作品タイトル不明
8話:孤独な魔物*7
……ということで。
『僕らはルギュロスさんを人間の姿に戻して、彼の生活を保証する』『ルギュロスさんはできうる限りの情報提供を行い、全面的に協力する』『真っ先にルギュロスさんの姿を元に戻す』『そのついでにルギュロスさんを描いてもいい』『カチカチ放火王のごたごたが片付くまでは、ルギュロスさんに魔封じの処置を行うことがある』『ルギュロスさんは僕らについて知り得た情報を許可なく口外しない』というような契約書を取り交わした。
他にも色々条項があったのだけれど、まあ、主だったところとしては、今後の協力関係を約束するものなので……ルギュロスさんはこれで正式に僕らの味方だし、僕らのモデル。やったね。
ルギュロスさんはさっさと荷造りを済ませてしまったので、早速、森へ連れ帰ることになった。
王城と森、どっちがいいですか、という問いに対して、ルギュロスさんは即答で森と言ってくれたので、森。まあ、王城は人の目が多そうだから、っていうことかもしれないし、アージェントさんが捕まっているところに居るのは裏切った身としては落ち着かないんだろうし。
ルギュロスさんの運搬については……その、宝石の中に入ってもらうことにした。ルギュロスさんとしては、自分が魔物扱いされるのが嫌みたいなんだけれど、彼を安全に運ぶ手段として最適なのは間違いなくこれなので……。
「……ねえ、これ、ホントに私でいいの?」
「まあ、御指名だし……」
……ということで今、ルギュロスさんはライラの胸元のブローチの中だ。
ルギュロスさんが荷造りしている間にこっそり描いて出しておいた、黒曜石のブローチ。それに入ってもらえるよう交渉したら、ルギュロスさんは『ライラ・ラズワルドの召喚獣として契約する形ならいい』と言っていたので、まあ、そういうことで。
「ルギュロスとしては、俺とかラージュ姫とかトウゴとかの召喚獣になるよりは、明らかに何もねえ!って分かってるライラの召喚獣になる方が安心できるんだろ」
「うー……私、初めて持った召喚獣がルギュロスさんなんだけど……」
ライラはなんとなく複雑そうな顔をしつつ、そのうち『まあこれはこれでいっか』みたいな顔になった。開き直るのが早いのがライラの美点の1つだと思うよ。
ということで、ルギュロスさんを連れていると思われずにアージェント家の別荘をおいとまして、そのまま森へ向かって僕らは飛んで帰る。
ちなみに、移動手段は、フェイとラージュ姫がレッドドラゴンの2人乗り。ライラには僕の鳳凰を貸して、僕は自力で飛んでいる。羽があるって便利だよ。
途中でレッドドラゴンだけちょっと迂回して、フェイがラージュ姫を王都へ送り届けて、後から僕らに追いついて合流。ラージュ姫は王城に帰って公務だそうだ。あと、レネとの交流会。
……僕らはそのまま森へ飛んで、飛んで……そうして。
「よし!これでいいだろ!」
「よしじゃない!どうして私を牢などに入れた!答えろ、レッドガルド!」
ルギュロスさんは今、兵士詰め所の横の牢屋に入っている。
「いや、ここが一番人目につかねえからよお……ほら、あんまり見られたくねえだろ?そのかっこじゃあ」
これはルギュロスさんへの配慮であって、彼をいじめる意図は全く無い。ルギュロスさんは魔物の姿になってしまっていることを人に知られたくないみたいだから、とりあえず人目につかないここへお連れした、っていうかんじだ。
「じゃあひとまずここで契約どおりいくか。トウゴ、いけるか?」
「いつでも!」
「私もいいわよ!」
……ということで僕らは早速、ルギュロスさんを描き始める。
牢屋の中に僕もライラも入って、そこで、ルギュロスさんのために描いて出したふかふかのソファに座るルギュロスさんを、満足いくまで描かせてもらって……。
「……じゃあ、ひとまずまた明日、ということで」
「おいふざけるな!元の姿に戻す話はどうした!?」
「いや、ちゃんと描きたいので、2日に分けようかと……」
まあ、1日で全部描けるものでもないので……特に、ルギュロスさんを描くのは、これで2回目だ。しょっちゅう描いているラオクレスやクロアさんなんかとは全然勝手が違う。ちゃんと見て、想像しなきゃいけないところは想像して、それで絵を描いていく、っていうのは、中々大変なんだよ。
「でも、王様の時よりは楽だね」
「そうねえ、あの時は王様が動き回る中、描いてたんだっけ。それに比べたらルギュロスさんはじっとしていてくれるし、描きやすいわよね」
僕らがそんな話をしていると、ルギュロスさんは大きく伸びをして、僕らのキャンバスを覗きに来た。
「……こんなものが楽しいのか、お前達は」
そして、絵を見てそんなことを言う。
「はい。楽しいですよ」
「絵がお気に召さなかったかしら?」
僕が答えて、ライラが問いかけると、ルギュロスさんは不機嫌そうな顔をする。
「まあ、良い絵だとは思うが」
「あら、どうも」
それにライラはにっこり笑って、ふと、ルギュロスさんに尋ねる。
「そういえば、ルギュロスさんってご趣味はお持ちなのかしら」
「趣味?」
ルギュロスさんは不思議そうな顔をする。それから少し考えて……やがて、鼻で笑った。
「私は無駄なことはしない主義だ。少なくとも、芸術などに時間を費やすような真似はしない」
