作品タイトル不明
9話:孤独な魔物*8
「戻った!戻ったぞ!」
ルギュロスさんは歓喜の声を上げて、存分に喜んだ。彼の様子を見ているだけで、彼がどれほど人間に戻りたかったのかが分かる。それを見ていると……ルギュロスさんが魔物になったのは彼の本意ではなかったのだろうし、魔物になってからすごく苦悩したんじゃないかな、とも思えた。
……だって彼、アージェントさんとも半ば決別してしまっていたようだし、ソレイラが燃えた日からずっと別荘に居たんだとしたら……ずっと、随分と孤独だったんだろうな、と思う。
それと同時に、アージェントさんも。
……アージェントさんも、ルギュロスさんを手放してから、ずっと一人、なんじゃないだろうか。
だとしたら、アージェントさんも、また。何なら、彼は今も……。
「おい、トウゴ・ウエソラ!」
考えていたら、ルギュロスさんがすっかり元気になった顔で堂々と立っていた。……この人、やっぱり綺麗な人だなあ。淡い金の髪にブルーグレイの瞳、すらりとした体躯と整った顔立ち。伝説の勇者様に相応しい人だと思うよ。
「礼は言わんぞ。お前は契約に従って行動しただけなのだからな」
「うん。あ、でも、モデルになってくれてありがとうございました。すごく楽しかった」
ルギュロスさんの尊大な言葉に返事をすると、ルギュロスさんは『何なんだこいつは』みたいな顔をしてちょっと黙ったけれど、やがてため息を吐きつつ、どかり、とソファへ腰かけた。
「まあいい。お前は契約の一部を果たした。ならば私も果たしてやる。……情報が欲しいのだろう?」
「うん」
僕が頷くと、ルギュロスさんは機嫌の良さそうな笑顔を浮かべた。
「茶を用意しろ。いくらでも話してやる」
よし。じゃあ折角だし、ルギュロスさんが人間に戻った記念ということで、妖精カフェかな。ええと……。
「あ、そうだ」
僕が考えていたら、ふと、フェイが立ち上がってルギュロスさんの前に立つ。怪訝な顔をするルギュロスさんを見下ろして、フェイは……。
「契約は契約だけどよ。精霊の森を焼いておいて、森にただ歓迎してもらえるとは思ってねえよな?」
ちょっと怖い顔をしたフェイに、ルギュロスさんは警戒を露わにする。
「……だが、お前達は私の生活を保障しなければならない。契約を交わした後で四の五の言われてもな」
「おう。だから……ひとまずこれで収めておいてやるよ」
そう言うと、フェイは目にも止まらぬ速さで拳を振り抜いて、ルギュロスさんの横っ面を、ぶん殴っていた!
……僕らは唖然としていたし、ルギュロスさんが誰よりもびっくりしていただろう。殴られたっていうことをまだ理解できていないみたいな顔で、目を瞬かせていた。
「本当なら、背中全面焼いてやるぐらいのことはされても文句言えねえんだからな、お前は」
フェイはそんなルギュロスさんを見下ろして、そういう、ちょっと怖いことを言って……でも、それが、僕に対する優しさと、フェイのやり場のない怒りによるものだっていうことは分かるから、僕は、フェイの行動について『気遣ってくれてありがとう』くらいしか言えることが無い。
……僕だって、忘れたわけでは、ないんだよ。僕を焼かれてしまったことは、多分、一生忘れられない。痛くて怖くて、どうしようもないあの感覚は、一生、忘れられない。
けれど……まあ、あの時、意識が朦朧としていて現実味が無かったからか、僕の中には、あんまりルギュロスさんを憎む気持ちが無いんだ。だから……だから余計に、フェイは僕の分まで怒ってくれてるんだろう。
「な……何を」
「ま、そういうことで」
変わらず目を白黒させているルギュロスさんを見て、フェイはそう言って、ぽり、と首の後ろを掻いて……それから、ぐい、とルギュロスさんを掴んで、ソファから立ち上がらせた。
「ひとまずこれでよし!んじゃあ、美味い茶と茶菓子、用意してやるから全部話せよな!」
打って変わって、ちょっと気まずげながらも努めて明るい笑顔を向けられて、ルギュロスさんはぽかんとしていたけれど……やがて、殴られた頬をちょっとさすりながら、ふん、と鼻でため息を吐いて肯定の意を示していた。
……ということで。
僕らはソレイラ北部、結婚式場やパーティ会場にも使った場所を貸し切って、そこでお茶会をすることになった。
テーブルと椅子を持ってきて設置しさえすれば……あとは、妖精カフェからころころとワゴンを押した子供達がやってくる。
「どうぞ、お茶です!」
アンジェがいそいそと配膳するカップを受け取って、ルギュロスさんはなんとも言い難い顔をした。
「お菓子よ!いっぱい食べてちょうだい!あっ、このブドウのゼリーは私もお手伝いしたのよ!そしてそっちのアップルパイ風アイスクリームはリアンの仕事だわ!」
カーネリアちゃんが押してきたワゴンの上に並ぶお菓子の数々を見つつ、ルギュロスさんは相変わらず、何とも言い難い顔をしている。
「……ま、ごゆっくり」
リアンがナプキンとか取り皿とかを並べてくれて、更に、アンジェとカーネリアちゃんとリアンは、隣のテーブルに自分達の分のおやつとお茶を用意して、そこできゃっきゃとはしゃぎつつおやつの時間を始めた。
