作品タイトル不明
21話:泥棒に花束を*13
そうして、僕との契約でしっかり縛られたルスターさんは、僕の質問に答えてくれるようになった。
「どうして、ガラス玉を盗んだの?」
「……あれが親父のところから持って行った宝石だと思ったんだよ!」
なので、ルスターさんに何がどう見えていたかがはっきりとわかるようになった。
……ルスターさん、やっぱり、ガラス玉と宝石の区別がついていなかったらしい。
「お前達が泊まる宿は適当に調べがついたからな。盗みに入るのも、まあ、厄介だがそう難しくねえ。ガキが1人、暢気に寝てるところに入って宝石を盗むだけだ。それだけでお前らが困るなら、それで上々だ、ってな。……けど」
うん。
「……宝石を窓辺で見つけた途端、妙な魔物が出てきやがって、邪魔を始めた」
……うん。まあ、そりゃあ、僕の召喚獣達は、優秀なので。
「だから碌に確認もできねえまま、宝石らしいものを取ってくるしかなかったんだよ。……なんだよ、その顔は」
「いや、ちょっと申し訳ないことをしたなあ、と……」
クロアさんなら僕の召喚獣に追い立てられる中でも、封印の宝石とガラス玉は間違えないのだろうけれど、その、ルスターさんについては……ちょっと申し訳なかったなあ、というような気持ちになってくる。なんだろうなあ、これ。
「で……お前ら、うちの親父から貰った宝石を盗まれたってのにまるで動かねえから、仕方ねえ。俺はグリンガルに向かった」
ルスターさんの言う 『うち』は、クロアさん達の組織のことなんだろうなあ、と思う。彼ら、組織のトップを『お父様』って呼んだり、アジトを家って呼んだり、なんだか家族みたいだなあ、なんて思う。
「そこでカレンに手紙を出して、呼び出した。……そうしたらお前らが来た」
「あれ、実は手紙を受け取る前に別の用事でグリンガルに来ていて、偶々そこがあなたの指定した待ち合わせ場所だった、っていうだけだったんだけれど……」
早速訂正すると、ルスターさんは愕然として、それから不機嫌そうに口をつぐんだ。あ、話の腰を折ってごめんなさい。どうぞどうぞ、続けて。
「……グリンガルの森に入ってぶらついてたら、あの幽霊が出てきたんだ。奴の言うことには、グリンガルに妙な力を持ったガキが来て、そいつがいずれ、この森に眠るでかい宝石を手に入れるだろう、ってな」
……妙な力を持ったガキ、というのは、僕のことなんだろうなあ。一体どこからその情報、魔導士の幽霊に伝わったんだろう。いや、まあ、カチカチ放火王なんだろうけれど。
「カレンが男の他にガキも連れてたのを思い出した。あと、親父がでかい宝石を用意しているのも知ってたわけだ。カレンが久しぶりに帰ってきたのはそういう理由か、っていうのは推測が立つ。だからお前が、例の宝石を狙ってるんだろうとも思ったさ」
大体当たりだ。しかしそれにしても、ルスターさんからしてクロアさんの印象が一番強くて、その次にラオクレス、っていうのはまあ、分かるんだけれど……僕の印象、薄かったんだろうなあ。
「……そこで、取引を持ち掛けられた。協力して、お前から宝石を奪ってやろう、っつう取引だ」
ルスターさんの話を聞くと、結構大変なことになっていたんだなあ、と思う。
「宝石はあいつの取り分ってことにした。なんでも、宝石に宿る力とやらを解放するために宝石を手に入れたいとか、そういう話だったからな。俺だってタダ働きするつもりはねえから、その分の金品は貰ったぜ」
貰ったのか。どこから出てきたんだ、そのお金。……まあ、グリンガルの魔導士だったら、森に隠し財宝の1つや2つ、あったのかもね。
「それから、俺は俺のやりたいことのために、あいつの魔力を三分の一譲り受けた。で、その代わり、俺の寿命を三分の一と……俺が死んだ後の肉体を、奴にくれてやることにしてた」
そういえば途中で、ルスターさん『もう半分くれてやるから全部よこせ』みたいなことを言っていたけれど……あれも寿命と魔力の話だったのか。躊躇が無いなあ。
「何のために、そんなことを……」
寿命を売ってでも、魔力が欲しかったんだろうか。封印の宝石を手に入れるために必要だったんだろうか。
僕が尋ねると、一瞬、ルスターさんの目が狂気めいてぎらついた。
「……あの筋肉野郎を殺すためだ。場合によっては、カレンも殺すつもりだった。そのために、力が必要だった。……だって、他に何がある?そうでもしなきゃ、俺は、あいつを殺すことすら、できやしねえってのに」
