作品タイトル不明
16話:2人の勇者、それから絵描き*9
「……僕を描くなんて聞いてないよ」
「あら。あんただって私のこと描いてるじゃないのよ。ま、お互い気が合うってことね、私達」
……ということで、僕とライラはお互いにお互いの絵を見ながら、くすくす笑っている。
今回の『トウゴ・ウエソラとライラ・ラズワルドの対比展』は、僕とライラが同じお題について違う絵を描くのを楽しむ展覧会だ。
『勇者』の絵を描いても、ライラはラージュ姫を描いて、僕はルギュロスさんを描いている。
『魔物』の絵も、ライラは魔物同士の戦いの、暗くて勇ましくて格好いい絵を描いているのだけれど、僕は魔物ダンスパーティの絵だ。
『勇者と魔王』については、ライラは王城の壁画に触発されて前に描いていた勇者と魔王の伝説の絵を出していて、そして僕はまおーんと魔物と人間の皆さんの行進の絵を描いて出した。
……そして。
「描かれるにしても僕は『森』の方だと思っていた」
「そんな羽生やしといて、考えが甘いわよ」
『天使』のお題で……ライラは、僕を描いている!
前、僕の羽が生えたての頃に描いていた絵。あれを少し手直しして展示することにしたらしい!
木の枝にうつ伏せになって寝そべった僕が、羽を伸ばしている様子だ。顔がはっきり描かれている訳じゃないし、木の葉で隠れているわけなんだけれども……うーん、描かれて展示されるのって恥ずかしい。ものすごく、恥ずかしい。
「逆に、なんであんたは『森』で私を描いたのよ」
「木だけだとなんとなく寂しくてさ。折角だから馬も描こうと思った」
「なら馬だけでよかったでしょ。色味が少なくて寂しいってんならリアンとアンジェでいいじゃない」
「リアン達はもう『天使』の方で描いちゃったので」
僕が描いた『森』の絵は、森の中でライラが天馬や一角獣に囲まれつつ、彼らに笑いかけている様子だ。日差しに透き通って鮮やかな緑色の木々と、奥に行くにつれてほんのり緑に霞んでいく空気。そしてはっきりとした木漏れ日に輝く馬の毛並みやライラの肌。……そういう風景を描いた。
ライラははっきりした色合いをしているから、森の中に描くといいアクセントになるんだよ。あと、ライラの表情が森っぽかったので丁度良かった。おかげで満足のいく一枚になった。
「ライラの『森』は森だね」
「そりゃ森描いてるんだから森に決まってるでしょ」
「秋の森なんだね」
ライラが描いた『森』は、燃えるように紅葉した木々の様子だ。色合いが鮮烈で、中々格好いい。
「……新しく描いてる余裕無かったのよ。だからとりあえず自分が今までに描いてる絵の中からいいやつ持ってきて展示に回したの!」
「うん。いいと思う。すごく綺麗だ」
僕は中々ここまで鮮やかに色を使わないから、やっぱり対比が面白いと思う。
「あんたの『天使』は……許可とったの?」
「とった」
僕の『天使』の絵は、リアンとカーネリアちゃんだ。……しとしと雨が降る中で、少年の天使が自分の翼を傘にして、その中に人間の女の子を入れてあげている絵。少し照れたように笑顔を浮かべるカーネリアちゃんと、照れた結果ちょっと顰め面になっているリアンとがいい対比になって、描いていてとても楽しかった。そしてちゃんと許可もとった。リアンには少し渋られたけれど、カーネリアちゃんがGOサインを出したのでリアンも諦めてOKを出してくれた。ありがとう。
「それにしても……結構、人、来るわね」
「うん。びっくりしてる」
僕らの予想に反して、王立美術館には人がたくさん来ていた。
物珍しさもあるんだろうし、単に少し鬱屈とした日々に嫌気が差して気分転換に来てくれた人も居るんだろうけれど……それにしたって多い!
