軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§034 御劔遥の成長 11/18 (sun)

翌日は何の変哲もない、秋晴れの日だった。

お誘いは夜からだったし、俺は、昨日達成し損ねた超回復をゲットしに代々木ダンジョンへとやってきた。

「芳村さん!」

エントランスホールで突然呼びかけられて振り返ると、目出し帽にフェイスガードのすらりとした女性が駆け寄ってきたと思ったらハグされて、まわりが少しだけざわめいた。

は? は? なにごと?? え……もしかして。

「み、御劔……さん?」

「はい! 私、受かったんです!」

受かったって、前に言ってたコンペかなにかだっけ? ともあれ、ドラマの撮影じゃあるまいし、こんな場所でこんな体勢は目立って仕方がない。

俺は、彼女を連れてそそくさとその場を後にし、いつも鳴瀬さんに連れて行かれるYDカフェの目立たない席へと向かった。

「まあ、これでも飲んで落ち着いて下さい」

そういって、カフェオレのカップを彼女の前に差し出した。

「ありがとうございます」

そう言って彼女が、目出し帽を脱ぐと、透け感のある前髪をサイドに流したショートカットの髪がさらりと落ちてきた。

右手でちょいちょいと前髪を直している姿は、以前にも増して洗練されていて目を引いた。

「ふー。目出し帽って便利ですけど、汗をかいちゃうから、お化粧はできませんね」

「そういや、しらなかったけど、御劔さんって有名人なんでしょ? こんなところで顔出して大丈夫?」

「そんなの。駆け出しもいいとこですから、誰も気にしませんって」

けらけら笑っている姿すら上品に見える。

これは、もしかして、ヤバいくらいステータスアップしてるんじゃ……

「受かったって、前に言ってたモデルのオーディション?」

「はい。芳村さんのおかげです!」

「いや、御劔さんの頑張りでしょ。あれから随分潜られていたみたいですけど」

「それなんですけど……」

そう言って彼女が取り出したのは、Dカードだった。

ライセンスカードは普通に目にするが、Dカードを見せるのは、相手を信頼している場合だけだ。

取得直後ならともかく、若い男女なら恋人だと思われてもおかしくないだろう。

その瞬間、まわりからざわっという波動が聞こえてきたような気さえした。

しかし、まわりが気になったのも、カードを見るまでだった。

――ランキング986位。

「たった6週間です。しかも1Fしか行っていないのに、です」

御劔さんは顔を寄せて囁いた。

「芳村さんが、何かしたんですよね」

そういって彼女が差し出してきたのは、前にお願いしていたスライムの討伐数だった。

1日平均118匹。凄いな、適当にやってた俺よりずっと多いぞ。しかも入り口へ戻りながらか。

1匹5分として1時間に12匹。1日10時間近く潜っていたってことか。

潜った日数は42日。ほとんど毎日だけど……

「こんなに潜って仕事、大丈夫だったの?」

「コンペまでは特訓の日々と言うことで、どうしても避けられないもの以外は受けないようにして貰ってたんです」

「へー」

1日の平均獲得SPは、2.36ptだ。それを42日間。トータルで、99.12pt か。

つまり、大体100ポイントくらいからトリプルになれるのか。

考えてみれば俺が2000匹近くスライムを倒して手に入れたポイントは、わずか5ptだ。連続して倒す限りそんなものなのかも知れないな。

しかし、もしもこのポイントが、ほとんどAGIやDEXに振られているとすれば、すでに超人の域だ。たぶん自分の体をミリ単位で制御できるだろう。

そうしたら、あとはもうイメージだけだもんな。

「まあ、確かにコツは教えたかもしれないけど、こんなに早く結果が出たのは御劔さんの頑張りだから」

「お約束通り、私、涼子ちゃん以外、誰にも話していませんから」

「わかってる。……おめでとう」

そういうと、思わず感極まったのか、彼女は少し涙ぐんで、テーブルの上の俺の手を握った。

「で、その、斎藤さんは?」

突然のことに焦ったおれは、思わず話題を変えた。

「なんだか演技が滅茶苦茶上達したみたいですよ。最近はすっかり売れっ子になっちゃって、今ではあんまり付き合って貰えません」

「え、じゃあ、一人で潜ってたの? 危ないよ」

「じゃあ、芳村さん、付き合って貰えますか?」

「え? 俺? ええっと。まあ、時間があえば」

「約束ですよ?」

「あ、ああ」

斎藤さんも同じくらいの討伐数で、30日くらいは潜ったらしい。それだと71ptくらいか。

それがもしDEX中心に振られているとしたら、彼女も確実に普通の人じゃなくなってるな。

「斎藤さんもそうだけど、御劔さんも、このカードは人に見せない方が良い」

「わかってます」

Dカードを見せ合うのは恋人みたいによっぽど親しい人くらいですよ、と彼女が笑った。

「いや、そう言う人にも、できれば見せない方が良い」

「え? はい」

