軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§147 指名依頼 2/6 (wed)

その日の午後、冷たい雨が細かな雪に変わり始めたころ、Dパワーズの事務所の呼び鈴が鳴った。

「あれ、鳴瀬さんですよ」

「翠さんと待ち合わせでもしてたのかな?」

少し前に、翠さんが来て、今度後輩を連れてくるから、投資の話を聞いてやってくれとアポを取って帰って行ったのだ。

投資事業のこともあって、渡りに船だったのだが、わざわざうちまで来てアポを取るって、よっぽどな内容なのだろうか。

そんなことを考えながら、俺は、玄関へ出て、事務所のドアを開けた。

「いらっしゃい」

「こんにちは」

「今日は寒かったでしょう」

「三好 家(の) は、ドアもかすみて白雪の、降りし家にも春はきにけりってところですね」(*1)

「ひどいな、俺も住んでるんですけど」

良経のひどい替え歌に苦笑しながら、彼女のコートを受け取って、ハンガーにかけた。

「雪になりましたか」

「ほとんど雨ですけどね。そういえば、翠が来ませんでした?」

「ああ、先ほどお帰りになられましたよ。あちらもなかなか、お忙しいみたいで」

「そうですか。先ほどJDAで会って、こちらに来ると言っていたので、もしかしたら会えるかと思っていたのですが」

美晴はJDAで見た『ええ?』という緑の反応を思い出しながら、なにか後ろ暗いことでもあるのかしらと考えた。

「残念でしたね、それで今日は?」

「ええっと、まずですね――」

鳴瀬さんは、案内されたダイニングの椅子に腰かけながら切り出した。

「――三好さん、雨宮になんて言ったんです?」

「雨宮さん?……ああ、あの歯が光りそうな、レディキラーの人」

それを聞いた成瀬さんは、思わず吹き出したが、すぐに真顔に戻って訊いてきた。

「レディキラーって、どうして……まさか、鑑定? そんなことまでわかるんですか?」

「さあ?……それで、どうしてそんなことを?」

露骨にごまかした三好を、疑いのジト目で見ながら、彼女は、出されたカフェオレのカップを、暖をとるように両手で挟んだ。

「振興課の課長に、お前がなにか吹き込んだんじゃないかと疑われちゃって……まあ、ちょっと心当たりもありましたから、おとなしく拝聴しましたけど」

「特に変わったことはしてませんよ?」

そう言って三好は、雨宮さんが延々アピールした、自前で基金を立ち上げることのデメリット面を逆手にとって、「えーそんなに面倒なんですか? んじゃやめときます」とあっさりとプランを翻した話をした。

「振興課の課長にも聞きましたけど、本当に一蹴したんですね」

「ちゃんと、してもらったアドバイスに丁寧なお礼を言って、お帰り頂いたんですけどねー」

白々しくそうアピールする三好に、鳴瀬さんは呆れるような目を向けた。

俺は、そういわれて唖然としていた彼の顔を思い出して、少し笑った。

「まあいいんですけど……それで、振興課としては勝手に助成先の選定まで行っていたらしくって、諦めきれずに連絡を取ろうとしていたようで、電話がつながらないって言われましたよ」

「お前、まだ抜きっぱなしだったのか? あれ」

「だって、下手に繋いだりしたら、1日中呼び出し音が鳴っちゃいますよ? 先輩が受けたいというのなら繋ぎますけど」

「……まあ、繋がなくても実害はないしな」

「ですよね」

三好がにっこり笑ってそう言った。

面倒は避けるに越したことはない。電話に出なくても死ぬことはないのだ。

というわけで、うちの会社の代表番号は、しばらく線が抜けたままになることが確定した。ちゃんとした取引先ができたときどうするのかは、またその時に考えればいいだろう。

「ですけど、しつこく張り付かれるのも面倒ですよね」

「仮にもJDAだし、ないがしろにもできないもんなぁ」

残念ですけど、中止しましたで通してもいいが、その場合、投資事業を始めたときに、いい顔をされないことは確実だ。

鳴瀬さんは、申し訳なさそうに、両手でカップを口へと運んでいる。

「こうなったからには、先輩。JDAの基金に寄付しちゃいましょうか」

「え? 助成先を自分たちで決められなくてもいいんですか?」

それを聞いた鳴瀬さんが驚いたように言った。

「いえいえ、寄付といっても、今回の基金とは別枠にしちゃえばいいんですよ」

「ははぁ、さすがは三好」

結局JDAの基金への寄付が向こうの要求なんだから、寄付をしちゃえばいいわけか。

まさか寄付の金額を指定してくるような、非常識な基金は存在しないだろう。

「どのくらいがいいですかね?」

「企業としてか? 俺たちは新興の中小企業だし、1千万も寄付すれば、結構頑張ってると思うけど……その辺どうなんです?」

「通常の中小企業からの寄付金でしたら、1千万はかなり大きい額だと思います」

「ですよね。じゃ、それくらいで」

「了解です」

「ほら、これで鳴瀬さんも、振興課に対して顔が立つでしょう? 成瀬さんのおかげで寄付されるお金ですし」

「ええ、まあ……振興課課長の、苦虫を噛み潰したような顔が目に見えるようですけど」

「もう一杯いかがです?」

仕方ないかと、ため息をついた鳴瀬さんを慰めるように、三好がカフェオレのお代わりを作りに席を立って、ミルクパンに牛乳を注いだ。

「ありがとうございます」

ともあれ、助成先の選定を先走って行っていた云々は、俺たちには関係のない話だから仕方がない。

「で、今日はその話で?」

「あ、いえ、本題は別に。例の柑橘のDNA鑑定の件なんですが――」

ダイニングの椅子に座りなおしながら、鳴瀬さんがすまなそうに話題を振ってきた。

すまなそうに、だって?

