軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§170 NYイベント 前編 2/23 (sat)

「うっわー、すごい盛況ですね」

中島は機器のセッティングをしながら、集まってくる人の数を見てそう言った。

「あの金銭感覚ゼロ男、会場のレンタル代どころか、実験参加者のホテル代まで出したそうだぞ? 盛況で当然だ」

その人の群れを、白衣のポケットに手を突っ込んで眺めながら、翠が言った。

自分達も全員Dパワーズ持ちで、ウォルドルフ・アストリアに泊まっているのだが、そのことは心の棚に上げておくのだ。

「NYはホテル代バカ高ですからねぇ。でも1泊400ドルを1000人分出したとしても40万ドルですからね。あの人たち100億円をポンと出しちゃいますから、その感覚だと誤差みたいなものなんでしょう。ケータリングサービスも全部無料だって、驚いてましたよ」

「そりゃ、参加する方は楽しいだろうさ」

「実験に協力して貰う以上、イベントは楽しくってことなんでしょう。計測項目もやたらと多いですし……あ、ちょっとそこ押さえといてください」

翠は言われたとおりケーブルを押さえながら言った。

「ま、私たちは、社員旅行に来たついでだ。二日くらいならせいぜい協力してやるか」

「6人全員、行き帰りはファーストクラスってだけで、バイト代としては、かなり鬼畜ですよ」

中島が苦笑しながらそう言った。

『ハイ! 君たちがワイズマンのチームかい?』

声をかけて来たのは、パーカーを羽織った、赤身のかかった暗い金髪で少し小太りの、快活そうな男だった。

『そうだ。あなたは?』

『挨拶が遅くなって申し訳ない。僕はイベント責任者の、ディーン=マクナマラ。ディーンと呼んでくれ。で、こっちが、サブのポール=アトキンス』

紹介された男は、マクナマラと同じくらいの年に見える、濃いグレーの髪と、グレーの瞳をした、少したれ目でひょろりとした背の高い男だった。

『こんちは! 昨夜はもうワクワクしちゃって、眠れなかったよ! これがステータス計測装置かい?』

『私が、ミドリ=ナルセで、そこでごそごそやってる男が、ハルオミ=ナカジマだ。ミドリとハルで構わないよ』

紹介された中島が、翠の後を継いであいさつした。

『ハイ! ポール。そうさ、これがステータス見えるくんです、なのさ』

『なんだい、そのミエルクンデスって? スペイン語?』

そこで中島がポールに、ワイズマンが付けた名前で、ビュワーを擬人化して紹介する言葉だと説明した。

『商品名は、頭文字を取って、単にSMDって呼ぶことになるけどね。意味は内緒だよ』

『ハハ! 了解!』

『しかし、これだけ探索者があつまると壮観だよね』

中島がそう言ったとたん、目の前をキック・アスとヒット・ガールが横切って行った。

中々よくできたコスチュームだ。

『ちょっと変わったやつも大勢いるけどね』

そう言って、ディーンが肩をすくめた。

『さっき、スパイダーマンとウルヴァリンもいたぞ』とポール。

『場所が同じだからって、コミコンと勘違いしてるやつがいるな。コミコンは10月だっての』

『まあまあ。ワイズマンには、探索者のお祭りっぽく楽しんでくるように言われてる。ああいうのもそれっぽい華があって良いだろ?』

中島がそういうと、ディーンがにやりと笑って腕を上げ、中島とハイファイブを行った。

『よっし、今日は何でも協力するぜ! 一応もらった計測したい状況と、実験のタイムスケジュールをすりあわせてタイムテーブルを作ったから――』

そう言って、ディーンは中島と打ち合わせを始めた。

翠は他の4人を集めると、中島の指示に従うように言って、入口方向に向かって歩いて行った。

そこには、ケータリングサービスが整然と並んでいたが、内容は無秩序だった。

何しろ、デニッシュホットドッグならともかく、ネイサンズの屋台の隣にマンダリンオリエンタルのケータリングサービスが並んでいるのだ。こんなことは前代未聞だろう。

広いホールには、他にも、セレスティアル・タッチで果物が塔になっているかと思えば、ビバ・イベンツやクラレンドン・キュイジーヌのオードブルが華やかに並んでいた。

「梓ったら、NY中のケータリングサービスを集めたんじゃないでしょうね」

翠は呆れながら、ついネイサンズのドッグを、ひとつだと3ドル50セントなのに、ふたつ買うと6ドル75セントになるのは何でだろうと思いながら注文した。もちろん今日はタダだったが。

