軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§161 金枝篇 拡散 2/14 (thu)

「ふぁー、おはよう」

その日、俺が少し遅い時間にあくびをしながら事務所へと下りて行くと、三好が台所で、小さな包みを差し出してきた。

「なんだ?」

「まあ、 お印(しるし) ってやつですよ」

「お印? 確かに皇太子さまのお印は、『梓』だって聞いたことあるけど」

「ひっじょーに残念ながら、私とは何の関係もありませんね」

ダイニングの席に着きながら中身を確認すると、そこには――

「チロルチョコレート?」

「はい。しかも、九州限定商品ですよ」

「へー」

とはいえ、今どきの地域限定商品は、ネット通販で買えちゃったりするんだけどな。

「で、これがなんだって?」

「先輩。学生を卒業してから永遠とも思える年月を過ごしたからって、それはないでしょう。今日は、14日です」

「ああ! バン・アレン帯の誕生日か」

「先輩、ネタが古い」

「普遍的と言ってほしいな。だけど、なぜに九州限定品?」

「チロルチョコはミルクヌガー味でしょう? それが九州限定品にしかなかったんです」

「おまえ、原理主義者だったのか」

チロルチョコレートは3連のミルクヌガー味から始まったらしい。当時は駄菓子ジャンルだったと言えるだろう。あれ、今もかな?

ともかく俺が物心ついたときには、すでにいろんな味が売られていたような気がするが、言われてみればミルクヌガー味が一番好きだったかもしれない。

それを一つ取り出すと、包みをほどいて、口の中に入れた。

「うまい。けど、歯の詰め物があったら取れちゃいそうだな、これ」

「詰め物の天敵って点では、ハイチュウと双璧ですね」

ミルクヌガー味のチロルチョコレートの、ちょっと懐かしい味を楽しんでいると、三好の携帯が鳴った。

「はい。ああ、佐山さん」

どうやら相手は、農研機構の佐山さんらしい。忘れ物でもしたのかね。

俺は電話の邪魔にならないよう、ダイニングから、グラスが我が物顔で寝そべっているソファーへと移動して、TVのスイッチを入れた。

すでに朝ごはんを貰った後らしく、グラスは、ドテーという効果音付きで平たくなっていた。

画面の中では、ワイドショーが昨日起こったらしい事件について、大仰な身振りで解説していた。

後ろのボードには『消えた魔結晶の謎!』なんておどろおどろしい文字でポップが張り付けてあった。

「消えた魔結晶?」

何の話だと思いながら、オフにしてあったボリュームを少し上げた。

『というわけで、消えてしまったということなんですよ』

『えー、誰かが盗んだんじゃないの?』

『それが、研究所には24時間誰かがいますし、消えた個数も相当な数で、とても持って行けるような量じゃないそうです』

『現代の怪盗かね? 予告状があったりとか?』

ひげ面のおっさんが、ばかばかしい冗談をいうと、司会の男性が、苦笑いしつつ答えた。

『さすがにそれはないようです。それで昨日は大騒ぎだったらしいんですが――』

どうやら、NIMS(物質・材料研究機構)から大量の魔結晶が消えてなくなったという話題のようだった。

そして、実験に使用しているものも、研究者の目の前から光に還元されて消えてしまい、どうやら盗難ではなく自然崩壊のようだとの結論だった。

世界はオーブの消失事件を経験していただけに、現象としては受け入れられていたようだったが、オーブのように時間制でもなく、突然無秩序に消えていくため、原因がまるで分からないらしい。

