軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§179 帰還石 3/2 (Sat)

それから二日間、三好は1層で祈りの練習を、俺は、探索者に出会わないように注意しながら、21層のDPハウスの補給と拠点の裏を転移ポイントとしてマークするために、ダンジョンの中を疾走していた。

鳴瀬さんたち、JDAのダンジョン管理課は、セーフ層の入札処理で無茶苦茶な忙しさのようで、月末はうちの事務所に姿を現さなかった。

そうして、大方の準備が終わった土曜日。

ぐずっていた天気がきれいに晴れ渡ったその日、数日ぶりに鳴瀬さんに会った。

しかも場所はうちじゃなく、代々木ダンジョンで借りているブートキャンプのバックヤードだ。土曜日だというのに、三好が連絡して呼び出したのだ。

「今日はどうしたんです、こんなところで?」

「お忙しいところすみません」

「いえ、むしろ呼び出していただいて助かったと言いますか……」

鳴瀬さんは、苦笑しながら言った。

「もう、嫌がらせかと思えるような数の申請が届いていて、朝から朝まで書類とにらめっこですからね。普通の業務なんか全然できないんです」

セーフエリアの入札は、日本の組織に限定 で(・) き(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 結果、世界中の国家や企業や個人から入札があったらしい。

オンラインの申請には、嫌がらせのような数の申し込みがあったそうだ。

「すべての区画に入札する組織が、ものすごい数あるんですよ? もしも全部落札出来ちゃったらどうするつもりなんでしょう」

「転売するんじゃないですか?」

「そこは、ちゃんと転売禁止の項目が設定されています。貸与もできません」

「それでも、他の組織の研究者を迎え入れることはできるでしょう?」

「それはまあ……」

その組織の交流もあるだろうから、一律に禁止することは難しいだろう。

「入札なんですから、単純に、示された金額が高い順に決まるんじゃないんですか?」

「そんなことをしたら、ほとんどの区画が、中国とアメリカで埋まりますよ。のこりは企業連合と、マスコミでしょうか」

「マスコミ?」

「オリンピックの放映権と勘違いしている人たちが多くて。後は、資金が潤沢なネット系ですね」

「ネトフリとか?」

あれをマスコミと呼ぶかどうかは難しい問題だが、情報の配信会社という意味では、そう言ってもいいかもしれない。

連載のドキュメンタリーを配信するのだろう。

「そんな感じです。だから国別の制限や、業種別の制限なんかも設定されているんですが――」

「――皆、その網の目をくぐろうと努力している?」

鳴瀬さんは、なすすべ無しと言った感じで目をくるくるとまわして天を見上げた。

後はもしも抽選になった時のために、ダメもとで凄い数の申し込みをしているのだろう。裁判所の傍聴席みたいなものだ。

「今回はそれを防ぐために、入札保証金といいますか、一種の供託金まで設定したんですけど……」

区画数も大したことはないし、仮に1か所100万円の保証金をとったとしても、100か所で、たったの1億なのだ。

世界でここにしかないチャンスを手にしようという行動を、その程度で抑制できるはずがない。

「そんなわけですから、例えば10か所の領域で、とある業種の企業が合格ラインを越えたのに、業種の制限で5つが落選する場合、落選企業の決定に、その企業の情報が必要になるわけです」

適当に抽選でいいような気もするけれど、やはりテロ組織と関係の深い企業が混じったりすると、32層そのものの安全が脅かされるわけで、ある程度神経質になるようだった。

ともあれ、数が多いこともあって、そんなことが頻繁に起こっているようで、区画の決定には、課員総出で何日かかるか分からないありさまだそうだ。

「法務に資料を請求するだけでは?」

「うちも手いっぱいだし、調査部じゃないって断られました」

なんだそれ。地味に意趣返しを行ってるってか?