……骨の騎士達はそっと剣に手を掛けたし、僕も緊張する。……けれど。けれど、『だった』と、彼は、言っているので。
「まだ、ラオクレスとクロアさんのこと、殺したい?」
そっと、そう、確かめるように聞いてみたら……ルスターさんは、小さくため息を吐いて、目を閉じた。
「……いや」
そして、諦めの寂しさと空しさが滲んだ声で、彼は言った。
「もう、いいや。めんどくせえ」
……これが彼の落としどころなんだろうな、と思ったから、僕はそれ以上は何も言わないことにした。
多分、もう、彼はラオクレスやクロアさんに手を出す気は無いんだろうから。
「……あの幽霊、肉体が欲しかったみたいだけれど、それで何をしようとしていたんだろうか」
代わりにこっちを聞いてみると、ルスターさんは鼻で笑って元気に答えてくれた。
「知らねえよ、そんなこと。……ただ、あいつは『魔王』ってのに仕えてるらしかった。そいつのために体が必要だったんだろ。或いは、新しい世界がとかよくわからねえこと言ってたから、そのためだったかもな」
ルスターさんは手慰みに地面の草を指先で弄りつつ、どうでもよさそうな顔をしている。グリンガルの森の下草は、まだ夏の名残が強い。瑞々しい緑色の柔らかい草が、ルスターさんに弄られてふるふる揺れる。……もしかしたら今、グリンガルの精霊様がくすぐったがっているかもしれない。僕は、フェイが森の下草をわさわさやっていたりするとちょっとくすぐったく感じることがあるよ。
「ま、あの幽霊も相当キチガイだったからな。どうせ正気じゃなかった。考えるだけ無駄だろ」
「そんな相手に寿命とか体とかを渡してしまってよかったんだろうか……?」
「寿命っつったって、俺達にはそんなもん、あって無いようなもんだ。明日うっかり死ぬかもしれねえ奴が、寿命なんて言われてもな」
なんだか自棄的というか、さっぱりしてあっさりした言葉を聞いて、そんなもんか、と納得する。きっと、クロアさんの根底にもこういう価値観があるんだろうなあ、と思いつつ。
「ルスターさんは、カチカチ放火王……ええと、魔導士の幽霊が仕えていた相手のことは、知らない?」
「見たことねえ」
あ、そうか。まあ、期待はしていなかったけれど……。
……ということは、ルスターさんも『奴』のことは知らないんだな。うーん、いよいよ、カチカチ放火王から直接教えてもらうしかなくなってきた。
「……ところで、俺の寿命、どうなるんだろうな」
「へ?」
僕がぼんやりしていたら、ルスターさんが自らそんなことを話してきた。
「契約相手が消えちまったんだ、この契約は無効ってことか?」
……え、えーと、うーん。
「ちょっと待ってね……えーと」
どうだろうなあ、と思いつつ、ルスターさんの頭のたんぽぽを見てみる。……とても元気だ。
「魔力は、しっかりあるように見える。たんぽぽが元気なので……。ということは、契約はもう成立していて、あなたが魔導士の魔力を、魔導士があなたの寿命を持っていった状態で契約が打ち切られた、っていうことなのかもしれない」
そう話しながら、なんだか……その、少し寂しいような、そんな気持ちになる。目の前に居る人の寿命がそんなに長くないかもしれない、っていうことを考えると、その、どうしても。
いや、もしかしたら、都合よく魔力だけ貰って、寿命は向こうが持って行く前に向こうが鳥に潰された、って考えることもできるけれど……結局のところは、分からないので。
「……ところで、いい加減このたんぽぽ外せよ!」
あ、はい。流石にそろそろ可哀相なので、たんぽぽを抜き取ることにした。えーと……あ、駄目だこれ。根っこが頭に……ええと、ええと……花だけ摘み取って、根っこは描いて消そう……。
ルスターさんの頭からたんぽぽが離れた。よかった、上手くいって。
……実は最初、たんぽぽを外すのには成功したんだけれど、ルスターさんをフランシスコ・ザビエルみたいな頭にしてしまった。なので慌ててそっちも描いて元通り、金髪が生え揃った頭にした。よかった、よかった、バレてない。
「やっと頭が元に戻った……くそ、妙なことしやがって」
「ごめん」
ルスターさんは文句を言いつつ、頭をさすってそこにたんぽぽの残りが無いことを念入りに確認している。大丈夫だよ、一旦は髪の毛まで無くなるぐらいに綺麗になったんだからさ……。
「……ところで」
「うん」
「お前……一体何なんだ?あいつらのガキか?」
……うん?
