軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【12】愛を拒む権利

レンは目の前の光景に呆然としていた。

授業が終わり、指導員達が教室を出て行った後、机の上を片付けたレンは、真っ先にティアに話しかけるつもりだった。

ティアが魔力操作が上手にできないのは、多分ティアが魔物であることが原因だ。だから、その対策を話し合おうと思ったのだ。

だが、レンが話しかけるより早く、ユリウスがティアとエラに話しかけた。

ユリウスは魔力操作技術を教えてやるから友達になろう、などと胡散臭い話を切り出し、ティアの腕に腕輪をつけた──馬鹿か、こいつ。そんなんで友達なんて作れるかよ。とレンは密かに失笑した。

きっと、ティアにトンチンカンなことを言われて、困惑するに決まっている。

それともティアならあっさり、「いいよ!」なんて頷いたりするだろうか。その時は、怪しい誘いに騙されるなよ、と忠告してやろう……そんなことを考えていたら、ティアが叫んだ。

「お前は嫌なヤツだ! 嫌いだ! 嫌いだ! 嫌いだ!」

ティアはユリウスに飛びかかり、贈られた腕輪を床に叩きつけた。

あのティアが、あんなにも憎々しげに。

「よくもわたしに、こんな物をつけたなッ! いらない! いらない! いらない!」

いつも朗らかに笑うティアが、まなじりを吊り上げ、歯を剥いて、怒りを露わにしている。

「いらない! いらない! いらない!」

ティアは片足でユリウスの胸を踏み、叫んだ。

「友達なんていらないっ!!」

その一言に、レンの思考が止まった。

(えっ……)

そこから、次の考えが出てこない。

レンが馬鹿みたいに立ち尽くしている間に、素早く動いたのはセビルだった。

「ティア! やめろ!」

ティアはシュウシュウと喉を鳴らしながら、己の肩を掴むセビルを見た。

大きく見開かれていた目が、吊り上がっていた眉が、いつもの位置に戻っていく。

ティアは「しまった」という顔で、琥珀色の目をキョロキョロさせた。

上手に人間のフリができていない、と気づいた顔だ。

「………………ピヨ……」

ティアはフラリと立ち上がり、教室を飛び出す。膝を曲げない、ペタペタ走りで。

追いかけなくては、と思った。なのに、レンの足は動かない。

冷や水を浴びせられたみたいに、全身が冷たくなる。

──友達なんていらないっ!!

血を吐くようなティアの叫びが、ずっと頭の中でこだましていた。

* * *

教室を飛び出したティアは、そのまま第一の塔〈白煙〉を出て、外をがむしゃらに走った。

走っていれば頬に風が当たるから、少しだけ空を飛んでいる時の気持ちを思い出せる。

ムシャクシャする。飛びたい。空を飛びたい。飛びたいのに、羽根がない。

(あいつらのせいで、あいつらのせいで、あいつらのせいで!)

ティアの羽根に剣が振り下ろされる。羽根が、サクリと嘘みたいに簡単に切り落とされた。

本来、ハルピュイアの羽根は何度も生え変わるものだ。だけど、これはもう生えてこない。そう本能で分かった。

(返せ返せ返せ、わたしの羽を返せ!!)

首輪をつけられ、目隠しをされ、どこかに連れて行かれた。

目隠しを取られると、そこには白いドレスを着た女の子がいて……。

──まぁ、可愛い小鳥さん!

殺してやる。と思った。

「うー……うぅぅぅ、うー……」

ティアは唸りながら、トボトボ歩く。そうして足を止め、その場にペタンと座り込んだ。

膝を折り曲げて、体に引き寄せて──この座り方だと、膝に顔を埋めて隠せるのがいい。

だって、今の自分はきっと、上手に人間ができていないから。

(……レンとセビル、ビックリしてた。わたし、間違えたんだ。人間のフリ、上手にできなかったんだ)

