軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロレンシア辺境伯領 1

峠を抜けると開けた場所があった。

小高いこの場所からは、辺境伯領の中心部がよく見える。

王都のように高い建物は少ない。

空を飛ぶタイプの魔獣の格好の標的になってしまうからだ。

辺境伯領の中心部は、高い石造りの壁で囲まれている。

領主の館は王城のような雅さはないが、要塞のように堅牢な造りだ。

「……帰ってきたのね」

五年前、王都に嫁ぐときには二度とこの地に戻ることはないのだと覚悟していた。

旦那様との結婚は、王国と辺境伯領の絆をより強くするためのもの。

魔力がない私は、お飾りの妻になるのだと信じて疑っていなかった。

「懐かしいか」

「ええ、長く過ごした場所ですから」

そう言いながらも、私の記憶の中で鮮やかなのは、結婚式とたった一晩過ごした旦那様と、そのあとお腹の中にいるときも含めれば五年一緒にいた双子と過ごした日々だ。

これからは、旦那様も含めた家族の思い出で塗り替えられていくことだろう。

不安がないと言えば嘘になる。

旦那様が、私の表情の変化に気がついたのかそっと手を重ねてきた。

「大丈夫だ……一緒にいる」

「心強いです」

「私もいるんだから!」

「僕もいるよ!」

ルティアとハルトも両サイドから抱きついてくる。

この坂をくだりきれば、辺境伯領の中心部までいくらもない。

こんなふうに笑顔で戻る日が来るとは、思ってもいなかった。

* * *

「わあ……すごい壁だね!!」

「私、習った! 魔獣の侵入を防ぐため、壁の一部から攻撃できるの!」

「僕だって習ったよ! あの窓から遠くの魔獣を倒せるんだ!」

辺境伯領の中心部を取り囲む壁は、千年の間増築を繰り返している。

王都の壁が、旅人の関所のような役割を強めてきたのに対し、今も魔獣対策に特化している。

日が暮れると門は閉まり、朝まで開かれることはない。

――今でもこの場所は、魔獣との戦いの最前線なのだ。

「……文化がかなり違うので、驚くと思います」

「来たことがある」

「いつですか」

「祖父上と一緒に……もう十年前になるか」

十年前と言えば、辺境伯領周囲の魔獣の活動が活発になった頃だ。

十三歳だった私は、領主の館から出ることを許されずにいた。

一方、私より年下だったベルティナは、後方ではあったがすでに戦いに従事していた。

十年前と言えば……一度だけ外に出たのは、戦いの合間に行われた剣の乙女を奉るお祭りだ。

あの年は、確か旅人の少年が優勝した。

私は彼に勝利の薔薇を渡す役目を与えられた。かなり緊張した記憶がある。

辺境伯領ではとても大事にされているお祭りだ。滞在中に開催されるはず……。

「あっ! イースト卿!」

「わー! こっちに向かって手を振っているよ!」

門の前には、イースト卿がいた。

私たちより一足早く辺境伯領に戻り、辺境伯騎士団の職務に従事していたのだろう。

先に降りた旦那様のエスコートで馬車を降りる。

「フィアーゼ卿、よくお越しくださいました」

「ああ、滞在中は世話になる」

やっぱり旦那様は、イースト卿にほんのりと敵意を浮かべているようだ。

「ねえねえハル、またしっとだよ」

「好きすぎるんだね。ルティー」

子どもたちの内緒話が聞こえてくる。魔剣は、余計なことを子どもたちに教えないでほしい。

「お久しぶりです。姫様」

「もう、姫様だなんて」

「王都ではさすがに姫様と呼ぶわけにはいきませんが……この地の者は、今もあなた様を姫様と呼んでおりますよ」

「子どももいるのに恥ずかしいわ」

かつて小国であったロレンシア辺境伯領では、辺境伯家に生まれた女子を今でも姫と呼ぶ。

王国の一部ではあっても、文化も風習も違う……。

魔獣が生息するとはいえ、領地も王国の半分ほどあり、自治権も認められた特別な地域でもある。

門をくぐると、住民たちが「姫様!」とすごい勢いで集まってきた。

貴族ではない彼らは皆、顔見知りだ。

私たち家族は、あっという間に領民たちに取り囲まれてしまった。