「え、じゃあどうやって?」

「外部の企業情報信用調査会社にお願いしています。法務がやっても結局同じでしょうし」

「ああ、帝国データバンクとか東京商工リサーチみたいな」

「そうです。クレディセイフやエクスペリアン、あとはD&Bとかですね」

国外の情報には、外国語の資料も多く、それも難航している原因のひとつのようだった。

「芳村さんも三好さんも、外国語に堪能ですよね? バイト――」

「しませんよ! 話せることと法的な書類を読むことの間には、ものすごーーーーく大きな違いがあるでしょう!?」

第一、そんな重大な守秘が必要な選考過程に、部外者が入り込むとかありえない。

鳴瀬さんも疲れてんなと、ちょっとだけ同情した。

「はぁ……そりゃそうですよね。それで、今日はいったい?」

「ええっと、実は――」

俺たちは、この数日の間にあったことを、かいつまんで鳴瀬さんに説明した。

初めは笑顔で聞いていた鳴瀬さんだったが、話が進むにつれて徐々に表情が抜けていき、最後は能面のようになっていった。

「――と、いう訳で、これが『帰還石』です」

俺は、ただの石ころにしか見えないそれを、いくつかテーブルの上に並べて置いた。

その話を最後まで聞いた鳴瀬さんは、案の定、石になっていた。

「鳴瀬さん?」

「――すみません、意味がちょっと」

彼女は頭痛をこらえるように、こめかみに両手の人さし指をあてて強く揉んだ。

「転移する?」

「そうです」

「がんの話ですか?」

「違います」

「引っ越しの話?」

「それは移転」

「典薬寮のお医者さんとか?」

「違います」

「あ、そういえばお借りした、応天の門(*1)、面白かったです」

「でしょう。って、それは関係ありません」

「……それじゃあ、転移って、こっちで消えてあっちに現れる、あの転移のことですか?」

「そうです」

「人間が?」

「そうです」

「蠅男になったりは?」

「しませんね。いまのところは」

「芳村さん……なにか変な薬でも――」

「やってませんから」

そのやり取りを、くすくす笑いながら見ていた三好が、俺たちの会話に割り込んだ。

「まあ信じられませんよね」

「はぁ」

「だから、今日はここまで来ていただいたんです」

そのセリフを聞いた鳴瀬さんから、微かに血の気が引いた。

「まさか……」

「では、まいりましょうか――」

そう言って、俺と三好はおもむろに席を立った。

「ちょ、ちょっと待って――」

俺と三好は、ミュージカルを演じる役者のように声をそろえて言った。

「「――ダンジョンへ!」」

◇◇◇◇◇◇◇◇

鳴瀬さんは、代々木の1層へ引っ張られて行きながら、未だに腰が引けていた。

「あ、あのー、芳村さん? 私は別に体験しなくても……ほら、バンジージャンプも、絶叫系マシンも、できるところはスルーしてきましたし」

「できないところがあったんですか?」

「そりゃありますよ。企画屋みたいな先輩が、絶叫系マシンに乗せてみました、みたいな、頭の悪そうな企画を持ってくるんです」

「はぁ」

「そういうのって、大抵スタッフの同調圧力が強くって……断ると空気読めない女扱いされますから」

「ミスも大変ですね」

「ええ、まあ……って、なんで知ってるんです?!」

「JDAのプロフィールに書いてありましたよ」

「ええ……あれ、まだ残ってるんだ」

まあ、もういいかげん何年も経っているから、その経歴を生かす職業についているならともかく、本人にとってはすでに黒歴史なのかもしれなかった。

「この辺でいいんじゃないですか?」

そう言って三好が立ち止まったのは、すぐに行き止まりになる通路だった。

転移先は、少し先にある広めの部屋だ。ここからなら、10メートルちょっとといったところだろう。

「本当にやるんですか?」

「まあまあ、開発者以外では、世界で初の転移体験ですよ? 民間の宇宙旅行よりもずっと希少ですから」

「ええぇっ……」

成層圏の少し先くらいまで行くことを宇宙旅行と呼ぶのなら、誰でもそれを体験できる時代はすぐそこまで来ているだろうが、例え数メートルと言えども転移が体験できる時代は、少々時間が経ったところで普通は来ない。

