軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

048.ブリスケットと解説のお姉さん

クヌギとタルキは、セイジの作った肉盛りトレーを前にして 戦慄(せんりつ) していた。

シヅルから告げられた一般価格は元より、値段がついたらいくらになるか分からないダンジョン食材という高級品を、元料理人だというセイジが造り上げたこの一皿。

大凡(おおよそ) 、自分たちのような凡人高校生が食べて良いモノだと思えない――という戦慄だ。

一方で、横を見れば同じ高校生のフウリュウが、どこかの会社の社長だというキョウコと一緒に、細切りの肉とフライドポテトをバクバクと食べている。実に美味しそうである。

目の前で解説をしてくれていたシヅルも、多少のためらいはあったものの、食べ始めたらもう気にせず食べ続けていた。

「ビビってないで、食べるしかないか……!」

「うん。せっかく用意してくれたんだから、食べないと!」

恐縮していた二人が、小声でやりとりを交わし意を決したタイミングで、少し状況が変わった。

「さて、向こうの雰囲気も伝わったコトだろう。

そろそろテキサススタイルBBQの本命とも言えるブリスケットを食べようと思う」

セイジがカメラに向かってそう告げている。

「ブリスケット……」

バクバクと食べていたキョウコもフウリュウも、それなりに食べていたシヅルも手を付けていなかったこの薄切りステーキのことだろう。

「ふむ。ワルド殿。ブリスケに関する解説は必要かな?」

「あー……頼んでいいか? 喋るのダルいし」

セイジがそううなずくと、シヅルが心得たとうなずき返す。

:おい配信者!ww

:解説はダルがらないでくれ笑

:解説どころか喋るのダルがってて草

「うむ。では食べる前にブリスケ――ブリスケットという部位について語らせてもらおうか」

「しーちゃん、完全に解説のお姉さんポジになってる……!」

「そのうちネームドバトル配信とかで『知ってるのかッ、シズ姉!』みたいなコトになってそう」

「ありそー! 目に浮かぶー! あるいは『説明しよう!』とか言って飛び出してきたり?」

「そっちもありえそうじゃん!」

「キョウコ、フウリュウ少年。うるさい」

面白おかしくからかう二人に、シヅルはちょっとムっとした顔をするが――

:あ、ワルニキも思ってた顔してる

:今後もゲストに呼んでひたすら解説してもらう 画策(かくさく) してそう

「ワルド殿?」

「なんのコトだ? リスナーたちの勝手な推測だぞ?」

:すっとぼけやがった!

:珍しい顔してて良き!

コメント欄ともども、とても賑やかだ。

クヌギとタルキからすると、ダンジョン内とは思えないほど緊張感がない。

ダンジョン内でもこれだけ気を抜いていいのか――と、二人は思っていた。

そんな時、唐突にフウリュウが動きを止めて、あらぬ方向へと視線を向ける。

「……どったのフウくん?」

キョウコに問われて、少し何かを探る素振りを見せてから答えた。

「んー……モンスターを見つけた。あしらってくる」

「あんまりポップしない場所じゃなかった?」

「たぶん、別エリアからの迷子じゃないかな」

二人にはまったく分からないことを言い出して、フウリュウが席を立つ。

「一人で平気か?」

セイジだけでなく、キョウコやシヅルも心配そうな顔をするが、それをフウリュウは笑い飛ばす。

「心配しすぎだよ、ワルニキも姉ちゃんたちも。いくらおれでもここの中層程度じゃあ遅れは取らないって。でも本気でやばいネームドとかだったら叫ぶからよろしく」

そう言って『ちょっとトイレ行ってくる』くらいの気安さで、フウリュウはどこかへと向かっていった。

:こういう時のフウくんはちゃんと探索者よな

:楽しい光景過ぎて忘れちゃうけどここダンジョンだったね

:料理やお喋りを楽しみながらもちゃんと気をつけてて偉い

「意外と気配探知能力高いな、フウリュウ」

「みたいだねー……言われて気づいたよ」

「ああ。少しばかり肉とお喋りに気を取られすぎていたか」

:フウリュウが一歩早く気づいただけでニキたちも気づけたんだろうな

:こういうところすげーって思うわ

「ふむ。ではフウリュウ少年が帰ってくるまで、少し解説はおいておくか。先に食べるか?」

「そうだな。先に食べておいて、フウリュウが食べている横で解説するのは面白いかもしれない」

「フウくんのリアクションに期待してるやつだ……!」

:待たないの!?

:ちょっとそれはフウくん可哀想では?w

「自分たちが食べた上で、初めて食べる相手のリアクションを見るというのもオツなものだろう?」

:ニキの言い分も分かる!

:確かにそれはある……!

