作品タイトル不明
1話:絵に描いた桜餅は美味いが酔っぱらう
「トーゴ。時に君は、桜餅の葉っぱを食べる派か?」
唐突に先生がそう聞いてくる。そして、僕らの目の前には、桜餅が4つ。焼いた皮でくるりと餡が巻いてあるタイプと、もち米でつぶつぶしているタイプが2つずつだ。
先生が『駅前の和菓子屋に並んでいてついつい買ってしまった』という桜餅は、ふっくらした形で、柔らかな色合いで、なんとも春らしい。
「巻いてあるタイプの方は外すこともある。でも、もち米のタイプの方はそのまま食べる」
「その心は?」
「外しやすければ外すこともある。ねっとりくっついて取れない方は最初から外す気にならない」
「成程なあ」
先生は僕の返答に何やら頷きながら、桜餅を1つ、手に取って食べ始めた。……先生が食べているのは、もち米つぶつぶタイプの方だ。桜の葉っぱごと食べている。
「僕は桜餅の葉っぱはオールウェイズ食べる派だな。うむ。この、噛みしめると塩味がするところがいい。葉脈の所なんかは特に噛み応えがあって中々オツなもんだな」
成程。先生は桜餅の葉っぱ、食べる派。
「ところで先生、餅は嫌いなのに桜餅は大丈夫なんだね」
「そうだな。餅差別と言われるかもしれないが、桜餅は大丈夫だな。噛み切れるし喉越しはそれなりに滑らかだし、味が付いているし。……僕はなあ、トーゴ。白い餅の、あの、味がついてないのにやたらと力強くもっちもっちとしてくるところが苦手なのだ」
成程。先生は、白い餅だけが苦手なタイプ。
「うむ。桜餅が美味い」
「うん」
僕も一緒になって桜餅をご馳走になる。……今回は巻いてあるタイプの方も、葉っぱを外さずに食べてみる。うん。成程。中々オツな味……。
「ところでどうして急に、葉っぱの話?」
「いや、単にちょっと気になっただけさ。深い意味はないよ」
そっか。まあ、そういうこともあるだろう。
……そのまま僕らは桜餅を食べ続けた。桜の香りって、こうして食べる時には春らしく感じるのだけれど、実際の風景の中で香る時って秋だよなあ、と思う。秋の、桜の落ち葉が秋雨で湿ったやつを踏みしめて歩く時。あの時、妙に桜餅の香りがするんだよ。
と、まあ、そんなことを想いながら、僕は2つ目の桜餅を葉っぱ有りで食べ始めた、のだけれど。
「……いや、まあ、『食べ物の好き嫌いという程のものでもないが自分と違う嗜好だと微妙に気になる』っていうラインだろう?桜餅の葉っぱ」
先生が唐突に、そう、喋り出した。さっきの続きらしい。
「まあ、食べ物の好き嫌いは少ない方がいい、色々なものをまんべんなく広く食べた方がいい、とはよく言うよな。だが、桜餅の葉っぱって……その中に含まれない気がしないか?」
「うん」
確かに。
『好き嫌いすると大きくなれないよ』の中に、桜餅の葉っぱは含まれない気がする。
「つまり、桜餅の葉っぱって、完全に、人の嗜好が出るところだと思ったんだ」
「……でも、なんとなく一々外すと、ちょっと行儀が悪いんじゃないかな」
「だが、葉っぱごとばりばりいくのも行儀が悪いと言われればそんな気がしてくる」
妙に桜餅の葉っぱに対して思い入れがあるらしい先生は、熱く語り始める。
「行儀なんてものは後からぽこぽこぽこぽこ生まれてくるもんだ。僕は常日頃からマナー講師なる人種を100人くらい集めた上で『マナーのなっていない人を投票で選んで追放していって生き残ったやつがマナー王』というかんじの蟲毒をやってみたいと思っているが」
気持ちは分からないでもないけれどそれはどうかと思う。
「……まあ、マナーや行儀なんていうものは、結構当てにならん。ついでに、製造元の見解も一致しないらしい。和菓子メーカーも桜餅の葉っぱの在り様について意見が分かれている。もう誰も信じられない」
