軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20話:踊る魔物*11

ガキン、と、鈍い音がする。

……王様の影の大鎌を、ラオクレスが剣で受け止めた音だ。

ギリギリのところで押し留められた大鎌は、王様の首筋を薄く斬り裂いたところで止められていた。そしてそこで、ラオクレスの剣と拮抗している。王様の影もラオクレスも、互いに力を込めたままだ。どちらかが一瞬でも力を抜けば、この均衡は一気に崩れるだろう。

「……貴様は、何者だ」

じりじりと力比べをしながら、ラオクレスが王様の影に問う。

影は答えない。ただ、王様の首を刈り取ろうと、一層の力を込めていることだけは分かった。

ラオクレスもそれに応えて、ぐっと力を籠める。……純粋な力比べは、どうやら、ラオクレスの方が優勢らしい。王様の陰の操る黒い大鎌は、次第に押し戻されている。

「王様、こっちへ!」

鎌の刃がある程度離れた隙を狙って、僕は王様の手を引っ張って、王様を皆の方へ避難させる。そこではフェイがレッドドラゴンを出していて、更に、ラージュ姫が金色ドラゴンを出していた。ドラゴン達の後ろにそっと王様を隠すと、王様はそこで、へなへなと力を失ったように座り込んでしまった。びっくりしたんだろうなあ。

王様が避難すると早速、王様の影はこっちに向かって飛んでくる。

……こちらには2体のドラゴンが居るのだけれど、防衛が上手くいかない。

レッドドラゴンが尻尾をびたん、と振り回すと、王様の影はそれをひらりと避けて、ラージュ姫の金色ドラゴンが噛み付くのもひらりと避ける。……ドラゴンは体が大きいのに、この部屋は狭いから、上手く動けないんだ。

そして、王様の影は王様の元へと迫る。大鎌を振って、王様の首を狙って……。

「させるか!」

けれど、その王様の影に、フェイが横からぶつかりに行って、大鎌の軌道を大幅にずらした。

ぎろり、と、王様の影がフェイを睨む。次の標的はフェイになったらしくて、大鎌が勢いよく容赦なく、フェイに迫る。

……けれど、それまでだ。

「よし、行け!」

フェイは自分を囮にしてギリギリまで引き付けた王様の影に向かって、召喚獣達……火の精達を、一斉に、向かわせた。

影には炎が良く効くらしい。王様の影は火の精達に纏わりつかれて、ぎゃあ、と、悲鳴を上げた。

「次は外さん!」

そしてそこに、ラオクレスが迫る。

……ラオクレスの剣が雷を纏って、ばちり、と輝く。

その剣は、勢いよく、王様の影へと振り下ろされて……。

ラオクレスの剣は、王様の影を床に縫い留めることに成功した!

「まだ死なんのか」

僕がフェイの腕の手当をしている間、ラオクレスは王様の影をじっと見下ろして、ちょっと嫌そうな顔をしていた。

「物理的な攻撃には至極強いらしいが、かといって、魔力を乗せた攻撃でも、縫い留めるまでで終わるとはな……」

「まあ、得てきた情報が正しいなら、こいつは魔王の使い、ってことになるのでしょうし、それくらいの力は持っていて然るべきでしょうね」

そこへ横からやってきたクロアさんがそう言って、ため息を吐いた。

「……ということは、トウゴ君の出番かしら?」

そしてさらに、そんなことを言う。

「まあ、そういうことなんだろうな」

ラオクレスとクロアさんはそう頷き合って、僕を振り返って……言った。

「光の筆を使え」

「あの影、塗りつぶしちゃいなさいな」

早速、僕は光の筆を出す。ええと……鳥から。

……この鳥、羽毛の中に色々収納しているらしくて、光の筆も収納の中に入ってるんだよ。というか、鳥が、光るものを自分の羽毛の中に収納しておきたがる、というか……。

鳥はすっかり光の筆がお気に入りらしくて、僕が使い終わるとすぐ回収して、自分の羽毛の中にすぽん、と収めてしまうんだ。まあ、助かるけどさ……。

……というわけで、僕は鳥の羽毛に手を突っ込んで、光の筆を出す。鳥は『持ってっちゃうの?』とでも言いたげな、不服そうな顔をしたけど気にしない。光の筆は君のお気に入りらしいけれど、別に君の物ってわけじゃないんだからな。