◇◇◇◇◇◇◇◇

日本時間で、23日の深夜日付が変わるころ、俺たちは、居間に食べ物や飲み物、それに複数のノートPCを持ち込んで、居間のモニタに接続していた。

NYじゃ、そろそろ23日の朝10時、イベントの開幕だ。入場自体は1時間ほど前から始まっていて、公式チャンネルでは、思い思いにケータリングサービスを楽しんでいる人たちが映し出されていた。

「時差ってやつは、やっかいだな」

「先輩は、そろそろ夜更かしが辛いお年頃ですか?」

「うるさいわ。超回復があるから平気だろ。それに、一応昼寝はした」

「夜更かしがつらいお年頃については否定しないんですか」

「俺は、無駄なことはしない主義だ」

三好は笑いながら、いくつかのチャンネルに接続していった。

何しろうちの回線は、SMDのために絶賛強化中だ。何枚動画を開こうと何も問題はなさそうだった。

「一応、中島さんたちスタッフ全員、ウェアラブルなアクションカメラで、YouTube Live に配信してるはずですよ。あ、これは計測デバイスとの直通ですね」

そこには時々、デバイスの設定をしているのだと思われる中島さんたちが画面を横切っていた。

「考えてみれば、公開したくない部分も、skypeなんかのビデオ通話でつないじゃえば、ほぼリアルタイムに参加出来るってわけか。凄い時代になったよなぁ」

「こればっかりは、ダンジョン技術じゃどうにもなりませんもんね」

「まったくだ」

俺がなんとなく不思議な安心感に浸っていると、三好がそれに冷や水を浴びせた。

「もっとも、代々木から、BPTD(ロングアイランドの西の端にあるダンジョン)へワープさせられたらすぐに行けますけど、NY」

「あのな……」

しかしワープか。まあ、できたら便利なのかもしれないが、客観的に言って密入国だよな、それって。

「そりゃできれば便利だろうけど、あれってさ、その場でバラバラに分解されて、転移先で再構成されてるような気がしないか? Dファクターで」

「空間をねじ曲げてつなぐんなら、入り口が出来て、それをくぐることになりそうですもんね。転移なら再構成が定番です。蝿男でもそうでしたし、スタートレックだって――そういや私たちすでに31層から1層へ転移させられているような気が……」

「そうなんだよ……」

アルスルズが追っかけてこられなかった以上、花園が精神的な世界だったかも知れない点は否定できないが、31層にいた俺たちの体そのものが、1層に放り出されたことに間違いはない。

「だから、俺たちも、もうDファクターで再構成された身体なのかもな。死んだら黒い光になって消えちゃうのかも」

「そりゃ斬新な最後になりそうですね」

三好が感慨深げに頷いている。こいつはなにげに肝が太いよな。

「なにしろ、一度転送めいたことを体験したのは事実だからなぁ……今、ここにこうしている自分は、元の自分なのか、Dファクターで作られた自分なのかってのは、なかなか哲学的な命題だな」

「もしも、タイラー博士が言ったように、本当に量子レベルで同一の存在が作り上げられているんだとしたら、魂みたいなものがハードウェアとは別に存在しない限り、元の自分とDファクターで作られた自分は区別できませんし、シミュレーション仮説と大差ありません」

「でもね、先輩」

「なんだ?」

「もし区別できないんだとしたら、仮にDファクターで作られた自分だったとして、何か不都合がありますか?」

不都合か……死んだら黒い光になって死体も残らないかもってことくらいか?

