軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話:緋色の竜*6

その日から僕は本気でリハビリに取り組んだ。体を動かせるようになって、指先を、腕を……つまり、筆を思った通りに動かせるようになるまで、必死に体を動かす。多分、人生の中で一二を争うくらい一生懸命体を動かした。

「おいおいおい、あんまり無理すんなよ?お前、10日も寝たきりだったんだぜ?」

「うん」

「あんま無理すんなって。森に早く帰りたい気持ちは分かるけどよ……」

「うん。早く描きたいから」

「……あ、そっちか」

早く描きたい。この人を描きたい。治せるかは分からないけれど、それでも、怪我をしていない、元気な状態のレッドガルドさんを描きたい。描くことでなんとかなることがあるのなら、描きたい。

……僕がそう思いながら、体を動かしていると。

「はぇー……お前、本当に絵、描くの好きなんだなあ」

レッドガルドさんは、そう言って感心したみたいにため息を吐いた。

……そうか。

うん。僕は、本当に、絵を描くのが、好き。

絵が実体化するのも、絵が実体に反映されるのも、居ないはずの生き物を生み出してしまえるのも、全部置いておいても……うん。好きだ。

好きなんだ。僕は、絵を描くのが。そうだった。思い出した。

「……うん」

僕が頷いて答えると、レッドガルドさんは……。

「おお、トウゴが笑った!」

そう言って、なんだか嬉しそうにするのだ。

「お前、いっつもそういう顔してろよ。いつものむすっとした奴じゃなくてさあ」

むすっとしてるだろうか。あんまり自覚はない。けど……うん、まあ、これからも好きなだけ好きなように絵を描いていていいのなら、多分、僕は『そういう顔』ばっかりになってしまうだろう。きっと。

それから体が戻ってきて、僕は絵が描ける体調になった。

そこで一度、レッドガルドさんと一緒に森へ帰ることにした。僕の画材を取りに帰るためだ。

「よし。じゃあお前はそっちな」

……そして僕は早速、困っている。

「あの……これ、何?」

「ん?俺の召喚獣だ」

僕の目の前には、炎でできた狼がいる。

狼は僕よりも大きい。そして、レッドガルドさんはもう1頭の方に乗っている。……狼に乗っている。

「ああ、大丈夫だぜ。こいつら俺が乗っても普通に走れる。トウゴはどう見ても俺より軽いし、心配要らねえよ。大体こいつら、火の精だからな」

熱くないのかな、と思いながら、そっと、炎の狼の背中に触れてみる。

……ふわ、と、毛皮じゃなくて、もっと軽い何かの感触がした。それから、あったかい。

「そいつらにはトウゴのことはちゃーんと言って聞かせてあるからな。大丈夫だ」

「……うん」

僕は思い切って、炎の狼の上に乗らせてもらった。

すると、思っていたよりもずっとしっくり乗ることができたのだ。……どうやら火の精が、僕に合わせて形を変えてくれているらしい。道理でジャストフィットするわけだよ。

「よし!じゃあ、あんまり飛ばすわけにもいかねえけど、のんびりいこうぜ。のんびり」

そして僕が炎の狼に乗るや否や、レッドガルドさんがそう言うと……狼2頭は、すごい速度で走り出した。

2時間ぐらいで森についた。

……多分、『あんまり飛ばすわけにもいかねえ』速度だったんだろうな。でも僕には速すぎたよ。うん、ちょっと、ちょっと疲れた……。

「お。お前ら久しぶりだな!」

そして、森の家に着いたら、そこには……馬が沢山居た。一角獣も天馬も、皆で僕に寄ってくる。

「ほら、約束通りだ!ちゃんとトウゴは連れて帰ってきたぜ!」

レッドガルドさんがそう言うと、天馬が彼を羽でぱたぱた撫でていった。多分あれは、『よくやった』みたいなかんじだ。

「ただいま」

僕も馬達に挨拶すると、馬達はますます僕に寄ってきた。……ぎゅうぎゅう押されてちょっと苦しい。あと、羽や尻尾でくすぐられて、ちょっとくすぐったい。

「おー、大人気だなあ、トウゴ」

「んー……ちょっと退いて。画材、取ってきたいんだ」

とりあえず馬達にはなんとか退いてもらって、僕は家の方に戻る。画材が入った鞄を持って戻ってくると……そこでまた馬に囲まれる。

「あの、ちょっと」

僕が抗議の声を上げても、馬は退いてくれない。全然、退いてくれない。しかも、森の奥の方からどんどん馬がやってきて、僕らの周りを囲んでしまった。

どうしよう。これだと動けない。

「……これ、もしかしてうちに戻れねえやつ?」

「うん……」

……どうやら、僕とレッドガルドさんは、レッドガルドさんのお家に帰してもらえないらしい。

仕方が無いので、ここでレッドガルドさんの絵を描くことにした。

レッドガルドさんには申し訳なかったんだけれど、彼も笑って許してくれた。『ここでまたトウゴを連れて帰ったら、ペガサスとユニコーン達が今度こそ怒るぜ』と、面白そうに言っていた。うん。確かに、怒られる気がする……。