そういう意味では確かに希少な体験だ。見た目や体験としては圧倒的に負けている気もするが。

「じゃあ、三好は転移先のポイントで待機してくれ。そうだな。時計を合わせて――3分後に転移する」

「了解です」

「芳村さぁん……」

「大丈夫ですよ。俺も、三好も、何度も実験しましたから」

「ほんとに?」

「本当です」

俺は彼女に、帰還石を渡した。

「合図をしたら、それを『使おう』って、意識してください」

「ええー」

「そして、これが重要なんですが、自分が転移させる範囲を自分でしっかりと意識してください。髪の毛も忘れずに」

「忘れたらどうなるんです?」

「えーっと……なくなる?」

「あるじゃないですか! 危険!!」

「ま、まあ多少は。でもちゃんと意識すれば大丈夫ですから」

「ええー?」

「はい、あと10秒です」

「え、ちょ、ちょっと」

「転移する領域を意識してください。いいですかー」

彼女は覚悟を決めたような顔をして、自分の体のあちこちを見回したり手で触ったりしていた。

「3・2・1、どうぞ!」

そう言った瞬間、彼女の手の中の石が淡く輝き――彼女はその場からいなくなった。

すると、すぐに、10メートルちょっと先から、驚く声が聞こえてきた。

「うそっ!」

三好が向こうで、俺がこっちにいる理由は、最初に俺がやらかした、 俺(・) だ(・) け(・) の転送が再現された時の保険だ。

その時俺が向こうにいたりしたら、ラッキースケベでは到底すまない、ちょっとした大惨事になるだろう。

俺は、その声を聞いて、ゆっくりと転送地点へと歩いて行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「どもー。いかがでした?」

「感覚としては、目の前にいた芳村さんが、一瞬で三好さんに入れ替わったって感じですけど……」

代々木1層の背景には、それほど明確な違いがない。

もちろん向こうは通路の一部だし、こちらは部屋なので、形は大きく違うのだが、背景のテクスチャーに大きな違いはないってことだ。

「体験しておいてなんですが、いまだに信じられません。実は手品だと言われたら、その方を信じそうです」

「まあ、数メートルですからね、変化も少ないし。では、一度体験して慣れたところで、次はこれを」

俺はそう言って、白い丸が付いている石を鳴瀬さんに渡した。

「え、まだやるんですか?」

「これが本番ですよ。じゃあ、三好、よろしくな」

「了解です」

そう言うと、三好は、自分の影にいるアルスルズを全員呼び出した。

事務所にいるグレイシック、俺の影にいるドゥルトウィン、そしてキャシーのところにいるグレイサットを除いた、カヴァスとアイスレム、それにグラスだ。

結構広い空間なので、3匹ともこの部屋に収まっていた。

俺たちが転移石を使った場合、一般の人間には関係のない、小さな問題があることが明らかになっていた。

それは、影の中にいるアルスルズたちを置き去りにしてしまうという問題だ。

空間をまたがない場合、つまり、1層から1層への転移の場合は、彼らは影を渡って追いついてくるが、空間をまたぐ場合、つまり違う層へ転移した場合は、転送前の層に置き去りにされるのだ。

連れていくには、一緒に転移するしか方法がなかった。

それが出来るなら、パーティ全員で同時に転移することも可能だろうと思うかもしれないが、それは許可していない。

どの人間を使用者だとみなすのかの問題もさることながら、三好が言った、俺の体だけの転移を避けるためだった。これは残念だが仕方がない。防げない殺人は、最初から避けなければならないのだ。

