軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話:巣立つ妖精*1

……アンジェが。妖精の国の、女王様に。

「元の女王様、もういないけれど……それでもアンジェがいいの?」

妖精達に聞いてみると、妖精達は嬉しそうに何度も頷いた。1匹や2匹じゃなくて、10も100も、この場に居る妖精達が皆で賛同しているらしい。妖精達はしゃらしゃら騒ぎながら、アンジェを見つめてにこにこしたり、アンジェの周りを飛びまわったりしている。

「困ったなあ……どうしよう、これ」

僕らは途方に暮れつつ、妖精達が騒ぐのを眺める。

これ、どうしたらいいんだろうか……。

「あのね、妖精さん」

まず、クロアさんが妖精に話しかける。クロアさんが話し始めると、妖精達はピシリと並んでクロアさんの話を聞く姿勢を取った。……確かに、今、この場で最も『妖精の女王様』みたいな恰好なのはクロアさんだ。こういう姿勢になってしまうのも分からないでもない。

「アンジェは人間の子よ?妖精さんじゃないのに妖精の国の女王様になる、っていうのは、どうなのかしら」

クロアさんが尋ねると、妖精達は揃って首を傾げて、アンジェを見つめて、それから何か納得したように頷いて、クロアさんに満面の笑みを向けた。分かるようにお願いします。

「あの、あのね。妖精さんがね、アンジェが妖精さんになればいいじゃないか、って、言ってる……」

……アンジェ、人間をやめてしまうのか。それ、どうなんだろうか。

「お、おい!勝手に人の妹に人間やめさせようとするんじゃねえよ!」

早速、リアンが怒り始めた。妖精達は怒るリアンにびっくりしながら飛び回って逃げて、アンジェの後ろに隠れてしまった。

「……大体、アンジェはまだ小さいんだぞ」

妖精達はリアンの言葉を真剣に聞いて、頷いて、アンジェを見て、頷いて……満面の笑み。

「妖精さんの中では大きいって言ってる」

「そりゃあな!妖精と比べたら大きいけど!ええと、そういう意味じゃねえんだけど……」

リアンもほとほと困りながら、妖精達の様子を見ている。

妖精達は嬉しそうにアンジェの指に抱き着いて妖精式の握手をしている。これからよろしくね、みたいなかんじなのだけれど、その、勝手に決められては困る。

「そもそも妖精の女王様って、どういうお仕事なのかしら……」

「妖精さんがつれてきた人間の子と遊んだりおやつを食べたり、国をおさんぽして妖精さん達やお花が元気か見たりするんだって。それで、一番大事なお仕事は、困ってる妖精さんのお話を聞いて、どうしたらいいかいっしょに考えるお仕事だって」

成程……流石は妖精の国。仕事もなんとなくふんわりしている。けれどちゃんと、女王様の仕事は皆のまとめ役、っていうことなんだろう。

「……難しそうなお仕事だわ!」

カーネリアちゃんはそう言って、難しい顔で唸る。まあ、難しい、よね。困っている人の話を聞いてどうしたらいいか一緒に考える、って、ものすごく難しい事だと思う。

「なあ、妖精。アンジェはまだ小さいんだ。長生きしてない、っていう意味で。だから、アンジェを女王様にするのは無理があるって」

リアンはそう言って妖精達を説得しようとしているのだけれど、妖精達は困った顔でアンジェとリアンとを代わりばんこに見ているばかりだ。

「それに……ほら!アンジェは森の子だろ!だから、森から出すのは、その……なあ、トウゴ。どうなんだよ、そこんとこ」

「え、あ、うん。森の子は手放したくない……」

「だろ?ほら、妖精!森の精霊様がこう言ってるぞ!」

妖精達が僕を見上げて、『そんなあ』みたいな顔をする。いや、あの、そういう顔をされても……その……。

「おい」

そこで急に、ラオクレスが喋り出した。途端、妖精達が、ぴゃっ、と飛びあがって驚く。どうやらラオクレスの迫力は妖精達にはちょっと刺激が強すぎるらしい。

……そんな風に妖精達にびっくりされてちょっと気まずい顔をしながら、ラオクレスは……アンジェの前に立った。

「……アンジェはどうしたいんだ」

ラオクレスはアンジェを見下ろしながら、そう言った。アンジェは俯いていた顔を上げて、ラオクレスを見上げる。

「周囲の意見は出てきたが、まだ、お前の意見は出ていない」

アンジェはまるで大木でも見上げるようにラオクレスを見上げている。小さなアンジェには、大きなラオクレスの顔は大分遠いところに見えるだろう。

それに気づいたらしいラオクレスは、片膝をついて体を屈めて、アンジェが頑張って見上げなくても顔が見えるところまで下りてきた。

「話してみろ。お前はどうしたい」

アンジェは少しびっくりしたようにラオクレスを見て……そして、俯いた。

「その……アンジェ、ね?」

「ああ」

「おにいちゃんも、カーネリアおねえちゃんも、森のみんなも、大好きなの」

アンジェの言葉を、ラオクレスだけじゃなくて、全員が黙って聞いていた。リアンも、戸惑うようにアンジェを見つめて、じっと黙って聞いていた。

……やがてアンジェは、顔を上げて、言った。

「でも、その、ね?……妖精さんも、大好きなの。困ってるなら、助けてあげたいって、思う。妖精さんたちを、助けたいの」

「……そうか」

ラオクレスが難しい顔をして腕組みする中、妖精達が、わっ、と歓声を上げてアンジェにくっつく。アンジェは戸惑いながら妖精達にくっつかれて、そして……リアンを見ている。