ちょっと芝居がかった様子で桜餅片手に、先生は語る語る。……今日は喋りたい気分らしい。先生は定期的に『とにかく喋りたい病』に罹るから、そういう時僕は、ひたすら聞く係に徹する。
「……ということで、桜餅の葉っぱの在り様について、考えたいと思うのだが。トーゴ!君の意見を聞きたい!」
と思ったら、先生は僕に意見を求めてきた。
ええと、そう言われても困る。僕は桜餅の葉っぱにそこまでの思い入れはない。けれど、先生がやたらと弁舌豊かに語るものだから、ちょっとは、考えてしまって……。
「食べる人の好きにすればいいんじゃないかな……」
……そういう結論に至る。
いや、だって、桜餅の葉っぱって、そんな、どうするか決めなきゃいけないものでもないと思うし……。
「或いは、製造元が逐一、桜餅の箱に『この桜餅は葉っぱを外してお召し上がりください』とか『葉っぱごとお召し上がりください』とか書いておけばいいと思う。……どうだろうか」
「ふむ。成程な。至って妥当だ。というか、それしかないよなあ」
先生はさっきまでの熱意はどこへやら、ちょっと間の抜けた顔で頷きつつ、桜餅の最後の一口を口に放り込んだ。
「外すも外さぬも、好きにすればいい。その通りだ。うん。僕は何を喋っていたのか」
「桜餅の葉っぱについて」
「だよなあ……すまない、トーゴ。僕は春の陽気に中てられて、ちょいとおかしくなっていたらしい」
何だか急激に我に返ったような先生がおかしい。おかしくて、ああ、春だなあ、なんて思いつつ、僕は桜餅を食べる。
甘くて、ちょっとしょっぱくて、美味しい。
「だが、まあ……安心したよ、トーゴ」
桜餅の後のお茶を飲みながら、先生はふと、楽し気に言った。
「君が、『桜餅の葉っぱは必ず外すべきだ!』とか主張してこなくて」
「僕、桜餅の葉っぱにそこまでの思い入れは無いよ。そもそも、桜餅の葉っぱ外し過激派、みたいな人、居るんだろうか」
「……居る気もするなあ」
「……うん」
……世界は広いから。もしかしたら、桜餅の葉っぱに並々ならぬ思い入れがある人が居るかもしれない。
「だが、万が一にでも、桜餅の葉っぱ外し過激派が国会議事堂をジャックした上で『桜餅の葉っぱは必ず外さなければならない法』とか作ってしまったら困るなあ」
また先生がおかしくなってきた。春だなあ。
「それ、桜餅の葉っぱじゃなくても困るよ」
「ん?そうだな。それもそうか。カレーには必ず福神漬けとらっきょを添えることを義務化する法律とか、あったら嫌だな。その通りだぜ、トーゴ」
「いや、食に限らず」
なんで今日の先生は食にここまでこだわりを見せているのか。別に、食べ物以外でも嫌だよ、それは。
「ん、そうか。そう言われてみればそうだな。曲がり角は全て90度の角度で曲がることを義務化されたら困るし、毎朝布団から出る時には右足から出ることを義務化されても困るな。ああ、あと、そうだ!割と現実味があるところで言うと、世界史と日本史を両方履修することを義務化されたりしたら困る!」
先生は歴史が本当に苦手らしい。……とは言っても、学校で勉強する歴史が苦手なだけで、ニッチな歴史……『日本におけるメロンパンの歴史』とか『アルゼンチンタンゴの歴史』とかそういうニッチな奴には妙に詳しいのだけれど。
「要は……まあ、義務化されると色々困るな」
「うん」
そして結局は、そこに結論が着いた。まあ、そうだよね。妥当。
「……そうだな。食に限らず、あらゆることは全て、桜餅の葉っぱのようであっていいのかもしれない」
先生は食べ終わってしまった桜餅の皿を眺めながら、そんなことを言った。
「こうしなきゃいけない、ってことは、無いのかもしれない。勿論、桜餅の葉っぱを外すとなるとこの品の良い塩味や香りは楽しめない訳だし取り外すのがめんどくさい。逆に葉っぱを外さないと口触りが悪くなる。だが……どちらでも好きな方でよい。うん。その通りだな。桜餅の葉っぱは、取り外し自由であってほしい」