「ああ。うちにもファストレポートが送られて来てましたよ。なんだか正気を疑うような結果でしたが……それが、どうかしましたか?」

「鑑定を依頼した農研機構から、逆に依頼がありまして」

「依頼?」

「はい。週末に21層まで、職員を1名連れて行ってほしいと」

「え? 護衛依頼ですか?」

護衛依頼は大変だ。あまり引き受けたく――

「ついでにDカードの取得もお願いしたいそうです」

「しかも、完全な初心者?!」

――ないどころか、窓から投げ捨てたい!

そういうのって、小麦さんでちょっと懲りたんだけど……

「そういうことになります」

すまなそうな顔になるはずだよ……なんだ、この依頼。

「ダンジョンに初めて潜る人を21層へ連れて行くというのは、ちょっと常識的にどうかと思うんですが……1名とは言っても泊りになりますから、もっとマンパワーのあるパーティか、いっそのこと自衛隊にお願いするというのは?」

「向こうの希望もあったんですが、21層ならアルスルズのいる三好さんのパーティが適任だということになったんです。あとは現場に拠点があることも考慮されたようです」

「な、なるほど……」

そう言われてしまうと、確かに、21層のせとかの森を少人数で調べるなら、うちがもっとも向いているパーティなのかもしれない。

DPハウスの補給のついでだと思えば都合はいいんだが、いかんせん完全初心者を21層へ連れて行くというのは、どんな不慮の事故が起こるかわからないからなぁ……

「あとは、商務課に恩を売っておいたほうがいいと思いまして」

「え?」

ダンジョン受付は、ダンジョン管理課の職員もやっているが、基本的に他からの依頼を受けてそれを探索者に割り振るのは、商務課の仕事らしい。いわゆるギルドの受付嬢っぽい仕事だ。

「へー、そういうのもダンジョン管理課がやるのかと思ってましたよ」

「一応、商務課も、ダンジョン管理部ですけどね。ともかく、探索者への注文を受けるのは商務課で、指名依頼じゃない場合は、ダンジョン管理課と相談して探索者を決定するという流れになります」

「で、うちへの発注は商務課がやると」

「そういうことです」

仕組みは分かったけれど、恩を売っておいた方がいいというのはなんでだ?

「現在ダンジョン管理部は、Dパワーズさんのおかげで天手古舞なんです」

「ええ? 俺たち、なんかしましたっけ?」

「セーフエリアの区分けと、入試問題が被ったのが痛いですよね」

「ええ?! それってうちのせいですか?!」

「そんなところへ、基金の話を持ち込んできたり」

「ぬっ、し、しかし……」

「あまっさえ、世界を揺るがしそうな麦畑? こんな時期に?」

そう言われてしまうとぐうの音も出ないが……

「おかげで、ダンジョン管理課の職員は、連日ゾンビのようになっていますから、この依頼もさくっと引き受けて、商務課に恩を売り、ヘイトをクリアしておいた方がいいと思いますよ?」

鳴瀬さんのいい笑顔の向こうに般若が見える。

「先輩。ここは仕方がありません。おとなしく言うことを聞いておいた方が……」

「ううっ……」

うなってはみたものの、俺たちに選択の余地は、あまりなさそうだった。

できれば、こちらの指示に素直に従ってくれる、話の分かる人が来るといいなぁと、頭の中では早くも白旗を上げていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「わからない?」

市ヶ谷にある防衛省の一室で、報告を受けた男は、その回答に顔をしかめながら、人さし指で、何度か神経質そうに机の上を叩いた。

「はい。JDAからは、そういう回答が上がってきました」

「どういう意味だ? 探索者の管理はJDAの仕事だろう?」

「JDAの管理はあくまでもWDAカードのIDや本名に基づいており、通り名や、ましてや不確かな名称で問い合わせを行われても答えようがないということです」

「ふうむ」

報告を持ってきた若い男は、そりゃもっともだろうと考えていた。

レッドデビルというあだ名の探索者が10人いたとしたら、レッドデビルで問い合わせても、探索者を絞り込むことなんてできるはずがないのだ。しかも、今この瞬間にもレッドデビル氏は増えているかもしれない。

