作品タイトル不明
20話:泥棒に花束を*12
「ぼ、僕?」
「ああ」
何かの聞き間違いかと思って聞いてみたけれど、ラオクレスはただ頷く。
「ど、どうして?僕、こういうの、多分、上手くない」
「……だからこそ、だ」
なんだかよく分からない中、ラオクレスは……ちょっと複雑そうな顔をして、言った。
「お前のふわふわに中てられて喋るかもしれん」
……ええー。
そんな。そんなこと、言う?ラオクレスが、そんなこと、言うの?なんてこった……。
「そうでなくとも、虚勢を張る必要のない相手の方が、喋りやすいだろう。ああいう手合いは」
何やら悪口を言われているような気がする。僕、ふわふわで、虚勢を張る必要が無いのか……。
……まあ、でも、この場合は、それって、いいことなんだと思う。
ふわふわで、虚勢を張る必要のない僕。それって、まあ、僕にとっては望ましいことではないけれど……これが僕の役割なんだろう。
フェイが魔力の少ない人であることが、僕らにとって有利に働くこともあるように。僕がふわふわで頼りない奴であることで、うまくいくことがあるのかもしれない。
それが、皆の中での僕の役割なのだとしたら……僕は、それを全うしようと思う。
「分かった。そういうことなら、やってみる」
……勿論、ふわふわは嫌だけれど。できれば、ふわふわだって思われたく、ないけど。……うう。
……ということで。
「……おい。お前ら、何を考えてるんだ?」
「うーん……まあ、多分、僕が適任なんでしょう、っていうことで……」
「はっ。到底、そうは見えねえけどな」
「うん。僕もそう思う……」
僕とルスターさんは、2人きりで話すことになった。他の皆は少し離れたところに居る。一応、僕がルスターさんに危害を加えられないように、すぐ近くに骨の騎士団が居るけれど、ルスターさんとしては、魔物は話しづらさに関係ないらしいので、これで。
「お前相手だろうが話さねえからな」
「うん……色々と、教えてくれると、助かるんだけれど、まあ、あなたが喋りたくないなら、しょうがないよね……」
……こういう時、どうやるのが上手いやり方なのか分からない。クロアさんはこういうの、すごく得意なんだろうし、ラオクレスも手慣れているんだろう。フェイだって、交渉事は上手だ。……この中で一番この手の仕事が苦手なのが、僕だ!
「ええと……じゃあ、別のお話でも、する?」
「……は?」
「そう、だなあ、うーん、何の話がいいだろう。ねえ、何か話したい話題とか、聞きたいこととか、ある?」
ひとまずそう聞いてみたところ、ルスターさんは、呆れたような顔をした。
「……お前、聞き出す側だろ」
「うん」
「お前が話してどうするんだよ」
「え?うーん……どうするんだろう」
ひとまず場繋ぎに提案しただけだから、それがどうなる、みたいなことは考えてなかった。えーと……。
「……僕が話した分、話してくれたりとかは」
「しねえよ。馬鹿か」
どうせ馬鹿だよ。しょうがないだろ。僕はこういうの、本当にどうしていいんだか分からないんだよ。でもクロアさんもラオクレスもそれを承知で僕に任せてくれてるんだから……僕のやり方で、なんとかやってみるしかないんだよな。
「じゃあ……クロアさんの話でも、する?」
仕方がないから、せめて、何かちょっとでも話しやすいように、ルスターさんの興味があるであろう話題を選んで提案してみる。
「……カレンのことか」
すると、ルスターさんは案外、興味を示してくれた。よし。とりあえずお話ししよう。尋問は苦手だけれど、ただお話しするだけなら何とかなると思う。……その間にぽろっと何か零してくれたりするといいんだけれど。
「あなたの言うカレンさんは、僕らにとっては、クロアさんっていうんだよ。ええと、森で一緒に暮らしてる」
「……ソレイラだな?」
「うん」
それから、僕はクロアさんの森での様子を話した。馬に好かれていることや、妖精カフェで大人気だっていうこと。料理が案外好きだったらしいということとか、枝豆を気に入ってるとか、そういう話も。
ルスターさんは、なんだか不思議そうな顔で僕の話を聞いていた。興味はあるみたいで、時々ぽつぽつ、彼の言葉が出てくることもあった。
……それは、彼の知る『カレン』さんの話だ。
