軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【5】戦いの予感

見習い魔術師ゲラルト・アンカーは戦闘行為全般が嫌いな少年である。

武力と暴力はゲラルトにとって同じもので、だからだろうか、争いごとの空気にゲラルトは敏感だった。

いつだったか、兄が言っていた。戦いが始まる予感がすると、なんとはなしに血がざわつくと。

彼の家族は皆そういう生き物で、ゲラルトもまたそうだった。戦わなくては生き残れない環境は本人の気質とは裏腹に、そういった勘の良さを育むのだろう。

そして今ゲラルトは、〈楔の塔〉の空気に対し、そういう血のざわつきを感じていた。

戦いが始まる──その予感は、すぐ確信に変わった。

「〈楔の塔〉の上層部は、ユリウスをゾフィーに呪わせて、追放するつもりよ」

自習中ということになっている、見習い魔術師達の共通授業の教室で、ゲラルト、ローズ、フィン、ロスヴィータ、そして医務室から戻ってきたエラの五人は椅子を寄せ合い、情報交換をしていた。

ゲラルトは、ロスヴィータが水の魚を飛ばすところを見ている。

ロスヴィータはゾフィーだけでなく、ユリウスやアグニオールの居場所も、まとめて調べていた。

偵察用の魚は、細かい操作が非常に難しいらしい。小一時間ほど術を続けていたロスヴィータは目に見えて疲労していて、それでもいつもの彼女らしい気丈さで、「皆をここに集めて、医務室のエラも」とゲラルトに頼んだ。

そうして情報共有をして、今に至るというわけだ。

「ユリウスとゾフィーを、〈楔の塔〉の外に逃そう」

そう提案したのはローズだった。

今、〈楔の塔〉に残っている見習いの中で最年長なのがローズだ。そのためか、彼は自分が年下を守らねば、と考えているらしい。

ローズのそういった行動力が、ゲラルトには正直意外だった。ローズとは一緒に畑仕事をしている仲だ。だから、荒事が苦手なのんびりした男という印象が強かったのである。いざという時に決断力があるタイプだとは思っていなかったのだ。

「逃した後は、どうするんですか?」

静かな声でそう指摘したのは、エラだった。

医務室から呼び出されて駆けつけたエラは、事情を聞いて、ユリウスとゾフィーのことをとても心配していた。

だからこそ、〈楔の塔〉から逃げた後のことも、真剣に案じているのだろう。

「アグニオールがついているので、野盗に襲われる心配はしていませんけれど……子ども二人で新しい暮らしを始めるのって、簡単なことではないと思うんです」

もっともな指摘だ。行き当たりばったりの計画では、そのまま行き倒れになりかねない。

エラの現実的な指摘に、ローズは大人らしい落ち着きのある態度で言った。

「しばらくオレが面倒見るよ。仕事とか、暮らす場所とかも、多分融通できると思う」

その時、ゲラルトの頭に浮かんだ単語はただ一つ。

ローズが斡旋できる仕事と暮らす場所。即ち……。

「……農家ですか?」

「ユリウスとゾフィーが、ローズさんと野菜作るの?」

フィンがピンとこない、という顔をしている。ゲラルトも同意見だ。

ローズはモジャモジャ頭をかいて、首を傾げた。

「……オレ、農家の人って思われてる?」

「そこそこ古い魔術師の家なんでしょ。前にそういう話してたわよね」

ロスヴィータがボソリと言い、ローズが勢いよく頷く。

「そうそう。それで、オレに〈楔の塔〉を勧めてくれた人は、優秀な人材が大好きでさ。多分、ユリウスとゾフィーのこと、すごく欲しがると思うんだよな」

ローズは具体的な人名を出さないので、その人物が貴族なのか魔術師なのかも分からない。

ただ、ローズの面倒見の良さは分かっている。きっと、ユリウスとゾフィーを悪いようにはしないだろう。

ただ一つ、ゲラルトには気掛かりがあった。

「それはつまり……ローズさんも、ユリウスやゾフィーと一緒に、〈楔の塔〉を去るということですか?」

「まぁ、そうなるな」

ローズはあっけらかんと頷く。

ゲラルトは静かにショックを受けた。ローズには、まだまだ沢山教わりたいことがあったのだ。

(ローズさんだけじゃない……ユリウスやゾフィーとも……もう、会えなくなる……)

