軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

§121 隠された扉 1/27 (sun)

「そういや、三好」

「なんです?」

「結果を鳴瀬さんに送らなくて良いのか?」

俺は洞窟を引き返しながら聞いた。

「そんなのとっくに送りましたよ。先輩が格好つけて消えた後すぐに」

「え? 映像を送ったわけ?」

「いえ、一応結果だけ簡単に。もちろん。非公開案件って書いておきました」

「結果ったってなぁ……俺、次にどんな顔をして会えば良いわけ?」

いくらばれてるだろうと言われても、それとこれとは別問題だ。

「きっと、シランプリをしてくれますよ」と三好は気楽に言うが、俺は部屋に隠してあったエロ本が、きれいに机の上に積まれていたのを見た男子高校生の気分だった。

洞窟も半ばを過ぎた頃、カヴァスが三好の影から出てきて、神殿の方に向かって警戒を顕わにした。

生命探知にもいくつかの反応がある。

「おい、三好。洞窟を出たところに何かいるぞ」

「何かって、探索者ですか?」

「危険察知に反応はないのか?」

「えーっと。特には」

この危険察知ってやつだが、アルスルズや俺が側にいると敵がいてもあまり反応しないらしい。

つまり危険じゃないって事なのか。何を基準にしているのかは分からないが、優秀なんだかダメなんだかよくわからないスキルだ。

生命探知に引っかかった反応は、どう見ても人とは思えないものだった。

それが洞窟の先にある神殿の間で、ごちゃっと固まっている。大きな反応が3つと、小さな反応が沢山だ。

「キメイエスが倒されたからか、さっきのゴゴゴゴゴのせいかは分からないが、その辺がトリガになって、神殿に祭られていた何かか、それを守っていた何かが復活したってところかな」