「……つまり、日本史を選択してもいいし世界史を選択してもいい?」
「ああ。そういうことだな。願わくば僕はどっちも履修したくなかったが」
先生は重々しく頷くと……ふと、寂しげな顔をした。
「ついでに、まあ……一橋大学を志願してもいいし、京都芸術大学を志願してもいい、っていうのが、理想だよな」
……うん。そう、だね。
桜餅の葉っぱみたいに気軽に決められるものではないけれど……そういうのも、選ぶのは自由、なんだよなあ。きっと。
「人生はあらゆる選択の連続だが、その1つ1つは全て桜餅の葉っぱ、か。食べる者の好きにすればよい。食べない奴がとやかく言うことではない。……そして、願わくば、ありとあらゆる選択は桜餅の葉っぱの如く、取り外し自由であってほしい……」
先生は、さらり、と話題を流していって、そして妙にセンチメンタルな具合に、言った。
「ありとあらゆることについて、桜餅の葉っぱを常に心の片隅に留め置きたいね」
……うん。
言いたいことは分かる。
けれど……やっぱり今日の先生は何かおかしい!なんでだ。春だからか。ならしょうがないか。
「……で、僕は一体、何について話していたんだ?」
「桜餅の葉っぱについて」
「だよなあ……すまない、トーゴ。僕はやっぱり春の陽気に弱いらしい」
うん。それは分かる。先生は毎年、春ごろに何か変な具合になるんだよ。1回喋っただけの相手に声をかけてしまうとか、その相手にミルクティーとアップルパイをご馳走した上に居場所を与えてしまうとか。
「まあ……変になったついでだ。トーゴ。僕はこの際だから、はっきりさせておきたい」
先生はものすごく真剣な顔で……言った。
「エビフライの尻尾は食べる派か?」
……えびふらいのしっぽ。
「僕は食べない」
「そうか。じゃあ、焼き鮭の皮は?」
「パリッと焼けてる場合に限り食べる」
「ブドウの皮は?」
「剥く」
「成程なあ」
先生は大きく頷くと……他に聞いている人も居ないのに、こっそりひそひそ、声を潜めて僕に言う。
「……ちなみに僕はブドウの皮は面倒くさいので剥かずに食べちゃう派だ。ポリフェノールの味がする」
つまりものすごく渋いってことだね。
「時々、種すらめんどくさくて食べちゃうことがある……」
……それはどうかと思う。
「……先生、疲れてる?」
「ああ、うん。そうかもしれない……」
そういえば先生、今日はあんまり元気がない。
そういえば最近、『今まで締め切りに追われるということをあまり経験したことが無かった僕だが遂に締め切りに追われる経験をすることになってしまった!ヒャッホウ!』って言っていたけれど、その影響なんだろうか。
……いや、それだけじゃない気もする。
「……春だね」
「そうだなあ。春だ」
……とりあえず、今日も窓の外は麗らかな天気で、ちょっと肌寒くて、でも、日差しはいかにも暖かそうな具合だ。
つまり、そういう季節。……っていうことで、いいかな。
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第十五章:桜餅の葉っぱのように
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「いや、結構俺は真面目にやってるんだぜ?」
「うん……それは分かるよ」
「恰好は多少ふざけた格好だけどよ、それはトウゴのせいだからしょうがねえってことで……」
「うん、まあ、フリフリのシャツにしたのは僕だけどさ」
「だから、まあ、これも真面目にやってるんだからよお……」
……そうは言っても。そうは、言っても!