俺の真剣な様子に、彼女も居住まいを正した。

「それで、あの。何となくなんですが」

「?」

「……現在のランク1位は、突然現れた、エリア12の民間人なんだそうです」

「みたいだね」

「それってもしかして……」

俺たちは静かに見つめ合っていた。

カフェ内の喧噪が、波の音のように聞こえる。

「私、今の仕事が始まっても、出来るだけ代々木に来ようと思います」

「うん」

「あの。連絡先交換してくれますか?」

そう言って交換した番号は、三好と鳴瀬さんに次いで、3人目の女子の番号だった。

「メールしますね。それじゃあ」

そういって、席を立とうとした彼女の手を思わずとって引き留めた。反射的な行動だった。

「あ、あの、御劔さん。実は今日これからうちの事務所関係で小さなパーティがあるんだけど、一緒に行かないか?」

「え?」

「三好が言うには、なんでもアークヒルズのないとうってお店らしいんだけど。お寿司、大丈夫?」

「ええ、ヘルシーですし。でも、私が行ってもいいんですか?」

「今となっては、立派なうちの関係者だし。よかったら斎藤さんも」

「わかりました。でも涼子ちゃんは遅くまでドラマの撮影だとか言ってましたから。後で聞いたら悔しがりますね」

御劔さんはいたずらっぽく笑った。

「17:00からだけど、どこかへ迎えに行こうか?」

「じゃあ、うちの近くの……戸栗美術館ってご存じですか?」

「え、渋谷の?」

「はい」

「松濤じゃん!」

「あ、いえ、安い賃貸のマンションですから」

「シエ竹尾の通りだよね」

「はい。よくご存じですね」

「三好が食いしんぼだからレストランにだけは詳しくなるんだ」

「それじゃあ、16:00に戸栗美術館の前でいいかな?」

「あそこは車で停車して待ったり出来ませんから……」

「じゃあ、うちを出るときに電話するよ。1kmちょっとしかないから車だと5分位かな」

「考えてみたら、凄く近いんですね」

「そうだね」

「わかりました。それでお願いします。では、また後程」

そういって席を立った彼女の背中を見送りながら、メールって……イマドキのコにしちゃ珍しいよな、なんて考えていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

それから急いで12匹だけスライムを倒して、超回復を手に入れた俺は、そのまま事務所へと引き返した。

時間がタイトだから、ハイヤーをスポットで借りてみた。当日でもわりとOKみたいだ。すぐに検索、ビバ、インターネット。

三好にも一緒に乗って行くかと聞いたら、翠先輩を誘ったから、そっちと合流するそうだ。

「女の子を誘って、ハイヤーでお出迎えって、先輩もやりますね」

「いや、たまたまだから」

「でもあの二人、なんだか凄く躍進してるんですねぇ」

「だな。彼女たちがまじめだってこともあったけど、ダンジョンブートキャンプの効果はちょっと凄いな」

「経験値の取得ルールって、どこでどうやって公開するか、難しいですね」

「まったくだ。難しいことだらけだよ」

「ところで服はどうします?」

「鉄板のスマートカジュアルで良いだろ。日本のレストランは、上から下までスマートカジュアルで困ることなんかないよ」

「男性はいいですよねぇ。スラックスはいて、襟付きシャツにジャケットさえ羽織っておけば、大抵通りますし。その点女はスマートエレンガンスだと浮いちゃうこともありますから。セミフォーマルだと下で困りますし」

「今日は寿司だし、会場は小さいし、フレンドリーな雰囲気だろうからカジュアルでも大丈夫だろ?」

「飛び込みで、ないとうを休日に貸し切りにしちゃう人ですよ? 常識が違うでしょうし、一応準備を……」

「庶民はいろいろと辛いねぇ」

「本当ですよ。翠先輩が白衣でこないか、それだけが心配です」

「……ありそうだな。しかしあのオッサンなら喜びそうな気がするけどな」

三好は、なにかのケースを取り出して、包装していた。

「なに、それ?」

「お祝いですよ。元気になった」

「あ、そうか。御劔さんや斎藤さんのお祝いもいるかな?」

「まあそちらは、先輩がお気持ちで」

「?」

「先輩。アーメッドさんは、私たちが売りだしたオーブに55億円払ったんですよ?」

「……そういやそうだ。じゃあ、それは?」

「お嬢様達の御用達。永遠の憧れ。ハリーウィンストンのサンフラワー。センタールビーのピアスですよ。お値段なんと200万円」

「うおっ、すげぇ……」

しかしピアス?

「なぁ、超回復って、ピアスの穴、あけられるわけ?」

「そう、それなんですよ。だけど丁度不活性ぽい感じでしたし、今のうちなら……ってもくろみもあるんですよ」

「ああ、将来活性化したらあけられなくなるかも知れないから促すわけか。だけど、活性化したら閉じちゃうんじゃないの?」

「それは大丈夫っぽいですよ」

「なぜ?」

「私のピアス穴、そのままですから」

まじかよ。遺伝情報から再現するのかと思ってたけど、そういうわけでもないのか?