「じゃ、行ってきます」

そう言った瞬間、三好とアルスルズたちは消えていなくなった。

それを見ていた鳴瀬さんは、感嘆の声を上げた。

「目の前で見ていると、まるでSF映画ですね」

スタートレックなんかの転移は、それっぽいエフェクトが付いているが、転移石のエフェクトは石が淡く光るくらいで、転移自体にエフェクトはない。

まるで、媒体がまだフィルムだった時代の、SF研あたりが制作した、自主製作特撮みたいな感じだ。あ、それでもフィルムを削るくらいのことはやってるか。

「じゃ、次は、鳴瀬さんです。転移先には三好がいますから、安心して転移して下さい」

「はぁ」

彼女は一度体験したことで、少しは慣れたのか、自分のタイミングで転移していった。

彼女が消えた空間で、何か忘れ物はないかとしばらくの間確認しつつ時間をつぶしてから、俺はドゥルトウィンを呼び出して、一緒に21層へ転移した。

◇◇◇◇◇◇◇◇

転移先では、鳴瀬さんが、茫然と丘の下の湖を見ているのを、三好が面白そうに眺めているところだった。

「よし、みんな無事に転移出来たな」

三好は、俺が来たのを契機に、DPハウスへ入って行った。先に補給を済ませるのだろう。

「ここって、もしかして――」

鳴瀬さんが反対方向に広がるオレンジの森を振り返りながら言った。

「――21層なんですか?」

「そうです。最初にお見せしたとき、行きたいっておっしゃってましたよね」

「それはまあ、そうなんですが……」

彼女はそこに建っているDPハウスを見上げて、もう一度反対側の湖を見下ろし、さらにもう一度オレンジの森を見た。

「もうなんていうか……目茶苦茶ですね。まるで、アニメや映画の世界のようです」

「ダンジョンそのものがそんな感じですから」

「はぁ」

三好が、ひょいと顔を出すと、声をかけてきた。

「先輩。一応ここは21層ですから、ぼーっとしてると危ないですよ。中へ入りませんか?」

どうやら補給は終わったようだ。

「そうだな。トンボが飛んで来たら厄介だからな」

周囲の掃除はアルスルズたちがやっているが、21層には空を飛ぶモンスターがいる。

奴が遠くから飛んでくるのは、そう簡単に防げないのだ。

俺は、鳴瀬さんと一緒にDPハウスの中に入った。

中央のソファーに腰かけて、当初はぼうっとしていた鳴瀬さんも、三好がコーヒーを淹れ終わるころには復活して、興味深げに部屋を見回していた。

「どうでした?」

「とても現実のこととは思えませんでしたが……ダンジョンの探索にはものすごく有用ですよね。特にセーフエリアの活動が始まる今は」

長く危険な道のりを行かなくても、瞬時にセーフエリアまで移動できるのだ。

隣の研究所に行くような気軽さで、セーフエリアの施設を利用できるようになるだろう。金銭的にも人的にも、コストは劇的に下がるはずだ。

「だけど、これ、説明をお聞きした限りでは、ダンジョンの中なら、他人の所有物を盗み放題ってことになりませんか?」

実際、鳴瀬さんの言う通りで、ものに手が触れられさえすれば、それを伴ってテレポートできるのだ。同じ石を持っていない限り、追いかけることすらできないだろう。

「しかも、ですよ? もしかしたら、帰還石と魔結晶があれば、ダンジョンの外でだって、置き引きや万引きはもとより、泥棒行為をし放題ってことになりませんか?」

「人間にも適用出来たら、誘拐もし放題ですね」

三好が余計な一言を付け加えると、鳴瀬さんは、大きなため息をついた。

「体験させられても、まだ、信じられませんが――」

彼女は、自分の目の前に置かれた、少し平べったい石ころを見つめて、言葉を継いだ。

「――もしもそうだとしたら、人の社会は、これを受け入れる体制になっていないと思います」

その驚異的な実用性を試してみた後でも、彼女ははっきりとそう言った。

そういうバランス感覚が、鳴瀬さんの優れているところだ。ぜひそのままでいて、俺たちが暴走しそうになったら止めていただきたいものだ。

「それはまあ、今までは不可能だったことを可能にするアイテムですから」

現在の社会は、それを利用することを前提に設計されていない。だから、問題が出たとしても当然だ。

それが、〈保管庫〉や〈収納庫〉を公開できない最大の理由だし。法にも倫理にも違反どころか抵触さえしていなくても、誰かが扇動する大衆の妄想やイメージだけで抹殺される――そういう時代なのだ。

