軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§122 邂逅 1/27 (sun)

1時間と少し前、31層の入り口がある広場では、地の底から何かが近づいてくるような振動の後、吠えるような声と、地面に描かれた文字の発光を目にした探索者たちが、それぞれ警戒してあたりに目を配っていた。

『今のって』

ナタリーが周囲の輝く文字を見ながら、サイモンに聞いた。

『さあな。自衛隊の連中が鍵を突っ込んだ瞬間、なにかのパラダイムがシフトしたんだろ』

何しろここから先は、エバンスの31層を越えて、世界でも前人未踏の領域だ。

実際、何が起こってもおかしくはない。

『どうしてあそこだけ赤なんだ?』

ジョシュアが目敏く赤い文字の場所を見つけてそう言った。

あそこは今しがたまで俺たちがいた場所だ。メイソンが素早くそこに近づいて、神殿の中へと入ろうとしたが――

『いつの間にかドアが閉まっていやがる。どうにも開きそうにないな』

近づいてきたジョシュアに向かってメイソンが聞いた。

『ブリーチするか?』

『やめとけ。相手がダンジョン内の構造物じゃ無駄だろう』

『いったい中でなにが?』

心配そうなナタリーを余所に、サイモンは、何でもないと言った様子で言った。

『さあな。後でアズサにでも聞けばいいだろう』

『アズサ?』

『だって、あいつ絶対中だぜ? こっちへ来るとき付いてこなかったからな』

『それって、大丈夫なのか?』とメイソン。

『あいつらが大丈夫じゃないんなら、大丈夫な奴なんていやしないさ。心配するだけ無駄だな。それより連中が見てるぞ』

ふと振り返ると、各国の探索者チーム達がこちらを注視していた。

サイモンは、なんでもないと言ったていで手を振って見せた。

チームIが、通信ケーブルを引っ張って、下層へと下りようとしているところへ、GBとRUのチームが何か話しかけている。

他国のチームもそれに加わって、何か協議を始めたようだ。

『参加しなくて良いのか?』

『よせよ。誰が最初に32層に行くのか何て話、ばかばかしくて付き合ってられるか』

サイモンは合理的で頼りになるリーダーだが、盲目的な国家への忠誠ってやつとは無縁だからなとジョシュアが苦笑した。

DEのエドガーのところと、CNの 黄(ファン) のところが、他の神殿に興味津々の様子だが、流石に突撃する様子はなかった。

なにしろ全員さっきの戦闘を見ているのだ。そして、今しがた開かなくなった扉も見た。

流石に、閉じこめられたあげく、あんなのと正面からやり合うのは躊躇するだろう。

民間人のキングサーモンと魔女の二人は、流石に無謀なことはしようとせず、それでも虎視眈々と自衛隊と各国のやりとりを側で聞いていた。

『期せずして、世界の縮図ってやつを見ることになるとはな』

サイモンは面白そうにそう呟いた。

しばらく話し合っていた探索者たちは、その後、連れだって32層へと下りていった。

もちろん全員がそれに付いていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

そうして現在、コマツグミに誘われて、隠された扉を見つけたDパワーズの面々は、蔦を払い、ドアノブを回してその扉を力一杯押していた。

「んぐぅー! って結構力がいるな、これ」

芳村が力を入れると、扉は石がこすれるような音を立てて、奧へと開いていった。

「先輩。なんだか廊下がずっと先まで続いてますよ」

ドアの先は廊下だった。それが塔の外壁を沿うように緩やかにカーブしながら続いていた。

「続いてるって、三好。これ、どう見ても塔より廊下の曲率の方が小さく見えるんだが……」

「ダンジョン内の空間モザイク構造って凄いですよね。解析できたらどこでもドアが作れそうなんですけど」

「あんなものが実用化されたら最後、禁止する技術がない限りあっというまにディストピアがやってくるぞ?」

なにしろどこにでも通路を開けるのだ。

秘密も機密もあったものじゃないし、破壊工作だってやりたい放題、国家の転覆なんてちょろいちょろいってなもんだ。

それを禁止できない以上、人間に個を識別するチップか何かの埋め込みを義務づけて、人間側を管理するしか方法がない。