「何色がいいかな」

「白じゃない?」

「なるほど」

ライラと相談しながら、絵の具の色を選ぶ。ライラの回答はシンプルだった。つまり、一番明るい色。

僕は早速、光の筆に白い絵の具をたっぷりと含ませて……。

ぺた。

……王様の影に、着彩してみた。

「……ものすごく良く効くのね、これ」

「うん……」

……流石は光の筆、というか、勇者の剣、というか。

光の筆が王様の影にぺたり、と色を付けた途端、王様の影はもだえ苦しんで、やがて、しゅるん、と消えてしまった。ものすごく効いたなあ。絶対、ラオクレスの剣とか、火の精の攻撃とかの方が攻撃っぽかったのに……。

「陛下。今のは……」

さて。

戦い終わって最初にやることは、王様への事情聴取。あれ、一体何だったんだろう。

「……あれは、魔の手の……」

けれど、王様は話しづらそうにして、口を閉ざしてしまった。

……まあ、自分が手を組んでいた、あんまりよくない相手です、っていうのは、言いたくないだろうなあ、と思う。特に、たくさん自分の子供達が聞いている場所では。

「まあ、大体のところは分かりますよ。魔の手の者ですね」

そこでフェイは、そう言って王様の言葉を遮るようにして……そして、言った。

「ということで……俺達との対談に、応じて頂きたい。それを条件に、俺達は今回のことは口外しませんし、今後、精霊の力であなたをお守りしますよ!」

……王様は、仕方ないな、とかなんとか言いながら頷いた。

その顔は、ほっとしているようにも見えた。

……多分、これでよかったんだ。王様は、『しかたない』っていう言い訳を使うことができて、気持ちを追い詰めすぎなくて良くなったみたいだから。

……ということで、ちょっと場所を変えようか、と、移動している途中。

「ところで、その筆は……?」

「ああ、これはソレイラの森の奥で精霊に守られていた精霊の為の道具ですよ。魔を払い、不可能を可能にするための道具です」

……王様に光の筆もとい勇者の剣について聞かれてちょっとドキリとしたのだけれど、フェイは涼しい顔でさらさら嘘を吐いた。

うん。あの、フェイ、こういうところ、お父さんに似てると思うよ。

……それから、対談が実現した。

こちらからはフェイとフェイのお父さんとお兄さんがやってきて、それから、僕と、僕の護衛のラオクレスと、僕専属のアシスタント、っていう扱いでライラ。あと、『レッドガルド家の秘書』っていうことにしたクロアさん。完璧な布陣。

一方、王様の方は王様とラージュ姫と、ラージュ姫の一番上のお兄さんだ。

……ラージュ姫のお兄さんは、しっかりしていそうな人だった。ラージュ姫と気が合うんだろうな。2人は結構、仲が良さそうに話している。他の兄弟姉妹との仲はまちまちなんだろうけれど、ひとまず、ここ2人は仲良しらしい。

「まずは、今回のことについて、謝辞を。……父を、我らを救って頂き、誠に感謝する」

ラージュ姫のお兄さんがそう言って、僕らに頭を下げた。

「第一王子のオーレウスだ。妹がいつも、世話になっている」

そして、微笑んで王子様……オーレウス王子は、そう言った。ラージュ姫も嬉しそうににこにこしている。いいなあ、仲良し兄妹。僕もこういう妹か兄さん、欲しかった気がする。……いや、やっぱりなしで。

