使うことに積極的になれないのだろう。

(セビルが魔導具のブローチつけてるのも、調査室のおじさん達が魔力濃度計測器を使ってるのも、別に嫌じゃなかった……)

他人が使っているのは別に良いのだ。だけど、自分が使うことには抵抗がある──特に、空を飛ぶことになると、魔導具に頼るのは「なんかやだ」「なんか違う」という気持ちになる。

飛行魔術を覚えて、自力で飛ぶのは良いのだ。でも、魔導具は嫌だ。

(なんでだろう……)

唸りながら歩いているうちに、第三の塔〈水泡〉が見えてきた。

第三の塔〈水泡〉は城壁の一番奥にある塔である。

この塔には、塔そのものの手入れをする整備室、魔導具等の研究をする管理室、書物を扱う蔵書室の三つの部屋がある。

どこも物品を扱う部屋だ。当然に収蔵物も増える。その都合上、他の塔に比べて増築が多いのが特徴だった。

塔の左右に部屋を増やし、そのまた横に、かまどや水場、倉庫を増やし……と、どんどん増えていったのだろう。塔というには横に長く、屋敷というには少しいびつだ。

これからティアが赴く管理室室長のカペルという老人は、ヒュッターの飲み仲間らしい。なので、ヒュッターの名を出せば、悪いようにはしないだろうとのことだった。

(この塔、扉がいっぱい。どこから入ったら良いんだろ?)