「そうかもしれませんけどー。でも何処かが研究してると思いませんか?」

「階層間で繋がってることは明らかだもんな。そりゃやってるかもな。いろんな計測器を持ち込んで……って、一体何を計測するんだ?」

「ステータス以上にとっかかりが無くて困難そうですねぇ……まずは空間がくっついている位置を同定することからスタートでしょうか」

「1層で、電波が届かなくなる場所を探せば、そこが境目……とは限らないか」

「それで確かなのは、そこに電波をシャットアウトするスクリーンがあるってことだけですね」

「空間がくっついている場所ったって、面ですらない可能性だってあるもんなぁ」

「しばらくディストピアはやってきそうにありませんね」

「そりゃ、今日一番の朗報だ」

俺は苦笑しながらそう言った。

仮にどこでもドアが作られたとしても、その結果は隠蔽されるだろう。軍事利用もさることながら、現在の流通に与えるインパクトが大きすぎる。

運輸・物流業界の株は、軒並み暴落。大混乱になることは目に見えている。

その時ロザリオが羽ばたいて、先へと飛んでいった。

「あ、おい!」

「さっさとついて来いってことですかね」

「仕方ないな」

俺たちは、その扉をくぐって、注意深く廊下を歩き始めた。

廊下の突き当たりにあったのは、壁に囲まれた庭のような空間だった。

「先輩。ここ……」

「荒れ果てた庭って感じだな」

以前はきっと美しい花が咲き誇っていたのだろう。

つるバラのゲートや、野趣あふれていたであろう、枯れた泉の後も見える。

そして、中央には、小さな八角形のガゼボが建っていた。

今は、ひび割れた柱が枯れた蔓に覆われ、壊れかけた椅子とテーブルが置かれているだけだったが、以前はきれいに手入れされ、愛らしい姿をその庭の景観に加えていたのだろう。

俺たちは、そのガゼボの屋根の下に入ると、辺りを見回した。

「それは誰のものでもないの。誰もそれを欲しがらないし、誰もそれをかまってくれない。たぶんその中のものは、もうみんな死んでいるんでしょう」

突然聞こえてきた意味深な言葉に、ぎょっとして振り返ると、そこには白い帽子を被って白いワンピース姿の小さな女の子が、向こうを向いて、土に小さな鍬を振り下ろしていた。

枯れ果てた庭の、その位置にだけ、数株の植物が生きているようだった。

(先輩、今のって……)

(バーネットだな。ダンジョンは何を考えてこんなものを……)

フランシス=ホジソン=バーネットが1910年から1911年に渡って書いた『秘密の花園』は、大人向けの雑誌に連載された児童文学という、奇妙なスタイルで発表された物語だ。

ヒロインのメアリー・レノックスは、コマツグミの誘いによって、鍵を見つけ、そうして、その隠された庭への扉を見つけるのだ。

俺たちは、一心に鍬を振り下ろしているようにみえる、メアリー・レノックス(仮)の後ろ姿を見ていた。

(だが、生命探知に反応がない。幻影なのかもな)

(先輩。実は、さっきから周りにアルスルズの反応がないんです)

(はぁ?)

あのアルスルズが三好について来られない場所?

(一体ここは、どこなんだ?)

そう思った瞬間、目の前にいた小さな女の子が黒い光に還元され、それがテーブルの横へと移動すると、その場で椅子に座る男が構成された。

「ここは、私たちの記憶から作られた、言ってみれば心象風景だよ」

「先輩、あの人!」

「まじかよ……」

そこに座っていたのは、何度も資料で見た顔だった。

セオドア=ナナセ=タイラー博士。

それは、かの最終ページのサインの主で、さまよえる館の書斎で待っているはずの、まさにその人だった。

「もしかして、タイラー博士……ですか?」

「その質問に答えるのは難しいな」

彼は、神経質そうに手の指を何度か組み直した後、アメリカ人らしい腕を広げるジェスチャーで答えた。

「そうであり、かつ、そうではないと答えるしかないな」

「哲学的ですね」

「科学というのは、そういうものだからね」

(三好~、彼にも生命探知が仕事をしないぞ?)

(でも先輩。私たち同じものを見てるっぽいですよ? 幻覚じゃなければ、自己主張の激しい幽霊さんですかね?)

