軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§171 NYイベント 後編 2/24 (sun)

翌日、事務所に下りた俺は、昨日イベント会場で自動小銃を振り回した男の続報を聞いた三好に、説明を受けていた。

「地球解放戦線?」

「の、メンバーだって本人は主張しているそうです」

まるでアニメの中の反体制組織みたいな名称だが、こいつは実在する組織の名称だ。

Earth Liberation Front。通称ELFという過激な団体で、今では立派にFBIによって、エコテロリストと認定されている。

「それって、いわゆる環境テロリストの?」

「話を聞く限り、従来のELFとは別物っぽいです。オリジナルはここしばらくは大人しい感じですし。こちらは、地球をダンジョンから解放するための運動を行っている組織だそうです」

「ダンジョンからの解放って……いったい、どうやって?」

ダンジョンの向こうまで行って、そこにいる何かにお願いするとかだろうか?

「さあ? 埋めるとか? 過激な環境団体の論理は、意味がよく分からないものも多いですから……」

「埋められるもんなの? それにフィクションじゃダンジョンを埋めると大抵ひどい目にあうってのが定番だぞ」

「先輩。埋めるっていうのは、私の想像ですから。彼らがどう考えているのかは……今度聞いてみます?」

そのあまりに投げやりな意見に、俺は苦笑しながら答えた。

「機会があったらな。そういや、ザ・リングは蓋をしたんだっけ?」

「蓋とは言っても、あちこち換気口はあるでしょうし、単に地下へ下りる階段の地上側に扉があるってだけだと思いますけど。それに内部の調査を行っているということは、時々開けてるってことじゃないですか?」

「あそこには加速器用の原発とかあるもんな」

状況を把握しておかないと、完全な放置は怖いだろう。

しかし、もしもダンジョンの反対側がどこかにつながっていて、そこから常に何かが送り込まれているとしたら、蓋をしたダンジョンは、何かの内圧が上がり続けて、そのうちどっかに噴火口よろしく、出口が出来たりするのかね。

「ただ、今回の件は、単に、探索者を排除したかったということらしいです」

「排除?」

三好は俺の疑問に頷くと、どこから説明したらいいのか迷ったような顔をして、説明を始めた。

「事の発端は南米なんです」

「南米?」

「例えば、去年の春にあった大統領選の正当性を巡って、ベネズエラには二人の大統領が出来ちゃいましたよね」

ベネズエラは、当時現職だったマドゥロ大統領が、反政府派の有力政治家たちを立候補できない立場に追いやった上で大統領選を実施した。

そのため、反政府派は選挙をボイコット、国際社会からも選挙の中止を求める声が高まったが、マドゥロ大統領は選挙を強行して再選した。

反政府派はこの選挙を無効とし、マドゥロ大統領の任期が切れた日以降、大統領不在時の憲法規定を適用して、グアイド国会議長が暫定大統領に就任したのだ。

そのため、2018年初頭から、ベネズエラには大統領が二人いる事態に陥っている。

国際社会は、中国・ロシアを中心とした従来の東側勢力がマドゥロを、アメリカ・EUを中心とした西側の勢力がグアイド氏を支持している。

国連では安保理において、アメリカとロシアがそれぞれベネズエラに関する決議案を提出したが、それぞれが拒否権を行使して何も進展しなかった。

重大な問題において、国連役立たず論はここでも明らかになったわけだ。

ともあれ、そういう状況で、アメリカの経済制裁などが行われたため、国内は目茶苦茶で3年で総人口の1割が国を脱出するという現状に陥っていた。

国際的な人道支援も行われようとしたが、マドゥロ大統領としては、国内に人道的な問題はないという立場で、各国の人道支援を突っぱねているため、それもままならなかった。

支援を受け入れれば、人道問題が発生していることを認めることになるからだ。

「つまりは、難民か?」

「そうです。アメリカはフロンティアスピリットに溢れた国ですが、十分裕福になった国でもありますから、ダンジョンができた当初、何人かが死んだ後は積極的にダンジョン探索をする人が少なかったんです」