「うーん。わけがわからん」

「先輩言ってたじゃないですか」

「ん?」

「何か形而上的な、意識みたいなものが関係しているような気がするって」

「ああ、保管庫の件か」

「そうです。あれ、案外当たってるんじゃないかと思うんです」

「だから、ピアス穴もってことか」

「はい」

そのとき俺は、大変不謹慎なことを思いついた。

しかし、科学を嗜むものとして、やはり疑問は明らかにしなければなるまい。死して屍拾うものなしなのだ。

「なあ、三好」

「なんです?」

「俺は、個人的に、非常に気になることがあるんだ」

「なにか凄く嫌な予感がしますが、一応聞いておきましょう」

「処女……ごはっ!」

その瞬間、三好の手元から飛来したタブレットが俺の額を直撃していた。

「先輩はちょっとデリカシーというものを覚えた方が良いですよ」

はい。ずびばせんでじた。

「ともかく彼女は、思春期の頃事故にあって、以来ずっとオペラ座の怪人だったわけです」

「そうだな」

「おしゃれを楽しむ余裕なんか全然無かったと思うんです」

「うん」

「だから、これからは自由におしゃれできるんですよっていう意味で贈るんですよ。お値段もこの辺がお手頃で、気を遣わせなくていいですし。もっと凄いのは彼氏に買って貰うということで」

200万のピアスが、お手頃なのかよ! お前等の常識はどうなってんだよ!

これだからセレブは! セレブは! まあいいけど……55億も貰ったし。

「だけどまさかパンチも付けるってわけには行かないだろ?」

「あのパパリンなら、ちゃんとした医療機関であけると思いますよ。しかし、プレゼントをすぐに身につけられないのは寂しい! ふっふっふ、抜かりはありません。同一デザインのミニペンダント付きです!」

「ペンダント?」

「今日って、絶対、首元がスッキリあいた装いだと思うんですよね」

「なんで?」

「今まで隠さなきゃいけなかったことの反動ですよ。あんなに美人なんですから、もう絶対です」

こいつの洞察力は、ある意味凄いと思う。良く当たってるし。

「だから、先輩、ちゃんと付けてあげて下さいね」

「俺?!」

「パパに付けて貰うって言うのは、年齢的にちょっと……かといって、あとは全部女性ですよ?」

そういやそうだ。おお、考えてみたらハーレムっぽいぞ?

「ま、こうやって色々恩を売っておけば……じゅるり」

「おい、こら、近江商人」

「いえいえ、今度はノオジェあたりを貸し切ってくれるかもしれないじゃないですか」

ノオジェは化粧品メーカーが銀座で出しているレストランだ。リニューアルオープンして、円形フロアの外周をサービスが動き回るという、少しせわしないフロアデザインになったが、それでも日本を代表するフレンチであることに間違いはない。

貸し切る? まあ俺たちでは絶対に無理ですね。わかります。

「そうだ。先輩。全然話は変わるんですけど」

「なんだ?」

「収納庫ですけど、あの駐車場にある20台……全部入っちゃいました」

は? 全部?

「す、凄いな。200tはいけるってことか……限界が見えないな」

「あれ、出すときは、多少離れていても、ある程度思った通りの位置に出せるんですね。面白かったです」

「……お前、バスでレゴとかしてないだろうな」

「え? ええ? し、シテナイデスヨ」

三好の目が泳いでいるが、ここで突っ込んでも犯罪者が増えるだけで良いことはない。

ミナイフリミナイフリ。

「後は電車かタンカーか……そんなに入るんじゃ密輸どころの騒ぎじゃないし、なにか対策が見つかるまで、収納のオーブは集めるだけで、売るのはやめとくか」

「それが良いかもしれません」

話すべきことも話したし、なんだか時間がぽっかり空いた感じだ。

ハイヤーの時間まで、まだ4時間弱ある。

「よし」

「どうしたんです?」

「まだ昼だから、ちょっと出かけてくる」

「御劔さんのお気持ち用ですか?」

「なんでわかる? お前はエスパーか?」

「まあ、話の流れで。先輩単純ですし」

「くっ……まあいいか。で、何が良いと思う?」

俺は自慢じゃないが、野暮の自覚がある。

モデルの女の子に送るプレゼントなんて分かるはずがないのだ。えっへん。

「そこで他人に振りますか。専属になったお祝いのジュエリーですよねぇ。ショートの正統派美人だし、ファッションモデルをやるならメインは服だから、ピアスならシンプルに一粒真珠がいいんじゃないでしょうか。大粒なら存在感もありますし、結構ノーブルですし」

「なるほど。真珠って何処で買うんだ?」

「先輩……ミキモトとかが無難じゃないですか? 銀座4丁目に本店がありますよ」

「よし、大粒、シンプル、ミキモト、だな。流石エージェント」

「はぁ……滑らないように頑張って下さい」

そうして俺は、慣れない世界へと旅立ったのだった。おそらく勇者になるのは無理だろうけれど。