「キメイエスを作るのにフロア中のDファクターが使われていて、他になにも作れなかったのかもしれませんね」

横浜の階段にはモンスターが発生していない。

つまりはフロアにおけるDファクターの総量のようなものがそれに関係しているのではないかと、いまのところ考えているのだ。

「それが解放されて本来のモンスタークリエイトが行われた、みたいな話か」

星空が広がっていた場所と違って、洞窟の中は真っ暗だった。

そのせいで、洞窟の先にある神殿が、ぼんやりと明るくなっているのがよく見えた。

「なんだあれ?」

その先にいたのは、3体の人間サイズのアカウアカリにガビアルの口と蝙蝠の羽根をくっつけたようなモンスターだった。

その周りを、多数のグリーンイグアナサイズのジャイアント・リーフテイルド・ゲッコーが固めていた。

「あ、あれ、私説博物誌(*1)で見たことがありますよ。名前はイーヴィルレッサーだそうです」

「それって、日本語で言うと、小悪魔か?」

「それだと先輩じゃ勝ち目がなさそうですね」

「……小悪党にしとくか」

三好の危険察知はいまだに沈黙しているようた。少々気楽に過ぎる気もするが、大した相手じゃないのかも知れない。

「それで、あのでっかいヤモリみたいなのが――」

三好がそう言いかけたとき。大きなヤモリの不気味な目にスターボウのような輝きが現れて、突然こちらに向かって走り始めた。

「なんだ?!」

「――先輩! あれヤバい! カヴァス!」

三好がそう言った瞬間、走ってくるヤモリの足音にいくつかの穴が開いて、すとんとその中に落ちた。そして――

「うぉおおお!?」

ズドーンという大きな音と共に、その穴から火柱が連続して上がる。

「自爆兵器なのかよ?!」

「スーサイドリーフテイルだそうです! 近くで爆発されたら、ちょっと痛そうですよ?」

俺はイーヴィルレッサーと、周囲にいるリーフテイルに水魔法の槍を大量に撃ち込んだ。誘爆させようと思ったのだ。

だが、イーヴィルレッサーに向かった矢はバリアのようなものに威力を相当減衰され、リーフテイルに撃ち込まれた方は、なんと効果がなかった。

「目がキュイーンってなるまでは、無敵っぽいですよ、あれ」

「反則だろ!」

3匹のイーヴィルレッサーは、つぎつぎとリーフテイルを召喚している。

つまり本体はイーヴィルレッサーで、リーフテイルはそいつらの攻撃手段のようなものなのだろう。

「こりゃきりがない、なっ!」

俺は8cm鉄球を思いっきりワニ顔のアカウアカリに向かって投げつけた。

レッサーは、それを正面斜めに作り出したシールドのようなもので受け流した。シールドは吹き飛んでいたが、1発なら本体は無事のようだ。

「流石は悪魔。レッサーの癖に魔法耐性はバッチリっぽいぞ。物理の方もなかなか頭が良さそうだ。ま、でも2連発でなんとかなるか」

近づいて切り飛ばしてもいいのだが、周りに一杯控えているリーフテイルが一斉に爆発したりしたら、酷い目にあいそうだ。できれば遠距離で済ませたかった。

その時三好が奇妙なことを言い出した。

「先輩。ちょっとウォーターランス作ってくれません?」

「んん? あんまり効果がなかったぞ?」

「いいですから」

数m先では、つぎつぎと突っ込んでくるリーフテイルの火柱が、所構わず上がっていた。

今のところアルスルズのガードは完璧だ。

俺はそれを見て、言われたままに1本のウォーターランスを作り出した。

「で、どうするんだ?」

「じゃーん! これです!」

三好は収納から1本の奇妙な形のボトルを取り出して、中身を少しウォーターランスに振りかけた。

その液体は、ウォーターランスの水ときれいに混ざり合っていた。

「なんだそれ?」

「良いからこれを撃ち出してください!」

「へいへい」

言われたとおりに俺はそれをレッサーに向けて撃ち出した――

「はぁ?!」

「ええ?!」

――その矢は軽々とシールドのようなものと同時にレッサーを貫いて、ワニ口のアカウアカリを光の粒に還元した。

「ちょっと待て、三好。提案したお前が、どうして一緒に驚く?!」

「いや、だってこれ……」

「?」

三好はその、ガラスでできた女の人の像のようなボトルを取り出した。

「先輩知ってました? 聖水ってサマゾン通販で買えるんですよ」

「は? お嬢様じゃないやつ?」

「あたりまえですよ」

世界最古の自販機で売られていたのは聖水だという話だし、現地に参ったものが、お土産にその水を汲んで帰るというのは昔からあったそうで、まあそれはわからないでもないが、サマゾン通販って……いいのかそれで。

「そんなのが本当に効くと思います?」

「全然」

「ですよね。中身なんか適当な水道水でもおかしくないですよ」

「それじゃ詐欺だろ」

「だからキメイエスみたいなシリアスなシチュエーションでは、とても言い出せなかったんですけど……鰯の頭って凄いですねぇ」

「いや、お前。信じてない時点で信仰成分ゼロだろ」

俺は呆れた。

とはいえ、それが何故効くのかなんてことは、この際全くどうでもいい。プラシーボだろうがなんだろうが、効果があるというのなら、それは立派なソリューションだ。

「まあ、効くんならなんでもいいや」

そう言って、後2本のウォーターランスを顕現させた。

「ほれ。振りかけて」

「はいはい」

それを見たレッサーたちが、全リーフテイルを一斉に起動した。

床の上に大量にいたリーフテイルの瞳にスターボウが描かれる。

「やべっ!」

俺は急いでその2本を残っていたレッサーに向けて撃ち出した。ウォーターランスは先ほどと同様、何の抵抗もなくレッサーを打ち抜き、それを光へと還元したが――

「一緒に消えないのかよ!」

わらわらと走ってくるそれは、ひとつひとつピットに落とすには数が多すぎた。

そこに三好が1インチ弾をばらまいた。件の2.5cmの鉄球だ。

「ば、馬鹿野郎!」

俺は慌てて三好を抱えると、洞窟の奧へとダッシュした。

思った通り、いくつかのリーフテイルが弾に当たって爆発すると、次々と近くのリーフテイルを誘爆させる。

「どわぁああああ!!」

一気に100体近いリーフテイルが爆発するその威力はすさまじく、爆風は瞬時に神殿を満たし、洞窟の中を吹き抜けた。俺たちはそれに押されるように吹き飛ばされて、床をゴロゴロと転がる羽目になった。