「あいつら、って?」
「……あいつと、あの筋肉野郎との」
……うん!?
「ち、違うよ!違う!僕はただ、彼らの……ええと、彼らの雇い主っていうだけだよ!」
「だろーな。どっちにも似てねえし。大体、2年かそこらで作ったガキとは思えねえ齢だしな」
ルスターさんはそう言ってにやにや笑う。どうやら僕、揶揄われたらしい。このやろ。もう一度たんぽぽ生やしてやろうか。
「……それから、さっきの質問。どうせならあいつにしてやれ。あいつこそどうせ、恐怖なんざ感じちゃいねえだろうから」
何のことかと思ったけれど、どうやら『恋とは恐怖なんでしょうか』という問いについてのことらしい。成程……確かにクロアさん、向かうところ敵なし、怖いものなし、みたいなかんじがある。
「じゃあ、もういいか?」
「あ、待って待って。手の甲に約束、描いてからにするから」
そしてルスターさんは縄抜けしようとし始めたので、慌てて彼の手の甲を借りる。
「もう契約はしただろ」
「それとは別に、約束の印も描いておこうと思って……」
マーピンクさんの手の甲にはここに目の絵を描いたんだけれど……今回はそれもなんだか違う気がするので。
「……おい。ちょっと待て。何描いてんだよ」
「うん。待たない。たんぽぽ」
彼との約束の印に何か描くとしたら、まあ、これかな、という気がするので……僕は、たんぽぽの花を図案化したようなものをルスターさんの手の甲に描いた。
なんとなく、ルスターさんが元気に過ごせますように、とお願いしながら。
それから……もし、ルスターさんが悪いことをしたら、彼の頭から、たんぽぽ生えてきますように、とも、お願いしながら。
それからルスターさんの縄を解いて、彼を自由にした。
ついでに、体当たりしておいた。……ええと、階段のところでぶつかられたラオクレスの分です。ルスターさんは怪訝な顔をしていたけれど。多分、僕の体当たりだと、ラオクレスの体当たりとは全く異なる何かだろうけれど。でも、一応!
「じゃあ、二度と会うこともねえだろうが」
「遊びに来てくれたらおもてなしするけれど」
「誰が行くか」
あ、そう?……僕、なんとなく、今のルスターさんとは話していてそんなに嫌なかんじがしないんだけれどな。彼、もしかすると、ちょっと意地っ張りで気取り屋で体面を気にする人なだけで、面倒見がよかったりするタイプじゃないだろうか。その……一昔前の不良みたいなタイプ。違うかな。
「まあ、気が向いたら来てください」
ルスターさんの頭から摘んだたんぽぽの花束を渡すと、ルスターさんはちょっと嫌そうな顔をしつつも受け取ってくれた。
「元気でね」
「どうせすぐ野垂れ死ぬよ」
ルスターさんは最後までなんだかそんな調子で行ってしまった。
……その後ろ姿が、なんとなく寂しかった。
……ところで。
ちょっと先の話になるのだけれど。
この時以来、ソレイラの『クロア』さん宛てに、時々、花が届くようになった。
それはキンセンカ……カレンデュラの小さな花束で、差出人は不明。
僕はそれがルスターさんからのプレゼントのような気がしたけれど、クロアさんは『まあ、よくあるのよね。ソレイラの誰かかしら。マーピンクみたいな奴じゃなければいいけれど』なんて言いながら首を傾げていたので、何も言わないことにした。
……ちなみにクロアさん、カレンデュラについては『別に特段好きってわけじゃないけれど、可愛い花よね。誰かが好きだったらしくて、時々、組織の居室に飾ってあったわ』ということだったので、ルスターさんは本当につくづく見る目が無いというか、なんというか……。
でも、花束は確かに喜ばれてはいるみたいだし、『花に罪はないものね』ということで、クロアさんの家のリビングルームに飾られた花は、窓から差し込む光に花びらを透かして揺れていた。だから多分、ルスターさんとしてはこれでいいんだと思う。
……いつか、ちゃんと遊びに来てくれたらいいなあ。