そのままじっとしていて、どれぐらい経っただろう。

天気が良くて、ポカポカと暖かくて、このまま寝てしまおうかな、なんてことを考えていたら、ポフリと頭に何かのせられた。

「……ピヨ?」

草と花の香りがする。ティアは恐る恐る頭にのせられた物を手に取った。野の花を編んで作った花の輪っかだ。

ティアの背後には、セビルが立っている。

見上げるティアに、セビルがニヤリと笑った。

「花冠というのだ。お前には金属の腕輪より、こちらの方が似合うな」

「セビルぅ……」

「どうだ? 意外と上手くできているであろう?」

草の汁で汚れたセビルの手を見ていたら、胸がキュッとなった。

ティアは花冠を自分の頭にのせ直し、セビルを見る。

「……ギュッとしていい?」

セビルがティアの横に座って、両手を広げた。

「来い!」

ティアはセビルに飛びつくように抱きついた。

顎の辺りをセビルの肩に擦りつけ、ペフゥと喉を鳴らす。そんなティアの背中をセビルがポンポンと叩いた。

「友達に嫌な思い出があるのか?」

「わたしの飼い主だった子が、いつも言ってた。わたしのこと、友達って」

セビルはなるほど、と呟き、少しだけ黙った。

ティアはペフゥペフゥと喉を鳴らしながら、セビルの肩で顎を擦る。セビルからは良い匂いがした。化粧の匂いと、草原の匂いだ。

「ティア、人間の言う友達には、色々と種類があるのだ」

「友達の、種類?」

「親友、学友、悪友……わたくしは、おまえのことを共に戦った戦友だと思っている」

「戦友……」

「お前が嫌なら、友という言葉は避けよう。だが、わたくしにとって、お前とレンは共に戦った得難い存在で、愛しく思っていることは覚えておけ」

ティアは眉根を寄せた。

また、ティアの肌に馴染まない言葉が出てきたからだ。

「愛しく……ペヴゥゥゥ……」

「愛も嫌いか?」

「あの子がよく言ってた。わたしのこと、愛してるって」

「そうか。だがな、ティア……」

セビルが少し身を離し、ティアの顔を覗き込む。

美しい顔はどこまでも真摯に、ハルピュイアのティアと向き合っていた。

「お前を閉じ込めた者の愛も、わたくしがお前に向ける愛も、必ずしも受け取らねばならぬわけではないのだ。お前には、向けられた愛を拒む権利がある」

セビルは噛み締めるように、静かに繰り返す。

「何を受け取るかはお前が決めること。お前が嫌なら、その愛を拒んでも良いんだ」

ティアはセビルに言われた言葉を反芻した。

「友達」も、「愛してる」も、人間はとても素晴らしいものであるかのように語る。それを拒絶するのは、酷いことなのだと言わんばかりの態度で。

だけどセビルは、愛してるを拒んでも良いのだという。

ティアはゆっくり考えた。

自分の胸に問いかけて、心の動きを恐る恐る確かめて、そして呟く。

「……セビルの言う『戦友』とか、『愛しく思う』は、あんまり嫌じゃない」

セビルはパッと破顔した。

「 愛(う) いやつめ!」

そう言ってセビルがティアの頬を撫でるみたいにこねたので、ティアはペフフゥと少し嬉しい声を漏らす。

今の「愛いやつめ!」も嫌じゃなかった。

(人間の作る言葉は、難しい)

短い言葉の一つ一つにいろんな意味がある。解釈がある。

魔物は人間の言葉を真似るけど、本質を知らぬまま、上っ面を真似ることしかできない。

(いっぱい勉強したら、もっとちゃんと分かるのかな。気持ち悪い愛してると、嫌じゃない愛してるの違い、分かるかな)

その時、背後から「あの……」と控えめな声がした。

ティアとセビルはひっつきあったまま振り向く。

二人の背後に佇んでいるのは、黒髪の小柄な少年だ。小柄だけど痩せているわけではなく、少しずんぐりした印象がある。身につけているのは簡素な貫頭衣とズボンだ。

セビルが少し意外そうな顔をした。

「お前は、フィン・ノールか。あまり話したことはなかったな」

フィンはティア達と同じ見習いの一人だ。ゾフィーと同じ十三歳で、最年少でもある。

気弱な雰囲気のフィンは、セビルとティアにジッと見つめられ、気まずげに俯いた。

「オイラ、お願いしたいことがあって……」

フィンは俯いたまま、あまり口を開かずボソボソと言う。

「ユリウスのこと、あんまり嫌わないで欲しいんだ……」