作品タイトル不明
王城の宝物庫 4
「まったく、サミュエルもフィアーゼ卿も、私の命令を拒みすぎだぞ」
「……」
謁見室に入って、陛下が開口一番口にしたのはそんな台詞だった。
「……やっと、夫人と子どもらを連れてきたか」
旦那様が、わかりやすく眉根を寄せた。
彼が、公の場所でこんな表情をするのは珍しいことだ。
ここまで考えて、すでに陛下の空気にのまれてしまっていたことに気がつく。
礼をすると、クッと低い笑い声が聞こえた。
「そんなにかしこまることはない。私には夫人を罰することなどできないのだから」
「……?」
「――リアム・フィアーゼ、はせ参じました」
「ああ、お前にはまだ働いてもらわねば。そのためにも、夫人と子どもらを守ると誓おう」
「ご厚情は、私にとって望外の喜びにございます」
「礼など不要。すべて、王国の平和のためだ」
旦那様が礼をした。陛下は興味なさげに視線をそらす。
彼はいつも、私が知らぬ間に私たちを守っている。
――それほどの価値が、私にあるとは思えないのに。
「……エミラ・フィアーゼ、王国の太陽にお目通りできたこと、光栄の極みでございます」
「ハルト・フィアーゼ、王国の太陽に拝謁いたします」
「ルティア・フィアーゼ、王国の太陽に忠誠を捧げます」
ルティアとハルトの挨拶は淀みない。
「子どもの成長は早いものだ」
「……レイだよ!」
「そうかそうか――そなたが、レイか」
陛下は一瞬だけ、好々爺のような笑みを浮かべた。
もしかすると陛下の素の表情なのかもしれない。
「さて、アンナから報告を受けている」
「……」
アンナが陛下の後ろから現れた。
彼女は王城の侍女服に身を包んでいる。
王家の陰を引退してからも、彼女は陛下の下で働き続けているのだ。
私たちの情報を陛下の耳に入れたからといって、裏切り――とは、違うのだろう。
旦那様が、今でもアンナを私たちのそばに置いているのも、陛下と意見を交わしてのことかもしれない。
「夫人が聖剣を手にしたときに、話すべきことだったかもしれん」
「――それは」
「だが、確証がなく、夫人と双子が揃っても扉も開かなかった。しかし、此度は開くようだ。……報告を聞くかぎりでもレイ・フィアーゼは【あの力】を宿している」
あの力、とは一体何なのだろう。
旦那様に視線を向けると、厳しい表情を浮かべていた。
「――よんでるの」
「え?」
「ないてる、かわいそうなの!」
レイがちょこちょこと歩き出した。
陛下に向かっている。不敬になってしまうと止めようとしたが、旦那様に手をつかまれた。
「……旦那様」
「……このまま、自由にさせてみよう」
陛下に視線を向けると、口の端をつり上げて笑っていた。
レイは『呼んでいる』と言った。
私は、知っている――ここではないどこかで、この状況を見たことがある。
「ルティア、ハルト?」
「――私には、聞こえない」
「僕にも、何も聞こえない」
そう、それはルティアとハルトが初めて魔剣と対面したときのことだ。
あのとき二人は『呼んでる』と言った。
だから、もしかしたら二人なら聞こえるのではないかと思ったが――。
「旦那様は?」
「ああ、俺にも何も聞こえない」
「……」
「さあ、フィアーゼ夫妻と双子も来るがよい」
レイは王座が置かれた段差を登り、さらに後ろへと向かっていく。
「なかないで!」
「……レイ!」
レイは王座の後ろの覆いを潜って、先に進む。
「ふむ、やはり伝承通りか」
「陛下、説明していただけませんか?」
「フィアーゼ卿、見た方が早い」
「……」
陛下が天井から下がった綱を引くと、覆いが幕のように上がっていく。
『ピピピピピピピピ!!』
「ぴーちゃん!?」
アンナと一緒にいたのか、ぴーちゃんが現れてレイのことを追いかけていく。
いや、もっと別の――何かと再会するために走り寄っているようにも見えた。
「――行こう」
「はい」
「「大きな扉があるよ」」
幕の向こうには、黄金の扉があった。
扉には色とりどりの宝石――おそらく、魔剣や聖剣にはめられているものと同じ、特別な宝石がはめ込まれていた。
何より目を引くのは、扉に刻まれたレリーフだ。
女性と男性……それは、私が見たことがある二人によく似ている。
――フィアレイアとレイブランドだわ……。
その証拠に、二振りの剣は、魔剣と聖剣の姿そのものだ。
フィアレイアは聖剣を、レイブランドは魔剣を手にしている。
そして――二人の間に描かれているのは。
「もう一振りの……剣?」
淡い紫の光が、暗がりを照らす。
「あかないの!」
レイが背より遙かに上にあるドアノブを回そうと手を伸ばしている。
「まあ、待て……アンナ」
「かしこまりました」
アンナが鍵の束を取り出して、そのうちの一本を鍵穴に差し込む。
扉がきしみながら開いていく。
光が強くなり、周囲を染め上げた。
「ふむ、鍵はあれども決して回すことができなかったのだがなぁ……なぜ、よりによって私の代で開くのか……」
陛下の声には、諦めがにじんでいた。
彼は私を見て、口の端を歪め、再び口を開く。
「剣の乙女の姉、死神騎士、そして、双子――幼い頃に父から聞いた伝承の通りだ。しかし、今代の死神騎士の妻は不完全――正しくかの力を受け継いだのはレイ・フィアーゼか」
陛下は一体何をおっしゃっているのか。
だが、それらの単語、一つ一つは聞いたことがあるものばかりだ。
扉の隙間から、まるでレイブランドとフィアレイアの出す光を混ぜたような淡い紫の光が漏れ出している。
ルティアとハルトは、顔を見合わせた。
「「お父さま、早く行こう!」」
「ああ……」
レイはすでに、扉の中に入ってしまった。
私たちも、二人の後について扉をくぐるのだった。