軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【6】アタシ達、ずっと仲間だよ!

蔵書室の一室で寝泊まりすることになったゾフィーは、部屋の窓辺に椅子を寄せた。囚われのお姫様は、窓から空を見上げて、自由を願うと決まっているからだ。

(誰か私を連れて逃げて、って願ったら……王子様とか来てくれないかなぁ)

ゾフィーは暗い目で自嘲した。そんな都合の良いことが起こらないことぐらい、知っている。

ゾフィーが寝泊まりしている部屋は、外から鍵をかけられたりはしていないが、常に部屋の外に人がいて、ゾフィーの行動を見張っていた。当然、宿舎に帰らせてはくれない。

(どうして、こうなっちゃったんだろ……)

〈楔の塔〉に来てからの自分は、良い感じだと思っていたのに。

勿論、最初はルームメイトのルキエとなかなか会話できなかったり、呪術師の仕事の話になって、仲間達の前で大泣きしてしまったり、上手くいかないことも沢山あった。

それでも、そういった失敗を乗り越えて、最近は楽しく過ごせていたのに。

ゾフィーは自分の手首に巻いた組紐の飾りを見下ろす。以前、ルキエが作ってくれた物だ。

(ルキエ……家を飛び出したのもアタシの選択だって、尊重してくれたよね。でも、駄目だったよ……飛び出した先でも、アタシは同じ道を辿ってる)

また、じわりと涙が滲んできた。

(……呪術師は呪い殺すことしかできないんだ。アタシには、それしかできないんだ)

嫌だ、そんなのやりたくない、と泣いて大騒ぎをすれば、ユリウスを呪うことはしなくて良いかもしれない。

だけど、結局ゾフィーはシュヴァルツェンベルク家に連れ戻されて、呪術師として誰かを呪い殺さなくてはいけない。

そしてユリウスも、別の人間に殺されるだけだ。ゾフィーがあがいても、未来は何も変わらない。

(ユリウスのお父さん殺したの、お祖父様だったんだ……ユリウスはそのこと知ってるのかなぁ……多分、気づいてたよね。ユリウス、頭良いもん)

ユリウスは、ゾフィーのことをどんな目で見ていたのだろう。

尊敬する父を殺した男の孫娘。そして、自分を殺す呪術師──最悪だ。

──コツン。

窓に何かがぶつかり、小さな音を立てた。小石よりも軽い音だ。

──コツン。

(……どんぐり?)

そういえば、オリヴァーさんが茹でてたっけ。なんて懐かしんでいたゾフィーはハッと窓に張りつき、下を見た。

大柄な人影が見える。塔の灯りに微かに照らされる、モジャモジャの赤毛とヒゲ。

(──ローズさん!)

ローズは唇に指を当てて、「静かに」のジェスチャーをすると、そのまま手をパタパタと動かす。窓を開けろ、ということだろうか。

ゾフィーは音を立てないよう、静かに窓を開けた。

(でも、ここ二階だし、飛び降りるのはちょっと無理ぃ……)

オリヴァーやティアがいたら、飛行魔術や跳躍用魔導具で、どうにかできたかもしれない。或いはユリウスかロスヴィータがいたら、魔術で上手いことどうにかしてくれただろう。だが、ローズにできるのは防御結界を張ることだけなのだ。

どうしたら良いの、とゾフィーが目で訴えていると、ローズは右手を前に、左手を後ろに伸ばし、体を斜めに傾けた。

何故、体を斜めに傾けているのか。どう見ても、不審者の動きである。

その時、キィン、と微かに澄んだ音がして、窓枠の辺りに何かが生じた。ゾフィーは咄嗟に窓の外に手を伸ばす。

(さわれる……! これ、防御結界を坂にしてるんだ!)

おそらくローズは、ゾフィーのいる部屋の窓から地面に向かって、板状の防御結界を斜めに傾けて展開したのだ。

体が斜めに傾いていたのは、上手く角度をつけられなかったからだろう。

魔力操作が苦手な者の中には、攻撃魔術の軌道に合わせて体が動いてしまう者もいるという。だが、防御結界の角度に合わせて体を傾ける人は初めて見た。ちょっと間抜けな光景である。

(これ、滑り落ちてこいってこと……だよね)

ゾフィーはゴクリと唾を飲んだ。防御結界は透明なのだ。目に見えない滑り台で、二階から滑り落ちる……ちょっと、かなり、すごく怖い。

(でも、グズグズしてたら……誰かに、見つかっちゃう)

ゾフィーは手首に巻いた腕飾りをギュッと握りしめた。

(い、行くぞぉ、アタシはヒロイン! ヒロインは華麗にピンチを抜け出して、素敵な王子様と結ばれる!)

窓の下まで迎えに来たのは、王子様とは程遠いモジャモジャ男だが、そこには目を瞑っておく。

ゾフィーは滑り落ちた先で、素敵な王子様が両手を広げて待っている妄想をした。よし、いける。

(待ってて、アタシの王子様!)