誰よりも魅了の魔法が上手で、彼女が任務に失敗したことなんて本当に昔に何件かあっただけだ、とか。あちこちから贈り物が届くから、傍で見ていると彼女の好みがよく分かる、とか。
カレンさんは、赤い宝石を好んで身に着けがちで、だからルスターさんも贈る時は大抵それにした、とか。彼女のドレスのサイズとか。好きな銘柄のお酒とか。
それから……『カレン』という名前は、カレンデュラ……キンセンカからとった名前だ、とか。だから彼女はキンセンカが好きなんだろう、とも。
……なんというか、よく見てるんだなあ、というような細かいところまで、色々、話してくれた。僕の脳裏には『ストーカー』という言葉がちらついていたけれど、まあ、それって……つまり、ルスターさんがそれだけ、クロアさんのことを見ているっていうことで、それはつまり……。
「ねえ。ルスターさんは、クロアさんのことが、好きなの?」
そういうことなんだろうなあ、としみじみ思いながら、聞いてみた。
すると、途端にルスターさんは怪訝な、嫌そうな顔をする。
「……そんなの聞いてどうするんだよ」
「いや、すごいなあ、と、思って……」
別に、馬鹿にしている訳じゃないんだ。本当に。それは分かってもらいたくて、なんとか説明しようと思って……ふと、思いだす。
「僕の信頼する人が……『恋とは恐怖である』って言ってたので」
先生がそんな話を、していたことがあったなあ、と。
「きょ、恐怖?」
「うん」
ルスターさんは『一体何の話だ』みたいな、困惑した声を上げた。
「恐怖、なんだって、言ってた。自分が自分じゃなくなってしまうし、相手に気に入られなかったら怖いし、相手の前で格好つけたいのに上手くいかなかったらどうしよう、ってなるし……とのことでした」
思い返しつつ、ちょっと想像もしつつ……すごいなあ、と思う。
僕は、その、『恋』というものがよく分かっていない。絵を描くのは好きで、描きたくてラオクレスやクロアさん、リアンやアンジェに一目惚れしてしまうことはあるのだけれど、それは恋愛とはまた違うやつだ。
……怖い、んだろうなあ、と思う。でも、その恐怖を押し退けてしまう力を持っているのが、『恋』なんだろうなあ、と、思う。それくらいの想像はできる。
だから、恋ってすごいなあ、と思うし、恋する人を、すごいなあ、と思う。恐怖に打ち勝てるっていうのは、すごいことだと思うよ。
「……恐怖、か」
……けれど、ふと、ルスターさんはそう呟いて、考え込んでしまった。
「やっぱり、恋って恐怖なんだろうか。先生……僕にその話をしてくれた人も、恋愛経験豊富って訳じゃなくて、なので、恋は恐怖であるっていう説の答え合わせができたためしが無いんだけれど……」
僕が言い訳がましく言うのを、ルスターさんはなんだか複雑そうな表情で聞いていた。
「ルスターさんは、怖くなかった?」
折角だから答え合わせをさせてもらおうかな、と思って、聞いてみる。
「自分が自分でなくなるようなかんじがしたとか、クロアさんに嫌われるかもしれないって思って怖くなるとか、しなかった?」
すると……ルスターさんは、困惑したような表情で、そっぽを向いて答える。
「……考えたこともねえよ、そんなこと」
あ、そうか。まあ、先生は変わり者だし、個人の感覚によるものについては、一般的な回答が出てくることを望んじゃいけない人だったのでしょうがない。
「ああ……考えたことも、なかったな」
けれど、ルスターさんはぶっきらぼうに答えた割に、何か、考えている様子だった。
それは、僕が初めてルスターさんの思慮というものを見た瞬間だったので、なんだかとても新鮮で、ちょっと驚きもした。
ルスターさんは俯くとそのまま何か考えて、「恐怖、ね……」と、呟くと、ふと、顔を上げて僕へ聞いてきた。
「なあ、あいつ、どうして『クロア』って名乗ってるんだ?」
「え?……ああ、どうして他の偽名じゃないのか、っていうこと?」
聞き返すと、ルスターさんはそうだとばかりに頷いた。
「ええと……『クロア』っていう名前は、彼女が僕に接近してきた時に使ってた名前。使い捨ての名前だったんだろうけれど、今はそれが気に入っているんだって言ってた。一番好きな自分の……自分が好きな自分の名前だ、って。彼女、森での暮らしを気に入ってくれているらしいんだ」
