軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話:巣立つ妖精*2

「リアン」

僕はリアンの手を引いて止めた。これ以上こうやってアンジェに詰め寄っても彼女の言葉は出てこない。

「リアンはどうしてほしい?」

だから代わりに、リアンの話を聞く。さっきラオクレスがやってたみたいに。

「俺は……」

僕が身を屈めて視線を合わせて尋ねると、リアンは迷うように視線を彷徨わせながら言い淀んで、考えて、それからやっと話す。

「俺は、嫌だ。アンジェが妖精になっちまうのも、妖精の国にいっちまうのも、やだ」

「うん」

「……たった1人だけの、妹、なんだ」

「……うん」

たった1人だけの。……リアンにとってアンジェは、たった1人だけの家族、とも言えるのかもしれない。カーネリアちゃんはまた別として。

リアンがアンジェを大切にしているのは分かる。リアンは王都で初めて会った時、売られてしまったアンジェを買い戻すためにスリに勤しんでいたし、どう考えても怪しかったであろう僕からのモデル契約の話にもすぐ応じた。

アンジェのために、すごく頑張っていたのを知っているから、だから、リアンの気持ちも分かる。

「だから……居なくならないでほしい」

リアンの言葉を聞いて、アンジェは顔を上げて、迷子のような表情を浮かべている。

「トウゴは?トウゴはどうなんだよ」

やがて、気づいたようなリアンにそう聞かれて、僕も正直に話すことにする。

「僕も、アンジェに居なくならないでほしい。アンジェが居なくなってしまうと、寂しい。森から出ていかないでほしい」

僕がそう言うと、アンジェはちょっと困ったような顔をするのだけれど……でも。

「……でも、アンジェには幸せになってほしいし、アンジェが望むことは叶えてあげたい、とも、思う」

こっちも、僕の本心だ。

それから……僕は知っている。

「多分、アンジェにとっての幸せは、僕が思う幸せとはまたちょっと違うんだとも、思ってる」

人によって、幸せの形は違うんだっていうことを、僕は知っている。

「僕、やられて嫌だったことがあって」

リアンに話しているのか、自分で思いだしているのか、ちょっと曖昧な気持ちになりながら話す。

「僕の親は、僕が絵を描くことを嫌がってて……僕の絵の道具を全部捨てたことがある」

僕がそう話し始めると、リアンもだけれど、周りに居た他の人達がじっと耳を傾けて聞き始めた。ちょっと気まずい。自分の『嫌だった記憶』って、あんまり人に聞かせるものじゃないと思うから。こういう話って、確か、この中だとラオクレスにちょっと話しただけだった気がする。

……でも、こういうのもありますよ、ってリアンへ説明したいので、しょうがない。話す。

「絵の具も筆も、スケッチブックもクレヨンも、色鉛筆も……美術の教科書も捨てられてしまったし、あと……小学生、ああ、ええと、小さい時に美術展で金賞をとった絵。ずっと居間に飾ってあったんだけれど……それもゴミ袋に突っ込まれて捨てられてしまった」

今でも覚えてる。雨の日に、ゴミ袋にクシャクシャに丸められて突っ込まれていた画用紙。そこについていた金紙が透けて見えていて、僕はそれを見て、足元から世界が崩れていくような気がしていた。

「賞を取った時には、賞を取るなんてすごいぞ、とか、才能があるのかもね、なんて褒めてもらえて、ご褒美にちょっといいレストランで食事したんだ。嬉しかった。それでずっと、その絵が飾ってあったんだけれど……でも、僕にとって大事なものが、いつの間にか『こんなもの』って言われて処分されるものになってた。僕の将来に不要なものだって」

話しながら当時のことを思い出しかけて、慌てて蓋をした。僕は弱い人間なので、まだ、あの時のことが整理できていない。あんまり深く思いだすと、その、ちょっと取り乱しそうだった。

