軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 ダンサーイザドラ4

「アリアさんとはその後も仲がよろしいの?」

「ううん。あたしが店に入って2年くらいで、亭主の仕事の都合とかでどっかにいっちゃったよ」

最後に会ったとき、彼女の目の周りには殴られたようなあざがあったという。

「引き止めたかったけどダメだった。元気だといいんだけど……」

「元気でいると信じましょう。とにかくアリアさんです。皆さんアリアさんだと思いましょう。そして挨拶を、たとえ無視されてでも毎日続けるのです。あきらめずに『あなたと仲良くなりたい』と伝え続けるのです。またアル君が泣いて泣いて、カッとしそうになったら叫びましょう。『どうしていいかわかんないよ、誰か助けて』と。そこいらの家々に響くような大きな声で」

きっとどこかのドアが開き、きっと誰かが助けに来てくれる。

本当は助けたいと思って、手を伸ばしたいのに伸ばせずに歯がゆい思いをしている育児の諸先輩方がきっといる。

そう信じるしかない。

これ以上もうソフィにできることは何もない。

イザドラに伝えることしかできない。

「助けてもらったら菓子でも果物でも、心を込めた言葉でもいい、必ず返すのです。足や腰のお悪い人ならば荷物を運んで差し上げたり、高いところのものを取って差し上げたり、代わりに買い物に行って差し上げるのです。もらったものをもらいっぱなしにして甘えるのは絶対にいけないことですわ」

「はい」

背筋を伸ばして素直に答えたイザドラに、ソフィは微笑む。

「子育ては一人だけ、密室の中だけでは絶対に無理なの。面倒でも、大変でも、頑張って人と関わって。部屋の中に昔のあなたがいると思って、部屋の外にはアリアさんがいると思って、どうか勇気を出して扉を開けてちょうだい」

ぎゅっとイザドラの手を握って必死に言うソフィに、こくんとイザドラが頷いた。

「ウンわかった。……ソフィっておばあちゃんみたいだね」

照れたように笑い、それからふっと遠い目をして呟いた。

「……お母さんもそうしてくれてたらよかったな」

「お母様にはきっと、あなたにとってのアリアさんがいなかったのだわ」

そうだね、とイザドラが微笑んだ。

お代わりのケーキを持ったクレアが扉を叩いた。

「色々、ありがと」

「いいえ」

イザドラの腕には、ぐっすりと眠ったアル君が寝息を立てている。

小さくて可愛い

やわらかな生き物

「……可愛いわ」

「ウン」

しばし考え込んでいたイザドラが

「抱く?」

そっとソフィに尋ねた。

「えっ」

戸惑うソフィに、イザドラがすまなそうに眉を下げた。

「最初はごめん。すごくひどい態度だった」

「当たり前のことだわ」

「……うつらないんだよね?」

まだ少し心配そうだが、母親なら当然のことだろう。

「私を抱っこし続けた父母も、マーサもクレアも、皆ツルツルだわ」

多少しわはあるけど、と口に出さずに呟く。

「じゃあ、もし、よければ」

『もらいっぱなしにしてはいけない』と言ったソフィの言葉を受けて

きっとイザドラは、今の自分がソフィに何を返せるかを考えたのだ。

「ありがとう」

微笑みながら柔らかいおくるみごとその体を受け取って、ソフィは肌につけないように注意しながらそっと抱いた。

腕の中の暖かな息遣いに蘇るまり子のときの思い出が、甘やかに体の内側を撫でる。

その姿を、じっと考え込むように見ていたイザドラが、何かを決意したように口を開く。

「ソフィ、あのね」

「はい」

「あたし、せっかくここをあんたに治してもらったけど、いずれ……」

腹に当てていた手を、そっと胸……イザドラの神様の上に当てる。

「服を脱がない踊りで人を喜ばせたいんだ。あたしの神様みたいに」

「ええ」

ソフィはにっこりと笑う

「できるわ。必ず」

確信を持ってソフィは答えた。

振り返り振り返りして去っていくイザドラの背中が見えなくなるまで、ソフィは母とともに見送った。

「……孫が欲しくなりましたわ」

「言われると思いましたわ」

夕飯は何かしら、とソフィが弾むような足取りで屋敷に戻っていく。

子猫のような泣き声と甘やかな香りが、屋敷に残っているようだった。