遠征中のレン達がそのことを知ったら、きっとショックを受けるだろう。

ゲラルトが黙り込んでいると、ローズが優しい目で笑った。

「この中では、オレが一番大人だからさ。ちゃんと年下の面倒見てやらないと、セビルやオリヴァーに叱られちまう。ゲラルト、畑の世話、頼んだぜ!」

* * *

就寝時間を少し過ぎた頃、ゲラルトは寝間着から動きやすいいつもの服に着替えた。

今夜、ユリウスとゾフィーを〈楔の塔〉の外に逃すための作戦が行われるのだ。

身支度を整えたゲラルトは、最後に部屋の隅に置いている剣を手に取る。魔法戦ですら使わなかった剣。ゲラルトの大嫌いな暴力の象徴。

だけど不思議なことに……本当に不思議なことに、今夜は必要になる、そんな予感がした。

──爪と牙なくして、狼は狩りをできない。

僕には爪も牙もいらない、だから、戦う役目から外してほしい。ずっとそう思っていた。今も思っている。

(……姉上、申し訳ありません)

葛藤の末、ゲラルトは剣帯で剣を吊るし、外に出た。

待ち合わせ場所では、既にフィンが待機していた。

フィンとゲラルトの役割は見張り兼、連絡係だ。

ユリウスとゾフィーの救助は、ほぼ同時に行う必要がある。そうでないと、片方の逃亡が見つかった際、もう片方の警備を固められてしまうからだ。

アグニオールの指輪があるのは、第一の塔〈白煙〉の一階。

ユリウスが捕えられているのは、第二の塔〈金の針〉の地下牢。

ゾフィーが軟禁されているのは、第三の塔〈水泡〉二階蔵書室。

……見事にバラバラなのである。だからこそ大事なのはタイミング、そしていざという時の情報共有だ。

フィンとゲラルトは、三つの塔と庭園の中間地点に待機し、状況に応じて連絡係になる役目を担っている。

茂みに隠れていたフィンは、ゲラルトの姿を──正確には腰の剣をまじまじと見ていた。

「オイラ、ゲラルトが剣をぶら下げてるとこ、久しぶりに見たかも。入門試験の時以来……だよね?」

「……そう、ですね」

剣は嫌いだ。痛いのも、痛い思いをさせるのも好きじゃない。

「あの時、ゲラルトのこと強そうだなーって思ってたんだぁ」

ゲラルトなんて、本当に全然強くないのだ。家族で一番弱くて、いつも軟弱者と叱られていた。

ふと、ゲラルトは気づいた。なんというか、フィンの様子がいつもと違うのだ。

フィンは普段から、積極的に雑談をするタイプではない。

「フィン、緊張しているんですか?」

「緊張というか……」

フィンはしゃがんだまま、膝をギュッと握りしめる。

幼い横顔は、泣くのを我慢するみたいに歪んでいた。

「……こんな形で、ユリウス達とお別れなんて、思ってなくて……」

きっとまた会えますよ、なんて気休めは言えない。

ユリウス、ゾフィー、ローズの三人は〈楔の塔〉を離れたら、しばらくは身を潜め、それからローズの知人のもとに向かう。

〈楔の塔〉にしてみれば、裏切りも同然──三人が〈楔の塔〉に戻ってくることは、もうないだろう。

「オイラ、ユリウスに教えてほしいこと、いっぱいあったんだ。ゾフィーにお勧めしてもらった本だって読み終わってない。ローズさんにも、野菜の育て方、教えてもらってる途中だったのに……」

フィンは魔術の知識はおろか、字もろくに書けない。足を引きずっていて、鈍臭い。ティアのような歌の才能も、ルキエのような器用さもない。

それでも、彼は見習い魔術師の中で一番、皆から可愛がられていた。

フィンを元気づけるような言葉をかけてやりたい。だけど、口下手なゲラルトには上手い言葉が思いつかなかった。

こういう時、スルスルと言葉が出てくるレンが羨ましい。

「レン達も帰って来たら……驚きますよね」

「オリヴァーさんも、ローズさんと同室で仲が良かったから、寂しくなるよね」

「……そしたら、オリヴァーさんの部屋に遊びに行きましょう」

ゲラルトらしからぬ提案に、フィンが口を半開きにする。

慣れないことを言う気恥ずかしさにムズムズして、ゲラルトは長い前髪を指先で弄った。

「その、僕は最近、料理を勉強しているのですが、オリヴァーさんみたいにはいかないので……色々教えてもらいたくて……フィンも試食してくれたら、嬉しいです」

「うん。へへへ、ありがとう、ゲラルト」

やはり、自分は争いには向いていない。

野菜を作って、料理をして──そういうことがしたいのだ。

兄はきっと、許してはくれないだろうけれど。