「あ、そうですか……」
成程、ルギュロスさんはこういう人か。まあ、色んな人が居るよね、ということで……。
そうして、ルギュロスさんには貴賓牢に移ってもらった。……ええと、それに伴って、牢屋を増設した。立派な、居心地の良い牢屋が出来上がった。なので当面、ルギュロスさんの寝泊まりはここということにさせてもらう。
ルギュロスさんは若干不満げではあったけれど、まあ、彼自身、アージェントさんを裏切ってこっちに来た身だ。僕らの世話無しには望む生活ができないっていうことが彼の意識には強くあるらしくて、ルギュロスさんは文句こそ言うけれど、僕らの指示には従ってくれる。
「じゃあ、これ、今日のご飯です。ぽかぽか食堂のお持ち帰りメニューだから味は保証するわよ!デザートに妖精洋菓子店のケーキも付けましたからどうぞ!」
「なんだそのふざけた名前の食堂は……」
ソレイラでも人気のご飯どころだよ。失礼な。ソレイラの採れたて野菜をよく煮込んだ特製シチューを筆頭に、あったかくて蕩けるような料理の数々が絶品なんだよ。
「朝食は明日の朝、運びますから。おひさまベーカリーのサンドイッチにしますからお楽しみにね」
「ソレイラにはふざけた名前の店舗しかないのか……?」
ソレイラでも人気のパン屋さんだぞ。失礼な。色んなパンを焼いてくれて、いつの間にかメロンパンみたいなものが看板商品になっているパン屋さんだ。でも僕は枝豆チーズパンが一番好き……。
「それで、明日の朝食後にすぐ、モデルをお願いしますね!」
ライラはにこにこしながらそう言うので、ルギュロスさんも勢いに押されて渋々頷いた。
「じゃあ、ごゆっくり!おやすみなさい!」
……ということで、僕らは牢屋を後にした。ルギュロスさんは慣れない様子だったけれど、ひとまず、ため息と共に夕食の包みを開けていたので、まあ、ひとまずここで生活するつもりなんだな、と分かって安心。
「悪いわね、付き合わせちゃって」
「いや、僕もあれ見てたら、食べたくなっちゃったので……」
「俺もここの飯好きだから構わねえよ。いつでも呼んでくれよな!」
……ということで、僕らは揃って、ぽかぽか食堂へ。ルギュロスさんにここのお持ち帰りメニューを届けたライラが、ここのご飯を食べたくなってしまったらしいので。そして僕も、それにつられて食べたくなってしまったので……。
ソレイラの人気店ということもあって、店内はいつも通り賑わっている。利用客は半分くらいがソレイラの人。もう半分くらいが観光客。つまり、半分は顔見知りなので、僕らが店に入ると、ああ、トウゴさんどうも、なんて声をかけてくれる人が多い。ちょっと嬉しい。
「私はもう決めてるわ。『今日のシチュー定食』!」
「僕も」
「俺も!」
早速看板メニューを注文したら、適当な席に着く。ちょっと待っていると、シチュー定食が運ばれてきた。『今日のシチュー定食』は、その日のシェフの気分で煮込まれたシチューとパンと新鮮な野菜のサラダ、そしてとろけるチーズやレバーペースト、魚のリエットなんかがついてくる定食だ。
今日は牛脛肉をじっくり煮込んだブラウンシチューで、ハーブが利いた白身魚のリエットと薄切りバゲットが付いてくる日だったみたいだ。美味しい。
……ということである程度食べて、お腹よりも口が食べたい状態がちょっと解消されたら……ライラが、ふと、僕に聞いてきた。
「やっぱさあ、ルギュロスさんを描く時って、光の具合が結構難しいじゃない」
どうやらライラはルギュロスさんの描写について相談したいらしい。
「分かる。あんまり強い光を当てると、あの人、色飛びする」
「そうなのよ。かといって薄暗いとそれはそれでさあ、色の差が分かりにくいっていうかさあ……」
淡い金の髪にブルーグレーの瞳、という薄めの色彩を持つルギュロスさんは、光を当てるとそれはそれは綺麗なんだけれど、どこかに影が無いとあまりにも何もかも真っ白になってしまうというか。難しいんだよなあ。
「僕が前、展覧会用に描いた時は太陽光の下で、前髪の影が目に落ちるようにして描いた」
「牢屋の中だと、ランプの位置がすべてだものね。うーん、薄暗い中でも髪が結構光るじゃない。だからいっそのこと、光の量を抑えた画面にした方がいい気がするのよね」
「そうすると牢屋の暗さとの対比になるよね」
牢屋の中、ランプの光だけで描くルギュロスさんは、真っ暗な中にぼんやり明るく浮かび上がるようで、ちょっとレンブラントの絵っぽい雰囲気になる。
「でもやっぱり太陽光の下でも描いてみたいわぁ……」
「うん。楽しいよ、それはそれで」
「でも、今の姿のルギュロスさんは太陽光の下に連れ出せないしなあ。うー、惜しいけれど、一枚描いて我慢するしかないわね……」
……と、まあ、こんな具合に僕とライラはシチュー定食を楽しみつつ、ルギュロスさん描写談義に花を咲かせていたんだけれど。
「……楽しそうだなー、お前ら」
フェイが、ちょっと呆れたような、ちょっと面白そうな顔で僕らを見ていた。
「うん、楽しい!」
「そうね、楽しいわ!」
僕らが答えると、フェイは何を思ったか、とりあえず隣に居た僕の頭を撫で始めた。やめてやめて。
「なんつーか、お前らに描かれてる内にルギュロスももうちょっと丸くなりそうだよなあ……」
……丸く?ルギュロスさんが?
