軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【11】悪夢の夜を彩る歌声

「後ろから回り込め! 下半身を狙って、攻撃をぶち当てろ!」

討伐室の魔術師ダマーは、仲間達に檄を飛ばしながら、内心酷く苛立っていた。

こちらは五人、敵は一匹。勝てない相手ではないにもかかわらず、ダマー達は苦戦を強いられている。

理由は二つ。一つ目は、人狼の黒い毛並みが夜の闇に紛れて視認しづらいこと。一方、敵は夜目がきくので圧倒的に人間側が不利である。

そして二つ目の理由は、肩に担がれた少女──人質がいることだ。そのせいで、魔術師側は高威力の攻撃を放てない。

近接戦闘が得意なフレデリクやリカルドがいれば、状況は違ったかもしれない。だが、この場にいるのは中、遠距離攻撃を得意としている者だった。

(あのガキ……さっきから動く気配もねぇし、どうせ死体だろ)

だったら、少女など気にせず攻撃魔術をぶち当てても良いのではないか。

面倒くさくなってきたダマーは密かに考える。

(見たところ下働きのガキか。そんなのが一人死んだところで、〈楔の塔〉にとって大した損害じゃねぇ)

人狼が身を低くして、ダマーとの距離を詰めた。速い。

ダマーの主武器は鞭だが、距離を詰められた時の対策もある。ダマーはすかさず左手で短剣を抜いた。

人狼が爪を振り下ろす。鉄のように硬いそれを、ダマーは短剣で受け流した。

人狼は片手で少女を担いでいるので、両手が使えない。手数はこちらの方が上だ。

ダマーが鞭を手繰ったその時、人狼の喉からくぐもった声がした。

「が、え、ぜ」

ダマーは気づいた。先ほどから人狼が狙っているのは、ダマーが首から下げている牙の首飾りだ。

思い出した。この人狼は、以前戦ったことのある魔物だ。雷の魔力付与をした鞭でいたぶり、牙を一本折ってやったら、哀れに鳴いていたのを覚えている。

途端、嗜虐心がムクムクと込み上げてきた。

「ハッ! 負け犬が!」

あの時と同じように、ダマーは鞭に雷の魔力付与を施す。肩に担がれた少女も感電するかもしれないが、知ったことか。

その時、他の塔主達と連絡を取り合っていた討伐室室長ハイドンが、塔から飛び出してきて怒鳴った。

「ダマー! すぐにそいつを仕留めろっ!」

ダマーは自分より年下の室長を軽んじていたので、人狼を牽制しつつ鼻で笑った。

「少しは楽しませてくれよ、室長。たかが人狼一匹……」

「一匹じゃない!」

なんだ他にもいたのか、と思った。

この時のダマーは、ハイドンの言葉が〈楔の塔〉のみならず、全ての人類に絶望を告げるものであることを知らなかったのだ。

「 西の壁が消滅した(、、、、、、、、) ! 魔物の大群がこちらに向かってきている!」

ハイドンの叫びに被せるように、歌声が響いた。

大男が腹の底から叫んだ声──それを打ち消す歌声は、美しい女の声だった。ただ歌声が大きいだけではない、三つの声のハーモニー。

「ルゥァァアーアーアー(高らかに自由を歌え)(解き放たれし時は今)」

夜空に浮かぶ月を無数の陰が覆い隠した。ずんぐりとしたシルエットの怪鳥は、広げた羽の内側が赤く、そこに幾つもの目玉がある──目玉鳥の大群だ。

そしてその先頭にいるのは、本来は目玉鳥の天敵である魔物。

オレンジ色の鮮やかな羽を持つハルピュイア。

──さぁ、宴を始めよう(牙を剥け)(絶望しろ)

──さぁ、宴を始めよう(爪を研げ)(絶望しろ)

──さぁ、宴を始めよう(肉を貪れ)(絶望しろ)