俺は、すぐに手元のタブレットで、検索を行ってみた。

こういうニュースは、俗な掲示板なんかの方がずっと情報が詳しく早い。ただし、信憑性はお察しくださいと言ったところなのだが。

「お、あったあった」

それによると、どうやら、NIMSの周辺でも、似たような事件が発生しているようだった。

内容はNIMSで起こったのと似たり寄ったりで、ネットの中では、すでにシンクロニシティの新たなる伝説として盛り上がっていた。

「はぁ?!」

その時、ダイニングから、素っ頓狂な声が聞こえてきて、顔を上げた。

「あ、はぁ……わかりました。では」

俺は、三好が通話を切るのを待って尋ねた。

「なんだ、三好。なにかあったのか?」

「いえ、なんといいますか、ちょっと信じがたい話で」

「なんだ、歯切れが悪いな」

「先輩。ダンジョンの外でリポップって発生すると思いますか?」

「……はい?」

突然真顔で冗談のようなことを言われて、俺は面食らった。

ダンジョンの管理は、ダンジョンの入り口付近から数メートルの範囲までしか及ばないはずだ。

一応、経験値リセットがその証明だと思っている。それに――

「そんなことが起こったとしたら、今頃世界中でモンスターたちが闊歩してるんじゃないの?」

ミーチャやサイモンが、軍産の連中なら、モンスターを生け捕りにして外に持ち出すくらいのことはやっているだろうと言っていた。

もしもそいつらが死んだら、同一空間のどこかにリポップしているってことになるんじゃないだろうか。

「お前、以前言ってたろ、『そこらの路地裏をゴブリンが歩いていたら怖い』って。さすがにそれはないだろう」

もしもスライムがダンジョンの外でリポップし始めたりしたら、いつどこで大事故が発生するのか誰にも分からないし、予防の方法も皆無だろう。

原子力発電所の重要な部分にスライムがリポップして、そこを破壊したら?

それは、シムシティの災害のように、突然理由もなく、確率的に訪れる悪夢となるだろう。

「ダンジョンからモンスターが溢れることの危険性は指摘されてますけど、実際に起こったことは、たぶんありませんもんね」

「だろ?」

「でも、リポップしたらしいんです」

「は? 何が?」

「オレンジの木、だそうです」

三好の話によると、一昨日接いだオレンジの木が、昨日の朝には大木になっていて、温室からはみ出していたために、その部分を切り落としたら、その枝がリポップしたらしい。

そうして、一斉に花を咲かせて――

「実をつけたそうです」

「はなさかじいさんかよ」

俺は思わず突っ込んだ。

「たぶん、花粉の拡散による交雑種の発生を恐れているんだと思います」

「柑橘の開花って、季節が全然違うから、仮に今花粉が飛んでも大丈夫なんじゃないの?」

「佐山さんもそうおっしゃってました。だから、結実した後はちょっと諦め気味に落ち着いたそうなんですけど……」

「まあ、Dファクターのやることだからな」

麦の意味不明な成長をみるかぎり、どんなタイミングで何が起こってもおかしくはない。

「それで、私たちに現場を見てほしいということなんです」

「ちょっと待て。なんでそれで俺たちが出向くんだよ? 第一行ったところで何もできないだろ」

「まあそうなんですけど。先輩、興味ありません?」

「いやまあ、ないというと嘘になるが……だけどな、それって俺たちより先に、報告するべきところがあるだろ」

「一応、JDAとダンジョン庁には報告したそうですが――」

俺は嫌な予感がした。

「ダンジョンの中の事じゃないから対応できないって?」

「どちらにもそう言われたそうです」

確かに売買されたアイテム関するトラブルに、DAが首を突っ込むことは、まずない。各省庁だってそうだ。

その奪い合いで傷害や殺人が起きるとか、世界が滅ぶかもなんて話になれば別だろうが、そんな話をしたところで、「はいはい」とスルーされる方が普通だ。ようするに現実味がないのだ。

「仕方ないか」

19時過ぎには斎藤さんが来所する。

俺は時計をちらりと見ると、三好に、これから行くと、佐山さんに連絡するように言って、鳴瀬さんへと電話を掛けた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

