軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【10】狼の鳴く夜、レンの考察

ランゲの里と〈楔の塔〉の、ちょうど中間地点にある村の宿にて、レンはコソコソと美少年忍び足で移動していた。

目指すは女性陣──ティア、セビル、ルキエが使っている部屋だ。

ランゲの里を蜘蛛と大ムカデの魔物が襲った日の翌日、ヒュッター教室の三人とルキエは、ヒュッター、オットーと共にランゲの里を発った。

蜘蛛やムカデの魔物を退けることはできたが、第二陣が攻め込んでくる可能性もある。

いずれにせよ、魔物が各地に包囲網を広げているという事実を、少しでも早く〈楔の塔〉に伝えなくてはならない。

そのための連絡係が、ヒュッター教室というわけだ。見習いは安全な〈楔の塔〉に逃そうという大人達の配慮もあるのだろう。

また、討伐室のヘレナとリカルドも馬に乗ってアクスの里経由で〈楔の塔〉を目指している。

フレデリクはまだ意識を取り戻しておらず、兄を案じるオリヴァーはランゲの里に残った。

どうやら、ランゲの里の人間はオリヴァーに当主代理の役目を期待しているらしい。

やめてあげろよ、それは荷が重いだろ、とレンは思っている。

(ランゲ一族は、オリヴァーさんを過大評価しすぎなんだよな……まぁ、黙ってればできる男の風格だけどさぁ……)

やがて、お目当ての部屋の前にたどり着いた。レンは控えめにノックをし、小声で言う。

「オレだけど、入っていいか?」

中から「ピヨップ!」「許す」「どうぞ」とティア、セビル、ルキエの三者三様の返事が聞こえた。

時刻は夜、まだ日付が変わるほどではないが、大半の人間は就寝している時間だ。

レンは予めティア達に大事な話があると告げ、夜、こっそり部屋に行くことを伝えていた。

日中はヒュッターとオットーがそばにいるので、見習いだけで秘密の長話がしづらかったのである。

ティア、セビル、ルキエの三人はレン同様、簡素な寝間着姿だった。この場には「寝る時は全裸党」が二人いるので、レンは密かにホッとする。常識人のルキエが同室で本当に良かった。

セビルが最小限に灯りを絞ったランタンをテーブルに置いた。四人はそのテーブルを囲うように、粗末な椅子に腰掛ける。

夜中に、美少年が女性達の部屋に忍び込む──大変イケナイ展開になりそうなところだが、当然にこの顔触れだとそうはならない。

「オレ、一つ思いついたことがあるから、皆と共有しておこうと思って」

「じょーほーきょーゆー! 大事!」

ティアがキリッとした顔でフンフン頷く。

レンは早速、話を切り出した。

「おう、大事だからよく聞けよ。入門試験の時に、黒い狼の魔物と遭遇したろ? ルキエは遭遇してないけど、話は知ってるよな?」

「えぇ。エラとフィンが見たってやつね」

ルキエが頷く。

入門試験では、蔵書室室長のリンケが本に封じた魔物──空を飛ぶ蛇を操り、受験生達を試したが、それとは別に黒い狼の魔物が入り込んでいた。

ただし、黒い狼の魔物に直接襲われたのはレン達だけである。その事実が、レンはやけに引っかかっていたのだ。

「……オレ思ったんだ。魔物が出たにしては、被害が少なすぎないかって。死者はゼロ。怪我人も、まぁオレらぐらいじゃん?」

「ピロロロ……言われてみれば、そうかも」

ティアが真っ先に同意したのは、ティアが魔物の凶暴性をよく理解しているからだろう。

セビルとルキエも思うところがあるらしい。反論はないようなので、レンは言葉を続けた。

「もしかしたら、あの魔物には何か目的があったんじゃないかって思って……それで、オレ、思ったんだ。もしかして、黒い人狼の目的は合格証だったんじゃないか、って」

ルキエがすぐにピンときた、という顔をする。

「合格証が必要ってことは……つまり」

「レン、お前はこう言いたいのだな? その魔物の目的は、見習い魔術師の中に紛れ込むことである、と」

ルキエの言葉をセビルが引き継ぐ。

レンはコクリと頷いた。

「あくまで、そういう可能性がある、ってだけの話だぞ。確信や証拠があるわけじゃない。ただ、こういう状況だからさ、そういう可能性もあるって、皆にも頭に入れといてほしいっつーか……」

ほんの少し前までレンは、余程のことがない限り、魔物は〈水晶領域〉から出てこない。出てくるにはティアのように何かを犠牲にした処置が必要で、それは極めて例外的なことだと思い込んでいた。

それは、ティアも〈楔の塔〉の魔術師達も同様だろう。

魔物は〈水晶領域〉を長時間離れられない。だから、〈楔の塔〉に忍び込むなんて不可能だ──が、水晶片を埋め込む技術が確立されているのなら、話は変わってくる。

「それで、レン。お前は誰を疑っているのだ?」

セビルがズバリと遠慮なく切り込んだ。

(ここにいるのが、こいつらで良かった……)