数瞬の後、激しかった爆発はその余韻を洞窟内に響かせながら、終息していた。

「あー、三好。生きてるか?」

「耳がキーンってしてますけど。まあ無事みたいですよ」

「アルスルズは?」

にょっと影の中から顔を出した4頭は、無事だぜといわんばかりに頷いた。

若干1頭は俺の顔の上で仁王立ちしていたが。

「今更だけど、奧に逃げずにピットに落ちればよかったかもな」

俺は顔の上のグラスをつまみ上げると、上半身を起こして、洞窟の壁に寄りかかった。

「あのヤモリみたいなのの目がキューンてなった瞬間、危険察知が大騒ぎでしたよ。直接的な危険が迫らないと反応しないのって、役に立つんだか立たないんだか……」

「しかし普通召喚主が死んだら、召喚モンスターって消えるものなんじゃないの?」

「あのキューンってなる前なら消えてたみたいでしたよ。最初の1匹が死んだとき」

「ああ、発射されたら召喚モンスターじゃなくて、弾みたいな扱いになるのか」

いくらステータスが高くても、こういう攻撃は結構ビビる。もしかしたら、当たっても平気なのかも知れないが、進んで試す気にはなれなかった。

なにかこう、防御手段を考えないと、今後は、ちょーっとやばそうだな。

「生存本能は、ステータスと関係ないですからねぇ」

「だよなー。怖いものは怖いよな」

「もういっそのこと、出会った瞬間に有無を言わさず首をはねますか?」

三好がもぞもぞと起き上がりながら物騒なことを言い出した。

「首がないやつはどうするんだよ。とは言え、悠長に出方を見たりしないほうが安全なのかもなぁ」

もっとも、未知の相手に突っ込んでいくのは、それはそれで問題が多い。それに、どんなモンスターでしたかって聞かれたときに、出会い頭に首を落としたのでわかりませんでしたと答えるしかなくなって、情報が蓄積できずに困るかもしれない。

「ところで先輩。あれ、どうします?」

三好が指差した先には、大量のインゴットが散らばっていた。鉄の。

「はぁ……まあ、拾わないわけにはいかないだろうけど。JDAに売れるのか、これ?」

「1枚1キロですよね? スクラップ扱いだと、へたすれば20円とかですよ」

10キロで200円。重さから考えて、絶賛放置はほぼ確定だろうが、これって、放置しておくとどうなるんだろう?

「放置しておくと消えると思うか?」

「いままで、ドロップしたアイテムを故意に拾わなかった例ってありませんからね……そこはなんとも」

「なら、とりあえず放置してみるか」

俺たちは立ち上がって、パンパンと土埃をはたくと、神殿の入り口へと向かった。

◇◇◇◇◇◇◇◇

神殿の入り口では扉が閉まっていた。確か入ってきたときは、扉なんかなかったはずだ。

「なんだこれ? こんなものあったっけ?」

扉の横の柱部分には、赤く光るフェニキア文字が浮かんでいた。

「I、ですねこの文字」

「表の床に書いてあったやつか」

「です」

扉は、押しても引いても、うんともすんとも言わなかった。

その文字周辺にもいろいろとアプローチしてみたが、扉は一向に開かなかった。

開かない扉。

突然ポップしていた、ボスキャラっぽいレッサー軍団。

相変わらずいない雑魚。

そして、赤く光るフェニキア文字。

「なあ、三好。これ、もしかしてボス部屋なんじゃないか? 横浜みたいな、入ったら閉じこめられるタイプの」

「……本来は広場側から入るはずが、最初から私たちがいたからこんな変なことになってるってわけですか。ならこの扉は――」

「戦闘が終わると開く、ってのが定番だが……」

「じゃあ、まだどこかにモンスターが?」

「いや、それはなさそうだ」

生命探知で神殿の隅々まで注意深く探してみたが、そういう対象はみつけられなかった。

「じゃ、まさか、あの散らばってる……」

「アイテム……かな?」

俺たちは仕方なく、あちこちに散らばっている鉄のインゴットを拾い始めた。

純粋な鉄の比重は、7.874だ。つまりインゴットの体積は127立方センチメートルってところだ。そのインゴットの大きさを計測してみると、9.6cm×6cmくらいの大きさだった。