病院のベッドで、誰も見ていないうちに死んだりしたら、迷宮入りは確実な遺体消失事件の出来上がりだ。

もっとも、死んだら死んだで、俺にとって、その後の世界はないのと同じだし、死体が残ろうと残るまいと、全然関係ないと言えばないか。

「そう言われれば、特にないな」

「ですよね。昨日までタンニンがミルクのようななめらかさだった2004年のオーパス・ワンが、今日からは荒々しく感じてしまう、なんてことになったら大問題ですけど」

「いや、それは偽物を掴まされたか、保存が最低だっただけだろ」

俺が苦笑したとき、公式チャンネルのライブ画面から、銃声のような音と、悲鳴のような声が聞こえてきた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

その男は、妙にギラギラした視線で、落ちつかなげにきょろきょろと辺りを見回していた。

そうして、思いつめたような表情で、何かを布で巻いた荷物を大事そうに抱えながら、他人を窺うように歩いていた。

『おい、あのおっさん大丈夫か?』

『ん? なんかのコスプレじゃないの?』

『いや、コスプレったってなぁ……いったい何の?』

『俺、昔、日本のコミケで、上半身裸コスで、ズボンだけはいて右手で左腕の上腕を抑えている、痩せた刈り上げの男を見たことがあるぞ』

『なんだそれ?』

『さあ。医者がどうこう言って、ふらふらとうろついていたが……俺にはさっぱりだったが、まわりじゃ結構受けてたんだ』

『さすがは聖地、訳が分からなんな。じゃあ、あれも?』

『きっとマーベルあたりのコミックに一コマだけでてくる、昔のブギ・ダウンをうろついている男のコスプレじゃないか?』

『そいつはマニアックだ』

そう言った途端、男は、何かにつまずいたように足をもつらせてひざをついた。

もしかしたら、本当に具合が悪いのかもしれない。そう思って顔を見合わせた二人は、男の元へと走りよった。

『おい、大丈夫か』

『コイツらが悪いんだ。害虫は駆除しなけりゃならないんだ』

『なんだって?』

『ゴキブリ倒しに火星に行く話の中のキャラかな?』

『おまえらさえ、おまえらさえいなけりゃ!』

男は手に持っていた荷物の布を開いて、中から自動小銃を取り出した。

『おい! コスプレの小道具にしちゃ洒落にならないぜ!』

◇◇◇◇◇◇◇◇

「いま、何か聞こえませんでした?」

セッティングを終わらせて休憩していた中島が、入り口の方を見ながらそう言った。

「銃声みたいな…」

縁がそう言ったのと、表で悲鳴が上がったのは同時だった。

中島がばね仕掛けの人形のように、椅子から飛び上がり、スタッフの確認を行ったが、翠だけがそこにいなかった。

「って、所長は!?」

「さっき、表に向かって……」

それを聞いた中島は、表の方を振り返った。

「翠!」

そして、そう叫んだ中島が、表に向かって駆け出した。

「翠?」

縁は一瞬首をかしげたが、それどころじゃないと、三好と繋がってる回線にかじりついた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「三好さん! なんか、銃声と悲鳴があがったんですけど!」

「あ、飛行機マニアの人」

「違います!乗るのが好きなだけ……って、それどころじゃ!」

「落ち着いてください。こちらでも、公式チャンネルと、中島さんのアクションカメラ映像で状況を確認しました」

居間のモニタに映し出された公式チャンネルの映像には、会場の入り口の階段で自動小銃を持った男と、遠巻きにそれを眺めたり、逃げまどったりする参加者が映し出されていた。

「お渡ししてある非常用のポーションは積極的に使っていいですから、怪我人をフォローしてください」

「り、了解です!」

飛行機マニアの人が画面から消えると、三好はため息をつきながら言った。

「アメリカの銃社会ってのも考えものですねぇ」

「そんなこと言ってる場合かよ」

「と言ってもここからじゃ、何も出来ませんよ。NYのど真ん中ですからすぐに警官も来るでしょうし、全員探索者ですからそう易々とはやられないでしょう。ポーションも、社員ひとりにつき何本か分渡してありますから、即死しなければ大丈夫だとは思いますが……」