フウリュウがモンスターの対処に立ったというのに、こちらは雑談が再開され、何事もなかったかのようにコメント欄と 戯(たわむ) れている。

「……なぁタルキ、オレたちだいぶ探索者ナメてたんだな」

「うん。今、すごいそれを実感してる」

低層で調子に乗ってイキってる自分たちなど、大人の探索者や大人と混ざって探索をしている同世代連中からすれば、眼中になかったのだ。

それくらい、実力差――あるいは、探索者としての在り方の差を見せつけられている。

反省をした上で、この光景を正しい 視座(しざ) で見てしまえば、自分たちや自分たち同様の、万能感によるイキった探索をしている子供が愚かに思えた。

なるほど、これは夏休みキッズなどと言われて、バカにされるワケである。

ちゃんとしている探索者というのは、一見してふざけていたり、イキっていたりしても、根幹のところでは探索者としてちゃんとしているのだというのを、この場でしっかりと見せつけられているのだから。

「ほら、キミたちもステーキを持て」

「え、あ。うん」

「はい」

シヅルに促されるまま、ブリスケットステーキをフォークで刺して手元に持ってくる。

セイジもこちらへとやってくるし、カメラもこちらの食卓全員を映す。

映っても構わないと思っていたクヌギもタルキも、カメラが向くたびに緊張する。

「それじゃあ、みんな一緒に……いただきまーす!」

キョウコの合図で、大人たちがステーキを口に運ぶ。

少し遅れて、二人も慌ててそれを口にいれた。

次の瞬間――五人全員がとてつもなく驚いた顔をして動きを止めた。

「え? うわ、なに……この……なに……ホロホロだー!? リブもすごかったけど、これもっとすごいかも!」

「キョウコが驚くのも分かる。予想以上の柔らかさ、噛めば噛むほど口の中で繊維がほどけて溶けていくようだ……」

「旨いな。これは悪くないどころじゃあない」

「リブと同じはずなのに全然違うね! スモーキーさもバークの風味も同じはずなのに、なんだろう? 部位そのものの旨味みたいな? あー、なんかもうサイコー! こんなの食べたら他のお肉食べれなくなっちゃうって!」

:キター!

:ワルニキが旨いというレベル・・・!!

:基本的に悪くないが最高評価だもんな

:キョウコちゃんのテンションも高い

:ニキとしーちゃんは黙々と味わうように咀嚼し続けてる・・・

「旨ぇ……」

クヌギは肉を噛みながら思う。

美味しい。いや、美味しいどころではない。

間違いなく牛の味がするのに、今まで食べたことのないような肉の味がする。

「今まで食べてきた牛はなんだったんだろうってなっちゃう……」

タルキは噛むたびに溢れる肉汁の旨味を感じながら思う。

一見すると脂身のすくなそうなステーキのどこに、これほどまでに溢れる肉汁が詰まっていたのだろう。

「純粋にお肉が美味しいのは分かるんだけど」

「ああ。これはワルド殿の腕があってこその味だ」

:五人とも 恍惚(こうこつ) としてるんだけど

:そんなかそんななのか

:ネームド牛モンのブリスケット 考えただけでやばい

「なんか、ぐだぐだ悩んでるの肉に申し訳なくなってくる……!」

「わかる! タルキ、ここはもう余計なコト考えずに喰おう!」

「うん!」

:くぬたるコンビの様子が変わったぞw

:悩みが馬鹿馬鹿しくなる旨さってコトだな!

「あー! みんなで先食べてるし!」

:戻ってきたw

:スルっと輪に戻るし

:戦闘帰りとは思えないノリ

「おかえりー! 何がいた?」

「スモールゴブリン。興味深そうに物陰からこっち見てた。気持ち的には餌を分けたかったけど、人間に馴れさせるワケにはいかないから、ふつうに対処した」

「そうだな。ヒグマのソーセージのような事件のトリガーのようなコトはしない方がいい」

「ヒグマのソーセージ?」

セイジの言葉に、フウリュウたち高校生トリオだけでなく、コメント欄でも首を傾げるものが多い。

:ヒグマのソーセージ?

:あったなそんな事件

「人間が熊にソーセージを分け与えたコトで起きた事件だ。詳細は自分たちで調べるといい」

「ありがとう解説のお姉さん!」

「誰が解説のお姉さんか!」

フウリュウがお礼を告げると同時に、シヅルが電光石火のツッコミをキメる。

しかし、コメント欄は完全にフウリュウに乗っかる流れになっていた。

:ありがとう解説のお姉さん!

:草

:笑

:ありがとう解説のお姉さん!

:w

:完全に解説のお姉さんなんだよなぁ

:wwwww

:ちょうど在庫が切れてたんだ 解説のお姉さん助かる

「さておき、フウリュウ。シヅルがブリスケに関して解説してる間に、お前も食べるといい」

「おう!」

セイジに促され、フウリュウは席に着くと、フォークでステーキを刺して口に運ぶ。

「……!!」

:目を見開きながら輝かせてる

:やっぱすげぇ旨いんだろうなぁ

「さて、改めてブリスケことブリスケットについて話そうか」

:よろしく解説のお姉さん!

:おねがい解説のお姉さん!