厚みが熱延鋼板や敷鉄板の規格にあわせて22mmになっていたのだ。凄いぞ俺の想像力。はぁ……

鉄板は薄暗い神殿内のあちこちに散らばっていた。特に最後の爆発のおかげで、いろんな場所へと吹き飛ばされいた。

つまりは探すのが大変なのである。

洞窟の向こう側から探し始めてから、かれこれ1時間。

くまなく神殿内を探し尽くした俺は、最後の1個だと思われるインゴットを拾うと三好に声をかけた。

「三好ー、どうだー?」

「うーん、赤いまんまですね」

「ええー? ……君津2尉の磁界操作が欲しいな」

その時グラスが、ケンケンと神殿の上の方を見て吠えた。

「なんだよ、グラス。上に何か――おお?!」

その時不安定に神殿の上部に引っかかっていたインゴットが、ゆらりと揺れて、俺の上へと落ちてきた。

それを間一髪で躱した俺は、グラスに礼を言ってそれを拾い上げた。

グラスはしばらく胸を張って仁王立ちしていたが、何も貰えないとわかると、ケッとヤサぐれて、三好の所へトコトコと歩いていった。

「変わりませーん」

「まだどこかにあるのか――」

そう言ったとき、神殿の前、イーヴィルたちが集まっていたところに魔法陣が描かれた。

「おい!」

俺は、そう叫んで飛びずさった。

三好は、アルスルズを影から出して身構えた。

そうして俺たちが見たのは――

「宝箱?」

「おー! 始めてみました!」

ガチャダンと呼ばれる横浜では、戦闘終了後に現れると聞いていたが、俺たちは2層以降へ下りたことがない。

こんな風に現れるのか。

「やっぱりここはボス部屋ってことなのかな」

「だけど、アイテムを全部拾わないと登場しないって、酷くないですか? 知らずに帰っちゃいますよ?」

「入り口が開かないんだから大丈夫だろ」

「あ、そうか」

「で、どうする?」

俺は宝箱を親指で指差しながら言った。

「どうするって、開けますよね? 中身にLUCが関係している可能性もありますし。ここは先輩1択でしょう」

「いや、ほら、罠とかあるかもしれないだろ?」

「先輩、ゲームじゃないんですから。ダンジョンで罠って、今まで一度も見つかってませんよ」

「そうは言ってもな……」

一度も見つかっていないのは、ないと言うのとは違うのだ。

フロアは平気で歩いていたとしても、流石に宝箱には気を使う。用心に越したことはないのだ。

俺はへっぴり腰で、宝箱に近づきながら、登山用のストックで静かに箱の蓋を開けた。

その瞬間――

「わっ!」

「うわっ!!」

三好が耳元で大きな声を上げた。

俺は、慌てて飛び退いた。

「先輩、びびり過ぎですよ」

三好は、お腹をおさえてケラケラと笑っている。

「三好ぃ、このタイミングはちょっと悪趣味だぞ。はぁ……」

なんてことしやがる、ふんとにもう。とプンスカしながら、俺は宝箱の中を確認した。

そこには、赤いヒールポーションがひとつ鎮座していた。

「おお!」

「なんでした?」

「ヒールポーションだ。ランクはなんと5」

「ランク5? すごいじゃないですか」

「31層のボス部屋だと思えば、このくらいは当然って気もするけどな」

俺がそれを取り出すと、宝箱が消えて、入り口のフェニキア文字の色が緑に変わった。

俺は慌てて、扉の影に身を潜めた。

「あ、先輩! 開くみたいですよ」

「はぁ……やっとかよ」

「先に私が出て、あたりを窺ってみますから」

「ああ、よろしく頼む。あれから1時間は経ってるもんな、どうなってるのかさっぱりだ……」

そんな話をしているうちに、扉は音もなく内向きに開いた。

潰されるかと思って移動しようとしたら、100度ほど開いたところでそれは停止した。

扉と壁の隙間から見える範囲では、広場の闇はきれいに払われていて、明るい星空が広がっていた。

「先輩。誰もいないんですけど」

「え? 通信部隊もか?」

「はい」

