作品タイトル不明
7話:世界を尋ねて*6
そうして一晩眠った僕らは、翌朝のんびり起き出して、身支度を整えて、ぞろぞろと4人で部屋から出た。
「……揃っていたのか」
すると、丁度部屋の前を通り過ぎるところだったらしいラオクレスが、なんだか驚いたような、ちょっと不服そうな、そんな顔をしていた。
「おう!昨夜はトウゴの部屋でお泊り会だったぜ!」
「……そうか」
「あ、もしかしてラオクレスも混ざりたかったか?」
「……いや」
……そっか。混ざりたかったのか。じゃあ、次はラオクレスも誘ってみよう。折角だし、フェイとラオクレスと一緒に自棄酒ならぬ自棄ジュースパーティーも楽しい気がする。
そうして僕らが揃って朝食の席に着くと、オーレウス王子や王様がやってきて……そして。
「あら?ラージュ姫はどうなさったのかしら」
クロアさんが言うまでもなく、全員、気づいている。
何故か、ラージュ姫がやってこない。
「おや……ラージュめ、寝坊かな?」
オーレウス王子はそんなことを言いながら、けれどちょっと不審げな顔をしている。まあ、ラージュ姫って寝坊しそうなタイプではない、よね。
「様子を見に行った方がいいかしら」
「む……そうだな、何かあったのではないといいが……」
ということで、クロアさんとライラが席を立って、食堂を出てラージュ姫の部屋へ向かおうとした、その時。
「申し訳ありません!遅くなってしまって……」
ばたん、と扉が開いて、ラージュ姫が慌てて駆け込んできた。扉のすぐ前に居たクロアさんとライラはびっくり。扉を開けてすぐのところに2人が居たから、ラージュ姫もびっくり。
びっくりが収まってからラージュ姫も着席して、さあ、朝食だ。
クロワッサンみたいなパンのさくさくした食感とオムレツのとろけるまろやかさを楽しんで、温かいミルクティーで体を温めて……。
そうして朝食を堪能する中、ふと、ライラがラージュ姫に話しかける。
「そういえば、ラージュ姫がお寝坊なんて珍しいわよね」
「そう、ですね。あまり寝坊しない性質ではあるのですが……」
ラージュ姫は少し恥ずかしそうにそう言って、それから、ふと、表情を曇らせた。
「なんだか、妙な夢を見ていまして……それで、お恥ずかしいことながら、起きてもぼんやりしてしまって……」
「妙な夢?」
こっちは妙な寝言が飛び交っていましたよ、と思いつつも聞いてみると、ラージュ姫は頷いて、少し首を傾げて思い出すようにしながら、話してくれる。
「はい。カチカチ放火王が、本を燃やしている夢です」
……本、を?
「本は何冊もありました。美しい装丁の本も、簡素な装丁のものも。そして何よりも目を引いたのは、封印の地から発見された、あの……大部分が白紙のものです。あれを、カチカチ放火王が燃やしていました」
なんだか不思議な気持ちになりつつ、ラージュ姫の話を聞く。自分の耳が良くなったような、ラージュ姫の声がやたらとはっきり聞こえるような、そんな感覚を覚えながら。
「まあ、それだけの夢なのですが……妙に、現実味があったといいますか」
「成程なあ……予知夢かもしれねえってことか」
「はい。もしかしたら、と思いまして」
ラージュ姫はそう言いつつ、懐から本を取り出した。この間見せてもらった、綺麗な装丁の本だ。前の方に少し物語が書いてあって、後ろの方のページは悉く白紙、っていう。
「この本が何か大切なものであるっていう可能性もあるもんなあ。現状、よく分からねえけど」
うん。現状よく分からない本、だね。これは。
出所が出所だから何となく意味深で、けれどその割には半分以上が白紙っていう、よく分からない本だ。装丁は綺麗だけれど……うーん。
「……ってなると、カチカチ放火王が最後に復活するまでに、この本、調べておきてえよなあ」
「そうだね」
「調べるのは……ラージュ姫は一通り調べたんだよな?」
「はい。何度も読み返しましたが、特に何も。私の目にはこれ以上の発見は見つけられないでしょう」
ラージュ姫はそう言いつつ、本をフェイに手渡した。フェイは僕の隣の席なので、僕もその本を見ることができた。……綺麗な装丁の本だなあ、というくらいしか印象が無い。真っ白に金の箔押しで印字された表紙は、なんとなく物足りないかんじというか、寂しいかんじというか……。まあ、シンプルでいいね、とも言えるか。
「ってなると……じゃあ、俺とトウゴと……ルギュロス引っ張ってくるかあ。何だかんだ、あいつ、味方の中で一番敵に近いしな」
「そうだね。じゃあ、ルギュロスさん、出してもらう?」