「是非一度、貴公らとは話がしてみたかったのだ。このような場が生まれたことを……」

「オーレウス」

オーレウス王子が表情を綻ばせて話していたのを、王様が遮る。不機嫌そうな表情は、僕が描いた表情によく似ていて、ちょっと可笑しい。

王様は咳ばらいをすると……フェイのお父さんを睨んで、早速、始めた。

「そちらの望みは何だ。何が目的だ」

ちょっと刺々しい、それでいて怯えたような言葉を向けられて、でも、フェイのお父さんは、優しくも凛として、答えた。

「何かを壊すよりも何かが生まれる選択肢。それが我々の望みです」

フェイのお父さんは、ゆったりと構えて、話し始めた。

「正直に申し上げましょう。我々貴族連合は、いつでもあなた方を滅ぼすことができる」

……ゆったりした言葉とは裏腹に、とんでもない内容だ。

「ある程度偵察もなさっておられるようだ。ご存じでしょう。こちらの兵力は王家の有する兵団のものを既に凌ぐ。そして何より……我々が一斉に物資の流通を止めた時、王都は枯れる」

王様は眉間に青筋を立てて怒りを露わにし始めた。同時に、青ざめて、目が泳いでもいる。まあ、つまり……痛いところを突かれてる、んだろうなあ。

「王都直轄領の一部が魔力枯れを起こしたあの災害から、そう日も経っていない。王家直轄領の穀倉地帯であった土地が魔力枯れで不作続きともなれば、さぞ、王家の兵糧は枯渇しているのでしょうな?」

「貴様……!」

いよいよ王様が怒ってか恐れてか、立ち上がった時。

「そして我々は、王家を滅ぼすことは特に望んでいません」

フェイのお父さんはそう言って、王様の勢いを殺いだ。

「不足する食料はこちらで融通できる。特に我が領のソレイラは精霊様の恵みを得て、今年も豊作です。余剰分は王都へ流しても問題ないでしょう」

ちら、と僕を見て、フェイのお父さんがにっこり笑う。ええと……ちょっと照れる。ソレイラが豊作なのは、必ずしも僕の力によるものじゃないと思うんだけれど……でも、その、悪い気分じゃないんだ。こういうの。

町の人に『いつも恵みをありがとうございます』って祈りを貰って、お供え物を貰うことが多いけれど、そうすると僕は元気になって……ついでに、その、ちょっといい気分、というか、嬉しい、というか。もっと助けたくなるし、もっと愛したくなる。うん。なんか、実りの感謝をされるのって、そういう気分。

「なら食料を供出せよ。むしろ、今まで何を、出し惜しみを……」

「出し惜しみ?安く買い叩こうとするどころか、『徴税』という名目で丸ごと盗もうとした盗人共には出し惜しみするくらいで十分だろう」

……と思っていたら、突然、卓の空気が張り詰めた。

フェイのお父さんが冷静に怒っている。……ちょっと怖いな、これ。うん、いや、ちょっとじゃなくて、結構怖い。

「我々は、あなたとは良き関係で居たい。流通させるものは流通させ、交流し合い、良きものを生み出していきたい。どちらかがどちらかを食い物にするのではなく、あくまでも、互いに、良き隣人として」

怒りを引っ込めたフェイのお父さんは、そう、畳みかけた。

「……だが、あなたの統治下ではそれが望めないと踏んだ。だから独立を望む。それが、我々貴族連合の意思です」

……王様は、じっと、黙って青ざめた顔をフェイのお父さんに向けていた。

「そんなことは、許さん、と、言ったら」

やがて、王様は、ぽつり、と言った。

「戦争か?」

……王様は今、怒っていない。

ただ、怖がっている。

怒りの鎧を全部剥ぎ取られて、フェイのお父さんや、時々僕を見ながら、縮こまっているばかりだ。

「いや、全くそのようなつもりは」

けれど、フェイのお父さんは、あっけらかん、と答える。

「申し上げましたが……我々の望みは、貴族連合の独立。しかしそれと同時に、何かを壊すことなく、何かを生み出す道を選び取ることですので」

ぽり、と、頬を掻きながら、フェイのお父さんはそう言った。こういう仕草、フェイっぽいなあ。

「ですので……我々の独立には、何が必要かを、お話しください」

ついでにこの、人を安心させるような底抜けの笑顔も、フェイにそっくりだ!