「大丈夫。幻でも幽霊でもないよ。ヒトとも言えないがね」

「え?」

彼は笑いながら、ここじゃ、言葉も念話も区別がないのだと言った。

「え? それじゃ思考も?」

「もちろん可能だ。君たちにも私の話がネイティブ言語で認識されているだろう?」

そう言えば、彼は英語圏の人なのに、彼が話しているのは完全に俺にとってのネイティブな言葉のようだった。以前考えたとおり、これが念話の本来の姿なのかもしれない。

恐ろしいのは、彼の口の動きが発せられた言葉にぴったり合って見えることだ。もはや意味が分からない。

こんな風に感覚や思考に直接アクセスできるのなら、それを読み取れない理由はないだろう。技術的には。

「これが、向こうの人達の基本的なコミュニケーション方法だとすると、ネイティブって言うのは、ある地域というよりも、個人に近い概念のようですね」

個人の思考にアクセスして、意味のある言葉を形成するために使われるデータベースは、その個人の語彙がもっとも適切だろう。

「ああ。それで、俺たちのカードや説明には英語と日本語が混じるのか」

そして、固有名詞に英語の表記があるのは、おそらく対象を同定するためのキーだ。

しかし、音として発せられた言語を解析して翻訳機が動作するのならまだしも、脳の言語野そのものに直接アクセスして意思を疎通する? それを、洗練されていると感じるか、野蛮だと感じるかはともかく――