さて。これで、一通りお茶の準備が整ったわけなので、ルギュロスさんも話してくれるだろう。
「……こいつらは何だ?」
と思ったら、ルギュロスさんとしては、子供達が気になるらしい。
「僕のモデルさん達……ということでいいんだろうか」
どう?という気持ちを込めて隣のテーブルの彼らに声をかけてみたら、彼らはそれぞれに自己紹介してくれた。
「私、カーネリア・セレスよ!妖精カフェのお手伝いをしているわ!」
「俺、リアン・セレス。妖精カフェの店員と郵便配達員やってる」
「私はアンジェ・セレス。ええと……妖精の国の女王さま、です。よろしくおねがいします」
ルギュロスさんは『まるで分からない』みたいな顔をしながらアンジェを見ている。はい。彼女は妖精の国の女王様です。そして今はおやつ休憩時間なので一旦森に戻ってきているんだよ。
「ま、とりあえず食おうぜ。んで、話も聞きてえし」
フェイは楽し気にそう言って、お茶を一口飲んで『うまい!』とにこにこしている。
「……まあ、どうぞ。折角のお菓子だし、お茶だし。あと、ルギュロスさん、外でこういう風にお茶するの、久しぶりなんじゃないかと、思うのだけれど」
「それは……そうだが」
ルギュロスさんはなんとなく不可解そうな顔をしながらも、でも、思い直したらしくて早速、お茶を楽しみ始めた。森のお茶会は基本的に無礼講なのでそんなに礼儀作法に気を使わなくてもいいんだけれど、彼の所作はものすごく綺麗だった。貴族の出の人が極力気を付けている時の所作、っていうかんじだ。
「えーと、じゃあ聞きてえこと、どんどん聞くからな?」
そして一方、ルギュロスさんみたいな所作でもお茶を飲めるんだろうけれどそこまで気を遣っていないので大分ラフに見えるフェイが、そう言ってルギュロスさんに笑いかける。
「じゃ、まずはカチカチ放火王の復活地点、教えてくれよ」
「簡単なことだ。復活の地は、始まりの地でもある。となれば、ソレイラの封印があった場所が、魔王復活の地だ」
ルギュロスさんがそう言うと、どこからともなく、まおーん、と声がして、やがて、呼ばれた気がしたらしい魔王がぽてぽて歩いてやってきた。いや、君じゃないんだけれど……いや、まあ、いいか。
「げっ、ってことは、対策無しだったらまた森が燃えてたじゃねえか!しかもそれ、お前、どうやって収拾つけるつもりだったんだよ!」
「復活した魔王を殺せばいい。被害は出ようが構わん」
ルギュロスさんがそう言うのを聞いて、僕としては……その、すごく複雑な気分だ。僕、また燃えちゃうのか……。
「強いて言うなら、被害は出た方がいい、と伯父上のお考えだったな。まあ、今となってはどうでも……おい、これは何だ」
僕が複雑な気持ちになっている間に、魔王がルギュロスさんの頭へよじ登っていた。まおんまおん、と鳴きながら、やがて、ルギュロスさんの頭の上で、ぽてぽてとルギュロスさんの頭を叩き始めた。
「……これは、何だ、と聞いている」
「え、魔王ですけれど……」
僕が魔王を紹介すると、魔王は、まおーん、と元気よく鳴いた。そこへカーネリアちゃんがてくてくやってきて、魔王に『私が魔王です』と書かれたタスキをかけてあげていた。はい。こいつが魔王です。
「多分、カチカチ放火王のことを魔王って言っていたから、主張のために来たんだと思います」
……ああ、ルギュロスさんが、『なんと面倒な』みたいな顔をしている。でも、まあ、あなたはそういうところに亡命してきてしまったので……諦めてほしい。
「じゃあ、アージェントの動向……はイマイチ分からねえんだっけか」
「そうだな。伯父上が何を考えていたのか、今となってはよく分からん」
ルギュロスさんは少し戸惑うような、そして、少し寂し気な顔でそう言う。迷うような表情につられてか、彼の手が意味も無くティーカップを持ち上げて、それからまた所在なげに、ソーサーの上に戻した。
「だったら……えーと、ソレイラの封印を解いたのはあんただろ?でも、アージェントと言い争いをしていた、んだっけか。その言い争いの内容と、どうしてあんたが先走って封印を解いたのかを教えてくれ」
フェイがそう言うと、ルギュロスさんは驚いたような顔をして、それから、苦り切った表情でじとり、と僕らを見る。
「……見ていたのか」
「まあ、はい」
森としての目で、だけれど、確かに見ていたのでそう答える。するとルギュロスさんは『それにすら気づけないとは、私も伯父上もその程度ということか』とちょっとズレた感想を漏らしてため息も漏らしつつ……諦めたように、話し始めてくれた。
「まず、私が封印を解いたのは、急ぎたい理由があったからだ」
「と、言うと?」
急ぎたい理由。カチカチ放火王を急いで復活させたかった?いや、世界を滅ぼしたかったんじゃないだろうし、ええと、じゃあ、勇者としての名声がすぐに欲しかった?
……なんて、考えていたら。
「……あの時、既に私の体は、魔物のそれへと変じ始めていた。それが……恐ろしかったのだ」
ルギュロスさんは、微かに震える声で、そう言ったのだった。