「そうだなあ。折角だし、飯一緒に食って、それから3人で考えてみようぜ」
フェイの言葉を聞いてから、ライラがブローチをつんつんつっつく。すると、中からルギュロスさんが出てきた。
「……随分と私を放っておいてくれたようだが」
「あ、うん。アージェントとの話の中にお前が居たら話がこじれそうだったからさあ」
「では一体何のために私を連れてきたのだ?」
「なんとなく!賑やかしに!あと、一緒に飯食おうぜってことで!」
ルギュロスさんは放っておかれたことに対してご機嫌斜めだったのだけれど、フェイはまるで遠慮なくルギュロスさんの背中をばしばし叩いて、適当な席に着かせて、朝ご飯を取り分け始めた。ご飯を取り分けられてしまったらルギュロスさんも何も言えなくなってしまったらしくて、文句ありげな顔で綺麗に朝食を食べ始めてしまった。うーん、やっぱりこの人、流されやすいところあるよね。
朝食が終わったら早速、僕の客室に集合。折角だし、もうちょっと王城で調べものをしていこう、っていうことになったから、森へ帰るのはもうちょっと後で。
王都には王立図書館もあるし、そういう調べものをしたいならここが一番だ。それに、まあ、帰る気になれば、中庭のフェアリーローズの茂みから妖精の国を通ってすぐだし……。
「これがその例の本とやらか」
「そうそう。封印の地から出てきた、って言われちまったら、なんかいわくありげで気になるよなあ」
ルギュロスさんは椅子、僕はベッド、フェイは増やしちゃった例のベッドに座って、早速話し始める。
「……ところで何故、この部屋にはベッドが2台もある?」
「あ、僕が出しちゃったので……ええと、帰る時には消していくから大丈夫だよ」
ルギュロスさんが不審げな顔をしていたのでベッドについてそう釈明したら、呆れた顔をされてしまった。そんな顔しなくたってさ……。
「ま、ベッドはいいだろ。ふわふわで座り心地もいいし。あ、お前、椅子じゃなくてこっちがいいか?来る?」
「断る!……全く、真剣に話をするのかと思えば、ベッドが増えているだの、ベッドに座ったまま話し合いするだの、お前らと居ると気が狂いそうだ……」
頭が痛そうな顔をしつつ、ルギュロスさんは深々とため息を吐いて……そして、フェイから受け取った例の本をぺらぺら捲って、読み始めた。
……それからしばらく、ルギュロスさんが本を読む時間になった。僕も全文を読んだわけじゃないけれど、ラージュ姫曰く『勇者と魔王の物語』っていうことだったので、まあ、そういう話なんだろうなあ、と思う。
ルギュロスさんが本を読んでいる間、僕らは暇になるので、ルギュロスさんが見ている面とは反対の面……つまり、広げた本の表紙と裏表紙を見つめることになる。
布張りじゃなくて、紙の装丁。しっかりした紙に見えるから、絵を描くには丁度良さそう。
金の箔押しでぐるりと一周、表紙の縁に模様が入っている。だから、表紙と裏表紙の中心部分は、まるで額縁に白紙を収めたみたいな具合になっている。うーん、見ているとちょっと絵を描きたくなってきてしまう……。
背表紙にはやっぱり模様が箔押しされている。綺麗で繊細な箔押しだ。綺麗だなあ。……うん。
「お、おーいおいおい、トウゴー、複製か?複製してんのか?」
「いや、なんか綺麗な模様だなあ、って思って……単にスケッチしてるだけだよ」
ということで僕は早速、表紙のスケッチを始める。綺麗な模様だなあ。こういうのってデザインの勉強になる。
「あ、そういう……いやー、これ、装丁が綺麗だもんなあ。タイトルも著者名も書いてねえのが気になるけどよー」
「額縁みたいだよね、これ。描きたいなあ……」
「表紙にかぁ?描くんならそれこそ本当に複製してからにしてくれよ?」
「ええい、煩い!こちらは本を読んでいるのだぞ!?邪魔をするな!」
僕とフェイとではしゃいでいたら、ルギュロスさんに怒られてしまった。ごめんなさい。静かにやります。
……ということで、しばらくの間、ルギュロスさんが本を読んで、僕は本の表紙をスケッチして、フェイは僕の手元の覗き込んだりルギュロスさんを覗きに行ってルギュロスさんに鬱陶しがられたりしながら過ごして……。
「……ただの物語に見えるが」
本を読んだルギュロスさんが、渋い顔でそう、結論付けた。
あ、うん。そっか。どうやら、ルギュロスさんもラージュ姫と概ね同じ結論に至ったらしい……。
「内容にはそれほどおかしな点は無い。よくある、勇者と魔王の物語だ」
ルギュロスさんはそう言って、僕らに内容をざっと話してくれた。