魔物のティア、皇妹のセビル、人付き合いの嫌いなルキエ──全く似ていない三人だが、冷たい現実を冷静に受け止められる者達だ。

ゾフィーやロスヴィータのように感情的になる顔ぶれだったら、正直、話し合いは紛糾していただろう。

「この間、ヒュッター先生の手帳を見たんだけどさ、そこにオレ達のことが……進路のこととか、色々書いてあったんだ」

レンは指を一本ずつ折りながら、手帳に書いてあった名前を口にする。

「ローズさん、ユリウス、ゲラルト、フィン、オリヴァーさん、オレ、ゾフィー、ルキエ、ロスヴィータ、エラ、ティア、セビル。全部で十二人」

ルキエが眉根を寄せて問う。

「そこに、魔物候補がいるとでも書いてあったわけ?」

「うんにゃ、書いてあったのは、普通に教育方針とか進路のこと。問題は、書いてある内容じゃなくて順番なんだ」

ティアがペフンと喉を鳴らし、指を折った。何の順番かを考えているらしい。

「ピヨ……体の大きさでも、年齢でもないよね?」

「魔力量……も違うわね。個別教室ごとに固まっているわけでもない」

ティアとルキエは、まだ気づいていないらしい。

特に引っ張るつもりもなかったので、レンは話を続けた。

「オレ、その場でヒュッター先生に聞いたんだよ。これ、何の順番って?」

その場に居合わせたセビルが、レンに代わって答えを口にした。

「入門試験に合格した順番を、男女に分けてたものだな」

「そうそう。指導室の書類って最初の頃は入門試験に合格した順で並べてたらしくて、ヒュッター先生はそれを参考に名前を書き写したんだって」

正確にはこう、と言って、レンは予め用意した紙をティアに見せる。

* * *

【一日目に合格】

ゾフィー、ルキエ、ロスヴィータ。

【二日目に合格】

ローズ、ユリウス、エラ。

※夜、黒い狼が現れる。美少年ピンチ。

【三日目に合格】

ゲラルト、フィン、オリヴァー、ティア、レン、セビル。

* * *

ティアがレンを見て訊ねた。

「美少年ピンチはいるかな?」

「いるだろ。つまり人狼がいるなら、この美少年ピンチ以降にゴールした奴の中ってことだ」

当然だが、レンはティアとセビルを疑ってはいない。黒い狼に遭遇した時、一緒にいたのだ。疑いようがない。

そうなると残るは、ゲラルト、フィン、オリヴァーの三人。

「レンは、誰が人狼だと思っているの?」

ティアが琥珀色の目でじぃっとレンを見つめる。

暗いところで見るティアの目は、昼間見るよりずっと綺麗で少し怖い。

レンは俯き、気まずさを隠せない口調で己の考えを口にした。

「オレさ、ゲラルトとルームメイトだけど、一度もゲラルトが剣を使っているところを見たことがないんだ」

ゲラルトはいつも早朝に剣を持って訓練に行くが、実際に訓練してるところを誰も見たことがない。

討伐室との魔法戦でも、ゲラルトは最後まで剣を使うことを拒んだ。

「魔物ってさ、あんまり武器に頼らないだろ?」

この場にはルキエがいるので、「ティアみたいにさ」とは言えない。

ただ、そこまで言わなくとも、魔物が道具や武器の類を好まないことは周知の事実だ。

ティアがペフフンと喉を鳴らす。

「剣を集めるのが好き、って上位種はいるかもだけど、実際に使う魔物は、相当珍しいんじゃないかな」

ティアの呟きを、ルキエが静かに肯定する。

「でしょうね、魔物の力があれば、剣なんかに頼らなくても、尖った石を振り回すだけで充分脅威だわ」

身体能力が人より強い魔物は、道具に頼らない。技術を磨かない。

中には人間の文化に執着し、武器をコレクションする者もいるかもしれない──が、実際に武器として使おうとすると、途端に難易度が上がる。〈水晶領域〉では、剣の手入れが難しいからだ。

眷属とやらがいれば、不可能ではないかもしれないが、そんな変わり者の魔物がいたら、ティアが存在ぐらいは知っているだろう。

セビルが腕組みをし、口を開く。

「つまり、お前はこう言いたいのだな。『魔物は剣を使わない』という先入観を逆手に取り、ゲラルトは人間の剣士のふりをしているのではないか、と」

レンは返事の代わりに、ゆっくりと鼻から息を吐いた。

そうやって、体の奥に溜め込んだモヤモヤを吐き出しても、まだ心は晴れない。

「……正直、疑いたくないよ。ゲラルトはオレのルームメイトなんだぜ。一緒に頑張ってきた仲間じゃん……」

ゲラルトは口数が多い方ではないけれど、たまに自身の心情を吐露してくれた。

痛いことや戦いが嫌いで、男は強くなければならないと言われるのが嫌だということ。

自分は家族を裏切ってここにいるから、『これを極めるために、僕は〈楔の塔〉にいる。だから、家族の期待には応えられない』と言い訳を探していること。

そんな自分が嫌いだと、落ち込んでいたこと。

(それって、魔物としての暮らしのことを言ってたのか、ゲラルト……?)

魔物の群れなら、戦いを強要されることもあるだろう。

ハルピュイアは雌が強いように、雄が強くあることを求められる種もいるだろう。

そんな群れの仲間を裏切って、ここに来た事情があるのではないか?

……全ては、憶測だ。

「ただ、ゲラルトのやつ、最初の内は不自然にオレのこと避けてたし、やっぱ挙動が怪しいっつーか、何か隠してる気がするっつーか……」

ボソボソとレンが言うと、セビルが「ふむ」と呟く。

「わたくしは、お前達に黙っていたことがある」

全員が一斉にセビルを見る。

セビルはいつもの彼女らしい堂々とした態度で言った。

「わたくしは、ゲラルト・アンカーの正体を知っているのだ」