「まず、開墾ですかな?王家直轄領の魔力枯れを補える土地があれば、王都直轄領と独立しない貴族の領地だけでも十分にやっていけるでしょうな」

「……は?」

「産業については問題無いでしょうが、早期に流通の取り決めをしておいた方が良いでしょう。勿論、互いに一方的な不利益の無いように」

王様は、ぽかんとしていた。

「他に何か、必要なものはありますか?ああ、勿論、今すぐでなくとも構いませんがね」

「あ、ああ……」

王様は只々困惑していて、その横で、ラージュ姫とオーレウス王子も困惑している。

「……良いのか。そのような、温情を……」

「私達はいわば敗者です。何故、わざわざそのようなことを?我々を助けても、あなた達の利にはならないというのに」

それぞれから、ちょっと悲しい疑問が向けられる。それにフェイのお父さんは頷いて……。

「それは勿論、我々に利があるからですとも」

そう、言った。

「我々が独立した後、きっと、ゆっくりと、しかし確実に、我々の国とそちらの国とで文化は異なるものになっていくでしょう。ならばきっと、我々には生み出せないものが、ここで生まれるのです」

フェイのお父さんの言葉は、ラージュ姫やオーレウス王子、そして王様にはなじみが無いものだったんだろう。でも僕、分かるよ。

文化はその1つ1つが宝物だ。それぞれに美しいものを持ってる。

日本画の鮮やかさも水墨画の幽遠さも、素晴らしいものだ。そして、ローマの彫刻やフレスコ画も、素晴らしいものだ。台湾の美術館にあるっていう翡翠でできた白菜も好きだし、イタリアの畑から出てきたミロのヴィーナスだって素敵だ。オフィーリアも最後の晩餐も夜警も見返り美人図も、The cathedralも自由の女神も、それぞれに良さがある訳で……。

それらって、文化が消えてしまったら生まれていなかったかもしれないものだ。だから、色々なものを失わせないようにしておくことって、大事だ。

「出来る限り多くのものがあった方がいい。奪って潰して消し去ってしまうことは可能だが、それは同時に、未来を豊かにしてくれるものの種子を消し去ってしまうことかもしれないのです」

「……成程。広い視野と御心をお持ちのようだ」

「痛み入ります」

オーレウス王子とフェイのお父さんはにこにこ笑いあった。話の分かる人達でよかった!

「そうしてお互いに、良いものを取り入れ合っていけばいい。互いの独自性は失わないようにしながらね」

「ええ。それはこちらも望むところだ」

一方、彼らの話を横で聞いている王様は、ちょっと複雑そうな顔だ。

まあ……王様にはこの辺りの感覚はよく分からないみたいだからしょうがないし、王様としては、貴族連合を独立させないで自分の治めるものの一部として頑張ってもらった方が利益が得られる訳だから、複雑なんだろうな。

でもこの辺りがお互いに折れどころだと思うんだよ。

「それから必要なものは……」

そして最後に、フェイのお父さんは、言った。

「……魔の手の者との、戦い、ですか」

王様が唇を固く引き結ぶ。緊張の面持ちだ。

「我々が殺し合うなど、空しい。どうせ戦うなら、手を取り合って、共に魔の手の者と戦いましょう」

ラージュ姫もオーレウス王子も、頷き合う。後は、王様の決断だけだ。

「さあ、お話しください。陛下。あなたに魔の力を齎した者は何者か。それは一体、何が目的なのか」

それからたっぷり数秒、王様は黙っていた。

けれど、僕らはじっと待つ。王様が話してくれるのを、じっと、待つ。

……そして、王様は、緊張の面持ちで、罪を自白する罪人のように、言った。

「……魔王が」

「魔王が、復活しようとしているのだ」

……その魔王は、黒くてふにふにした不定形の、まおーんと鳴くやつとは別のやつですか?