「な……なんで?なんでそんなことされたんだ?その……トウゴの親、って、俺の親父みたいな、かんじだった……?朝言ってたことが夜には変わってる、みたいな……」

びっくりしながらどこか傷ついたような顔のリアンを見て、僕は少し嬉しくなる。リアンは優しい奴だなあ。

「どちらかと言うと真逆だったよ。彼らは本当に僕の幸せを願っていて、だから僕に勉強させて、いい学歴を得て、いい職に就いてほしいって思ってた。それで……僕が何を幸せに思っているのかとか、僕はどうしたいのかとかは、全然聞いてくれない人達だった」

話しながら、言ってやったぞ、という気持ちでいっぱいになる。

僕が、僕の親をこういう風に言うのは初めてだ。初めてのことだ。先生は僕がこういうことを言わなくても僕の親がどういう人かを察してくれていたみたいで、だから、僕が自分の口から親をこういう風に言うのって、本当の初めてのことなんだ。

「それが、すごく嫌だった。自分が好きなものを否定されてしまうのが嫌だったし、僕が幸せじゃないものを幸せなことだって言われるのも嫌だった。あと……その、僕の選択肢をどんどん潰して、取り上げて、『これしかないんだよ』ってされるのが、すごく、嫌だった」

「だから……アンジェについても、選択肢を取り上げてしまうのは、違うんじゃないかな、って、少し思った」

僕の話が一段落すると、リアンは僕の顔を見て、ちら、とアンジェを見て、それから、俯く。

「……俺、嫌なことしてた」

「それを言うなら僕もだよ」

僕はリアンを責めたいわけじゃないし、責められるなら僕もその対象になると思う。自分がされて嫌だったことを人にしようとした。それも、大事な人に、しようとしたんだ。

……嫌だな。僕は身勝手だ。

「まーまー、2人ともそんな顔すんなって!」

けれど、僕ら2人の肩に腕を回してちょっと図々しいかんじに割り込んできたフェイが、笑う。

「なあ。家族の将来を心配すんのって、当然じゃねえかな。大切な家族がよく分からないところ行っちまうのって、不安だろ?俺も兄貴が『私は妖精の国の女王になるぞ!』とか言いだしたら滅茶苦茶不安だぜ」

「そうか?……まあ私もフェイがそう言いだしたら、きっと不安になるだろうな。そしてきっと言うだろう。『似合わないからやめておけ』とね」

それは……また別の種類の心配が混ざらないだろうか。ローゼスさんはともかく、フェイが妖精の国の女王様になろうとし始めたら、僕、アンジェの時とは違う心配でいっぱいになると思うよ。

……でも、いいや。とりあえずフェイが茶化してくれたおかげで、ちょっと笑えたし、笑ったら余裕ができた。僕も、リアンも。

「僕も、大事な森の子が妖精の国に行くと聞いて心配だし不安だし、できれば行かないでほしいって思ってる。ただ……その、やっぱり、話をするのって、大切だと思う。話して、自分以外の人が自分とは違う考えを持っているっていうことを確かめるのが大切、というか……」

僕は、前向きに、前向きに、と思いながら言葉を選んで話す。どうすることが正しいことなのかよく分からないまま、でも、それを探ろうと思いながら、話す。

元の世界で僕は、自分の行きたい道を塞がれてしまうことが悲しかった。進みたくない道へのろのろと歩みを進めていくことに息が詰まるような感覚だった。選びたくないものを選ばなきゃいけなくて、それが幸せなんだって言い聞かせられて、自分の中で何かが死んでいくような気持ちで生きていた。