僕が答えると、ルスターさんはなんだか、少し傷ついたような顔をする。
「……あいつは誰にだってそう言える」
「そうだね。クロアさんがそういう人だっていうことは、知ってる。……でも彼女、森の中で、本当に綺麗な笑顔を浮かべるから」
本当に、クロアさんは森っぽいんですよ、という気持ちを込めて言ってみる。何なら、僕のスケッチブック、見せちゃう。……ルスターさんは、僕のスケッチブックの中のクロアさんを見て、なんだか……遠い国の御伽噺でも聞いてる時みたいな、現実味の無さと憧れが混ざったような顔をしていた。
「森のクロアさんは、こんなかんじなんだ」
勿論、これだけがクロアさんじゃないっていうことは分かっているけれど、でも……クロアさんが嘘だけで『クロア』を名乗り続けているとも、思えないんだ。だって、こんな笑顔で居てくれるから。
「だから、少なくとも僕の中では、彼女はクロアさん。カレンさんではなくて、クロアさん。僕は、クロアさん自身が好きなクロアさんを、好きでいたい」
ルスターさんがクロアさんのことを『カレン』と呼ぶことについては、別にいい。彼は彼の好きなようにすればいいと思う。そしてそれと同じように、僕の中ではクロアさんはクロアさんだし、クロアさんが『クロア』を名乗ることについても彼女の自由だし……。
……そんな気持ちで答えたら、ルスターさんは、ふと、言った。
「……もう、カレンは居ないんだな」
何のことだろう、と思っていたら、ルスターさんは只々苦い顔で、斜め下、地面に視線を落としていた。
「ものにしてやろうとか、そうならないなら殺してやろうとか……そういうのの前に、もう、消えちまってたのか」
……そうぼやく彼の言葉の意味はよく分からないけれど、何か、ルスターさんなりに気持ちの整理をつけているんだな、ということは分かるから、僕は黙って聞いていた。
「恐怖、ねえ。……確かに、そこらの幽霊譚よりよっぽど怖い話かもな」
そしてルスターさんは自嘲気味に笑って、ふと、僕へ目を向けた。話を始めてから初めて、まともに目が合った気がする。
「……よし。もういい。めんどくせえ」
ルスターさんの表情は、相変わらず苛立ちとか困惑とか、そういうものに満ちていたけれど……さっきよりはずっと、さっぱりした顔だ。何かが分かって、それを整理して受け止めて呑み込むまでにまだ時間がかかるけれどとりあえず当面の目標は立った、みたいな、そういう顔。
「おい、ガキ。取引だ」
「うん。何?」
「お前の質問に答えてやる。だから俺を解放しろ。向こうの奴らに何も伝えずに、この場で、だ」
ルスターさんの言葉に、ちょっと迷う。
ルスターさんをここで解放する、というのは……つまり、ラオクレスやクロアさんと相談せずに、っていうことだ。
これ、僕の一存で決められることじゃないのだけれど……でも、いいんじゃないかな、と、思う。
「分かった。それでいい」
「……いいのかよ」
僕が頷くと、ルスターさんはなんだか意外そうな顔をした。僕が了承するとは思っていなかったらしい。
「うん。いいよ。その代わり、ちゃんと話してもらうし、二度と、僕らに危害を加えないでもらうからね」
僕の言葉にルスターさんは答えなかったけれど、まあ、多分大丈夫だろうな、という気がしたので、僕はひとまずこれでよしということにした。
……というところで。
「約束は約束なので……ええと、マーピンクさんの時と一緒でいいか。えーと、契約書、サインしてね。あと、ちょっと手の甲、貸してね」
「は?」
「契約の魔法だよ。破ったら頭にたんぽぽ生えるようにする」
マーピンクさんの時に使った魔法の契約書を思いだして描いて出しつつ、『僕らの情報は一切他言無用』とか『二度と僕らに危害を加えない』とか、『カチカチ放火王に加担しない』とか、『二度と封印の宝石を盗まない』とか、そういう条件をどんどん盛り込んでいく。
「頭に、たんぽぽ……ああ、そうだ!これ!この妙な花、外せ!」
途中で、ルスターさんが騒ぎ始めたので思いだす。あ、うん。そう言われればそうだった。ルスターさん、頭の上でたんぽぽがみょんみょん揺れているままだった。
……このままでも結構かわいくていいと思いますよ、と言いたい気持ちを抑えて、僕はただ、頷いておくことにした。