「人間というものの生態も構造も分からないだろうに、そんなことが出来るものなのか?」

「あちらさんも、類似の有機生命体なのかもしれませんよ」

「しかし脳の神経細胞だぞ? 類似じゃ無理が……ありそうに思えるけど、俺たちの常識じゃ測れないからなぁ」

何気なく発した俺の疑問に、彼は一瞬目を落としたが、すぐに笑みを浮かべて言った。

「3年と少し前、我々がネバダでやったことは知っているか?」

「マイクロブラックホールを作り出すことで、余剰次元の存在を証明する実験だったと言うことくらいは」

「そうだ。そうして、マイクロブラックホールは作られた。ただ――」

「ただ?」

「――消えなかった」

「そんな馬鹿な。質量が足りなさすぎて、一瞬で蒸発するはずでは?」

「君は量子力学を?」

「教養の範囲ですけど」

彼は軽く頷きながら、話を続けた。

「そう、本来ならその通りだ。しかし運命の悪戯か、ごくごく一瞬、それこそフェムトセカントのオーダーの間だけ開いたゲートが、この世界を作り出す切っ掛けになったんだ」

俺は彼が発する言葉が、遠い世界のおとぎ話のように聞こえた。

もちろん、この状況そのものが、そう言ったおとぎ話の類と大差ないのだが。

「ゲートって……どこかのゲームの設定ですか?」

「繋がったのが地獄じゃなかったのは幸いだったね」

彼も遊んだ口なのだろう、面白そうにそう言った。

「ともかくゲートの向こう側の存在は、こちらの世界で、なにかの活動を行っていると見られる電気信号を見つけたんだ」

「電気信号?」

「そう。そうしてそれを、文字通り喰らった。分解して解析したんだ」

「まさか――」

「別に痛くはなかったよ」

彼はおどけたようにそう言った。

サイモンによると、彼らの痕跡はどこにも残されていなかったと言う。それがまさか、その何かが人類を知るための素材になっていたなんて――

「そう、それがあの日あそこにいた27人の行方ってやつだ」

「それじゃ、ダンジョンがやたらと地球のゲーム然としていることや、その文化を踏襲しているのは――」

「我々のせい、というのはいささか語弊があるが、最初はそこが切っ掛けだったのは間違いないね」

ダンジョンの固有名詞が英語なのはそのせいなのか……

「もちろん今では、多数のエクスプローラーから情報を得ているはずだから、その人達が望んだり想像したりする姿を利用しているのだろう」

でなければ多様性が保てないからね、と彼は笑った。

「多数のエクスプローラーが分解されたらニュースになりそうなものですが……」

「そこは、私たちの犠牲も無駄ではなかったということかな」

人類の構造を熟知したそれは、分解しなくても我々の思考そのものにリーチ出来るようになったということか。

そうでなきゃ、念話とかあり得ないだろうしな。

「先輩。このことって、サイモンさん達に伝えてもいいんでしょうか?」

「不可抗力だったのかも知れないが、USに取ってみれば、まるっきり敵性体の行動だからなぁ……」

それを聞いたタイラー博士は、首を横に振った。

「あれは、事故だよ」

「まあそうでしょうけど」

言ってみれば、旅客機とUFOがぶつかったみたいなものだ。

人類にとって見れば、まさに晴天の霹靂というやつだ。

しかも、USに取っては、現在発生している世界的な変革の引き金を引いたようなものなのだ。

それが知られれば、国際的な責任を追求されかねない。

俺は、サイモンから聞いた話を思い出して言った。

「それに、3年前の事実が世界に知られると、US的にも拙いのでは?」

「現実ではどんな話になってるんだ?」

どうやら、Dファクターで収集した記憶の全てを共有しているわけではないようで、彼はそれについて知らなかった。

俺は現在一般的に知られている、3年前にザ・リングで起こった事故の話を聞かせた。

「なるほどな。じゃ、まずかったかな……」

「もしかして、最終ページの話ですか?」

それを聞いた彼は驚いたような顔をしていった。

「流石だ。もうあれを見つけていたのか」

「ここがさまよえる館の書斎だとは、とても思えませんけど」

「クリンゴン語には参りましたよね」

三好が、苦笑いしながらそう言った。

「ははは。科学者っていうのは、時々馬鹿なことをやりたくなるものさ。では最終ページは?」

「USの友人のアドバイスをもらって、公開を止めてあります」

「真実は、いつかその姿を現すものだとは言え、君たちの安全を考えれば仕方のないことか……」

彼はしばし考えるそぶりを見せたが、すぐに頭を振って言った。

「その件は、君に預けるよ。自由にしていい」

「ええ?!」

「我々としてはそれが公開されようとされまいと、今となってはどうでもいいことだし、それに――」

「なんです?」

「科学者は政治的な駆け引きが大嫌いなのさ」

そう言って彼はにやりと笑った。

そこはまったく同意だが、預けられたからといってどうしろって言うんだ? 政治的な駆け引きも、諜報活動の対象になるのもまっぴら御免なんだけど。

「しかし、こんな大げさなことをする目的ってなんなんです? ゲートの向こう側の存在って――」

「先輩。名前を付けませんか? 名前がないと実体が曖昧で」

「――そうだな。タイラー博士、それらに名前はあるんですか?」

「固有名詞は存在するが、発音は不可能だ。また、我々の語彙では置換も難しいだろう」

「ダンジョンを実体化したのはそいつですよね?」

「そうだ」

我々の思考や意識を読み取って、それを設計図にダンジョンを作成したもの――

「デミウルゴスってのは?」

「プラトンか。いいかもしれないな」

タイラー博士が意を得たりとばかりに頷いた。

英語にするとデミアージ(demiurge)だ。

彼は、プラトンが著作の中で言及した存在で、イデアを範型にして物質世界を作り出した創造主だとされている。言ってみれば設計図をみながらそれを実際に作成する技術者だ。

我々の知識や意識をイデアとして取り出し、現実に反映させるものには相応しいだろう。

「先輩にしては珍しくマトモですよね」

「お前にまかせると、ダンジョン作るくんとか言い出しそうだからな」

「だんつくちゃんですよ! やっぱり世界の創造は女性の仕事でしょ」

「はいはい」

「それで、そのダンツクちゃんの目的かね?」

「え? ああ、そうですけど……」

ダンツクちゃんって……

「そうだな」

彼は右手の人差し指と親指の間に顎を挟んで、再び考えるようなそぶりを見せた。

「さっき、君たちが見たとおり、私は君たちが言うDファクター――うまいこと言ったもんだね――で再構成された情報に過ぎない」

「情報?」

「そうだ。記憶や魂などと言うものが人間のハードウェアのどこかに存在しているのなら、量子レベルで完全に同一なハードウェアを構成してやれば自動的に記憶や精神活動も再現される。そう思わないか?」

宗教家は否定するだろうが、俺としてはそれが妥当な考えに思えた。実現困難性はともかく。

「目の前に実例があるみたいですから」

彼は確かにそうだと面白そうに言った。

「そうだとしたら、コピーも出来るってことですか?」

「それは可能だろうが、ダンツクちゃんはインスタンスを1つに限定しているようだよ。先に作られた方を私とするなら、コピーが作られた瞬間から、その私ダッシュは、私ではない別の何かになるだろうしね」