「幸せの形って、1つじゃないし、人によって全然違うし、選択肢は多い方がいいし、その人の選択はその人ができた方がいいと思うし……」

……話している内に、ふと、僕の頭の中に先生との会話が思い出される。

選択肢は多い方がいい。

誰かに強制されない方がいい。

それでいて、気軽に、自由に選べたらいい。

「……そう。桜餅の葉っぱの如く」

「……さくらもち」

「うん」

これ、一から話していたら大分脱線しそうだな、と思った僕は、とりあえず要点だけ話すことにした。

「要は、自分の選択は自分でやりたいよね、っていう、それだけの話。その人の選択に他者がとやかく言うべきじゃない、っていうか。桜餅の葉っぱを外して食べてもいいし、外さず食べてもいいし、法律を勉強してもいいし、美術を勉強してもいい。そして、誰もが自分以外の人の桜餅の食べ方について文句を言う筋合いは無い、という……」

「ええと……ねえトウゴ!それはちょっと気軽すぎないかしら!妖精の国の女王様になるのと桜餅の葉っぱを外すのは気軽さが大分違うと思うの!でも、桜餅の葉っぱ、素敵ね!」

うん、まあ、あの先生の言ったことなので、ちょっとお気楽に過ぎるところはあると思うよ。けれど……まあ、夢見ることは自由、というか、そうだったらいいな、と、思うくらいは許していただきたいというか……。

「……本当に気軽な選択だったら、いいのだけれど」

ちょっと困ったように、クロアさんが笑う。

「でも、妖精の国の女王様になってしまったら、アンジェは妖精さんになってしまうし、そう森へ帰ってこられなくなってしまうものね。妖精カフェのウェイトレスさんをやるのとは話が違うわ」

この森でアンジェと一番長く一緒に居るのはリアンだけれど、その次はもしかしたらクロアさんかもしれない。クロアさんも思うところがたくさんあるみたいで、珍しくも話しながら視線を泳がせている。

「……ごめんなさいね、アンジェ。あなたがやりたいようにやるのがいいとは思うのだけれど、でも……あなた、小さいんだもの。巣立ちを見送るには、まだ、私達の心が追い付かないみたい」

やがてクロアさんがアンジェと目を合わせてそう言うと、アンジェは素直に頷いた。

「うん……アンジェも、さびしいな、って、思ってるよ。クロアさんとも、おにいちゃんとも、カーネリアおねえちゃんとも、森のみんなと、お別れするの、さびしい……」

……うん。

クロアさんがアンジェをぎゅっと抱きしめるのを見ながら、僕は思う。

アンジェだって迷っている。でも、アンジェの中には確かに、妖精を助けたいっていう気持ちがあって、僕はその気持ちを殺してしまいたくないと思ってる。

クロアさんの言う通り、気軽な選択だったらいいのだけれど、そうもいかないから……。

「……な、なあ、アンジェ。その、妖精に聞いてほしいんだけどさ」

僕らが考え込んでいたら、リアンが、アンジェに話しかける。さっき怒鳴ってしまったからか、ちょっと気まずげだけれど、でも、それはアンジェも一緒だろう。

「うん。なあに?」

「えっとさ……その、妖精の国の女王様って、週に3回とかじゃ駄目なのか?それで、残り4日……移動含めたら3日ぐらいになっちまうかもしれないけど、でも、その間は森に居る、っていうのは……駄目か?」

妖精達が会議をしている。

議題は『女王様が週3勤務でもいい?』だ。

……僕らは固唾を呑んで見守っている。リアンもまさか本気で取り合ってもらえるとは思っていなかったみたいで、誰よりも緊張した顔をしている。いや、僕だってまさか本気で妖精達が『女王様の週3勤務』を検討し始めるなんて思ってなかったよ!

妖精達はしゃらしゃらと騒がしく、ああでもないこうでもない、と話し合いをしているらしくて……そして、結論を出した。

「ええと……あの、やっぱり駄目、って」

「ま、まあ、そうだよな……逆に、週3日しか女王様しない女王様って、なんだって話だし……」

リアンがちょっとがっかりしたような、でもある種ほっとしたような、そんな顔をしていると。

「うん。あのね、やっぱり、週に5日はいてもらわなきゃ困る、って……」

アンジェがそんなことを言いだした。

……あ、週5日でいいの?