画面の男は、何かを叫んでいるようだった。

興奮していてよく聞き取れないが、どうやら、探索者がこの国を侵略していやがるとか、探索者はアメリカから出て行けと言った主張をがなり立てているようだ。

「このおっさん。探索者になにかされたのか?」

「それにしたって、探索者全体に対してヘイトをぶつけるってのは異常ですよ」

その時、銃を持った男の前に、緑色をした全身スーツを着た男が立ちはだかった。まるでアメリカンヒーローのように。

『なんだお前は?』

あまりに自信満々にしている男を前に、銃を持った男は不審な顔をしてそう尋ねた。

「With no power comes no responsibility? Except, that wasn't true.」

スーツの男がそういうと、それを聞いた人々の間にざわめきが広がっていく。

同じ画面にスパイダーマンが映りこんでいるのが出来すぎだった。(*1)

「おい、あれ、危ないだろ!?」

「先輩、この人たち全員探索者です。高ステータスなら、射線をかわすくらいわけありませんし、それに今の台詞をなりきりで言ったからには自信があるんだと思いますよ」

「なりきりって……キック・アスだぞ?」

「このダサイ緑のスーツは、他にありえませんよね」

「いや、ダサイって……ともかくなりきりだとしたら、なおさらやばいだろ? あれ、主人公は激弱だし、そもそも自分で『力がない』って言ってるぞ?!」

俺がはらはらしながら画面を見ていると、銃を持った男が、こいつ何を言ってるんだという顔で、銃口を緑のスーツの男に向けようとした。

その時突然、横から紫色の髪をしたマスクの女が飛び出してきて、銃口を蹴り上げ、銃をとばして、後ろ回し蹴りで犯人を蹴りとばした。

そうしてもんどり打った犯人の前に、仁王立ちして言った。

「Ok, you cunts. Let see what you can do now.」

その瞬間、周りから一斉に歓声が上がる。

「キック・アスには、ヒットガールが付いてますからね」

「まぢですか?」

それは彼女が扮しているヒットガールの有名な台詞だった。

しかし、日本語には適切な訳語がない。「お嬢ちゃん」くらいだろうか? 「おま〇こ野郎」? それ、発音できないじゃん。あ、「〈ピー〉野郎」ならいけるか。

「Cワード(*2)バリバリですもんね。ソニーがNGを出したのもわかります」

「Eany... Meany... Miney... Mo」

「こっちも、なりきってんな」

「いや、犯人1人しかいませんし」(*3)

彼女は、対象の吟味を終えると、やたらと長いサイレンサーがくっついているように見える銃を取り出して、座ったまま後ずさっている犯人の男に向けた。

「おい!」

俺は思わず声を上げたが、次の瞬間犯人の男の額には、先端が吸盤になった短いダーツの矢が生えていた。

再び周りから一斉に歓声があがると同時に、何人かの男たちが犯人に飛びかかり、ローブでぐるぐる巻きに縛っていた。

「言ってみれば、スーパーマンの集会に、一般人が銃を持って乱入してきたようなものですよね、これ」

「ともあれ、大事にならなくて良かったよ。いくら探索者だって、銃弾に当たったら死ぬかも知れないだろ」

最初に出てきた緑のスーツを来た男は、蹴り飛ばされた自動小銃を拾って、セーフティを掛けると、紫の髪の女とハイファイブーローファイブのコンビネーションを決めていた。

公式ライブの映像の中で、中島っぽい男が、撃たれて怪我をしたと思われる女性にポーションを使ったのだろう。感謝のキスをされているのがちらりと映っていた。

中島カメラには、彼女の顔がドアップで写し出されていたから、彼で間違いないだろう。

「あー、中島さん。これは事案ですね」

「なんだそれ?」

「あとで翠先輩のきつーいおしかりを受けるんじゃないですかね」

「え、あのふたりそんな関係なの?」

「なんとなく、そんな気がしません?」

「いや、しませんと言われてもな……」

「まあまあ、先輩はもっと見る目を養って下さい」

その少し後に到着した警官は、参加者からおせーよとなじられていた。けが人もすでに全快していて、数人が事情徴収を受けていたが、イベントはそのまま続行されたようだった。

自動小銃を振り回すやつが乱入してきて、そのまま続行って……世界は広いな。

「いや、このイベントだけだと思いますよ」

その日のUSのTVはアメリカンヒーローの登場と探索者イベントの話で持ちきりだった。

それが各国のTVへと飛び火して、結果、この日を境に、探索者のヒーロー熱が拡大していくことになるのだった。