新宿から秋葉原へ出て、つくばエクスプレスに乗れば、つくばまでは1時間30分だ。

15時前に、つくば駅についた俺たちは、改札を出ると右へ曲がって、少し先にあるA3出口を目指した。

そこから出ないとタクシー乗り場がないのだ。

駅地下のスターバックスの隣で、謎の野菜を売ってる店があって、少し微笑ましかった。

そうしてタクシーに乗ると、すぐに果樹茶業研究部門を目指した。

正門らしき場所でタクシーを降りたはいいが、そこには「野菜花き研究部門」と書かれた大きな看板が立っていた。

「佐山さんって、果樹茶業研究部門だよな?」

「あ、先輩、あれ」

三好が指さした先には、植え込みに隠れるように、「果樹茶業研究部門」の看板が設置されていた。

看板の大きさはほぼ同じなのに、なぜ、こちら側だけ看板の前に植え込みがあるのだろう? 謎だ。

ともあれここで間違いはないようだ。

「なあ、三好」

「なんです?」

「花きってなんだ?」

「ですよね! 私、花を生ける器かと思いました」

「さすがに農水省で、器の研究はしないだろう」

「向こうが、野菜花きなのに、こっちは、業ってところもよくわかりませんよね。統一感が……」

そんな話をしながら案内を待っていると、門の向こうから佐山さんがやってきて手を振った。

「あ、三好さん!」

「こんにちは」

「いや、良く来てくださいました。我々にはもう、なにがなにやら」

「そういわれても、私たちもお力になれるとは限りませんよ」

そういう俺たちに、佐山さんは立ち止まって振り返った。

「今、一番知りたいのは原因なんです」

仮に今回、その木を何とか出来たとしても、原因が分からなければ同じことが起こる可能性がある。

今回は仕方がないとしても、対策は必要だということだった。

「それで、あのつまり……」

彼は、とても申し訳なさそうにしながら、三好をちらりと見た。

どうやら、彼女のスキルに期待しているようだ。もっとも、鳴瀬さんたちにもくぎを刺されていたのだろう。とても言い出しにくそうだった。

三好は、微かに苦笑すると、「とにかく見せていただけますか」とだけ言った。

佐山さんは、大きく頷くと、すぐに案内を再開した。

途中で、「花き」について、佐山さんに聞いたところ、鑑賞用の植物すべてを含んだ概念らしく「花卉」と書くそうだ。

「花と書いてしまうと、花がつかない、たとえば観葉植物なんかが含まれなくなるんです」とのことだった。

盆栽なんかも花きに含まれるらしい。

そんな話をしながら、俺たちは、オレンジの木が突き破った温室へと向かった。

大学もそうだが、研究施設というやつは、とにかく広い。

しばらく歩いて裏手に回ったところで、建物から木がはみ出している場所が見えてきた。木には果実がたわわに実っていた。

「まあ、2月だし。せとかが木に生っていても、おかしくはないよな」

「つくばの温州は年をまたぐ前までですけどね」

10月から12月までが季節だということだった。

「しかし……」

「立派な木ですねぇ」

温室のガラスは取り払われていて、今では、建物の中からにょきにょきと生えているように見えた。

オレンジの木としては、なかなかの大きさだった。

「で、この枝を切ると、リポップするわけですか」

「あ! 気を付けてください」

俺が枝に触れると、彼が慌ててそう言った。

「気を付ける?」

首だけひねって、俺がそう訊き返すと、彼は昨日見た現象について説明してくれた。

それによると、切り取られた枝が、光の枝となって伸びるとき、実体化する際に物体があると、その物体は切り取られるということだった。

「切り取られる?」

「ええ。最初は温室のガラスがきれいに枝の形に無くなっていました。その次の犠牲は私のタオルでした」

邪魔な物体が存在する場合、そもそもリポップは起こらないはずだが……

「それは、なんというか……事故が起こらなくて幸いでしたね」

佐山は大きく頷きながら、「まったくです」と相槌を打った。

「切り倒したり、引っこ抜いたりしてみるというのは?」

「一応考えたのですが、もしも枝と同じことが起こったとしたら危なくて……」

リポップした枝ぶりは、元の枝ぶりと異なっていたそうだ。

引き抜いた結果、元の形とは違う、同じくらい大きな木が出来上がったとしたら、どこを削り取るのか想像もできないと聞いて、納得した。

(三好。鑑定してみたか?)