「『カチカチ放火王をフワフワたんぽぽ王にしちまう計画』に、そんなに笑うこたあねえだろ!なあ!」
ごめんなさい!それには笑っちゃうよ!駄目だよ!なんだよフワフワたんぽぽ王って!
……ということで、今日も笑顔の絶えない森の中。森の仲間達を集めた中で、元気にフェイが発表した計画に、僕らは笑わされている。『笑うなよー』って言ってるフェイが一番笑ってると思う。分かっててやってるんだ、こいつ。
「真面目に考えるとな。封印の宝石がいきなりトウゴみてえなたんぽぽの綿毛に」
「僕はたんぽぽの綿毛じゃない」
「まあまあ。で、たんぽぽの綿毛になっちまうとどうなるか、ってことをだな、真剣に、考えてみるとだな……まあ、多分、魔力が一気に消し飛ぶんだよな」
僕はたんぽぽの綿毛じゃない!……というのはしょうがないから置いておいてやるとして、ええと……『魔力が一気に消し飛ぶ』っていうのは、結構大変なことなんじゃないかと思う。
「消し飛んだ魔力ってどこに行くの?」
「そこなんだよなあ」
エネルギー保存の法則とかを考えるに、『消滅』って、結構大変なことだと思うんだよ。封印の宝石がたんぽぽの綿毛になって、カチカチ放火王の魔力が大分減ってしまう、っていうことがあったとして……その時、減った分の魔力はどこに行くんだろうか。
「逆はよくあるだろ?トウゴがよくやってるから……ほら、とんでもねえ宝石を生み出しちまう、とか」
あ、うん。それはよくやる。
「あれは、まあ……トウゴの魔力をそのまんま出してる、ってことでいいと思うんだよな。多少は森が集めてきた魔力とか使ってるのかもしれねえけど」
うん。まあ、多分そう、だと思う。森の魔力もよく使ってるよ、僕。
「……で。じゃあ、『魔力があるものを魔力の無い状態にする』っていうのは、どうなるんだ?封印の宝石がたんぽぽの綿毛……つまり、魔力をそんなに蓄えておけない素材になっちまった時、何が起こる?」
「……やったことない」
ええと……強いて言うなら、魔王?魔王を小さくした時には、そういうようなことをやった、気もするのだけれど……いや、あれは魔王に光の魔力を描き加えた、ってことなのかもしれないから、ちょっとよく分からないな。
……ということで。
「なら実験だな!」
「うん!」
まあ、何事も実験実験。案ずるより産むがやすし!
「ここにトウゴが生み出したとんでもねえ宝石がある」
「本当にとんでもないわね……」
とりあえず宝石を持ってきた。それを見たクロアさんが慄いている。なんかごめんなさい。
「で、これをトウゴが魔力の少ない物体に変える」
「桜餅でいい?」
「お、おう?まあなんでもいいけどよ……」
そっか。では早速。
僕は、手の平サイズの宝石を、手の平サイズの桜餅に描き替える。丁度、ピンクがかった水晶だから桜餅っぽいんだよ。
「……できたな」
「うん」
そうして、宝石は桜餅になった。クロアさんがちょっと複雑そうな顔をしている。なんかごめんなさい。
「じゃあ……食ってみるか」
「どうぞ」
出来上がった桜餅は、フェイが早速、食べてみることにしたらしい。まあ、一番魔力敏感肌なフェイが食べるのが、一番いいと思う。実験としては。
……フェイはそろり、と、桜餅を掴み上げて、葉っぱごと、その桜餅を口に運んで……。
「めっちゃ美味いんだけど酔った」
「あ、うん。ごめん……風の精、貸そうか?」
「頼む……」
……フェイは桜餅1個で、魔力酔いしてしまった。
どうやら……魔力のあるものを魔力の無いものに描き替える、っていうのは、結構難しいみたいだ。