「つまり、運動が足りないのに美味しいご飯を食べさせてはいけない……?」
「トウゴ。あのね。多分、そういう『丸く』じゃないと思うけど」
「うん。いや、なんかほんとに丸くなりそうだよなあ……」
フェイとライラはけらけらくすくす笑っているので、しょうがない、僕はちょっと不思議に思いつつもシチューを食べ始めて……そこで『丸く』が性格のことかと気づいたのだけれど、それを言ったらまた笑われそうな気がしたので、もうひたすらシチューに集中することにした……。
そして翌朝。
「朝ご飯です」
「ご苦労なことだな」
ルギュロスさんは若干不機嫌そうにサンドイッチの包みを開け始めた。僕はそこに枝豆ポタージュのカップも手渡して……それから。
「……あと、お土産に、桃です」
桃を出す。僕の家の庭で採れた奴。……僕の家の庭の木には、桃が真冬以外すべてのシーズンで実る。何故かって、これを描いた時の僕は『どの植物がいつぐらいの季節に実るのか分からないからとりあえず適当にありったけ果樹を描いておこう』と思っていたから。
この間の、クロアさんの管狐の話じゃないけれど、僕の意識が描いて実体化させたものに影響を及ぼしているとすると……まあ、この桃の木も、そういうことなんだろうなあ、と、思う。
「……ほう、ソレイラの桃か」
……あ、ルギュロスさんの表情がちょっと緩んだ。成程、やっぱりルギュロスさんは桃が好き……。
ルギュロスさんが朝食を終えるのを待って、また僕らは絵を描き始める。
やっぱり、ライラは筆致が大胆だ。光と影の取り方も大胆で、実際に見えている景色よりも色濃く、光と影を表現している。
一方僕は、ルギュロスさんは全体的に明るく、彼の周りもうすぼんやりと明るく、ライラよりも明るめの画面になっている。同じものを描いていても別のものになるから面白いよなあ。
「それにしてもやっぱり、ルギュロスさん、綺麗だ……」
「そうね。この角がまたいいわね。ちょっと金属っぽい光沢があるじゃない。これが額からまっすぐ伸びてるとさ、画面が引き締まるわよね」
「羽もいい。背景に溶け込んでしまわずに、光を受け止める役割を果たしていて。あと、色合いが綺麗だよね」
「手もいいわよね。鱗のかんじがやっぱり異質なかんじあって、余計に暗い画面が似合うっていうかさ」
「……ほんとお前ら楽しそうだよなー」
そんな僕らを眺めて、フェイがちょっと面白がっているようだったけれど、実際、楽しいんだからしょうがない。
「な。こいつら見てるとこっちまで楽しくなってくるよな」
「知ったことか」
フェイがルギュロスさんに話しかけると、彼はそっけなく返していたけれど……まあ、いいや。彼はこういう人らしいので、無理にそれを変えろとは思わないよ。
けれど……その内、もうちょっと仲良くなれたらいいな、とは、思う。近くに居る人達は皆、ある程度仲がいい方がいいと思うから。
そうして、結局ルギュロスさんを描くのに3日掛かった。ライラは1枚、大きめの絵を完成させていて、僕は2枚、完成させた。
……いや、なんで2枚って、1枚は描いて楽しむ用で、もう1枚はルギュロスさんを人間の姿に戻す用だからだ。それで、ルギュロスさんを人間に戻す方は、魔法画でさっと複製画を描いて保存できるようにもしたので、まあ、実質、3枚の絵が出来上がったことになる。
「よし、完成」
そして最後の一筆を加えて、ルギュロスさんを戻すための絵が完成。
ルギュロスさんが不審げな顔をしている間にも、絵はふるふる震えて……そして。
「……おお!」
ルギュロスさんが歓声を上げる。彼が見ている彼の両手は、既に魔物のそれじゃない。元の通り、人間の姿になったルギュロスさんがそこに、立っていた。