「シングルトンってやつですね」

インスタンスとは設計図から作られた実体と言ったような意味だ。

この場合は、記録されているタイラー博士の量子的な状態が設計図で、そこから作られる目の前のタイラー博士がそれのインスタンスと言える。

シングルトンは、ソフトウェア開発におけるノウハウから産まれた用語で、どこでインスタンスを作成しても、それが単一なものとなる仕組みのことだ。

そうしなければ、パラレルに置かれた状況によって、当然体を構成している量子の状態も別の状態になってしまう。記憶が異なるのだから当然そうなるだろう。

「記憶の統合をやれば――」

「ハードウェアとして再構成しているという現在の手法で、そんなことが出来るとは思えないが、やったとしたら立派な多重人格者が産まれるかもね」

同時に複数の場所にいて、複数の体験の記憶がある個人。……確かに多重人格者と言えるのかもしれない。

「神様みたいですよね」

「それは、面白い見解だな。後で考えてみよう」

世界にあまねく偏在する神様ってやつはそういう存在だと言われれば確かにそうだ。神様は無限の多重人格者だったのか。

そういや、そんな性格かも知れない。

「そういうわけで、私はダンツクちゃんの一部とも言える。彼女から見れば私のことは精神活動も含めて量子レベルで把握されているが、私から彼女の考えを知ることは不可能だ」

まあ、創造主の御心を測れと言っているようなものだもんな。

「だが、起こった事象から、それを想像をすることはできる」

相手は創造主だ。

それが起こした事象から、その真意を想像して伝える? 彼は、もはやダンジョン時代の巫女――いや 巫覡(ふげき) か――だな。

「我々を素材として分解、調査、再構成する過程で、君の言うデミウルゴスは、それが知的活動をしている生命体だということに気付いた。そうして、この世界には、その個体が75億体も存在することを、我々の知識から知って狂喜したんだ」

「狂喜?」

「そう。それは、他には表現しようのない刺激だった」

人が沢山いるからって狂うほど喜ぶ? 一体どんな理由で?

例えば、向こうは吸血鬼の王国で、地球は大量の食料庫だとでも?

「なぜです?」

「あれが望んでいるのは、おそらく奉仕だ」

いきなり吸血鬼王国と大差ない話が飛び出してきて、俺は思わず息を呑んだ。

「奉仕って……つまり、人類を奴隷に?」

突然降ってわいた侵略ものSFのストーリー。何という急展開! ってそれどころじゃないだろ、これ。

「違う。逆だよ」

「え?」

「ダンツクちゃんは、奉仕させたがってるんじゃなくて、それを捧げたいのさ」

「はいー?」

一体何を言ってるんだ?

彼はガゼボの柱の間から見える空を見上げて、遠い目をして言った。

「私には、ダンツクちゃんが、人類に困難を押しつけ、それによって自分を利用させる手段を身につけさせようとしている。そう思えるんだ」

それを聞いた三好が、興奮したように言った。

「言葉は違いますけど、それって先輩の推測の通りじゃないですか」

「依存させようとしているように思えるってやつか?」

「そうです」

しかし、あろうことかその目的が奉仕したいからだと?

依存させて向こうさんになんの得があるのかと訝しんでいたんだが、まさか手段だと思っていたものが目的だったなんて、誰が想像する?

「奉仕を捧げること自体が、利益になるってことか?」

「先輩。世の中には利益とは無関係に、働くのが好きな人もいるんですよ」

「そういう問題か?」

確かに充分以上の資産があって、放蕩の限りを尽くしたものが、それに飽きたら次に求めるのは名誉だろう。

でもそういうのとは少しニュアンスが違う気がする。

「ダンツクちゃんが、どんな利益を得るためにそんな行為に及んでいるのかは私にもわからない。もしかしたら理解しようとすること自体が間違っているのかも知れないしね」

「神の御心のままにってやつですね」

三好が分かったようにそう言った。

「お前はその台詞が言いたかっただけだろ」

「てへっ」

三好のあざとい舌出しを横目に見ながら、俺は疑問を口にした。

「しかし、仮にそうだとして、なぜこんな迂遠な方法を?」

奉仕がしたいだけなら、ダンジョンなんか作り出す必要はないだろう?