リアンはずっと、アンジェを見ていた。

「……アンジェは、妖精の国の女王様に、なりたいのか?」

アンジェは俯きがちに頷く。それを見て、リアンは……声を荒げた。

「駄目だ!そんなの上手くいきっこない!」

リアンが大きな声を上げたことで、妖精達がびっくりして飛びあがる。そしてアンジェもまた、大きく目を見開いて固まってしまった。

「そんな……妖精の国の女王様になって、その後、どうするんだよ。いつまで妖精の国の女王様で居るんだよ。俺達、いつまでも子供じゃない。大人になるんだぞ。こんなふわふわした世界にいつまでも居られる訳じゃないんだって……分かってるのかよ、なあ、アンジェ!」

リアンの言葉を浴びて、アンジェはただ立ち尽くしている。

「大体、妖精って人間とは違う生き物なんだ。俺達とは文化も習慣も考え方も、全部違うんだ。ただのんびりしてるだけじゃなくて、ものすごく怖い違いが、あるかもしれないだろ」

「妖精さん、怖くないよ……?」

「アンジェがまだ知らないだけかもしれないだろ!」

一歩、アンジェへ詰め寄ったリアンに、アンジェが半歩ほど、後ずさる。

「リアン、落ち着いて!駄目よ、大きい声は、駄目よ……」

カーネリアちゃんがリアンの腕にしがみつくようにしてリアンを引き留めると、リアンは一瞬、苛立ちを何所にぶつけたらいいのか分からないような、そういう顔をして、それから、さっきより少しだけ声量を抑えて、アンジェに話しかける。

「……アンジェだってそうだ。妖精になっちゃったら、もう人間じゃないんだぞ?トウゴ見てたら分かるだろ。人間じゃないものになるって、こういう……」

リアンはそう言って、それから、はっとして僕を見て、青ざめて……傷ついたような顔をした。いや、違うのかな。人を傷つけてしまった、っていうような、そういう顔をしている、んだと思う。

「……ごめん」

「いや、あの、ええと、リアン。ちょっと後で話を聞かせてほしい。僕、人間じゃなくなって何かとんでもない事があっただろうか」

「……感覚ズレてんなあ、とは、思ってる」

あ、そうなんだ……。

ちら、っとフェイを見てみたら、『元々じゃねえのかなあ』みたいな顔で首を傾げているのだけれど、ラオクレスの方を見てみたら『確かに』みたいな顔で頷いていた。そうなんだ……。

「あと……皆のこと、考えなきゃいけないんだよな、って」

「うん」

「トウゴは精霊で森だから、自分のことじゃなくて広い森のことを考えなきゃいけねえし、自分よりも森に住んでる人間とか、動物達とか、あと、他にも世界、とか……いろんなものを考えなきゃいけないんだな、って、思ってる」

そう、なんだろうか。確かにそれはそうなんだけれど、そんなに不思議に見えるんだろうか。見えるんだろうな。成程……。

「あと、人間らしいこだわりみたいなのが、なんか、違うだろ、トウゴって」

「元々かもしれないけれど」

「感覚もなんか、違うし」

「それも元々かもしれないけれど」

よく考えてみたら、リアンって僕が精霊になる前のことを知らない。リアンが僕と出会ったのは、僕が精霊になってしまった後だ。そうか。ならそういう感覚になるものかもしれない。

「と、とにかく!アンジェは、そういうの考えてるのか!?何かあってからじゃ遅いんだぞ?取り返しがつかないことだってたくさんある!なあ、アンジェ……」

リアンの言葉を聞いて、アンジェは俯いている。不安とか、怯えとか、そういうものを見せながら、アンジェはただ、じっと俯いていた。

「アンジェ。何か言えよ。なあ」

言葉を促されても、アンジェは喋らなかった。ただ俯いたまま、視線を彷徨わせて、おろおろとしている。

……そこでふと、僕は、『ああ、僕、こういうかんじだったのかな』と思った。

何か質問されて、思っていることはあって、でも何も言えない時。僕はこういうかんじだったのかもしれない。

それから、続けて思う。

アンジェが妖精の国の女王様になることに抵抗があるこの気持ちは、僕の我儘じゃないだろうか、と。

僕の我儘は、僕がやられて悲しかったことと同じじゃなかっただろうか、と。