作品タイトル不明
24話:純白の理由
『理由をつけようと思えば、多分、幾らでもつけられる。この世界の美しい景色が失われるのは嫌だから、とか、レネが友達だから、とか、助けてもらった恩返し、とか、幾らでも理由をつけようと思ったらつけられると思います。』
僕は鉛筆を走らせて、竜王様とレネにその文字を見せる。見せながら、スケッチブックの反対側の面には次の言葉を書いていく。
『けれど、そういった理由1つ1つが、諸々のリスクやデメリットを引き受けてまでこの世界を助けたい理由になるのか、って言われると、よく分からない。そこに理由を求められるなら、僕は、理由なんてありません、と言うしかないんです。』
どうでしょう、という気持ちを込めて、竜王様とレネに、スケッチブックを見せる。
竜王様は考えながら視線を彷徨わせていたのだけれど、隣からレネにつつかれて、それから、何か、レネが言う。
レネと竜王様は少し話して、それから、竜王様は困った顔をしつつ、鉛筆を手に取りかけて……。
『ただ、全員幸せになれたらいいなあ、と、思っています。』
すかさず、僕はまた、スケッチブックを見せた。
こういう時は黙らない奴が強いって先生が言ってた。だから黙らない。ひたすら書いて、ひたすら伝える。
『そこに理由はないんです。自分の身近な人や、或いは全然知らない人だって、できれば、幸せであってほしい、と思うことに、理由はないんです。』
レネが僕のスケッチブックを見て、嬉しそうに何度も頷く。うん。レネもきっと、こういうタイプだって思ってた。
『我々を生き残らせることでそちらに害があるとしても?』
レネを見ていたら、竜王様が文字を書いて僕に見せていた。……竜王様のスケッチブックは、二重線で消した文字が多い。
この人は、迷ってるんだ。言葉を。……つまり、心が迷ってる。
『害があるんですか?あなたは僕らに、害意がある?』
試しに聞いてみたら、竜王様はものすごく、困った顔をした。レネが隣で何かを言っているけれど、それで余計に困っているらしい。いいぞいいぞ。
『もし、あなたがこれを生み出せると知らなかったら、この場に居る全員を殺して光の魔力を回収することも厭わなかった』
竜王様はそう書いて僕らに見せる。……竜王様は僕が描いて出したちび太陽のランタンを軽く指先でとんとん叩いて示した。
レネは隣から竜王様のスケッチブックを覗き込んで……むっとした。そしてすごい速さでスケッチブックに文字を書いて、どん、と机の上に立てる。
『殺させなんてしません!ぜったい!』
……うん。一生懸命、そう主張してくれるレネが頼もしいし、嬉しい。竜王様は困ってるけど。
「な、トウゴ。もうちょい時間稼ぎ頼む」
そこでフェイに話しかけられて、ちょっとびっくりした。筆談をずっとしていると、耳と口が動かなくなるっていうか……うん、びっくりした。
けれど、頼まれたんだから、僕はやれることをやるまでだ。フェイが何かをスケッチブックに書き始めたのを見ながら、僕は言い訳をスケッチブックに並べて、竜王様に見せる。
『でも、僕らはそう思ってます。あなた達に幸せであってほしいと、思っています。僕はあなた達に殺されそうになったけれど、それでも、ここに来ました。僕を殺そうとする意思だけがこの世界じゃないって、知っています。』
僕がそうスケッチブックを見せると、僕の言葉が何であれこれを伝えるつもりだったらしい竜王様は、鉛筆の手を止めることなく文字を書き続けて……僕らに見せた。
『明確な利害の一致でもあれば、納得も行く。だが、そちらの話を聞く限り、まるで合理的ではない理由でこちらに介入しようとしているように聞こえる。ならばあなた達は、無欲なのではなく、何か裏に欲するものがあり、それを隠しているのではないかと考える方が妥当だ。』