そもそも、資料を作成しようとしている案件を見るかぎり、対象の同定は行わなくても問題ないように思えた。

「しかしこの件を倫理規定違反というのは、どう考えても無理があります。誰だか知らない人に、その辺でひろった価値のない石をもらったのと法的にかわりはありませんし」

報告を受けている男の反応は薄い。

この資料を作ることにリソースを割くのは無駄だと思えるにもかかわらず、なぜこんなにも執着しているのだろう? 若い男には理解ができなかった。

「そもそも、この件がここまで上がってくるだけでも――」

「どっちだと思う?」

若い男の話は、とうとつな質問で打ち切られた。

「――何のことです?」

「JDAは本当に知らないのか、それとも知っていて情報をよこさなかったのか」

若い男は、さすがに面食らった。

目の前の男が発した疑問は、そもそも我々の業務とは無関係だ。若い男は、陰謀ごっこにも興味はなかったし、給料以上の仕事をするつもりもなかった。

「さあ。しかしどちらにしても――」

「わかった。ありがとう。あとはこちらでやる」

報告を受けた男は、資料をそこに置いていくように若い男に指示すると、会見を強引に打ち切った。

「失礼します」

若い男は、内心憮然としながらも、そのことはおくびにも出さず、挨拶をして部屋を出て行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇

番組制作会社メディア24の氷室隆次は、非通知でかかってきた電話をとった。

「はい」

局の関係者には、非通知の人間も多いからだ。そのたびに、186くらい登録しておけよ(*2)と心の中で悪態をついていたのだが。

もちろん、相手が非通知の時は、こちらから名乗ったりはしない。

「こんにちは、氷室さんですか?」

「そうだが、あんたは?」

聞いたことがあるようなないような声だが、はっきりとは思い出せなかった。

「氷室さんの命の恩人ですよ」

「なんだって?」

命の恩人と聞いて、彼は、この電話が、どこかの局の差し金で、手の込んだいたずらだろうかと考えた。

しかしタレントでもない自分をひっかけたところで得する奴はいないだろうと思いなおした。

「どこの誰だか知らないが、どうやってこの番号を?」

この番号は関係者向けの番号だ。

名刺に記載されているのは対外向けの番号だから、この番号は、制作関係者以外には知られていないはずなのだ。

「さあ。不思議ですね」

「ふざけるなよ。誰かの紹介か?」

「さみしいですね。せっかく救急車を呼んであげたのに、忘れられてしまうなんて」

救急車? ってことは、まさか……

「俺だって、そう暇ってわけじゃないんだ。なぞなぞ遊びはいいかげんにしてもらえないかな、三好さん」

氷室のセリフにクスクスと笑いながら、電話の向こうの女がとんでもないことを言い出した。

「いや、ちょっとあなたにスクープをあげようかなと思いまして」

スクープと聞いて、氷室の眉はピクリと上がった。

しかしこの業界でそれなりの年月を過ごしてきた氷室は、うまい話には裏があるってことを嫌というほど知っていた。

「それで、あんたの狙いは?」

内ポケットから煙草を一本取り出すと、そう尋ねながらそれに火をつけた。それは、まるで、気を落ち着かせるための儀式のようだった。

「狙いなんてありませんよ? ほら、知り合いのマスコミ関係者があなたしかいなくって」

「嘘つけ、最近大活躍してる女優のお姉ちゃんや、シンデレラみたいなモデルのお姉ちゃんなんかはよく知ってるだろ」

「うーん。つまり、スクープは必要ない? それじゃ、仕方ありませんね」

「いや、おい、ちょっと待て」

「お忙しいならこの辺で」

「だからちょっと待てつってんだろ」

相手はおそらく、今最高に話題の女だ。相手の思惑がどこにあろうと、こいつの情報は高く売れるに違いない。

とりあえず話を聞かなければ、なにも始まらない。

「スクープつってもな、うちはどちらかというと制作局寄りだぞ」

「制作局って番組を作る局じゃないんですか?」

「まあ、そうだが……平たく言えば、バラエティやショーよりだってことだ。ニュースは、報道局が作るんだよ」

「なるほど。ニュースを『制作』しちゃまずいですもんね」

そう言われて、思わずなるほどと氷室は思った。

確かに、ワイドなショーはニュースとは言えないことも多い。もっとも作る側はそんなこと知ったこっちゃない。上の言われたとおりに制作するだけだ。

「そういう見方をしたことはなかったが、そうなのかもな」

「だけど、取材にいらっしゃっていたようですが?」

「完パケの番組だけじゃなくて、素材も依頼されるんだよ。それで、スクープというのは?」

「あれ、興味あるんですか?」

「わかった、降参だ。犬みたいに尻尾を振ればいいか?」

電話の向こうで小さく笑った女が、場所と時間と条件を告げる。

こっちにもスケジュールってものがあるのだが、いまはこいつが最優先だ。

「で、カメラは持ってっていいのか?」

「ご随意に。同伴者は認められませんが」

「一人で来いって? あんたへのインタビューは?」

「迷子にならないように気を付けてくださいね」

そう言うと同時に、接続が切れた。

「……勝手な奴だな」

そうつぶやいて、携帯を仕舞うと、加えていた煙草を灰皿に押し付けた。

「ま、俺たちもたいがいだけどな」

そうして氷室は、その日のスケジュールを空けるために、関係各所へと連絡をとり始めた。