ゾフィーは窓枠によじ登ると、目を瞑り、防御結界の上を滑り落ちた。

怖かったけれど、滑り落ちるのはあっという間だ。

「ゾフィー、こっちだ」

「ローズさぁん……」

芝生の上で尻餅をついているゾフィーを、大きな手が掴んで立ち上がらせる。

「今、ゲラルトとフィンが、人が来ないか見張ってくれてるんだ。まだ合図はないから大丈夫だと思うけど、急ごう」

ローズはゾフィーを連れて、木々や茂みの陰を選んで移動する。ゾフィーは焦った。

「ちょっと待って、ローズさん。ローズさんは事情を知ってるの? アタシが……」

ユリウスを呪えと言われたことを──その言葉が喉につっかえて、上手く出てこない。

唇を噛むゾフィーに、ローズはいつもの彼らしい大らかな口調で言った。

「ロスヴィータがさ、ゾフィーのこと心配して、水の魚を飛ばしてくれたんだ」

「……ロスヴィータが?」

ゾフィーは驚いた。ロスヴィータを意地悪だとは言わないが、他人のために骨を折るタイプだとは思っていなかったのだ。

「古い名家の者同士、思うところがあるって。水の魚で情報収集してくれたんだぜ」

ロスヴィータが操る水の魚は、術者と視界を共有できる。

音まで聞き取ることはできないが、それでも「ゾフィーが何かを命じられていた。ゾフィーは酷く取り乱し、その後は蔵書室に軟禁状態」という状況で、事態を把握してくれたらしい。

同時に彼女は水の魚を飛ばして、ユリウスやアグニオールが捕まっている場所も調べたのだという。

そして夜、見習い魔術師達は同時に行動を起こしたのだ。

ローズは庭園近くの城壁前で足を止め、茂みの中に身を潜めた。他の仲間達とは、ここで合流する手筈になっているらしい。

「ローズさん、アタシ、勢いで飛び出してきちゃったけどさ……行くとこなくて……家に帰っても、呪い殺す仕事させられる……から……」

〈楔の塔〉に残ればユリウスを呪い殺せと命じられ、家に帰れば知らない誰かを呪い殺せと言われる。

ゾフィーにはもう、どこにも行く場所がないのだ。頼れる親類縁者も思いつかない。

「アタシ、呪術以外にできることないし……」

「ゾフィーはさ、解呪ってできるかい?」

ローズは庭仕事用の手袋を外すと、左手をズイとゾフィーの前に突きつけた。

月明かりが頼りなのでハッキリとは見えないが、左手中指に指輪があることは分かる。

「この呪具、解呪できないかな?」

「それ、呪具なの……?」

ローズの指輪に指先で触れる。

表面上は分からないよう、リングの内側に色々と加工しているのだろう。ゾフィーは自分の中から深淵の力を引き出し、その力で指輪の呪いに触れてみる。そして、底の見えない闇の深さにギョッとした。

たとえるなら、目の前に水たまりがあったので木の枝でつついてみたら、底なし沼だった──そういう感覚だ。

「何この、ねっっっとりした呪い……」

「ねっとりしてるのかー」

「ローズさん、これ作った人にめちゃくちゃ恨まれてるよ、間違いないって!」

「急ぎで頼んだからかなー……」

何を急ぎで頼んだか分からないが、この呪具が、恐ろしく実力のある呪術師が作った物であることは間違いない。

シュヴァルツェンベルク家の作る呪具は「苦しめて殺す物」だが、隣国だと少し意味合いが違う。

隣のリディル王国では、呪具というのは被術者を苦しめるか、行動を制限する物だ。魔力の使用を封じる物もあるという。

「解呪、できるかな?」

「ちょっと時間はかかるけどぉ〜……できると思う。この指輪の呪具、『呪術師なら解呪できる』って造りになってるもん」

呪具の効果は様々だが、「絶対に外せないように念を込めた物」と「呪術師なら外せる物」に大別することができる。

前者は個人的な恨みや殺意で使う物。後者は犯罪者の拘束等に用いられる物だ。

呪具を調べるゾフィーに、ローズは珍しく真面目な口調で言った。

「ゾフィーにこれを解呪できるだけの実力があるんなら、雇ってくれる人に心当たりあるぜ。ツテって言えるか分かんないけど、オレから頼んでみるよ」

「もしかして……」

ゾフィーは顔を上げてローズを見た。考えてみれば、思い当たる節は幾つもあったのだ。

人相が分かりづらいモジャモジャの髪と髭、能力を封じる呪具。

つまり、ローズの正体は……。

「ローズさんは隣国から逃げてきた……犯罪者?」

「なんで!?」

「だってぇ、呪具って犯罪者につけるもんじゃん……」

「あっ、ほんとだ!? 言われてみればそうだった!?」

ローズは目に見えて狼狽えている。

それでも優しいゾフィーは、彼を突き放したりはしなかった。

「大丈夫だよ、ローズさん。ローズさんがデリカシーの無いムキムキでモジャモジャの犯罪者でも、アタシ達、ずっと仲間だよ!」

「う、嬉しいけど、犯罪者じゃないぜー……」

たとえ犯罪者であっても、ローズはこれからも仲間だ。

そもそもローズは、おおらかでおっとりしていて、あまり犯罪者っぽくはないのだ。きっと、何か冤罪をかけられたとか、そういう事情があるのだろう。

「ところでさ、ローズさん。アタシ達、ここで隠れてていいの?」

「うん。『ゾフィーとユリウスを、〈楔の塔〉の外に逃そう作戦』なんだけどさ、オレ達誰も、飛行魔術を使えないだろ?」

「だよねぇ」

オリヴァーかティアがいれば話は別だが、二人はいつ戻るか分からない状況である。二人の帰りを待つのは現実的じゃない。

「ユリウスとアグニオールさえ見つかれば、ちょっと乱暴だけど……城壁に穴を空けて、外に逃げられるだろ」

「ローズさん、それはちょっとじゃなくて、すごく乱暴だよぉ」

「う……でも、他に作戦がなくてさぁ……水路を使う手も考えたけど、水中移動はすごく難しいってロスヴィータが……」

言いかけたローズが、ハッと足下を見る。少し遅れてゾフィーも気がついた。

二人の靴が凍りついて、地面とくっついている。魔術による攻撃だ。

「己の勤めを果たさぬ者に、天国の扉が開かれることはありません」

振り向いた先、こちらに向かって歩み寄ってくるのは、修道服の女──ミリアム首座塔主補佐だった。