興味本位にダンジョンに入って、戻って来なかった数がそれなりにいて、かつニュースになれば、いかに無謀な人間でも躊躇くらいはするだろう。

放置しておけば、今の生活に何も関わってこないのなら、なおさらだ。

「DADが迅速に作られたってのもありますけど……こうしてみると、DADが作られた時期って、ものすごく早いですよね」

「ザ・リングの救出用だったからだろ。空軍の部隊が蹴散らされたからDADが作られたみたいな話を、以前サイモンがしてたじゃん」

「うーん。だからと言って、いきなり特別な部署を作ったりしますか? 部隊の編制ならともかく」

蹴散らされたのはその場にいた空軍の部隊だ。

確かに迅速に行動するなら、次は陸軍の精鋭を派遣する気もするが……

「ダンジョンが発生した原因が、ザ・リングにあるってことを、上層部が調査をする前から知ってたってことなのかもしれないが――」

俺は、人さし指で、自分のほほをポリポリと掻いて続けた。

「――今のところ、この藪はつつかずにおいておくのが無難だろ。突っ込んでも現状は何も変わらないし、良いことはなさそうだ」

「そうかもしれません」

「で、少なかったからなんだって?」

「グリーンカードの技能者枠に探索者枠が作られたんですよ。しかも取得までの期間は、たった2か月です」

「2か月?!」

現職のハンドラー大統領は、不法移民にはとても厳しい政策をとった人だ。

移民もかなりの数を制限したようだから、合法的に入国できる探索者枠は、大人気だっただろう。

しかも、通常のDV抽選永住権なら、取得までに、下手をすれば年単位で時間がかかるのだ。

南米のどこかでDカードを取得して、そのまま申請すれば、2か月後にはアメリカの永住権をゲット。それは殺到するだろう。

「それで、ダンジョンがある地域には、難民というか移民がどっと押し寄せたわけです」

「BPTDがあるNYは大人気だったろうな」

「ただでさえ、人種のサラダボウルなんて言われてますし、NY市長は民主党が優勢で、リベラルっぽい人が多いですから」

「そこで、文化的な差異による行動や、仕事の奪い合いが発生して、愛国主義者が台頭するわけだ」

「定番の流れですね」

探索者を1年もやれば、ステータスのこともあって、いろんな意味で優秀は人材になる。

雇う側としては、同じ給料なら優秀な人間を雇いたいものだ。

つまり、そういう連中が探索者をやっていない連中から、仕事を奪っていったように見えることは想像に難くなかった。

「それを探索者による、アメリカの侵略だと?」

「移民の国なのに、侵略もくそもないとは思うんですが……ただ、事態はもう少し複雑みたいです」

どうやら、Big4(アメリカの4大プロスポーツリーグ)の台頭選手が探索者上りで占められていたり、他にも社会のいろいろな場所で、探索者の後塵を拝するようになると、まるで自分たちが劣っているもののように感じられるそうだ。

「神経症じゃないの、それ」

「一度気になり始めたら、どこまでも気になっちゃうってところはあるでしょうが……そろそろ社会学者なんかが、そういった研究を発表しそうじゃありませんか? 人類の意識がどんな方向に進んでいくのか予断を許しません」