ただ、あちらは個に属しているプロパティだけれど、こちらはアイテムだ。

偽装ホイポイと同様、個から切り離せるという点で、公開が可能だった。

「その反面、これが普及したら、セーフエリアの活用は飛躍的に進むでしょうし、それに、ダンジョンで死ぬ人の数はものすごく減るんじゃないかとも思います」

そう。そこが悩みどころだ。

魔法のように便利なものは、魔法のように悪をなせる。だが、魔法のように世界に福音をもたらすこともできるのだ。

「世には出さずに、死蔵するべきだと思いますか?」

そう訊くと、鳴瀬さんはしばらく考えた後、首を振った。

「仮に今そうしたとしても、知ってしまった以上、それを使うことを我慢できるとは思えません」

彼女はため息を一つついて行った。

「これがあれば助かっただろう人の、死亡報告が積みあがるのを見れば、なおさらです」

ダンジョン管理課は、その現実を直接見る部署だ。

公開していれば助けられたはずの人の死亡報告。まともな神経なら堪えるだろう。

「最初は損耗率がそれなりに高く、規律があって管理がしっかりしている組織――例えば、軍などへ提供していくのはどうでしょう?」

「軍ですか……」

俺は少し躊躇した。

「例えばDADのような専門の組織ならともかく、大きな枠組みで『軍』なんてところに提供したら、別の用途に使われませんか?」

「先輩。4.03は転移先が石によって固定ですから、そういう恐れは少なくないですよ」

「ああ、当初の予定通り、転移石じゃなくて帰還石としての利用に限定するわけか」

「え? もしかして、任意の場所に転移できるんですか?」

鳴瀬さんが驚いたように言った。

最初の説明が帰還石だから、拠点となる場所に帰還するだけだと考えていたようだ。

しかし、転移できる場所が任意だとすると、さらに想定される面倒の数が跳ね上がる。

「え? ええ、まあ……転移先の登録には結構な問題や制限があるのですが」

三好、お前わきが甘いぞ。いや、俺もなんだが。

「じゃあ、当面は代々木専用のアイテムにして、特別な位置への転移装置として利用するのはどうですかね?」

三好が、自分のカップを持ち上げながらそう言った。

「1層と18層と31層か?」

32層へ直接ジャンプするより、31層の広間から階段を使わせた方が、巨大な何かをいきなり持ち込んだりできない分、安全性が高まるだろう。利便性は少し犠牲になるが。

「緊急避難用なら1層だけで十分でしょうし、18層と31層へ行く石は、JDAが特別に管理して、使用確認付きで販売するって感じで」

「帰還石は普通に販売して、下りる方はJDAの監視付きで使用させるってことか」

「そうです。ついでに販売バージョンは、代々木から離れるとゴミになるって機能が組み込めれば、一般社会での悪用もできなくなりますよ」

「帰還石は銃器と同様JDAに預けるってことか」

「です」

「悪くないな。JDAの負担が少し増えるかもしれないが」

銃器を預けるやつはそれほど多くないだろうが、帰還石は、価格にもよるが、おそらく全員が利用するようになるだろう。

それを聞いた鳴瀬さんは、慌ててそれを否定した。

「え、すぐは無理ですよ。それって絶対ロッカーが足りなくなります」

「いや、そこは大丈夫でしょう」

「え?」

「帰還石はどれも同じですから、預かる場所は1か所にまとめて、後は探索者IDと預かっている個数だけ記録すればいいんですよ」

それを受けて、三好が、「言ってみれば銀行方式ですね」と言った。

預金者の預けた1万円札と引き出す1万円札は、同じ1万円でありさえすればそれで構わない。同じ札である必要はないのだ。

帰還石も使用期限がなければ同じだろう。

「なるほど」

「だけどこれ、セーフエリアへの超特急チケットなんて名前で売りだしたら、今ならがっぽり儲かりそうですよ、先輩」

「お前な……」

先に出たJDAが管理するシステムで、先日まで危惧していた問題は大分解決するだろう。そのためか、三好は早速そろばんをはじいている様子だ。

確かにあの方法なら、ダンジョン内の盗難以外は解決できるように思えた。

それに、セーフエリアに領域を確保するような団体は、金を持っているだろうからなぁ。少々高価でもバカ売れしそうではあるが……

「まずはインフラを整えないとダメだろ」

それを聞いて、鳴瀬さんが不思議そうな顔をした。

「インフラ? ただ転移するだけじゃないんですか?」

俺たちはそこで、転移のためのインフラについて、鳴瀬さんに説明した。

彼女は、それを丁寧にメモしながら聞いていた。

「つまり、登録したポイントに転移するため、そのポイントに出現した人間は、すぐにそこから離れて指定されたエリアの外へ出る必要があるってことですか?」

「そうです。同じ場所にいると、次に転移してきた人と接触する事故が起こるかもしれません」

実際は転移先に障害物があった場合、転移に失敗するようになっているが、あまり厳密にやると、緊急時には致命的な失敗となりかねない。

だから転移先にはある程度のマージンがとってあって、その中で重ならない領域へ転移するようにはなっていた。

とは言え、多くの人間が同時に転移してきたりした場合、どうしても失敗する例は出てくるだろう。つまり、利用者は、転移後なるべく素早く転移ポイントから外に出る必要があるのだ。

「転移ポイントを明示した何かが必要だと」

「そうしないと、間違ってそこを塞いじゃうかもしれませんからね」

「故意に転移ポイントを塞いで、転移を妨害するとかは……」

「現時点では可能です。そういう細かな運用上の問題を、ひとつひとつ潰しながら、インフラとしての精度を上げていく必要があるわけですよ」

駆け足で適当に作ったものが、そんなに完璧になるはずがない。

もっともこの場合、転移ができるというだけで、少々の面倒や不具合には目をつぶってしまうほどの性能があるわけだが。

「もっとも最大の問題は個数でしょうね。そんなに多くは用意できませんよ」

「そうでしょうね。すると価格も高額になりますね」

「原価で言うなら、ほぼゼロなんですけどね、これ。帰還石なんか、ほとんど先輩の時給だけですから、1000円ってところですか?」

「俺の時給ってそんな安いワケ?!」

いや、アルバイトだとすれば、なかなかの高時給と言えるかもしれないが、大手企業の正規雇用者だとすれば、年齢的にも時給3000円くらいは普通だろう。

もっとも正規雇用でも、ブラックな部署で働く時間が長くなり、挙句の果てに残業手当がつかなかったりすると、時給に換算したら300円だったなんて笑えない状況も時折は生まれたりするのだが。ちくせう。