「私は地球人だ。今となっては元と言うべきかも知れないが。そして科学者でもある」

タイラー博士が改まってそう話し始めた。

「3年前の地球上に、現代科学を超越した謎のテクノロジーが突然登場したら、世界はどうなっていたと思うね?」

おそらくそれの奪い合いになることは確実だ。そうしてそれを利用した、より進んだ兵器が開発されただろう。

それが導入されれば、民族紛争や宗教紛争の規模が大きく拡大したかも知れない。実際アルスルズ達がいれば、要人暗殺くらいやりたい放題だ。おそらく防ぎようがない。

魔法を使う探索者たちだって同じことだ。ひいては第3次世界大戦なんて可能性も――

「まあろくなことにはならなかったでしょうね」

「我々の知識を得たデミウルゴスは、それなりに考えたはずだ。もしかしたら似たような経験があったのかも知れない」

「そういう世界をまとめるには、共通した脅威が効果的だと?」

「そう判断して、ダンツクちゃんになったとしても、私は驚かないな」

実際世界は驚くほど短期間にWDAを立ち上げて状況を管理しようとした。

ダンジョン産のテクノロジーとも言うべきスキルや素材は、曲がりなりにもその管理下に置かれている。

しかも人類は、その現代科学を超越した謎のテクノロジーをスキルオーブやポーションという、分かり易い概念の下に、あっさりと受け入れているのだ。

「だけど、こんな話を俺たちが持ち帰ったら、それぞれの国家が自国のダンジョンを囲い込んで、どのみち奪い合いになりませんか?」

「それが分かっているから、君たちはここへ来られたのさ」

彼は当然のようにそう言った。

そうして、自分達の存在や目指すものを少しずつ伝えるために、さまよえる館やタイラー博士を遣わせたってことなのだろう。

好奇心を原動力に自分で調べていったような気にさせる素材として、ゲームを使用するのは上手い方法ではある。その過程で幾ばくかの損害が出ても、彼女にとっては、75億分の幾ばくに過ぎないわけだろうし。

「それに、そんなことになったら、ダンツクちゃんはダンジョンを消去して別のアプローチをとるかも知れないな」

「別のアプローチ?」

「奉仕を受ける者は、別に地球上にいる必要はないし、地球人である必要すらないってことさ」

拉致監禁して自分の世界に取り込んでもいいし、その不思議な力で地球上に特区のようなものを作ってもいいし、ダンジョンに依存した地球からダンジョンを撤去してさようならしてもいいってことか。

そうして人類は、昔話に出てくる欲を掻いたイジワル爺さんよろしく、千載一遇のチャンスかもしれないものを棒に振るってわけだ。

俺は大きくため息をついた。

「話が大きすぎて、一民間人の俺たちには背負いきれませんね」

それを聞いたタイラー博士は、意味深に笑った。

そう言えば、彼はここが心象風景だと言った。

『秘密の花園』は、保護者に放任された結果、孤独で気むずかしく育ってしまった少女が、隠されていた庭の復活を通して人間性を取り戻し、そうして奇跡が起きる物語だ。

それに惹かれるデミウルゴス? それって一体何なんだ?