「いや、ちょっと待て。人類の意識って、そんな大事なのかよ、これ?!」

◇◇◇◇◇◇◇◇

『ハーイ! ナカジマ』

『ハイ』

健康そうな太ももを大胆に晒した女の子が、手を振って中島に挨拶しながら通り過ぎた。

つられて、中島もアメリカナイズされたあいさつで手を振りかえした。

「なんだ、すっかりこっちの女の子と仲良くなったみたいじゃないか」

「所長?! や、やだなあ、誤解ですよ。昨日撃たれた人を助けて歩いていた映像が流れちゃっただけで」

「他人に貰ったポーションを使うだけで、気前のいい紳士に思われるとは、なかなかいい役どころだな?」

「は……はは」

翠から立ち上がるプレッシャーで、額に汗を浮かべながら、中島は、計測タイムテーブルに従ってリアルタイムに上がって来るデータを整理していた。

常磐のスタッフたちは、それを遠巻きに眺めながら、流れ弾を避けて各セミナー会場へと散っていった。

「ここは……、『スキル持ちによるコマンド調査』ね」

そそくさと逃げ出してきた縁は、手近な区画で行われているセミナーを覗いてみた。

そこでは、結構な人数が集まって、Dカード上のスキルに対するコマンドを試していた。

掲示板上で行われていたコマンド調査でも、スキルに対してのコマンドは対象外だった。それくらいスキル持ちは少ないはずだったのだが――

「スキルを持ってる人って、結構いるんだ」

そこに集まった人たちは、意味別に分かれて、あるかもしれないコマンドを試していた。

掲示板上では、A~Zに分かれてしらみつぶしに調べる手法を採っていたが、時間のないイベントでは、ありそうな意味を持ったコマンドを思いつく単語で試す方法で行われていた。

縁が、うろうろと、その部屋をアクションカメラで撮影していると、突然、もっとも勇気のある人たちがいると思われるグループから、魂を削るような叫び声が上がった。

「ファック! マイガッ!!」

それを聞いた、同じ空間にいたものたちは、ほぼ全員が、その声を上げて頭を抱えている男に目を向けた。

『おい、どうした、リック? 大丈夫か?』

一緒に来ていた仲間にそう問われた男は、泣きそうになりながら手を挙げて、自分が何かを発見したことを、このセクションのマネージャーに告げた。

縁も、興味を惹かれて、そちらへと移動して言った。

『それで、一体何があったんだ?』

『スキルが消えてなくなるコマンドを見つけた』

『き、消えてなくなるだって?! もしかして、君……』

『ああ、さっきまでここにあったはずの虎の子が、ものの見事に消えてなくなったんだよ』

リックは、自分のDカードを彼に見せながら、何も書かれていないスキル欄を指さした。

それを聞いた周りの探索者から、ざわめきの声が広がり、最後には控えめに感嘆の声が上がった。なにしろ、肝心の発見者は悲嘆に暮れているのだ。

『それは、まあ、なんというか……』

セクションマネージャーの男も、何と言っていいか分からず、頭を掻きながら言葉を濁した。

あるかもしれないという意味では、消去コマンドは代表格と言えるだろう。しかし、自分のスキルに向かって、eraseだのdeleteだのremoveだのclearだのを試すのは、勇気以上の何かがいるのだ。

みな、しり込みして、それらの単語を試すのは憚られていた。

『す、すばらしい勇気だ』

マネージャーの男は、ひきつった笑みを浮かべながら、なんとかそれだけを絞り出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇

俺たちは、縁チャンネルから上がる悲鳴を聞いて、その画面に注目した。

「おいおい、また乱入事件でも起こったんじゃないんだろうな」

「そんな感じでもなさそうですけど」

俺たちは、画面の中で、死にそうな顔をしている男と、セクションマネージャーらしき男のやりとりを見ていた。

「せ、先輩! スキルの消去コマンドだそうですよ!」

「まじかよ……」

「これで――」

「――マイニングの呪縛から逃れられるって?」

今も18層で、必死に取得しようとしている人たちが聞いたら、何言ってんだコイツと殴られそうだが、これのせいで探索が滞っていたことも事実だ。

もしも必要になったら、誰もいないはずの山の下の洞窟でいくつでも拾えそうだしな。

◇◇◇◇◇◇◇◇

『それで、君の名前は?』

『リチャード。リチャード=ファインドマン』

◇◇◇◇◇◇◇◇

「どこの物理学者だよ!」

「ファインマンじゃありませんよ。ファインドマンだそうです」

「見つける人ってことか? 出来すぎだろ!」

◇◇◇◇◇◇◇◇

『そ、そうか。さすがはリチャード。名前通りに勇敢なんだな』

リチャードは、もともと、ふたつのゲルマン語から作られた名前で、力や勇敢、強さなどを意味しているのだ。

『ちょっと後悔してるけどね』

『むっ……それはまあ、なんというか』

マネージャーの男は、何と言っていいのか分からず、再び言葉を濁すしかなかった。

『そ、それで、キーワードは?』

『そうだ、聞いてくれよ。さすがに自分のスキルに対して、erase や remove や delete を試すのは、頭のねじが外れたやつだけだろう?』

『ま、まあ、そうかもな』

彼は、それ以前に、消去系のコマンドを探そうとする奴は、どっかおかしいだろと突っ込みを入れたかったが、自制した。

『それで、俺はもう少し婉曲的に、スキルを擬人化してさよならを言ってみたんだ』

『see youとかgood-byeとかってことかい?』

『そうさ。まさかそれがヒットするとは……』

『え? まさか、bye?』

『いいや……farewellさ』

◇◇◇◇◇◇◇◇

「farewellって、動詞ですらありませんよ」

「間投詞ってことだろ。good-byeでもよさそうだけどな」

「ほら、ダンジョンってちょっと厨二病っぽいところがありますから」

「ああ――」

俺は思わず納得した。確かにfarewellには、「さらば」って感じの印象が強い。神の言葉しかり、ダンジョンが厨二病っぽいのは、タイラー博士たちや探索者諸氏が、皆そういう傾向を持っていたからなのだろうか。

「誰しも、心の中には、厨二領域を持っているものなんですよ」

俺は思わず吹き出した。厨二領域ってなんだよ。

「それにファンタジー系のエンタメにそういう要素がなかったりしたら、主人公が存在できません」

したり顔でそう言った三好は、タブレットを取り出して、何かを入力していた。

俺は、早速自分のDカードを取り出すと、マイニングに対してそれを使ってみた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「ん?」