「い、いやだなぁ、先輩。1時間でもっとたくさんできるじゃないですか。だから1個あたりに換算した値段ですよ。先輩の時給はすんごい高いですよ!」

「三好。フォローがずさんすぎる」

「時給って……これ、芳村さんが作られるんですか?! どこかで採取するとかじゃなくて?」

「Oh……三好、わきが甘い」

三好が、てへっというポーズを取りながら、小さく舌を出した。こいつ、もしかして、わざとやってるんじゃないだろうな。

いくら鳴瀬さんが、俺の正体を知っていると言ってもな……

「よ、芳村さんが転移魔法を込める……とか?」

「そんなことができるなら、こんな石はつくりませんよ」

転移魔法ってなんだよ。そんなものが使えるなら、転移石なんかつくらないよ。

「そういうわけなので、問題は価格より数ですね。こればっか作る人生は嫌だし」

「先輩、最近そういう心配が多いですよね」

「ほっとけ」

「価格については、犠牲者を減らしたいという鳴瀬さんの考えを尊重するなら、帰還石を安く、転移石18と転移石31を高額に設定すればいいだろ」

「いいんですか?」

「俺たちだって、代々木の犠牲者は少ないほうがいいですからね。その辺は三好と詰めてください。ただ、ほんと、全探索者に出回るほど作るのは無理ですよ、材料のこともありますし」

「材料?」

「内緒ですけど、現在絶賛品薄中の魔結晶が必要なんです」

「ああ……それは」

つくばの事件で、関東圏の市場からは魔結晶が消えている。

今手に入れるのは、なかなか大変だろう。

「近々、もう一度館に行く予定なので、その時にある程度狩れるとは思うんですが」

今度の対象はスケルトンだ。あいつは結構魔結晶を落とす上に数がいる。大量にゲットするチャンスなのだ。

「館? さまよえる館ですか?!」

「はい。ちょっと書斎で待っているという博士に聞きたいことがありまして……なんか聞きたいことがあれば、ついでに聞いてきましょうか?」

「きましょうかって……」

「たぶん、簡単に行けるのは、当面は今回が最後だと思います。だから、本当に聞きたいことがあれば」

「分かりました。上とも相談してみます」

「俺たちが館に行くってことは、今更ですが、内密に」

「分かってます」

「先輩、これが普及したら、8層の豚串屋がヒマになりませんかね?」

「8層くらいをうろうろしている探索者は、一気に18層に飛んだりはしないと思うが……もしそうなっても、連中なら18層へ店を出すだろ」

「あー、スポンサーが大きそうですもんね、あそこ」

民間じゃない組織が関わっていそうだからな、あれは。

「じゃ、今日はここへ泊って行きますか? 明日はお休みでしょう?」

俺がそういうと、鳴瀬さんは露骨に肩を落とした。

「泊まっていくのは願ったりなんですが、明日も仕事なんです」

「ご愁傷さまです」

俺は心の底から、哀悼の意を表した。

「あ、先輩! 大変です!!」

「な、なんだよ」

「もしもこれが公開されたら、セーフエリアの荷物運びに時間がかかるからって言い訳が使えなくなりますよ!」

確かにそうだ。ただ、『ヤダ』じゃ納得しない連中は多いだろう。

「そりゃ盲点だったな……『ヤダ』じゃだめだろうな」

「人類に貢献しろとか迫られそうです」

「うーん」

「もう、いっそのことお前が嫌いだから引き受けないって言っちゃいましょうか?」

そりゃ、相手も否定しようがないな。ただの好き嫌いなんだから。だが――

「子供かお前は。いくら面倒でも、そういう角が立ちまくる行動はやめような」

「先輩だけには言われたくないんですけどー」

「俺はTPOをわきまえてるよ。少なくとも、時々は」

「それって、自慢するようなことですか……」

俺たちは、その問題を先送りして、今日のところは鳴瀬さんの21層観光に付き合ったのだった。

そうして、その日、俺は夢を見なかった。