物品の搬入等の都合か、塔の正面にも左右にも、外に繋がる扉が多い。ティアが第三の塔〈水泡〉のそばをウロウロしていると、何かが飛んできた。

老人だ──比喩ではない。本当に、老人が飛んできたのだ。

「うぉぉぉぉぉぉ、退け退け退けぇぇぇぇ!!」

「ピョァッ!?」

その老人は、地面からほんの拳一つ分ほど浮き上がった状態で、地面とほぼ水平に飛んできた。

ティアが慌ててかわすと、老人はそのまま真っ直ぐ飛んでいき──その先にある茂みに突っ込む。

ガサ、グシャ、ドガァァァン! という痛そうな音がした。

ティアは尻もちをついて「ペフゥ……ペフゥ……」と鳴きながら、驚きに目を丸くする。

そんなティアのもとに、一人の男が駆け寄ってきた。革のジャケットを着た、鳶色の髪の三十歳過ぎの男だ。

「あんた、大丈夫かい? 怪我はしてないか? 悪いな、うちの室長が」

男はティアにそう声をかけると、老人が突っ込んでいった茂みに声をかける。

「カペル室長、生きてますかー? あんたが死んだら、遺品整理が大変そうなんで勘弁してください」

「おう、生きとるわ…………あぁ、くそ。出力を上げても、この程度か」

ガサガサと茂みをかき分けながら姿を見せたのは、金属製の箱を背負った老人だ。頭髪は白髪が幾らか残っている程度で頭頂部はツルリと地肌を晒している。

身につけているのは、汚れた作業着で、とても魔術師には見えない。

だが、彼こそがこの〈楔の塔〉における最高峰の魔導具職人、管理室室長らしい。

カペルは長身ではないが、そこそこガッチリした体付きをしていた。彼は背負っていた金属の箱を地面に下ろし、太い腕をグルグル回して、舌打ちをする。

「えぇい、このタイプは肩にくるな」

「試運転は、体力ある若者に任せればいいのに……」

「馬鹿め。自分で実際に使用して、細かな調整をしていくのが楽しいんだ……とはいえ、これは、ワシにはちょいとキツイかもしれん」

「だから、もう若くないんだから……」

「そういう話をしとるんじゃない。実際に使ってみて分かったが、ワシの体重じゃあ、ちと重すぎるんだ。次に試運転するなら、軽くて頑丈な奴が……」

そこまで言って、カペルはティアを見た。ようやくティアの存在に気づいたらしい。

無精髭を生やした、皺だらけの顔の老人だ。それなのに、不思議と好奇心旺盛な少年のような雰囲気がある。

「なんだ。見ない顔だな。もしかして、見習いか?」

「ピヨッ! そう、ヒュッター先生に言われて……」

「ヒュッターの生徒か! そういえば、飛行魔術に興味のある奴がいるって言ってたな……そうかそうかそうか」

カペルは素早い動きで足元にある金属箱を拾い、ティアに詰め寄る。

「ピロロロォ……」

尻もちをついたまま、ズリズリと後ろに下がるティアに、カペルはジリジリと距離を詰める。笑顔なのに圧が強い。

そこに鳶色の髪の男が助け舟を出した。

「……室長。まずは用件を聞いてあげましょうや。あとそれ、羽がもげてるんで、再調整しないと」

「はん、それぐらい分かっとるわ。どれ、パーツを拾ってくる。先に中に入って待ってろ!」

カペルはティア達に背を向け、茂みの方に走り出す。元気なおじいちゃんだ。

その背中を見送るティアに、男が苦笑混じりに言った。

「そういうわけなんで、中にどうぞ。あんた以外にも、見習いさんが来てるよ」

* * *

管理室は第三の塔〈水泡〉の横に飛び出した建物──増築された場所にあった。かまどや水場に近い方が便利なことを考えれば、妥当ではある。

建物の中には作業部屋が幾つかあって、ティアはその内の一つに案内された。

奥に大きなかまどのある広い部屋だ。そのかまど近くの作業机では、

ターバンをした金髪の娘が、作業手袋をして細い針金の加工をしている。

「ピヨッ、あっ、ルキエだ」

ティアと同じ見習い魔術師、アルムスター教室のルキエ・ゾルゲは十代後半のスラリと細身の娘だ。彼女はいつも真っ直ぐな金髪にターバンを巻いている。

普段はそのターバンをヘアバンドのようにしたり、髪に編み込んでリボンのようにしたり、と凝った使い方をしているのだが、今はしっかりと前髪を上げてターバンで固定していた。長い髪も首の後ろでスッキリまとめている。

「…………」

ルキエはチラリとティアを見ると、またすぐに手元に視線を戻して黙々と作業に戻った。ルキエはいつもこんな感じだ。教室でも他の見習いと交流せず、ビーズを編んだり、何かのデザイン案を描いたりしている。

ティアをここに連れてきてくれた、鳶色の髪の男がのんびりとした口調で言った。

「第三の塔〈水泡〉では、お手伝いしてくれた見習いさんにお駄賃出してんの。だから、ここに来る見習いさんは結構多いよ」

「ピヨッ、お駄賃」

「管理室は魔導具製作補佐。整備室は塔の外壁修理の手伝いとか、備品運びの手伝いとか。蔵書室は本の整理とか手入れとかね。どこも人手不足だから、お手伝いは大歓迎なんだよ。まぁ、彼女みたいに本気で魔導具作りがしたくて来てる子もいるけど」

彼女、と言って男はルキエを見た。

ピヨッと鳴いてティアは目を丸くする。

「ルキエは、魔導具作りがしたい人なの?」

「…………」

やっぱり返事はない。黙々と金具を曲げる横顔からは、話しかけるなという威嚇に似た気配を感じる。

ティアがペフゥと声を漏らしていると、管理室の男が椅子を勧めてくれた。背もたれのない簡素な木の椅子だ。ティアがそこに腰掛けると、男も向かいの椅子に座る。

「えーっと、まずは名乗っておこうか。俺はウィンストン・バレット。この管理室の魔術師で、室長の補佐みたいなことをしてるよ」

「バレットさん! 知ってる! 飛行魔術が得意な人!」

この〈楔の塔〉で、特に飛行魔術に秀でている魔術師が二人いる。

一人は、討伐室のフレデリク・ランゲ。オリヴァーの兄で、飛行魔術と槍術を織り交ぜた戦い方をする。どちらかというと短距離飛行で、小回りの効いた飛行が得意。

そしてもう一人が、このウィンストン・バレットだ。バレットは安定した長距離飛行が得意なのだという。

ティアが求める飛行魔術は、まさにそれだ。

「バレットさん、飛行魔術教えて! いっぱい長く飛べる飛行魔術、知りたい!」

鼻息荒く机から身を乗り出すティアに、バレットは苦笑した。

「あんたはティア・フォーゲルだろ。ヒュッターさんから聞いてるよ。さっきもここに顔出してさ……『午後はうちの生徒が行くんで、よろしく頼んます』って。マメだよなぁ、あの人」

「ヒュッター先生が、さっき来たの?」

「あぁ、飛行魔術を覚えたいってのは前から聞いてたけど、それに加えて、魔力操作が苦手なことと……あと、近いうちに魔法戦やるから、役に立つ魔導具はないかとか、そのへんも聞いてる」

やっぱりヒュッター先生はすごい。とティアは驚いた。

午前中の授業で、ティアが魔力操作を苦手としていることは露呈している。それも踏まえて、管理室に話を通しておいたのだろう。

実のところ、今日はやりたいことと、やらなくてはいけないことが多すぎて、ティアの頭はいっぱいいっぱいだったのだ。

だから、ヒュッターが管理室に事情を話しておいてくれたのは、素直にありがたい。

「それを踏まえて言うんだが……あー……」

バレットは鳶色の髪をガリガリとかき、気まずそうな口調で言った。

「飛行魔術の習得は、諦めた方がいい」