そのまま生命探知で辺りを探って、本当に誰もいないことを確認してから、俺も表へと出た。

その瞬間、門は音もなく閉じて、目の前の地面に描かれていた文字が、赤から緑に変わった。

「あれが、再利用可能になったってマークですかね?」

「たぶんな。もう一度入って、今すぐ確かめるのは勘弁だけど」

「聖水があればちょろいですよ?」

「横浜と同じなら、同じやつが出てくるかどうかわからないだろ」

「そう言われればそうですね」

辺りは暗いとは言え、普通の夜だった。星明かりや淡く輝く入り口の記号などのせいで、目が慣れれば充分見えるくらいの明るさはあるようだった。

俺は、誰かが出てきたとき、直視されないように、塔の裏側へと回っていった。

「もう闇の神殿とは言えないかもな」

「朝が来たら、多分明るくなりそうですもんね」

塔の周囲を調べていた三好が、入り口の横が拡張されて、下りの階段が出来ているのを見つけた。

「連中、これを下りてったわけか」

「たぶん。でも1時間くらい経ってますし、どうしてここに誰もいないんでしょう? 下でなにかあったんですかね?」

「さあな。確かめに行っても良いが……ちょっと塔の後ろ側でテントでも張って野営の準備をしとこうぜ。ここには障害物もないし、アルスルズの監視も行き届くだろうし」

テントの中なら、突然誰かに見られたりしないしな。

「そうですね。あと、お腹も減りましたー」

◇◇◇◇◇◇◇◇

俺たちは入り口の反対側の塔の麓にテントを張った。

誰かが他の階層からやってきても、塔から出た段階では視認できない位置だ。俺たちにはわかるから、誰かが来たら、その時点でピットに隠れれば問題ないだろう。

で、今はその中で、絶賛お食事中だ。

「マイトレーヤの二人は、ちゃんとメシ喰ってるかな」

「小麦さんだけだと心配ですけど、三代さんがいますから、きっと大丈夫でしょう」

小麦さんは生活力ゼロっぽいもんな。実際のところは知らないが、たぶん大きくはずしてはないだろう。

「小麦さんっていつまで大丈夫なんだっけ?」

「一応5日でOKをもらってますから、最低でも水曜日までは大丈夫だと思いますけど」

「なら平気か。しかし、まだ日曜日の夜なんだぜ? もうずっとダンジョンの中にいる気分だ」

「 ほひはふはん(盛りだくさん) へひは(でした) ははへぇ(からねぇ) 」

三好は熱々のクリームシチューを頬張りながらそう言った。自分の家で煮込んだストックだ。

嫌いな人があまりいない割に、クリームシチューは洋食屋さんにオンリストされていない。なんと言っても仕込みが面倒で日持ちがしないからだそうだ。おいておくと煮くずれて色が汚くなるのもNGな理由だ。

別茹でして加えた、きれいな緑色のブロッコリーを飲み込んで、俺が聞いた。

「なあ、あの自爆したリーフテイルって、カウントされてると思う?」

「下二桁ですか?」

俺はVIRONのレトロドールを囓りながら頷いた。

50cm程の長さながら、数が少なめのクープは反り返るように大きく開いていて、クラムに弾力があるバゲットだ。そしてとても香り高い。焼きたてから2時間程の食べ頃に収納された逸品で、言うまでもないが三好の趣味だ。

湿度の高い日本では、焼き上がりからどんどん変化していくから、焼きたてを保管庫に入れといて下さいと土下座せんばかりに頼まれた。

そこまで必死になるものかと思ったが、比べてみれば確かに違う。もっとも俺としてはリベイクすればいいじゃんとも思うのだが、ぱさつくからヤダとのこと。

「鉄がドロップしてますから、一応カウントされてるとは思いますけど」

「誘爆で凄い数を倒したけど、あれは三好扱いだよな?」

「最初の水魔法での攻撃分がはわかりませんね、ほら、無敵状態だったときの。後から召喚された個体は大丈夫でしょうけど。メイキングが発動してないんですから100は越えてないはずですし」