レッドガルドさんにはソファにゆったりと座ってもらって、僕は彼に向かい合うようにしてイーゼルと、水彩画用紙を水張りした木の板とを置く。そして、彼を描かせてもらうことにした。

……人物をこうやって描くのは初めてだ。こういう大きな紙を使うのも初めてで……ちょっと、緊張する。

でも、レッドガルドさんのことは何度もデッサンさせてもらっている。顔のかんじは、見なくてもある程度描けるくらいに頭に入ってる。

たとえ、今の彼が顔の半分を包帯で覆っていても、片腕を包帯でぐるぐる巻きにしていても、そんなのが無い彼を描けるくらいには、ちゃんと覚えてる。

「よし!カッコよく描いてくれよな!」

「うん」

そして何より、彼の緋色の瞳がこちらを向いて、力強く輝いている。

……大丈夫。ちゃんと描ける。

1日目は下描きで終わってしまった。僕の体力が持たなかったからでもあり、レッドガルドさんの体力が持たなかったからだ。

……モデルの人って、大変なんだよ。何時間も動かずに座っているのって、絶対に辛い。

「あー、体が固まっちまいそうだ!」

「ごめんなさい」

「ん?いいぜ!その分カッコよく描いてくれるんならな!」

レッドガルドさんは動く方の腕を伸ばして背伸びしつつ、ソファから立ち上がって僕の方へやってきた。

「どれどれ、ちょっと見せてみな……お」

彼は下描きを覗いて……そこで、目を瞬かせた。

当然だけれど、画用紙の上にあるのは、怪我なんてどこにもないレッドガルドさんの姿だ。

それを見て、彼は大体、僕がやろうとしていることを察したらしい。

「まさかお前……俺を治そうと?」

「……うん」

少し緊張しながら僕が頷くと……レッドガルドさんは、目を瞬かせた。

「そうか、そりゃあ……すげえな!」

彼はたっぷり数秒、画用紙を見つめて……それから、堰を切ったように僕に尋ねてくる。

「なあ、これ、どれくらいで完成する?あ、勿論、お前の無理のない程度でな!」

「え、ええと……3日、くらい……?」

下塗りをして、色を重ねて足していって、それから細部を描き込んでいくと、多分、3日くらいだ。本当はもっと早く仕上げたいんだけれど、僕の腕だと無理かもしれない。だから、できる限りのスピードで、3日。

……レッドガルドさんを描くなら、淡い水彩じゃなくて、重厚な油彩の方がいい気はした。けれど、僕はとにかく、速く仕上げたかったから、乾きがずっと速い水彩を選んだんだ。勿論、油彩はあんまり慣れていないから、というのもある。

「そうか!俺、あと3日くらいで治るのか!すげえじゃねえか、トウゴ!お前、やるなあ!」

「え、あ、まだ治るって決まったわけじゃ」

「いーや!治るね!治る!あ、じゃあ薬の手配、止めてもらっといた方がいいな。無駄になっちまう。あ、この紙貰っていいか?」

「あ、どうぞ。……じゃなくて、あの、え?」

それからレッドガルドさんはそこらへんにあったメモ用紙を1枚とって、そこに鉛筆で何か書きつけて……それから、突然、炎でできた鳥を出した。

……これも彼の召喚獣、なんだろう。炎でできた鳥はレッドガルドさんの耳飾りから出てくると、レッドガルドさんからメモ用紙を受け取って、そのまま窓の外へ飛び出していった。多分、レッドガルドさんの家に帰るんだな、あの鳥。

「よし!薬の手配は止めた!あと、4日くらいこっちに泊まるって伝えたから大丈夫だぜ!」

「え……?」

それ、よかったんだろうか?薬の手配を止めた、って、それ、大変なことなんじゃないだろうか。

じわじわと、僕は緊張してくる。

……けれど、レッドガルドさんは僕の背中をぽんぽん叩いて笑うのだ。

「自信持てよ。お前はレッドドラゴンを蘇らせちまったんだぜ?なら、俺っくらい、余裕だろ!」

そう言われてしまうと、何とも……。

……うん。頑張ろう。頑張って、絶対に、成功させよう。

その日、僕は馬に囲まれて寝ることになった。外のハンモックで。

……体は怠かったし、本当ならベッドで寝るべきだったような気もするんだけれど、馬達があんまりにも僕を引きずっていこうとしたので……うん、流石に折れた。

ハンモックの下にも横にも馬がみっしり、というよく分からない状況で、僕は寝た。落ち着かなかったけれど、疲れていたせいか、体力が落ちていたせいか、割とすぐに寝付くことができた。

そうして次の日の朝には、僕はなんだか体調が良くなっていた。

……前にもあったけれど、もしかして、やっぱり馬セラピー?