コメント欄に流れる無数の『解説のお姉さん』攻勢に、シヅルは一瞬顔をヒクつかせるが、平静を装って解説を始める。

人差し指をピッと立ててから。

「ブリスケ……ブリスケット。牛の胸肉――前足内側の肩バラだ。

筋肉質で筋張っていて硬い。赤味と脂のバランスは良く、コラーゲンが多いこの部位は味は濃厚だが、その硬さ故に日本式の焼肉などではあまり使われない」

「あれ? じゃあ日本だと捨てられちゃってるの?」

タルキの問いに、当然の疑問だなとシヅルはうなずく。

:この姿を見て解説のお姉さんを否定できないと思う

:説明しよう!とかいって指し棒とか構えそう

「いや、食にうるさい日本で食べれる部位を無駄にするようなコトはしていない。主にコンビーフなどの加工肉にされるコトが多いそうだぞ」

:さすがに捨てないか

:コンビーフかー 最近食ってないなー

:コンビーフってなに?

:知らない世代もいるのかーそっかー

:待ってコンビーフ知らない子がいるという事実が受け入れられない

「あ、そうだしーちゃんの解説中に悪いけど、フウくん。食レポぷりーづ! みんなしたから!」

「え? マジ!?」

:みんなしたから?

:みんなしたっけ?草

:しーっ!

:キョウコちゃんがてきとー言ってらww

:フウくんの食レポみてみたい

:ところでダウニキは?

:しーちゃんが解説はじめたのを見てから黙々と食べ始めてる

:おい動画主!

「えっと、なんかベーコンみたいな香りがするけど、ベーコンとは全然ちがくて」

:お?真面目にがんばりだした

:スモーキーさをベーコンと表現するのが高校生っぽさあるw

「すごい柔らかいのに汁気たっぷりで、ジューシーって言うんだっけ?

牛肉の味なのは間違いないんだけどなんか全然知らないすげー美味しい牛肉って感じ。

いや、さっき食べた骨付き肉に近いんだけど、こっちはあれよりもっと肉感ある? いや違うような気がするけど、うーん……」

:悩み出しちゃった

:よくがんばりました

「とにかくめちゃくちゃ旨い!

アニキの料理の仕方が上手いのは当然として、肉そのものがめちゃくちゃ旨い!」

:わかりやすさ大事!ww

:いやでもこのわかりやすさすごいよマジ旨そうだもん

:悩んだ最終結論これか笑

:語彙力よ笑

:結論かわいくて草

:でもめっちゃ旨いんだってのは伝わってくる

:でもマジで旨いステーキとか食ってみ?これが最適解説になるぜ?

フウリュウの動きが止まったタイミングで、シヅルが解説を再開した。

「ちなみに、このブリスケットステーキが柔らかいのは低温でじっくりと火入れをしたからだ。

燻製のようにスモークを使い90度~100度ほどの温度に長時間かけることで、筋やコラーゲンがゼラチン化する。だから筋肉質で硬かった部位とは思えないほどに柔らかくジューシーに仕上がるとされている」

:さっきコメ欄解説で見たやつだ!

:コメ欄の料理人ニキありがとー!

:解説のお姉さんありがとー!

「もっとも、ブリスケットの塊肉そのものは日本では手に入りづらいので、自力調理する為の機材や場所以上に、入手難易度の問題がある」

:それなー

:店でやるならともかく個人でやるのは日本だと色々と難しい料理だ

:解説語ってる時のしーちゃんドヤ顔かわいい

:わかる 解説のお姉さんの解説してる時かわいい

:人差し指をピッと立ててるのいいですよね 指フェチ的にポイント高いです

「…………」

ふと、コメント欄を見たことで「かわいい」が乱舞しているのに気づいたシヅルは、何やら照れたような恥ずかしがっているような赤面をしたあと、無言でポテトをつまみ食べ始める。その姿にも当然、可愛いというコメントがつくので、彼女からしてみると悪循環なのかもしれない。

「ん? 解説終わったのか?」

その様子に気づいたセイジは、食べていた骨付きリブの骨を口から引き抜きながら、そう訊ねた。

それに対して、キョウコとフウリュウ、そしてコメント欄が一斉にツッコミを入れる

「おいこら配信主ッ!!」

「アニキのチャンネルだよね!?」

:こら動画主!

:お前のチャンネルだろ!

:おいこらダウナーニキ!w

:ちゃんとやれww

:今のとぼけた顔よかった

:ゲストみたいな顔してて草草の草

:骨になってニキの口から引き抜かれたい

:これが許されるチャンネルすごいよなw

:こんなフリーダムなチャンネルなんだこれ笑

なんであれ、この後はコメント欄とじゃれ合いながら、和気藹々とみんなでガーロの肉盛りトレーを堪能するのだった。

トレーの上の料理が半分くらい減ったところで、セイジは訊ねる。

「ところで、キョウコとシヅルはまだイケるか? 高校生トリオはどうだ? お腹の空き容量の話なんだが」

「え?」

:まってニキ

:まだ何かあるの……?

「なにせ あの巨体(ガーロ) だぞ? これだけで終わるワケがないだろう?」

かなり真面目な顔をして、セイジはそう告げるのだった。