一体のハルピュイアから、三つの声が放たれる。

その歌声は魔物を鼓舞し、人の心に不安を流し込む魔性の蜜だ。

(まともに聴いたらヤバい)

ダマーは耳を塞ごうとしたが、そのタイミングで人狼が襲いかかってくる。

ダマーは舌打ちをして、鞭を振るった。腕が重い。ハルピュイアの歌のせいだ。

門の方から悲鳴が聞こえた。それと複数の足音も。とうとう門が破られたのだ。

悪夢のような夜を彩るハルピュイアの歌が、耳の奥で反響する。

(音の聞こえ方がおかしい、距離感が掴みづれぇ)

とにかくあのハルピュイアを優先的に殺さなくては。

だが、それには目の前の人狼が邪魔だ。

その時、ダァン!! と鍵盤を叩きつけるようなピアノの音が響いた。

激しい音の後に細やかな音が続き、旋律を奏でる。

同時に老人のがなり声が響いた。あれは、管理室室長カペル老の声だ。

「第三の塔〈水泡〉より伝令! アルト塔主が歌詠魔術を使用し、ハルピュイアの歌を相殺している。まずは優先的にハルピュイアを討て!」

討伐室室長ハイドンが飛行魔術の詠唱をし、ハルピュイアを狙う。空の敵はハイドンに任せておけば良いだろう。

(まずは、この雑魚人狼を……)

──ォォォオオオオオオオン!!

獣の雄叫びが聞こえた。目の前の人狼ではない。それよりもなお、低く重い雄叫び。

門の方から、弾丸のごとき勢いで駆け抜けてくる大きな生き物がいる。

ダマーは、それが何か知っていた。

脳裏に蘇るのは、仲間達の死体で出来た血の海。その中に佇む銀の狼。

仲間を盾に逃げようとしたダマーを見て、かの狼はこう言った。

──殺す価値すらない、と。

一呼吸の間に姿を現したのは、銀の毛並みの狼。

狼の魔物達の祖。深淵より生まれし、〈原初の獣〉。

「よぉ、人間ども。良い夜だな」

響く声は少ししゃがれた年寄りの声だが、弱々しさは感じなかった。

銀狼が動く。それはまるで、銀色の暴風のようだった。瞬く間に──本当に、ダマーが二回瞬きをした間に、討伐室の魔術師が二人、地に沈んだ。

生きているかは分からない。生死を確認する余裕もない。

ダマーはジリジリと後退する。仲間は──肉盾はあと二人。

銀狼がダマーに気づき、訝しげな声をあげる。

「……なんだお前? 俺の印の真似事か?」

(クソがっ!!)

ダマーは銀狼に背を向け、逃げ出した。

背後で仲間の悲鳴が響く。あの時と同じだ。かつて銀狼と遭遇したダマーは、仲間を盾に逃げて生き延び──己の名誉のため、自らの手で顔に×印の傷をつけた。

真実を知る者はいない。犠牲にした仲間達は、物言わぬ骸だ。

〈原初の獣〉に印をつけられたという嘘は、敗者への侮蔑を強者への畏怖に変えてくれた。

討伐室のダマーは、あの〈原初の獣〉に認められた──〈楔の塔〉の魔術師達は、ダマーに敬意を払うようになり、多少の横暴も許されるようになった。

そもそも〈原初の獣〉など、そうそう遭遇するものではないのだ。誰もダマーの嘘に気づかなかった。

──ただ一人、ピヨピヨうるさい白髪の小娘ティア・フォーゲルを除いて。

(あの白髪娘は、俺の傷が〈原初の獣〉の印じゃないと、気づいていた)

ハッキリと断言された訳ではないが、分かる。

『オジサンは、不思議なことをするんだね?』

あの発言は、自分の手で顔に傷をつけ、〈原初の獣〉の印と偽った事実を指しているのだろう。

だから、ティアが周囲に吹聴する前に始末してやろうと思ったのに。

(くそっ、あの白髪娘はダーウォックに遠征中か……っ)