ええと……魔王が世界を滅ぼそうと画策していて、実際、世界のあちこちが魔王の手に落ちて真っ暗になっていって……そうして世界が滅びてしまう、っていうその時に、勇者が現れて、魔王を光の剣で打ち滅ぼして、世界を取り戻す、っていう、そういう。
……ちょっと夜の国の話に似ている、かもしれない。まあ、夜の国における『勇者』は、ライラと鳥だけれどさ……。
それから、なんとなく既視感があって思い出した。この話、僕、読んだことがある。この世界の文字を勉強している時に読んだ童話みたいなやつの中にこういうやつ、あった。
つまり、まあ……特に何の変哲もない、この世界でポピュラーな童話、っていうかんじ、だと思う。
「この本のおかしな点を挙げるとすれば……やはり、白紙が続いている、という点か」
「一応、この話、終わってるんだよね?」
「ああ。勇者が魔王を打ち滅ぼすところまで、記述がある。だが、その後に何故、こうまで白紙を挟む必要があったのかがまるで分からん」
うーん……ページ数を増やして格好をつけるため、っていう訳でもないだろうしなあ。
「そして本文の文字だが……妙に形が整っている。判を押したようだ」
「実際、印刷物なんじゃないかな」
それから、文字。……綺麗に整った文字は、印刷物のそれを思わせる。僕にとっては普通のことだけれど、よくよく考えるとこの世界における本って、ほとんどが手書きなんだった。それをコピー機でコピーできるようになっただけで相当な革命だったんだよなあ。
「んー……これだけの文字数、ページ数をハンコにするってのも、とんでもねえ労力だろうになあ……」
「版にしたにせよ、あまりにも文字に違いが無さすぎる。一体、どういう技術なんだ、これは」
……活字印刷かな、と思わないでもないのだけれど、それもこの世界にとってはちょっとしたオーバーテクノロジーだ。うーん……僕にとってはそんなに違和感が無い本なのだけれど、よくよく考えてみると不思議な本だ……。
「あとはタイトルも著者名も無いってことかあ?うーん……何なんだろうなあ、これ」
表紙を眺めたり、僕が描いた表紙のスケッチを見たりしつつ、フェイは首を傾げる。確かに、著者もタイトルも無いっていうのは不自然だね。
「トウゴは?何か気になった点、無いか?」
「うーん……綺麗な本だなあ、と思ったのと……あと、ちょっとデザインが変わってるよね、って思った」
僕も意見を求められたので僕なりの意見を出してみる。すると、フェイは『そうだなあ』と頷き、ルギュロスさんは『なんだそんなことか』と嘲笑を浮かべた。ちょっと腹が立ったので、ルギュロスさんのシャツのボタンホールにたんぽぽを一輪差しておいた。次は生やすぞ。
「デザインが変わってる、ってのはどういうことだ?」
ルギュロスさんとは違って僕の意見に興味を示してくれたフェイは、そう聞きつつ、僕のスケッチを眺める。うん。そう。僕もスケッチしてみて気づいたんだけれど……。
「本の表紙の模様。あれ、ちょっと変わった造りになっていて……ええと、こういうのにありがちな、左右上下対称のデザインじゃないんだよ」
スケッチを指でなぞりながら、説明する。
ええと、額縁みたいにできている模様の、上の辺と下の辺が、問題の箇所。
そこの模様って、上下も左右も対称じゃないんだ。蔓草が絡み合ったような綺麗な模様なんだけれど、こういうのって大抵、対称のデザインにすると思う。更に、上下の辺がそういう造りになっている割に、左右の辺は綺麗にシンメトリーだから……この本のデザイン、変わってるなあ、と思う。
「成程なあ。うーん……本来なら、この上下の辺にタイトルと著者名が書いてあったりするんだけどな」
「うん」
確かにそういうデザイン、あるよね。額縁みたいに入った模様に重ねるようにして、タイトルとかを入れるような。大抵は額縁で囲まれた中にタイトルを入れるような気がするけれど。
「この模様が文字だったらいいんだけどなー」
フェイがそう言いつつ、本の表紙をつんつんつつく。確かに、左右非対称な模様は、何か文字のように見えなくもないけれど……。
「……もしや、本当に書いてあるのではないか?」
……うん。
「我々の知らない言語で文字が書いてあり、それが模様に見えている。そうは考えられないか?」
ルギュロスさんがそう言いだしたのを聞いて、僕らは……ちょっと真剣に、模様を見つめてみることにした。
もしかして、本当にこれ、タイトルと著者が書いてあるんじゃないだろうか、という気持ちで。