軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 番外編2 苺飴

左腕にジェノベーゼを抱えたアナが、右手に不思議なものを持って廊下をとことこ歩いているのを見かけたシリウスは、怪訝に思って近寄った。

手にしていたのはどうやら棒に刺さった苺のようだが、不思議と表面がガラスのように艶々している。アナはそれをにこにこしながら舐めて、シリウスに気づくといつものように足にしがみつこうとしたのだが、両手が塞がっていることに気づくと戸惑った様子でこちらを見上げてきた。

別にしがみつかないといけない決まりはない。

「それはなんだ? 苺なのか?」

アナは伝説の剣を手にした勇者のような誇らしげな顔で、ずいっと、こちらに煌めく苺を見せつけた。

「いちごしゃんのー、あめしゃーん」

「苺の、飴……? また不思議なものを食べているな」

お菓子なのだろうか。はじめて見る。

「ママのー」

「ママのなんだ?」

「ママがねー、いまねー、つくっててねー」

ねー? とジェノベーゼと顔を見合わせる。

「サフィニアが作っているのか? なんでもいいが、棒を持って歩いていたら危険だ。喉を突いたらどうする」

この娘はなぜおとなしく座って食事ができないのか。

呆れながらシリウスはアナを抱き上げた。アナは抱っこを嫌がることなく、飴をジェノベーゼにも食べさせる仕草をしている。果たして馬は飴を食べるのだろうか。疑問は尽きない。

(しかし最初よりずいぶん重くなったな……)

まだまだ小さいが、着実に成長している。

それなのにアナとジェノベーゼのサイズの比率が変わらないのは、なぜなのだろう。

アナが大きくなるにつれてジェノベーゼが小さく見えるようになるはずなのに、むしろちょっと大きくなっている気さえする。

やはり水に濡れたせいだろうか。中綿が傷んでなければいいが。

そんなことを考えながらアナを連れて厨房へと向かう。近づくにつれ、廊下にまであまい匂いが漂ってきた。飴だけでなく、チョコレートも作っているようだ。

覗いた厨房の片隅で、サフィニアは棒に刺した苺をチョコレートに浸していた。

「サフィニア」

「シリウス様……あっ、アナ!? いつの間に!?」

作業台の後ろに置かれた小さな木の椅子を一度振り返ったサフィニアは、シリウスに抱っこされるアナに目を丸くしている。

「さっきまでここに座っていたのに……」

アナは本当に、目を離した一瞬の隙にどこかへと行ってしまう。神隠しにあっているのではと思うくらいに。人智が及ばない力が働いている気もしなくはない。

「棒を持って歩いていたから、連れてきた。危ないから目を離さないように」

「すみません……」

「アナも。ちゃんと座って食べなさい」

父親らしく叱ってみたが、全然聞いていない。代わりにジェノベーゼが聞いているが、ジェノベーゼは別に座って食べなくてもいい気がする。

仕方ない。食べている間だけは、見張りを兼ねてこのまま抱っこしておいたほうがよさそうだ。

「それで、きみはなにを作っている?」

「教会で暮らしていた頃、苺の季節になると神父様がよく作ってくれていたお菓子です。信者の方々や孤児院の子供達にも配っていたので、わたしもみなさんにお配りしようかと思って。途中でアナが味見したいと騒いだので、ちゃんと座って食べる約束をしたのでひとつあげたのですが……」

まったく言うことを聞かずに約束を破って戦利品だけ手にしたわけか。

サフィニアはアナを叱る顔をしている。気づいていない娘はのんきに飴を舐めている。シリウスはやれやれとため息をついた。

「アナ。座って食べることのできない悪い子は、二度と苺飴を食べさせません」

苺飴を取り上げられてきょとんとしたアナは、ようやく事態の深刻さを理解したのか、みるみる目に涙をためて、盛大に泣いた。

「ママがー! あなの、とったぁぁぁ……! うわぁぁぁーん!!」

「ママの言うことを聞かないからだろう……」

こちらに飛び火すると嫌なので、アナの言い分には耳を貸さなかった。サフィニアの言うことが正しい。

シリウスが助けてくれないとわかると、今度は素直に謝った。

「うわぁぁぁん……! ごめんなしゃいー! ごめんなしゃいー……!!」

しかしシリウスが叱ったときは全然聞いてもいなかったのに、サフィニアに叱られたら泣いて謝罪する。なぜだ。

確かにサフィニアは叱るときだけは迫力があるが、どう見てもシリウスの方が怖いはずなのに。

しっかり叱ってもらったアナは、ぐすんぐすん泣きながら反省した。これで苺飴を食べるときはおとなしく座って食べるだろう。

「あな、わるいこ……?」

シリウスはアナの濡れた頰を指で拭いながら答えた。

「ちゃんと座って食べると約束できるのなら、悪い子じゃない」

「あな、わるいこじゃないの……いいこなの……」

「約束できるな?」

「うんー……」

おずおずとサフィニアを見上げる娘に、彼女は仕方なさそうな顔をしながらも、きちんと釘を刺した。

「絶対ね?」

泣き過ぎてしょんぼりしながらうなずいたアナの手に、食べかけの苺飴が戻ってきた。泣き顔にようやく小さな笑みが浮かび、シリウスは胸を撫で下ろした。腕の中でずっと泣かれるのは精神的にきつい。