「だが、ここに来られたと言うことは、あそこでなにかをやったんだろう?」

「やったというか……」

なんだかブラックな仕事と重なって、義憤に駆られただけだったような……

その話をすると、彼は嬉しそうに言った。

「永遠の繰り返しから解き放たれた彼女の心は君に捧げられ、そうして救われたのさ」

「どういう意味です?」

「我々にはみな役割がある」

彼は俺の質問に直接答えず、そう言った後、しばしの間瞑目した。

すさびれたガゼボの中を風が渡り、テーブルの端に留まっていたロザリオの羽毛を揺らした。

「そうして君たちはここに来る資格を得た」

しばらくしてそう言った彼は、話し合いが終わったかのように、ゆっくりと目を開けた。

かれはそれ以上何かを言うつもりはなさそうだった。

「なんだかよくわかりませんが、いろいろとよくわかりました」

「ほとんど推測に過ぎない事ばかりだがね。ともかくダンツクちゃんは、情報を開示する権利を君たち二人に与えたようだ。良いようにしてくれたまえ」

良いようにったってなぁ……俺と三好は顔を見あわせた。

「そうして君たちは、とても重要な判断を委ねられるだろう」

タイラー博士は、突然、威厳とも言うべきものをにじませながらそう言った。

「……予言ですか?」

「予測さ。君は、コルヌコピアを受け取ったんだろう?」

「コルヌコピア?」

そう聞いたところで、周囲の空間が崩れ始めた。

それはまるで、さまよえる館で鐘が鳴り響いた後のようだった。

「残念ながら、そろそろお別れの時間のようだ。この場所の維持や私の行動には、とても沢山のDファクターが必要なんだよ」

ここは世界が育つ場所だ。

刻一刻と変化していくそれを記録しているとしたら、そこに割かれるリソースが膨大なものであろうことは容易に想像できた。

「ここはとても孤独な場所だ」

そう言うと、彼は 解(ほど) けて小さな少女の姿に戻った。

"Where you tend a rose, my lads, A Thistle cannot grow."

良きものの手入れを欠かさなければ、悪いものは育たない。そんな詩の一節が聞こえたかと思うと、視界が虹色ににじんでいく。

聴覚と視覚と触覚が入れ替わったり混じり合ったり、離散集合を繰り返し、そうして一つになったとき――

「って、ここは?」

――俺たちは見慣れた洞窟然とした場所に立っていた。

その洞窟然とした風景には見覚えがあった。

しかしそれは、キメイエスがいたあの洞窟でもなければ、18層の地下の洞窟でもなかった。

まさかと思った俺たちの考えを肯定するように、道の向こうで、丸いぽよんとした生き物が、ふよふよと蠢いていた。

「先輩。ここって……1層みたいですよ」

俺は慌てて時間を確認した。時計が正しいなら、まだ27日だった。

「いままで31層にいたよな?」

「いましたね」

「それが一瞬で1層?」

「ダンツクちゃんにとっては、層の移動くらいお茶の子って事ですかね?」

「せっかくデミウルゴスって格好いい名前を付けたのに……」

「タイラー博士は、ダンツクちゃんがお気に入りみたいでしたよ?」

せめて21層にしてくれれば良かったのにと文句を言う俺の隣で、三好はタブレットで何かを確認しているようだった。

「それで、三好。この話、どうするよ」

「どうするって、公開するかどうかってことですか?」

「ああ」

「そりゃ無理ですよ。3年前の事件の被害者は、みんなダンツクちゃんに量子レベルに分解されて調査され、スキャンされた知識を利用してダンジョンができたなんて誰が信じるんです?」

「うーむ」

「ダンジョンの中でタイラー博士にあって話したってだけでも、誰も信じてくれません。ヘタをしたらのーみそくーるくるな人扱いですよ」

「お前のことだから録画してたんだろ?」

「もちろんです。でもですね――」

三好はタブレットをふりふりと振った。

「――なーんにも映ってないんですよね、これが」

あの隠された扉を入るまでは、ちゃんと記録されているが、それ以降は何にも記録されていないそうだ。

「第3者を連れてあの扉をくぐるとか?」

「あの扉、まだあそこにあると思います?」

「……なさそうだよなぁ」

館と同じ現象だと考えれば、まだそこにあると考える方がどうかしている。

第一塔の周りは、チームIの連中だって詳細に調べたはずだ。いかに蔦に隠されていたからと言って、ドアノブを見逃すはずがなかった。

「あれって、なんというか、私たちの共通意識の中というか、観念の世界だったような気がしませんか?」

「もしもそうだとしたら、アルスルズが入ってこられないのも、録画や録音が出来ないのも当然か。って、アルスルズは?」

俺がそういうと、4匹がひょっこりと顔を出した。

どうやら無事だったようだ。おれはドゥルトウィンの首筋をポンポンと叩いた。

「今から21層を目指すのもどうかと思いますし、とにかく一旦帰って情報をまとめませんか。映像がないですから忘れないうちに。なんだか意味深な話も一杯されたような気がしますし」

「だな」

それにしても大変な夜だったなと、しみじみ感じながら、俺たちは、一旦ダンジョンを出て、事務所へと向かうことにした。