「うーん。次が出るまで諦めるしかないか。後はリーフテイルで館が出るかどうかだけど……」

「さすがにそれはないと思いますけど……って先輩」

三好が突然真面目な顔をして、スプーンを前後にフリフリして言った。

「館で思い出したんですけど、私たち、魂っぽいアイテムを持ってませんか?」

「もしかして……ベニトアイトか?」

確かにあれは、あのメイドの女の子の魂だと言われても納得できる展開だった。

俺は魂の器と、ロザリオを取り出した。

「確かに入りそうではあるが……これ、挿入したら、壺がメイドになるってか?」

お帰りなさいませ、ご主人様とか言いながら頭を下げる、というか傾く壺。

こいつはシュールだ。

「いくらなんでもそれはないと思いますけど」と三好が苦笑した。

「まあ、試してみるだけならタダか」

俺は、壺を床の上に置くと、ロザリオの先をその穴に差し込んだ。

「せ、先輩?」

その壺は薄く発光していた。

何が起こったのかは分からないが、何かが起こっていることは確かだった。

緩やかに輝度を変化させていたその光は、まるで何かを計算するかのように徐々にあわただしく明滅し始め、そうして突然強く輝き始めた。

「オイ! これまさか爆発したり――」

俺が台詞を言い終わる前に、それは突然世界を真っ白に染めた。

俺は三好と自分の頭を下げると、目の前に盾を取りだして、次に来る衝撃に耐えるように身構えていた。

が、聞こえてきたのは――

"Cheerily, cheer up, cheer up, cheerily, cheer up!"

「な、なんだ?」

おそるおそる顔を上げると、そこには、縁に白いラインの入ったグレーの羽根の、くちばしと腹がきれいなオレンジ色をした小さな鳥が鳴いていた。目が黒ではなく、深い藍色をしているのが印象的だった。

その鳥は、呆然としている俺たちの所にやってきて、ちょんちょんとくちばしで散らばっていたクラストのカケラをついばむと、そのままテントの外へ出たそうに、入り口の前でこちらを振り返った。

「出たいのか?」

そう言って、テントの入り口を開けてやると、その鳥は夜だというのに外へと飛び立った。

それを追いかけて外へ出ると、その鳥は、塔の蔦に捕まって揺られながら、まるでそこを見に来いと言わんばかりに愛らしいトリルを奏でた。

俺たちはそれに惹きつけられるように、彼女が歌う塔の下へと近寄った。

すると彼女は、ちょんちょんと蔦を辿り、腰の辺りまで下りてくると、そこをくちばしでつついてから、こちらを振り返りぱっと飛び立つと――

「なんで俺の頭の上にとまるんだよ!」

三好は俺の頭の上の小鳥を見て、思わず吹き出した。

「せめて肩だと格好良かったんですけどね」

そう言って三好は、彼女がつついた場所を調べた。

そこには、隠されるように覆われた蔦の隙間から、僅かにドアノブのようなものが覗いていた。

「先輩……私、蔦に覆われた城壁に隠されたドアを、コマドリの導きで見つけるって話、どっかで聞いたことがあるんですけど」

「奇遇だな、俺もある。だけどあれはアメリカンロビンだから、コマツグミだぞ」

「だから先輩は、それがモテない原因なんですって」

「久々に聞いたな、それ」

俺は笑いながらそのノブを指して言った。

「で、どうする?」

「そりゃ、行くでしょう? ここで行かない人は探索者じゃないですよ」

「だよな」

俺はテントを片付け始めた。その間、三好はドアを調べていた。

そして、小鳥は蔦で遊んでいた。

「そういえば先輩」

「あー?」

「キメイエスの能力で、人に与える力ってあったじゃないですか」

「トリビウムがどうとかいうやつ?」

「そうです。指輪がトリビウム、オーブが速度アップでしたけど、実は、もうひとつあったことを思い出しました」

「なんだっけ?」

「隠されたものや宝物を見つける力、です」

俺たちは納得したように、遊んでいる彼女を見上げた。

「それでその小鳥さんの名前、どうするんです?」

いつまでも、小鳥だの彼女だのでは、どうにもすわりが悪いのだろう。三好が彼女を見上げたままで、そう尋ねた。

「そりゃ、最初から決まってるさ」

「え? ドアを見つける話では、最後まで名前は付かなかった覚えがありますけど。……もしかして、ロビン?」

「それじゃ男の子だろう」

俺は苦笑しながら言った。

現代では女性の名前にも使われるが、やはりロバートの印象が強いし、彼女に相応しいとは思えなかった。

「ま、まさか……先輩お得意のセンスで、小鳥?」

「あのな。お前は俺をなんだと思ってるんだ。……まあそれも悪くはないが」

「悪くないんだ」

「可愛いだろ、小鳥」

「そうじゃないなら、なんなんです?」

「そりゃ、もちろん――ロザリオさ」

それを聞いた彼女は、軽やかにトリルを奏でた。

どうやら気に入ったらしかった。