「……おいしいか?」

「あまーい」

それはおいしいとイコールなのだろうか。あまければなんでもおいしいわけではないと思うが。

「シリウス様も食べますか?」

「じゃあ……チョコの方をひとつ」

お菓子などのあまいものをあまり好んで食べないシリウスなので、飴よりはチョコの方が食べやすいだろう。

冷やし固めたひとつをサフィニアが差し出してくるが、このアナで塞がった両手が見えないのだろうか。

「……シリウス様?」

察しの悪いサフィニアに、シリウスは黙って口を開けた。

さすがに気づいたサフィニアが、慌てて口にチョコでコーティングされた苺を入れてきた。想像通りの味だが、これはこれで悪くはない。だが周囲の生温かい視線がちょっとうるさい。

「どうですか? チョコの方はまだ味見していないのですが……」

「あま過ぎず、ちょうどいい」

「よかったです。シリウス様の分も用意しますね」

庶民ならまだしも、妻の手作りのお菓子を食べられる夫などなかなかいないだろう。王太子の執務室で自慢しよう。

「あなもー」

「アナはまだ飴を食べている途中だろう。味が混ざるぞ」

シリウスの指摘が理解できないらしいアナは、不思議そうな顔をしている。味覚がまともに育つか不安になった。

「飴を食べた後では、チョコは苦く感じるものだ。今食べてもアナにはおいしくない。少し時間を置いてから食べなさい」

「にがいの、やー」

「こっちはおやつの時間にね」

片付けられていくチョコ苺を切なげに見ていたアナが、シリウスに訊いてきた。

「おやつ、まだ……?」

「この時計の短い針が、三になったらおやつの時間だ」

唐突にアナに時間の勉強をさせる機会が訪れたので、シリウスは嬉々として時計の読み方を教え込んだ。

「せっかくだ。数字を覚えておくともっと理解できるだろう」

「あな、みっつ!」

アナは自慢げに指を三本立てる。ころりと腕からジェノベーゼが落ちた。決して苺飴の棒は離さないところを見ると、やはり食い意地が張っている。

サフィニアがジェノベーゼを拾い、汚れを払ってから作業台に置いた。ちょっと落ち込んでいるのか、その背が物悲しい。

「そうだな。いい子だ。だが、ジェノベーゼはいじめるな」

「じぇのべーぜ、いない……?」

アナはジェノベーゼが突然消えたように思っているらしい。ジェノベーゼが憐れ過ぎた。

作業台でしょぼくれているジェノベーゼを見つけると、アナが手を伸ばす。掴みやすいようにシリウスが屈んでやった。

「めっ、よ?」

アナはジェノベーゼが逃げないように言いつけると、しっかりと腕で抱き込んだ。

「じぇのべーぜはねー、ひとつ……?」

ジェノベーゼの年齢はわからないが、うちに来てからなら、ひとつ、だろうか。もしジェノベーゼの数え方なら、一匹、だろうか。さすがにそこは、ひとつ、ではないと思いたい。

「ジェノベーゼの年齢は、ひとつ」

「じぇのべーぜ、ひとーつ」

「そうだ。ひとつの次は?」

「ふたーつ」

「いい子だ。ふたつの次は?」

「みっつ!」

「いいぞ。みっつの次は?」

「なっつ!」

なぜだ。

「ナッツではない。……しかしよく出てきたな、ナッツなんて」

誰かが食べさせたのだろうか。それとも厨房にいる間に覚えたのか。やはりアナの吸収率は評価に値する。

「みっつの次は、よっつだ」

「よーっつ」

「よし。では、よっつの次は?」

「きゃっつ!」

「キャッツではない。どこから来た、その猫の集団は」

そう言うとアナはなぜかむくれた。

「ちがう」

「? なにが違う?」

「にゃんこなのー!」

犬はわんちゃんで、猫はにゃんこ。なぜだ。犬さん、猫さん、でもいいはずなのに。

なぜ統一しないのかとサフィニアに矛先を向けた。

「なぜ猫はにゃんこなんだ」

「なぜ……と言われましても……」

「犬にはぎりぎり存在した敬称がない。猫だけ、みくびられている」

「そう、でしょうか……?」

「平等にすべきだ」

「羊が毛玉に格下げされたことよりは、ましなのでは……?」

確かに。サフィニアにやり込められたシリウスはおとなしく引き下がった。話が脱線したが、今はアナに数字を教えている最中だったと仕切り直す。

「よっつの次は、いつつ、だ」

「いつーつ」

「よくやった。今日はここまでにするか」

あまり詰め込んでも覚えられなければ意味がない。

「あな、ちょこ、いつつー」

早速覚えた数の最大数を利用しておやつをねだる。

「アナは三歳だから、みっつね。いつつは、五歳になったらよ」

「やー! いつつー」

「お腹が痛くなるから、いけません」

誕生日にケーキの食べ過ぎでお腹を壊したことも、苦い煎じ薬のことも、もう忘れてしまったらしい。

「アナ。その二個は、ジェノベーゼにあげたらどうだ? ジェノベーゼも食べたいかもしれないだろう?」

アナはジェノベーゼを見て、ちょっと悩んでから、今度は聞きわけよくうなずいた。ジェノベーゼの食事に関しては謎の使命感を負っているアナだ。今も毎日きちんとにんじんのぬいぐるみを食べさせているらしい。

「まだ苺飴も食べかけだろう。ひとまずそれを食べてしまったらどうだ」

アナはだいぶ飴の部分が薄くなった苺の頭を、小さな歯でちょっとかじると、幸せそうにもぐもぐした。

そんなアナを見て、サフィニアも微笑む。

アナの腕の中のジェノベーゼも笑っている。

こんな風に他愛ない日常を、きっと幸せと言うのだろう。