スマホが振動して、メッセージの到着をつげている。

縁は、それを取り出すと、送られてきたメッセージを読んだ。

『farewellかー。そいつは意外だ。しかしこいつを追試するって訳には――』

マネージャーがそう言ったと同時に、周囲からざわめきが起こると、人の輪が少し広がった。

『ははは、まあ、そうだよね』

このコマンドを追試するということは、自分のスキルを一つ失うということだ。ほとんどの人にとって、それはすべてのスキルを失うということだろう。

『あ、あのー』

『ん、君は?』

『私は、ユカリ=ツヅキ。ワイズマンに派遣された計測スタッフです』

縁は自分のIDを見せながらそう言った。

『おお! ワイズマンにはこんな素晴らしい会場を用意していただいて感謝しています!』

『あ、どうも。それで、farewellコマンドの追試なんですけど――』

『いや、さすがにそれは無理でしょう』

マネージャーは、眉間にしわを寄せて、頭を振った。

『いえ。今ワイズマンから連絡を貰って、こっちでも確認したから追試の必要はないそうです』

『確認した?』

『はい』

『今?』

『はい』

『なんてこった! 流石はワイズマン、クレージーだぜ……』

周りの探索者からも、つぎつぎと信じられないと言ったセリフがこぼれていた。

『確認もなにもなしで、突然消えてしまうので、冗談で試すのはやめるようにと言っています』

『そいつは酷ぇUIだな。了解した。ご協力に感謝しますと伝えてくれ』

『わかりました』

縁は、スマホにそれを入力しながら、三好さんたちはこの映像を見ているんだから、必要ないかと思いなおして、途中でやめた。

『それでですね――』

そうして、縁は、肩を落とすリチャードに向かって言った。

『――ミスターファインドマンの勇気に敬意を表して、無償でスキルをお譲りしても良いとのことですが……どうします?』

『は?』

リチャードは一瞬何を言われたのか分からなかったが、それは縁の発音のせいではなかった。

しばらく呆けた後、その意味を理解した彼は、満面の笑みを浮かべながら、『ありがとう!』と言って、彼女の手を両手で握るとぶんぶんと上下に振った。

『WOW! これって美談?!』

とマネージャーがことさら大げさに騒ぎたてている。

『都合の良い時に、代々木までおいで下さいと言うことです。東京までの往復の旅費は彼女が負担するそうですよ』

『INCREDIBLE!』

こぶしを握り締めて、大仰なガッツポーズをとるリチャードの周りで、探索者たちが驚きの声を上げていた。

『おい、それって、ワイズマンにはスキルオーブを用意する方法があるって事か?』

『謎のオーブオークションとかやってたもんな、そういえば』

『オークションもそうだが、こういうからにはいつでも採って来れるってことか?』

『……オーブハンターって、本当だったのか』

『信じられん』

リチャードの知り合いらしき探索者が、彼の肩をバンバンと叩いて、よかったなと言いながら提案した。

『おい、ついでに消えたスキルがゴミ箱から復帰できないか試そうぜ!』

『そうだな。こんなシチュエーションは2度とないだろうからな』

『まあ、自分のスキルを積極的に消去する奴はいないよな』

『ゴミ箱からに復帰なら、restore か?』

『いや、消すときが「さよなら」なんだから、welcome とか?』

『いやいや、やっぱここはかっこよく、revive だろ?』

『それならもっと神学よりにして、resurrectじゃないか?』

『いや、お前ら、それって、全然 farewell と対をなしてないだろ。come back だぜきっと』

『とにかく全部試そうぜ!』

『おおー!』

リチャードの損失がなかったことになりそうになって初めて、その場の探索者たちは、新しいコマンドの発見に純粋な喜びを見出していた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「いやー、ほんとに助かったな」