「もしかしてお前、ペガサスやユニコーンから魔力分けてもらってたんじゃねえの?」

「え?」

その日、またレッドガルドさんを描かせてもらいながら、僕は馬セラピーについて、レッドガルドさんからそういう見解を貰った。

貰った、のだけれど……。

「ほら、あいつらも仲がいい相手には魔力を分けてやること、あるらしいじゃねえか。怪我した仲間が居ると、順番に周りを囲むみたいにして一緒に居て、魔力分けてやるって、なんかの本で読んだことあるぜ」

……確かに、馬達が順番に入れ替わりながら僕の周りを囲んでいたことはある。

けれど、覚えはあっても、その先が分からない。

「一緒に寝たがるのって、そういうことなんじゃねえの?お前が魔力不足で弱ってる時には自分達の魔力を分けてやりたい、っつう、そういう健気な奴らなんじゃねえの?」

レッドガルドさんがそう尋ねてくるのに対して、ちょっと申し訳なく思いつつ……僕は聞くことになる。

「……魔力って、何?」

「え!?あ、そっか、お前、そういうことも分かんねえのか!あー、そっかぁ!」

そして僕は早速、異文化の壁を感じている。多分、レッドガルドさんも感じている。うん、申し訳ない。

「ええとな、魔力ってのは……力だな。魔法は魔力によって起きてるし、生き物は魔力によって生きてる。体の中にもあるし、ある程度は体の外にも流れてる。あー……血みたいなもん、って言えば分かるか?」

「うん」

なんとなく、『そういうもんだ』と思って聞くことにする。『うん』って答えたけれど、実はよく分かってない。

「で、な?まあ、人によって、魔力の多い少ないはあるわけだ。例えば、俺は少ねえから、召喚獣もよっぽど気が合う奴しか従えられねえし、あんまり長くも使役してられねえんだ。うん、その点、レッドドラゴンは……俺も不思議なんだよなあ。なんで俺に懐いたんだ?あいつ。明らかに魔力不足なのになあ……」

「……もしかしたら、あなたの血を使って描いたからかもしれない。目とか、あなたの血で描いた。だから親だと思ってるのかもしれない」

「そ、そうだったのか。うーん……親だと思われてる、ってことはねえと思うが、確かに、俺の血を使って描いたんだったら、俺の魔力でできててもおかしくはねえか。なら相性がいいのも納得だな」

えっ、さっき『魔力は血みたいなもの』って言ってたけれど、本当に血って魔力、なの?分からなくなってきた。

「……まあいいや。話戻すような戻さないような微妙なところだけどな?魔力って、やっぱり相性もあるもんだ。人によって、魔獣によって、魔法によって……合う合わないは幾らでもある。例えば、俺の魔力は火の魔法とは合うが、それ以外はサッパリ、って具合だな」

そっか。ということは……もし、僕の絵が実体化する奴が魔法、なんだとしたら、それは僕の魔力が絵の魔法に合ってる、ってことなんだろうか。

「ってことはお前、ユニコーンやペガサスと相性いいんだなあ」

「うん……そうかもしれない」

馬と仲良くやれるのは、嬉しい。うん。よく分からないけれど、それはよかった。

「それで、だな……今度こそ話戻すぞ。いいか?トウゴ。『人間は魔力が尽きると死ぬ』。これはちゃんと覚えとけ」

「え」

絵が魔法なのか、とか、色々考えていた僕は、ぎょっとさせられた。つまりそれって……。

「お前が絵を実体化させてる時、多分、お前は魔力を消費してるんだ。それで、絵を描きすぎて気絶してる、ってのは、要は、魔力不足で気絶してんだろ」

……思い出すと、何となく、思い当たる節がある。

天馬の翼を治して気絶した時、体の中から何かが抜け出していくような感覚があった。あれ、魔力が抜けてた、ってことなんだろうか。

けれど。けれど……『人間は魔力が尽きると死ぬ』って、ことは……。

「……つまり、僕が今回、10日起きなかったのって……」

僕が恐る恐る聞くと、レッドガルドさんはゆっくり重々しく頷いて……言った。

「滅茶苦茶、ヤバかった」

僕は、死んでも絵を描くのをやめないつもりでいる。

たとえ死ぬとしても描く。描けなくなるんだったら死んでやる。

けれど……うん。できるだけたくさん、描きたいから……。

……気を付けます。