今この場にいたのなら、魔物に食わせて口封じができたのに。

それを残念に思いながら、ダマーは魔物が少なそうな場所を探して逃げ出した。

* * *

逃げ出した鞭使いをどうでも良さそうに見送り、〈原初の獣〉は黒い人狼に声をかけた。

「おぅ、チビ。今逃げた人間が首から下げてる牙は、お前のモンだろ」

黒い人狼が小さく唸る。その尻尾がクルリと丸くなった。

人狼にとって牙は誇りだ。それを人間に奪われた者は、一族の恥晒しとして群れから追い出される。

「テメェの誇りは、テメェの爪でキッチリ取り返せよ。さもなきゃ、群れに戻れないと思え」

人狼が情けない声で鳴く。

〈原初の獣〉は、すぐにあの男を追いかけろとは言わなかった。この人狼には、肩に担いだ少女を届けるという役目がある。

「さて、俺は次の狩りに行くか。おい、チビ。ここらに腕が立つのはいないのか?」

〈原初の獣〉は人間の技術が好きだ。魔術でも武術でも何でもいい。

脆弱な人間が、生き残るために磨き上げた様々な技術。その粋をもって挑んでくる人間が好きだ。それを己の爪で切り裂く瞬間がいっとう好きだ。

それこそが、〈原初の獣〉の執着の形だ。

「『不合理な献身、宿る雨、腕を失くした魚達……穿ちて施せ』」

その時、若い娘の声が響いた。

茂みから飛び出してきた、とんがり帽子を被った娘が杖を構えている。彼女が投げた小枝が三本、水を纏って魚になった。

先端が鋭く尖った魚が、〈原初の獣〉を貫こうとする。

(ほぅ……これは……)

三匹の魚はしっかりと連携が取れている。

二匹が〈原初の獣〉を追い込み、最後の一匹が攻撃を仕掛ける──だが、〈原初の獣〉は水の魚を爪で容易く切り裂いた。

そこそこ魔力密度の高い水だが、〈原初の獣〉の敵ではない。

「出番ですか? 出番ですね? 久しぶりの大暴れですよ!」

「ククッ……加減しろ、アグニオール」

「じゃあ、ちょっぴり暴れです! えいえい!」

背後から炎の塊が飛んできた。〈原初の獣〉は跳躍してそれをかわす。

攻撃を仕掛けてきたのは、塔から出てきた黒髪の少年と、赤い獅子の姿をした炎霊だ。

「……精霊か。精霊はあんまり趣味じゃねぇなぁ。技術もクソもねぇ。たかが魔力の塊風情が」

「ムキー! そっちこそ、深淵からポコッと出てきただけのくせにー!」

赤い獅子が、前足でドスドスと地面を叩く。

かなり力の強い精霊だ。だが、どれだけ強くとも〈原初の獣〉は精霊に興味を抱けない。

ただゴウゴウ燃えている火より、照明に必要な火を保ち持ち運べるランプなど、人間の技術が詰まった物の方が好きなのだ。

新手は、とんがり帽子の魔女と黒髪の少年。それとおまけの炎霊。

さて、どれだけ楽しませてくれることやら。

「そっちの娘の魔術には、見覚えがある。少し前に同じ魔術を使う人間がいたな」

「アタシはロスヴィータ・オーレンドルフ! あんたが顔に傷を残した、レオナ・オーレンドルフの娘よっ!」

なるほど身内か。ならば、少しは楽しませてもらえるだろうか。

〈原初の獣〉が舌なめずりをしていると、同族のチビ──黒い人狼が口を開いた。

「た、戦っちゃ駄目だっ、ユリウス、ロスヴィータ!!」

(あぁ、やっぱり……)

ロスヴィータは静かに絶望した。

ユリウスは完全に不意打ちだったのだろう。切長の目を見開き、硬直している。

この言葉をユリウスに言わせるのが嫌で、ロスヴィータは自ら口を開いた。

「やっぱり、あんたが人狼だったのね……フィン」