「ねー」

俺たちは、マイニングが消えた自分のDカードを、すっきりとした気持ちで眺めていた。

「だけど、未使用のマイニングは、あと1個しかないぞ」

「先輩、それってJDAから預かってるやつですよ」

「あ、そういやそうか……じゃ、21層の補給がてら18層でついでに狩っておくか」

「あの詐欺みたいなPPパックの製造も終わりましたし、マイトレーヤのふたりもそろそろ活動を開始しそうですしね」

「そういや33層への入り口って発見されたのか?」

「到達階層は更新されていないので、まだみたいですよ」

「JDAは3月頭のセーフ層の競売でてんやわんやみたいだしなぁ」

「しばらくはセーフ層開発や機材の搬入にトップエンドの探索者のリソースが割かれるんじゃないでしょうか」

「ああ、なんだかんだ言って、32層へ到達できる探索者は多くないもんな」

渋チーやカゲロウの到達階数は、今のままだと、せいぜい20層半ばってところだろう。民間のトップがそうなのだから、いかに32層への到達が難しいか分かるというものだ。

「でも、先輩。代々木の5層以上に到達している探索者の平均到達階数は、かなり伸びてきてるみたいですよ」

「へー、なんでだろ?」

例の5億人やテレパシー騒動で、探索者の母数は大幅に増えているから、全体としての平均は下がっているはずだ。

しかし、Dカードが欲しかっただけの人たちでは、5層より先に行くことは難しい。5層に到達する探索者と言うのは、それなりにまじめに探索をしている人たちなのだ。

最近の増分は母数に含まれていないだろう。

「先輩……何言ってるんですか、キャシーのせいに決まってるでしょう」

「それって……」

「20日までで10回開催、卒業生が70人でも結構底上げできるものなんですねぇ……」

スポーツ関係等の特別な人員も含まれて入るが、攻略組織に属していない一般人ではトップエンドに迫る70名だ。

稼いだSPが増えるわけじゃないからランキングは変わらないだろうが、実力は数層分程度はプラスされているはずだ。

これをどんどん繰り返していけば、フロントラインに立てる人材もいずれは生まれてくるのではないかと期待している。

「結果が目に見えるようになると、ちょっとやる気が出るよな」

「週明けから、第2も立ち上がりますし」

DADのスタッフが待機しているって理由で、サイモンたちの催促が激しかったのだが、組織用に立ち上げた設備もとうとう内装が終わって来週から稼働するらしい。

「最初は全部DAD関係?」

「仕方ありません」

なにしろ、わざわざ待機して待ってますからね、と、三好が軽く唇を曲げて肩をすくめた。

「でも先輩。DADで結果が出ると、他の国の攻略組織の訓練も請け負うようになったりするかもしれないですよね」

「まあ可能性はあるな」

「そしたら、私たち、またまた口封じの対象ですね!」

「なんで?! いや、それよか、なんでそんなに嬉しそうなの!」

「だって、言ってみれば各国軍隊の強さに対する詳細で完全なデータを、民間の会社が保持するってことになるんですよ?」

考えてみればその通りだ。

しかも普通の訓練施設と違って、そのデータは客観的に数値化されていて、客観的に比較できるのだ。

メイソンとキャシーの腕相撲を見ていれば、その精度は明らかだろう。

「ぐふっ……」

「どこが一番強いんですかね?」

「いや……ほら。探索者ランキングを見れば序列はわかるんだから、それほど気にしないんじゃないの?」

「名前を隠している秘密兵器っぽい精鋭とかが来たら面白いですよねー」

「面白くないよ!」

上位ランカーは大抵存在が割れている。

だから三好が言うような存在が、ほいほい上位にいるとは思えないが、ダブルには匿名探索者もそれなりにいるし。サード上位ならなおさらだ。絶対とは言い切れないだろう。

「まあ、そういう杞憂はおいておいて、ですね」

「それほんとに杞憂なの?」

少なくとも、天が落ちてくるよりは高確率な気がするんだが。

「まあまあ、先輩。なら、今後は18層経由で最前線へ?」

「はぁ……まあそうだけど、明日は25日だろ」

「そうですけど」

「〈収納庫〉取得のクールタイムが明ける日なんだよ」

「ああ……だけど売りには出せませんよね?」

「今のところはそうだな。で、どうする?」

「先輩が使えばいいんじゃ?」

「〈保管庫〉と競合しておかしくなったりしたら困るんだよ。主にオーブの保存面で」

合体して空間は大きくなったけど、時間の経過も1/10になりましたじゃ洒落にならない。

もちろん別々に使える可能性もあるが、どちらに入れるのかなんてUIを考えると、合成される可能性だってゼロじゃない。

リカバーしようにも、〈保管庫〉が採りなおせるのは3年近く先なのだ。

「さっきのfarewellもそうでしたけど、やってしまえば取り返しがつきませんからね。慎重にもなりますか」

「そこで三好の2重取得ってのも考えたんだが」

「ひとつでもまだ底が見えませんからね。効果も分かりませんし」

「じゃ、三代さんか鳴瀬さんに?」

「三代さんはともかく、鳴瀬さんは使い道がないでしょう」

「三好みたいに秘密の資料をつねに携帯しておくくらいか」

「どうせ公開する翻訳に秘密の資料とかありませんし」

そりゃまあそうか。

「なら、三代さんか?」

「ステータスよりもずっと大きなスキルの力を持っちゃったりすると、無理が出来ちゃって早死ににつながりませんか?」

「洒落にならんが、可能性はあるな……」

「クールタイムのために取得はしておくべきだと思いますが――」

「――しばらくは、保管庫の肥やし?」

「ですね」

大きな力には、大きな責任が伴う、か。

俺は昨日の騒動のことを思い出していた。

「いっそのこと、キャシー……は調子に乗りそうだからおいといて、サイモンかミーチャにでも渡しちゃうとか?」

「それもありかもしれません。DADの依頼が減りそうです」

「もう支払いを受けているやつがなに言ってんの」

「そうですよ! 確かにハンドラー大統領のコレクションには、もう少し興味が……」

「そこかよ! 俺はもうハガティさんみたいな偉い人には会いたくないぞ」

ロザリオが俺たちのやりとりを笑うように、美しい声で鳴いた。

グラスは我関せずと、ソファーを一つ占有して尻尾を振っている。

何はともあれ、セーフ層よりも先へ。その準備が整ったことだけは確かだった。