(しました。でもこれ……)

三好は困惑気味にそう伝えてきた。

(どうした)

(詳しい話は後で)

(了解)

「だけど、切り倒すこともできないとすると、どうするんです、これ? JDAとダンジョン庁にスルーされた話は聞きましたけど」

「とりあえず、今は交雑種ができるような季節じゃないので、とりあえず部屋の方を広げて、木を全部囲めるようにしようという話になっています」

「なるほど。しかしこれ、立派な観光資源ですよね」

「ええ?」

「いや、切っても目の前で復活する枝ですよ? 下手すりゃ信仰の対象じゃないですか?」

俺がそういうと、彼は目を丸くしていた。

現象だけ見るなら、控えめに言っても奇跡という名に相応しい。

「聖なる湖にある聖なる木立から持ち帰った枝から生まれた、聖なる木ですからね。さしずめ佐山さんは、レックス・ネモレンシス(*1)といったところですね」

「えええ?!」

三好が笑いながらそう言うと、佐山さんはひきつったような顔をして焦っていた。

伝承によると、森の王になる条件はふたつだけ。ひとつは金枝を持ってくることであり、もうひとつは、現在の森の王を殺すことだ。

ところが現在そのポジションは空位だから、金枝を現世に持ち出してきた彼にはその資格があるのかもしれなかった。

「オレンジだって黄金の象徴には違いないし、多産や豊穣のシンボルってことだし、金の木の枝と言ってもいいよな」

たわわに実っている、黄金の果実を見ながらそんなことを呟くと、三好が今更ながらに訊いていた。

「ダンジョン庁にスルーされたとは言っても、完全な新種……というより、未知の生物ですよ。行政への報告はやらなくていいんですか?」

「行政へ報告ったって、どこに報告するんだ、これ?」

「環境省でしょうか?」

三好が首をかしげながらそう言った。

「どういう取り扱いになるのかはよく分からないが、特定外来生物等一覧に、この木がないことだけは保証するぞ」

お役所仕事は侮れない。なにしろヘルハウンドを犬として受理した渋谷区の前例があるのだ。

1本しかない木のために環境省が動くとは思えなかった。

「ええ? なら防疫扱いですか?」

「そういう観点でしたら、厚生労働省というより、農林水産省管轄ですね。植物防疫所が、国内検疫をやっているはずですが……」

佐山さんが三好の防疫発言をうけて、そう言いよどんだ。

「重要病害虫ってわけじゃないからなぁ」

「そうなんです」

「農水省に、外来植物に対応する部署ってないんですか?」

外国どころか、未知の世界から来た植物だ。

場合によっては侵略と言えるかもしれない。

「一応あるにはあるんですが……」

なんとそれは、農村振興局らしい。

「農村振興局?」

「はい。農村政策部の鳥獣対策・農村環境課にある農村環境対策室ですね」

「というか、そんな課や室があるのかって感じですね」

あまりの名称に苦笑しながらそう言うと、佐山さんが、この辺は割とできたり消えたりいろいろなんですと教えてくれた。

一応、2008年の3月に、外来生物対策指針というものが、当時の農村振興局企画部資源課農村環境保全室で策定されたらしい。

もっとも現場向けのパンフレットみたいなもので、見つけらたらさっさと取り除きましょう、くらいの代物だ。

現在では、農村環境対策室の生物多様性保全班に引き継がれているらしかった。

「内容にしても、『すべての外来植物を対象にして防除することは困難だから、被害がない場合はとりあえずスルー』が基本なんです」

オオイヌノフグリやシロツメクサがそれにあたるらしい。

確かにかなりの数が繁茂したところで、実感できるような被害はないだろう。

「じゃあこれって、対応できる行政機関が?」

「今の段階ではありません」

つまり仮にダンジョン庁がダンジョン産だということで手を付けたところで、対応を協議する省庁がないということだ。

かといって、JDAに持ち込んでも、ダンジョン外のことに対応する部署がないことは、スルーされたことからも想像に難くない。

「起こったことのない事態に即応できる部署が日本には必要だな」

真面目な顔でそういった俺を、三好か肘で小突いた。

「何、政治家になる前の、情熱に燃える学生みたいなことを言ってるんですか」

「なっちゃって初めて、何にもできないことに気が付くんだよな」

「夢も希望もありませんね」

ともあれ、そんな組織は地方行政ならともかく、国政でいきなり作ることは不可能だろう。

「うちの次世代研あたりは、これを知ったら狂喜しそうなんですけどねぇ」