「まあ……不安定な情勢だからこそ、楽しめるものに流れがちなのかも」
「そうかもね」
王都の人達は、ルギュロスさんが不安を煽るせいで随分と不安げだ。だからこそ、こういう楽しい催しがあった時、こんなにも沢山の人がやってくる……のかもしれない。
「彼らには悪いようだけれど、私達としては嬉しい限りよね。……これで、魔物にちょっといい印象を持ってくれる人が増えたらいいな」
「うん」
……そして、絵を見ている人達は、僕らの絵の対比から、何かを感じ取ってくれている、らしい。
色んな種類の天使が居て、森だって色々な景色を見せてくれる。物事にはたくさんの種類があるし、いろんな面がある。
魔物は恐ろしいかもしれないし格好いいかもしれないし、案外間が抜けていてふわふわした奴らかもしれない。人間と魔物は、仲良くやっていけるかもしれない。
そして……勇者は、1人じゃないかもしれないんだよ。
「やっぱり、勇者の絵って人気ね」
「うん」
僕もライラも、全力でそれぞれに『勇者』を描いた。
ライラのラージュ姫の絵は、ラージュ姫が暗闇の中でスポットライトを浴びたように輝いて、躍動感たっぷりに描かれている。
僕のルギュロスさんの絵は、ルギュロスさんが強い光の中に立っている絵だ。背景なんてほとんど白飛びしてごく淡い色になってしまっている中で、前髪やマントや剣や鎧でできた影だけがはっきり鮮やかな色でコントラストたっぷりな仕上がり。
……ものすごく、『対比』っていうかんじになった。打ち合わせは特になかったんだけれどな。
躍動感たっぷりに前を見据えるラージュ姫と、少し伏し目がちに立っているルギュロスさん。
暗い背景のラージュ姫と、明るすぎる背景のルギュロスさん。
光を使って浮かび上がるように目立つラージュ姫と、影を使って掻き消されないように目立つルギュロスさん。
……こういう対比は、お客さんに人気だった。絵自体を見てもくれたし、そこに描かれた勇者達についてもあれこれと話してくれてもいるらしい。
魔物の絵も、人々の議論を呼んでいるみたいだ。こんなに緊張感のない魔物の絵、他に無いだろうし、僕の魔物の絵は、お客さんにとってものすごく新鮮に感じられるみたいだ。
「まあ……絵を展示したくらいで物事がそう大きく変わるとは期待してないけどさ。でも、何か、ちょっと、変わるといいわよね」
「うん」
……『どちらが勇者か』で悩んでいた人達が、『どっちも勇者でもいいんじゃないだろうか』って思ってくれたらいい。
『魔物は恐ろしい存在だ』って怖がっていた人達が、『案外魔物もいいやつらなのかもしれない』って思ってくれたらいい。
物事にはいろんな面があって、いろんな種類があって、考え方も感じ方も人それぞれだって……そういうことに気づいてくれたら最高だ。
それで……少しでも明るい未来を、見出してくれたら、こんなに嬉しいことって無い。
……それからも、王立美術館は賑わい続けた。『トウゴ・ウエソラとライラ・ラズワルドの対比展』は半月くらいの間しかやらない短い企画展だったのだけれど、今までに例を見ないくらいに大勢のお客さんが見に来てくれた、らしい。王立美術館の館長さんからそう聞いた。
僕らの絵は、結構な話題になったらしくて……話題が話題を呼んで、それで多くの人が見に来てくれた、ということだったらしい。
何せ、ほのぼのした魔物の絵があるし、勇者の絵はモチーフが別の人だし……タイムリーなモチーフだったっていうこともあって、人々の関心の的になったみたいだ。
あ、あと、ライラの『天使』の絵、結構な人気だったらしい。なんだか恥ずかしい……。
そして、僕らの絵の効果、だけれど……。
「以前よりは混乱が減ったんです。王城に『魔物が攻めてくるというのは本当か』と駆け込んでくる人も居なくなりましたし、『王家は魔物を使って国を滅ぼそうとしている!』と言って城に火を点けようとする者も居ませんし……」
妖精カフェにて。
報告をしにソレイラまで来てくれたラージュ姫は、前よりも大分明るい顔でそう言った。
「待って待って。逆に放火魔が居たの?」
「そうですね。まあ、2件だけでしたが、ありましたよ。ルギュロス・ゼイル・アージェントの演説全盛期には」
そ、そうか……。というと、企画展の前ぐらいには、城に放火魔が現れていた、っていう……大変だったんだなあ。
「そして何より、一番変化があったのは、王家が所有している召喚獣について不安に思う者が相当減った、ということでしょうか。……やはり今までは、民に『魔物自体への嫌悪』があったのだろうな、と思います」
「それが改善された、って訳ね。主にトウゴのふわふわ具合によって」
