軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【13】背負わされた子ども達

ありとあらゆる魔術が集う〈楔の塔〉を手中に収めようとした、ユリウスの父ザームエル・レーヴェニヒは、〈楔の塔〉を調べている内に、一つの真実に行き着いた。

──〈楔の塔〉は古代魔導具であり、一人の少女を犠牲にして、魔物を退ける壁を維持している。

ザームエルは、この少女を自由にしてやりたいと思ってしまったのだ。

そのためには、どうすればいいか? 魔物を全て滅ぼすには時間がかかる。もっと素早く、有効な一手はないか。そこでザームエルが出した答えがこれだ。

〈楔の塔〉が、その存在意義をなくしてしまえばいい。

つまりは〈水晶領域〉周辺の土地を、適当な名目で他国に押し付けてしまえば良いのだ。

〈楔の塔〉はあくまで帝国の一部であり、他国の魔物討伐まで請け負う義務はない。

〈水晶領域〉周辺が外国になるのなら、〈楔の塔〉の意義も、古代魔導具〈楔の塔カリクレイア〉を維持する意味もなくなる。

「ザームエル・レーヴェニヒは先帝にそう提言し、先帝もそれを実行しようとして、結果、〈楔の塔〉と一悶着あったのであろうな」

ザームエルが追放された時期は、既にメビウス首座塔主とミリアム首座塔主補佐が〈楔の塔〉のトップである。そして、ザームエルと入れ替わりで、エーベルが第一の塔〈白煙〉塔主になった。

ザームエルの行動は、メビウスかミリアムのどちらか、或いは双方の怒りに触れたと考えるのが妥当だろう。

二人が何故激怒し、ザームエルを追放するに至ったのかは、推測でしかない。

ただ、これだけは言える。

(〈水晶領域〉を他国に押し付けたところで、魔物がいなくなるわけじゃない。魔物の被害者も)

寧ろ、〈楔の塔〉が関与できなくなることで、魔物の犠牲者は増えるかもしれない。

結局、ザームエルの案でも、どこかで犠牲は出るのだ。

ザームエル自身もそれを分かっていたから、打開策がなかったから、己の無力さを思い知り、追放処分を受け入れた。

これが、フィーネがザームエルのことを「優しいけれど優しくない、善にも悪にもなれなかった半端者」と評した理由だろう。

ユリウスは乾いた声で、セビルに問う。

「……〈水晶領域〉を他国に売りつけるという先帝の計画が、お蔵入りになった理由は?」

「〈楔の塔〉側に脅されたのであろうな。先帝にすり寄ったザームエルを呪って見せしめにし、『〈水晶領域〉を売るのなら、お前も呪い殺してやる』とでも言えば良い」

セビルの言葉に、レンが何かに気づいたような顔で声をあげる。

「あっ、そうか! 皇帝は呪術師を追放してるから、解呪の 術(すべ) がないんだ!」

「いかにもその通りだ。過去の皇帝がシュヴァルツェンベルク家を追放したばかりに、皇帝は呪いへの対抗手段を持たない」

話の全貌が見えてくることで、思い知る。

ザームエルが弱くなったのは、半端な善に手を出したのは、ユリウスという息子ができたからだ。

ユリウスがいなければ、ザームエルはどこまでも悪人で、フィーネという少女に情けをかけることもなく、今も健在だったのではないか。

そんな考えが頭をチラついて離れない。

ユリウスが黙り込んでいると、誰かがユリウスの服の裾を引いた。

ユリウスのそばに膝をついて、しゃくりあげているのは呪術師のゾフィーだ。

「やっぱり、ユリウスのお父さんを殺したの、アタシのおじい様だったんだね……」

ゾフィーの声は、罪悪感に震えていた。

ゾフィーは何も悪くないのに。

「ア、アタシが謝ってすむ話じゃないって分かってる。でも、やっぱり、おじい様がしたことを思うと、アタシ……」

ボタリ、と涙の雫が床にシミを作る。

「ごめん……ごめんね、ユリウス……アタシに謝られても困るよねぇ……でも、アタシさ、なんかすごく申し訳なくって……うっ、うぅぅぅ……」

ユリウスは困ってしまった。

ゾフィーが憎いわけではないのだ。ただ、かける言葉が思いつかない。

「ゾフィー、ユリウス」

セビルが静かな声で、二人の名を呼ぶ。

いつだって覇気に満ちているセビルが、今は抑えた声で告げた。

「親のしたことの責任を子が背負うというのも、くだらぬ話だ。だが、そのくだらぬ話がつきまとうのが、わたくしの一族でな。祖先の作った礎の上に、今のわたくしがいる。故に父や祖父のしたことを気に病むな、などと言う気はない」

皇帝一族ともなれば、親の、祖父の、先祖のしてきたことの全てを、生まれた時から背負わされる。

親など関係ない! と口にしたが最後、皇帝一族としての責務を放棄したと思われかねないからだ。

「これだけのものを背負わされているのだ。なれば、わたくし達は、その仔細を知る権利がある。その上で、自身の未来と居場所を勝ち取るのだ」

そう言ってセビルは全員を手招きする。

全員がセビルのもとに集まったところで、セビルは声をひそめた

「わたくしの勘だと、この件はまだ何か裏がある」

「オレも思った。なんか、しっくりこない感じする」

セビルの言葉にレンが同意する。

困惑するユリウスに、レンが言った。

「オレさ、さっき、メビウス首座塔主とオットーさんの喧嘩を見てきたんだ。メビウス首座塔主はオットーさんのこと親友って思ってるし、親友の娘を犠牲にすることに罪悪感を覚えて、めちゃくちゃ苦しんでた」

「……なんだと?」

呟き、ユリウスは眉根を寄せた。

ユリウスはメビウス首座塔主の事情を知らない。故に、帝国の平和のために〈楔の塔カリクレイア〉の契約者が犠牲になることを、割り切っているのだと思っていた。

だが、メビウス首座塔主が少女の犠牲を良く思っていないのだとしたら……同じ思想のザームエルと、協力できたのではないか?