佐山さんがしみじみとそう言った。

次世代作物開発研究センターでは、各部署の生産性向上技術および高付加価値化技術の開発を行っている。

当然、柑橘における生産性向上技術及び高付加価値化技術の開発もその研究の柱のひとつらしい。

そんな話をしていると、佐山さんの携帯が鳴った。

その表示を見て、彼はすまなそうに頭を下げた。

「ちょっと上司に呼ばれたので行ってきます。この辺は勝手に見ていただいていいので、よろしくお願いしますね!」

「ああ、お気になさらずに」

何をよろしくすればいいのか分からなかったが、そう言って手を振った。

彼が見えなくなり、辺りに誰もいなくなったのを見計らって、俺は三好に尋ねた。

「で、なんだって?」

「これ、リポップじゃありませんよ」

俺のセリフを待って、三好がそう切り出した。

「だろうな」

「さすが先輩、どこで分かりました?」

「まあ、新しく形成された枝が、前のとわかるくらい違いすぎるって言ってたしなぁ……」

俺は木を見上げると、その枝ぶりを切られた木と見比べながら言った。

「それにリポップは、現実空間にある物体を切り取ったりしないだろ」

仮説とは言え、3年の間にそういう事態が発見されていないことから、なんとなくそう考えていた。

もしもそんなことが起こるなら、横浜の棚は、今頃穴だらけのはずだ。

「それに、これがリポップするなら、三好が持ってきた麦の穂なんかも、麦粒を外せばリポップしてもおかしくないだろ」

もちろんそんなことは起こらない。

「やはり、リポップはダンジョンシステムの一部ですよね」

「たぶんな。こんな場所でダンジョンシステムの一部になれるなんてことになったら怖すぎる」

「確率的に訪れる悪夢ってやつですか」

「まあな」

今朝方、話をしていた内容を思い出しながらそう言った。

ダンジョン外でダンジョンシステムの一部に組み込まれたモンスターなんて存在が発生したら、それはイコール地球全体がダンジョンになるのと同じことだ。

倒したモンスターが、ランダムで ど(・) こ(・) か(・) に現れる。

原子力発電所の重要区画だとか、ICBMコントロールのクリティカルの部分だとか、どこかの内容によっては、人類が滅亡する可能性だってなくはないのだ。確率的に訪れる悪夢というのはそういうものだ。

「ともあれ、こいつは、リポップっていうよりも再生って感じだな」

「たぶんそうだと思います」

そう言うと、三好は鑑定結果を簡単に書き出したメモを差し出した。

--------

アウレウス・アルボル Aureus arbor

黄昏の娘たちの園から英雄が盗み出し、海の女神の婚姻の祝宴に投げ込まれ、巨人に連れ去られる女神の作りし輝ける金色の実をつけた枝の末裔。

光ある限り、理は円環を巡り、滅することは叶わず。

--------

「こいつはまた、なんというか……」

「相変わらず、ダンツクちゃんは、遊び心が満載ですよね」

「って、三好の鑑定でこれってことは、こいつってダンジョンアイテム扱いなの?」

「それはないと思いますよ。触っても名称が分からないようですから」

なるほど。アイテムなら触れれば名称が分かるはずだ。だが――

「例の高屈折率の液体みたいに、アイテムの一部分って可能性もあるだろ」

「まあ、もとはと言えば、ダンジョン内のオレンジの木の枝ですからね。そう言えば、そう言えるのかもしれませんけど」

どっちにしても、三好の鑑定が成長してるってことだろうか。こいつの目に世界はどんなふうに見えているのか、ちょっと興味はあるが、今はこの木の事だ。

アウレウス・アルボルはラテン語だ。直訳すれば黄金の木。

黄昏の娘たちは、ヘスペリデスのことだろう。つまりヘラクレスが盗み出した黄金の林檎だ。

二つ目はエリスが投げ込んだもので、最後のやつは北欧神話、というよりも、ニーベルングの指環の第1部、序夜の第2場に違いない。

当時の林檎は、果物全般を表現する名詞で、黄金の林檎はオレンジの事だとも言われている。

「って、ダンジョンせとかって、アンブロシアだってことか?」

「まあ、末裔ですから、効果はお察しってことで」

「せいぜいが、思い描いた通りの品種になる程度って?」

思い描いた通りの品種が出来上がる。

それをせいぜいなんて言うのもどうかと思うが、ネタ元の効用は不老不死だ。滅することは叶わず、なんてところに、その片鱗がうかがわれる。それに比べればせいぜいと言っても間違いではないだろう。