竜王様は『流されずにこちらの意図をやっと伝えられたぞ』みたいな顔をしている。
それと同時に……なんだか、見覚えのある顔をしている、というか。
……うん。
『不安ですか?』
僕は思わず、そう書いて、見せてしまった。
竜王様が、ぎょっとする。それから何かを言って、僕らに言葉が通じないっていうことを思い出して、恐らくさっき喋った言葉を書いて、見せてくれた。
『無礼であるぞ。』
うん。まあ、失礼なのだけれど……。でも、どうにも、竜王様の表情が、僕の親に重なってしまった、というか……似た表情をしていた。
不安な人の顔だ。先の見えない今が不安で、好転しない状況が不安で、僕のことがとにかく不安で……そういう顔だ。
『理由が見えないのは、不安ですよね。それは分かっているつもりです。』
僕は、何と言ったものかな、と少し迷う。けれど……これも、僕の中にずっとあった言葉だから。すぐ、拾い集められる。
『でも、嘘は吐きたくなかった。僕らはきっと、あなたを納得させて、完全に安心してもらえるような理由は持ち合わせていないんです。そういうものだって、信じてもらうしかないんです。あなたには分からない理由で、何なら理由なんてなくて、それでも僕らは動いているんです。動けるんです。』
僕の説明は届いているだろうか。竜王様は僕を訝しむような、とにかく不安そうな顔をしている。
……その顔を見ていて、ふと、気になった。
『……逆に、どんな理由だったら、あなたは安心できましたか?』
竜王様が、はっとしたような顔をした。そしてそのまま、凍り付いたように動かない。
『きっとどんな理由があっても、納得できなかったんじゃ、ないですか?』
……きっと、竜王様も、そういう人だ。
理由があっても、その理由の理由を探してしまうんじゃないかな。どこまで行っても不安は不安で、多分、この人はそれを割り切る方法を知らない。
別に、悪いことじゃない。慎重なのは1つの美徳だと思っているし……ただ、ちょっと、弊害が出てるよな、と思いはするけれど。
……そうして僕がしばらく待っていると、竜王様は、悩みながら、迷いながら……文字を書いた。
『理解できないもの、形の無いものを信じるというのは、難しいことだと感じている。』
それを横から見たレネが、ちょっと首を傾げた。レネは理解ができないものや見知らぬものを割とすぐに受け入れられる人、なんだろう。だからこそ、僕と仲良くなってくれたのだし。
……ただ、当然、僕やレネみたいな人ばかりじゃない。
竜王様みたいに、自分がよく知らないものや、よく分からないものを『そういうものか』と受け入れるのが苦手な人だって、たくさんいる。自分が理解できないものは受け入れられない、っていう人は、いくらでも、居るよ。
……きっと、僕の親も、そういう人だった。
レネは、ちら、と僕を見て、それから、目が合ってちょっと嬉しそうな顔をする。僕もちょっと嬉しくなってしまう。
僕ら、よく分からないことだらけだ。僕だって、レネのことはよく分かってない。レネだってきっと、僕のことはよく分かってない。けれど、目が合うとなんとなく笑顔になってしまう。そういうもんなんだ。僕ら。……いや、にこにこしてる場合じゃないけれど。フェイの時間稼ぎ、しなきゃいけないんだけれど。
……けれど、そんな僕らを見ていた竜王様は、ため息交じりに文字を書いて……よいしょ、というように、ゆっくりと、スケッチブックを僕らに見せた。
『だが、理由をつけられないようなものを、容易くそのまま受け入れてしまえる者が居るということは、分かった。』
竜王様にため息を吐かれてしまった僕とレネは顔を見合わせて……どちらからともなく、にこにこしてしまう。そうです。僕ら、『理解できないもの』を『そういうものなんだなあ』ぐらいの感覚で受け入れられてしまうタイプです!