何故、メビウス首座塔主とザームエルが決裂したのか。そこに何かあるのではないか?

だが、その答えが分からない。

ユリウスが考え込んでいると、ティアがペフンと鳴きながら、ユリウスの腕を叩いた。

「あのね、いっぱい考えても分かんない時は、じょーほーしゅーしゅ、だよ!」

「うむ、その通りだ。良いぞティア」

「褒められた! ペフフン!」

「ならば、やるべきことは決まったな?」

セビルが微笑んでユリウスを見る。

ユリウスは毛布の端を握りしめた。

「一つ、聞かせろ。セビル……いや、アデルハイト殿下」

あえて、アデルハイト殿下と呼び、ユリウスはセビルに問う。

「何故、そう強くあれる?」

この窮地で、彼女は何故こんなにも活き活きとしていられるのか。

いつ破滅してもおかしくない、こんな状況なのに、セビルから生気が損なわれることはない。寧ろ覇気に満ちている。

「わたくしは、いつでも心が求めるものを追いかけているだけだ」

「つまりは、わがままで欲張りなんだよな」

レンの小声の指摘に、セビルは楽しそうに喉を震わせ笑った。

「わがままで欲張り、結構! その欲こそが、わたくしの原動力だ」

セビルは身を乗り出し、ユリウスの胸をトンと指で突く。

「己の中の欲を燃やせ、ユリウス。よもや、無欲の聖人を気取るつもりもあるまい?」

かつてのユリウスは、金貨よりも両手いっぱいの銅貨を望んだ子どもだった。

浮浪児が生き延びるためには、諦めと妥協が必要だ。

だから、明日生きていくための糧と雨風を凌げる寝床があれば、それで良かった。欲張りすぎず、ほどほどで満足するのが、長生きの秘訣だと思っていた。

(……それなのに、ザームエル。あんたが俺に色々与えたから)

ザームエルの屋敷で美味しい物を食べて、もっと食べたいと思った。

本を読んで、続きが知りたいと思った。

魔術の勉強を始めて、魔術を覚えたいと思った。

(もっと、ずっと、ザームエルと一緒にいたかった。ザームエルの息子に相応しい偉大な魔術師になりたかった)

ユリウスは一度折れた心で、それでも己の中にある欲をかき集める。

もっと魔術を学びたい。〈楔の塔〉にある全てを手中に収めたい。そして、フィンと……。

「セビル、以前お前は言ったな。この〈楔の塔〉を掌握するつもりだと」

「あぁ、言ったな」

「悪いが全ては譲れんぞ。この〈楔の塔〉を掌握するのは、ザームエル・レーヴェニヒの息子、ユリウス・レーヴェニヒだ!」

欲しい物は、全部全部手に入れる。そうして手に入れた、両手では持ちきれないほどの財産を、知識を、誰かの手にそっと握らせてやるのだ。ザームエルがそうしたように。

ローズがカラリとした声で言った。

「この二人が首座塔主と首座塔主補佐になったら、怖いものなし! って感じだな!」

「でも、この状況でどう動くの? アタシ達、見張られてるんだよぉ?」

ゾフィーの言葉に、ユリウスは今更疑問を覚えた。

そういえば、どうやってセビル達はこの部屋に入ってきたのだ?

表には見張りがいたはずである。同じ疑問をロスヴィータが口にした。

「そもそもあんた達、よくこの部屋に入れてもらえたわね? 今のアタシ達は反逆者なわけで……皇妹殿下と会わせないのが普通でしょ。どうやったの、エラ?」

「えぇと、ロスヴィータちゃん……それはですね……あのぅ……」

ここまでセビル達を連れてきたエラの目が泳いだ。

その横で、連れて来られた側のルキエが、真顔で呟く。

「聞いたら呆れるわよ」

「なに、簡単なことだ」

セビルが得意げにふんぞりかえった。

「『見習い仲間が反逆を起こしたと聞いた。ならば、同じ見習いであるわたくし達も、連帯責任で拘束されるのが筋であろう。さぁ、わたくしを捕えるが良い!』──と見張りの者に言ったのだ」

「ピヨッ。見張りの人、ペコペコしながら『あ、じゃあ、お入りください』って、中に入れてくれたねぇ」

「うむ!」

得意げなセビル、ピヨピヨしているティア、呆れ顔のレンとルキエ、オロオロしているエラ。

そんな一行に、留守番組を代表してロスヴィータが叫んだ。

「つまり、アタシ達、全員捕まっちゃったわけじゃない!? ちょっと、どうすんのよこれ!?」