「円環を巡る理ってのは――」

「植物の1年を繰り返すってことじゃないでしょうか」

成長し、花が咲き、実ができる。つまりはそのルーティンを再現するってことか。

「で、光ってのは、やっぱり……」

「太陽の光じゃないことだけは確かですね」

俺たちは、NIMS(物質・材料研究機構)やその周辺で一斉に発生した、謎の魔結晶の消滅を思い出していた。

魔結晶は高濃度Dファクターの塊で、ここは魔結晶の研究機関が集中している場所だ。NIMSだって、すぐそこにある。

ダンジョンの外でDファクターが奇跡を起こすためには、大量のそれが必要になるはずだ。

「――つまりこれは、つくばだから起こった事象ってこと?」

三好が木を見上げながらそう言った。

「たぶんな」

ダンジョンから持ち出されたものは少なくない。ほとんどはアイテムだから無関係なのだとしても、枝や草くらいは持ち出されていてもおかしくないだろう。

そのたびに、こんな現象が起こっていたら、とっくの昔に大騒ぎになっているはずだ。

「まあ、採取時に先輩が一緒にいたのが原因の一端って気もしますけど」

「ええ?! これもメイキングの影響ってことか? いや、それは考えすぎなんじゃ……」

「だといいですね」

三好が不穏なことを言っているが、ともかく、地上に高濃度のDファクターが存在している場所は、それほど多くないはずだ。

だから、仮に別の場所で接ぎ木を行ったとしても、それを接いだ人間の望みを実現するような現象は起こりようがない。

燃料がなければ車は動かないのだ。

「ともかく、こちらで枝や幹が再生した時間と、NIMSあたりで魔結晶が一斉に光に還元された時間を比べてみれば、関連は一目瞭然だろ」

状況から見た仮説にすぎないが、無関係だとはとても思えなかった。

「後は、この影響がどこまで広がるか、だ」

「広がる?」

「だって、佐山さんたちは、必死に花粉を拡散させないように頑張ったんだぜ?」

「そりゃ、この種が他の柑橘類と交配しないようにするためでしょう」

「そうさ。つまり交配の可能性をこいつに伝えたんだ。しかも強烈なイメージで」

その意味を理解した三好は、額からたらりと垂らした汗が見えるくらい焦ったようだった。

「だ、だけど、全然開花の時期じゃありませんよ?」

「そこが唯一の救いと言えば、救いなんだが……」

「なんです?」

「そんなのDファクターが慮ってくれるかな?」

三好は、難しい顔をしながら腕を組んで、たわわに実っている木を見上げた。

冷たい風がそれを微かに揺らし、大分低い位置にある太陽が作る長い影が、それに合わせてざわざわと踊った。

「それに――」

俺は一晩で大木になったらしいその木に向かって手を広げながら言った。

「――つくばには魔結晶がありすぎる」

◇◇◇◇◇◇◇◇

農研機構から10キロほど北にある、筑波山の周辺には、いくつかのみかん園がある。

茨城、特につくば市辺りは、みかん栽培の北限にあたり、昔から筑波山の西側ではみかん栽培が盛んなのだ。

筑波山の標高150m、斜面温暖帯にその畑はあった。

いつものように、山の斜面の道路を車で走っていた男は、自分の畑の木にオレンジ色の何かがびっしりと付いていることに気が付いた。

「なんだ?」

誰かのいたずらにしても数が多い。

男はいそいで車を畑に向かって走らせたが、それが近づいてくるにしたがって、自分の目がおかしくなったのかとでもいうように、頻繁に目をこすっていた。

「なんだ……これ?」

この辺りのみかんは、低木の温州みかんと、もう少し背の高い、地元の品種の 福来(ふくれ) みかんが主力品種で、旬は大体10月~12月だ。

中には、20種類近い品種を植えている農園もあるが、今は2月だ。いずれにしてもシーズンはとっくに終わっていた。

「なんじゃあこりゃああ!?」

自分の畑の木に、びっしりと生っている、 理(・) 想(・) 的(・) な(・) 形(・) の温州みかんを見ながら、男は絶叫していた。