……さて。
そんな僕らを見ながら、フェイはスケッチブックに書いた文字を、竜王様に見せた。
『結局のところ、こちらから出せる情報はこれだけになります。これ以上は何もないので、疑われても何もありませんし、何もないことを証明することも難しい。』
フェイは全員が文字を読んだのを確認して、スケッチブックを捲る。予め書いてあった綺麗な文字が、まっすぐ、竜王様に向けられた。
『ただ、この国を助けたい。心を通わせることができる相手には、手を差し伸べたい。……これらが理由にならないというのなら、俺達には他には何も、理由はない。』
フェイの目はずっと、竜王様に向けられている。まっすぐに、祈るように向けられた目はそのままに、フェイの手が動いて、スケッチブックを捲った。
『後はそちらでご判断ください。訳の分からない俺達をまるごと受け入れてくれっていうのが難しいってことは分かってます。けれど、俺達が貸せる力は、小さくない。どうか、信じてほしい。』
そして、最後のページには……こう、書いてあった。
『俺は初めて見たこの世界と、初めて会ったあなた達を、もう、好きになりかけてるんです。』
……しばらく、竜王様は何も言わずに座っていた。けれど、小さくため息を吐いて、目を閉じて……それからレネに何かを話す。レネは途端に表情を明るくして、何かを答えた。すると竜王様は頷いて……スケッチブックに文字を書いて、それを彼自身がもう一度よく確認してから……僕らに、見せた。
『そちらの提案を受諾する。』
「よかった!これからも是非、よろしくお願いします!」
フェイは立ち上がってそう元気に言ってから……うっかり文字じゃなくて言葉でしゃべっていたことに気づいて、慌ててスケッチブックに文字を書き始める。
……けれど、フェイが文字を書き終える前に、竜王様も席を立つ。そして……。
「にーせてぃ、みゅ、ふりゃめ、えるーら」
そんなことを言いながら、フェイに近づいて、手を差し伸べた。
「はい!よろしくお願いします、竜王様!」
フェイはスケッチブックなんて放り出して、すぐ、竜王様の手を握った。
……案外、理由が無くても、言葉が無くても、僕らってなんとかなるんだ。
そうして、僕らの間に和平が結ばれた。
ここまで来たら、後は簡単だ!後は、魔王に色を塗ってみるだけだから……ま、まあ、それもきっと相当に大変なんだろうけれどさ……。
でも、これは大きな一歩だ。言葉も通じなかった僕らが、確かに、意思の疎通を経て、思いを同じにできたのだから。
そうだ。魔王なんて、きっと楽勝だよ。竜王様を説得できたんだ。魔王ぐらい、どうにだってできる気がする。
「……なあ、トウゴ」
竜王様との握手を終えたフェイは、レネと竜王様が何か話しているのを横目に、そっと、僕に話しかけてきた。
「さっきの、何て言ってた?」
「ええと、うにゃうにゃ、ふりゃめ、えるーら……?」
「……夜の国で言うところの『よろしく』みたいなもんか?」
うーん……なんだろうね。この翻訳機、文字は翻訳してくれるし、それだけでも十分すぎるくらいにありがたいのだけれど……話し言葉が分からない、っていうのは、ちょっと不便だ。
「ふりゃめ、えるーら、ふりゃめ、えるーら……?駄目だ、全然分かんねえ」
うん。ふりゃめ、えるーら……。あ、そういえば同じような言葉、レネがフェイを見た時、言ってなかったっけ。塔から出てすぐ、フェイを見た時。
ということは、ふりゃめえるーら、っていうのは、フェイのこと?うーん……?
気になったので聞くことにした。
「レネー、ちょっといい?」
「とうご?わにゃーにゃ?」
丁度、竜王様と話し終わったらしいレネに声をかけてみる。お互いに自分達の名前のところ以外はまるで分からないのだけれど、とりあえず呼びかけて、呼びかけに答えてくれた。これでオーケー。
「あの、ふりゃめえるーら、って、どういう意味?」
僕はスケッチブックに書いた『ふりゃめえるーらってどういう意味?』という文章を見せつつ、そう聞いてみた。
……すると。
「ふりゃめ、えるーら?……ふりゃーせら、えるーら……わぽーなてぃーめ、ごーね……」
レネはなんだか言いながら、スケッチブックに文字を書いてくれた。
『赤い竜は、あったかい色の竜です。昔、この世界を出ていってしまったけれど……』
……ん?
僕もフェイも、思わず固まる。
フェイはまだ、レッドドラゴンを出していない。けれど、もしかして、レッドドラゴンがバレてる?
……と、思っていたら。
『こちらの方は、赤い竜では、ない?』
レネは首を傾げつつ、そう、聞いてきた。
「ええと……フェイは、人、だけれど……」
僕はそうスケッチブックに書いてレネに見せる。するとレネは、また首を傾げた。
『でも、気配が竜です。』
「ええー……?」
何だろうなあ、と思っていたら、レネはまたスケッチブックに文字を書き始めて……。
『魔王をこちらの世界からトウゴ達の世界に移動させようとした時、それに反対して、トウゴ達の世界へ行ってしまった竜が居ました。その竜は赤い竜だったと聞いています。だから、この方を見て、てっきり、その竜だと思いました……。』
……その時、僕の頭に、水晶の湖で見たものが思い起こされる。
龍に『ドラゴンの知り合い、居ないの?』と聞いた時の、絵。
水で宙に描かれたあれは……ドラゴンと、フェイ、だった。
僕はあれを、フェイのレッドドラゴンを表現するためのものだったんだと思ったけれど……違った、の、かも。
「……なあ、トウゴぉ」
「……うん」
もしかすると……フェイは……。
「……俺、ドラゴンだったのか?」
「かも、しれない……」
フェイは、ドラゴン、なのかもしれない。