「ふふ、そうですね。トウゴ様の絵は、柔らかくて、温かくて、優しくて……とてもふわふわとしていましたから」
……僕としては、ふわふわだと言われて複雑な気分なんだけれど、でも、まあ、お役に立ったならもうふわふわでいいよ。ふわふわ。
「それにしても、絵の展示だけで結構変わっちまうもんなんだなあ」
フェイがちょっと不思議そうにそう言う。それから、お茶を飲んで、注文したレモンのタルトをフォークでつついて一口食べて……。
「トウゴ、お前、なんかした?」
「まあ、絵を描いたけど……」
「ホントかあ?誘惑の魔法とか、籠ってねえ?」
そういうことを言われても。僕はクロアさんじゃないからそういうことはできません。
「絵って、ものすごく分かりやすいのよ。見れば分かるし、説明を聞くよりずっと簡単。馬鹿でも分かるし、何より、『自分の頭で解釈して理解する』から、余計に納得しやすいのよね」
そして、クロアさんがそういう解説をしてくれた。ええと……。
「人間って、案外単純でね。『自分で決めたこと』や『自分で納得したこと』にはすごく素直なの。だから『はい』と言わせることには意味があるのよ。自分で了承の意を示したっていうことで、その判断を自分のものだと思って従ってしまうから」
……あ、そういう話、先生から聞いたことがあったような気もする。あの先生も何だかんだ、博識だった。
「絵については、簡単なことね。ほら、絵って、あくまでも絵じゃない。その絵を見て何を思うかは、それぞれの人の自由だわ。そして、自由に何かを思うしかないわけだから、人は、その絵に込められた思いを受け取った時、自分で読み解いたそれを自分で納得したことだと思って、素直になっちゃうのよ」
「そういうもんかぁ……」
フェイは、なるほどなあ、と言いながら、頷いて納得した。……納得しちゃったので、フェイは『絵は人を動かしやすい』説に素直になっちゃった、っていうことか。成程。
「……なんか、嬉しいなあ」
そしてフェイは、ふとそんなことを言った。
「嬉しい?」
「ん……や、なんつうか、その、ラージュ姫には悪いんだけどさ。2人の勇者の演説よりも、絵描きの絵の方が人の心を動かしたっつうのが、なんか嬉しくてさ」
僕がちょっとびっくりしていたら、フェイは僕の頭をわしわしと撫で始めた。やめてやめて。
「俺の親友達はすげえなあ、って思ってさ!」
フェイが頭を撫でてくるのに抵抗していたら、それを見たライラがけらけら笑う。
「まあ、いいんじゃないの。今回は私達、結構よくやったと思うわ」
「うん……僕も、結構満足がいってるんだよ」
フェイが僕を撫でてある程度満足したらしいところで、僕は改めて、今回の展覧会についてちょっと振り返る。
……うん。やっぱり僕としては、大満足だ。
前にライラが言っていたことだけれど、僕にとって僕の絵は、僕の声で、僕の魂だ。
だから、それが人々に伝わったっていうなら、すごく、嬉しいことなんだ。
……伝えられてよかった。僕の声が、王都の人達に届いてよかった。
僕、やっぱり、絵を描いていて、本当によかった。
「王都に安心が齎されたのは、トウゴ様とライラさんのおかげです。国の中でも話題の若手絵師2人を取り上げて企画展を出せたからこその賑わいだったのでしょうし……何より、お二人の絵は、本当に素晴らしかったから」
それからラージュ姫にもそんなことを言われて、僕とライラは照れるしかない。すごく嬉しくて、ちょっと恥ずかしい。そういう気分だ。
「王家としても、皆さんの御助力を無駄にしないよう、今後も国の安定を目指していく構えです。……国民が安心を受け入れて、不安を煽る者こそが不安をもたらすと気づいてくれたのです。この後のことは全て、王家の仕事ですから」
ラージュ姫はそう言って……そして、へにゃ、と、ちょっと情けない顔をした。
「……と、言っておいて、非常に厚かましいのですが……」
うん。
「……ご相談が、あるのです」
……うん?
「あらあら、別にいいのよ、そんなに遠慮しなくたって」
「そうだそうだ!貴族連合としても王家の安定は重要なことだし、俺にとっては友人の手助けがしてえし。何も遠慮することねえって!」
クロアさんとフェイがそう言うと、ラージュ姫は、少し口元を綻ばせて……言った。
「実は、より魔物を恐れずに正しく認識してもらう案を、考えておりまして」
そう切り出して、ラージュ姫は……言った。
「『なかよし魔物ふれあい広場』を開催したいのです!」
……そのネーミングセンスはラージュ姫かな。ラージュ姫だろうなあ。ソレイラに『にこにこトウゴ村』って名付けようとしたラージュ姫だもんなあ。