軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

命令するなよ!

アーロンを襲った男たちは、ミッティア魔法王国から密輸入された魔法具で身を固め、悪事を働く悪党らしく 確(しっか) りと顔を隠していた。

けれど魔剣に封じられた火の妖精たちが解放されたので、覆面を燃やされて顔を隠すどころではなくなった。

地下道の床に転がって、どいつもこいつも苦しそうに身を捩っている。

おそらくは焔に目を焙られたせいで、何も見えていない。

「眼がぁー。顔がイテェー」

「ゲホォ、ゲホォ!」

「くっ、苦しぃー」

周囲には、髪の毛を燃やした異臭が漂っていた。

頭髪が無事な悪党は、ひとりも居なかった。

呼吸器系に火傷を負ってしまい、満足に動けそうもなかった。

この場に放置すれば死んでしまうだろう。

「喧しいわ。カス共が…!おとなしくしていれば、応急処置くらいしてやろう。少し黙ってな…」

「グホッ!」

クリスタが魔法の杖で、苦しむ男の腹を突いた。

呼吸ができない人間に、情け容赦のない一撃だった。

メルは姿を知られる心配がなくなったので、おずおずと男たちに近づいて見下ろした。

魔法ランプで照らされた地下迷宮は、思いのほか明るい。

そこに揃いの黒装束で待ち伏せするのだから、荒事の専門家には見えなかった。

「けっ…。よわっちー。クズどもめ!」

強がりを口にしてみると、何となく気分が良かった。

メルは腕を組んで、格好よくポーズを決めた。

仁王立ちの幼児に威張られる悪党…。

偉そうな悪態を吐いていたが、こうなると惨めなモノだった。

(頭に火をつけられたら、マスクなんてしていられないよね…!)

メルは我が身に置き換えて想像すると、納得して頷いた。

妖精打撃群は、初陣で見事に勝利を収めたのだ。

「おまぁーら、ザコ!」

偉そうに踏ん反り返る幼児は、なかなかに憎たらしかった。

だが残念なことに、悪党たちは誰一人としてメルを見ることができなかった。

アーロンがしゃがみ込んで、指揮官らしき男の所持品を調べていた。

馬鹿なのか、舐めているのか、男は身分証の如きものまで懐に忍ばせていた。

アーロンは家紋のついた紙片を眺めて、呆れ顔になった。

「メルさんが止めてくださったお蔭で、命を落とした者はいません。これなら簡単に、証拠集めができそうです!」

「そう…?よかったネ」

メルは焼け焦げた男たちに治癒魔法を施すアーロンとクリスタを眺めながら、曖昧に返事をした。

「オマエさまが妖精たちを解放する際には、よくよく気をつける必要があります。まかり間違えば、悪人どもを殺してしまう。精霊の子に、人殺しは相応しくありません」

クリスタがメルをチラ見して、ため息を吐いた。

「あーっ。それなぁー。ちょっと無理ヨ…。ヨーセェーさん、怒っとるデ。むつかしわぁー!」

「そこを頑張らないと…。メルは、妖精女王なんだから…」

相変わらず要求が厳しいクリスタだった。

(そう言われても…。僕自身は、何も出来ない幼児だしなぁー。そもそも、妖精たちに命令するのは違うと思うんだよ。騙されて魔法具に封じられたら、怒るのは当り前じゃないか!それを人の都合で止めさせるとか…)

メルは怒り狂った火の妖精が怖かったので、攻撃中止を命じなかった。

悪人たちが助かったのは、タマタマ偶然である。

火の妖精たちが疲れ切っていたせいで、悪人たちを焼き尽くせなかったのだ。

(ヒャッハーたちが元気だったら、消し炭も残らないよ。灰だよ灰…。こわぁー!)

火の妖精たちは魔剣に封じられて酷使されたせいで、霊力が枯渇しかけていた。

いまはメルの中に収容されて、霊力のチャージ中である。

魔法具に封じられていた妖精たちは、傷ついた心が癒えるまでメルから離れようとしないだろう。

それは暴れた火の妖精に限らず、盾に封じられていた地の妖精たちや、黒装束に封じられていた風や水の妖精たちにも言えることだった。

みな怯えていたし、疲れ切っていた。

ちいさな妖精たちは恨みや呪いごとではち切れそうになっていたし、無理やり働かされて邪妖精になりかけていた。

(何だかさぁー。やさぐれた、不良中学生みたいになってるし…)

妖精たちは強制労働に従事させられると、途端にタフネスさを失う。

自発的に人助けをするときは無尽蔵と思われる霊力を放出するくせに、隷属魔法で強制されるといきなりしょぼくなる。

目に見えて、やる気を失ってしまう。

妖精たちは、無理強いされるのが大嫌いなのだ。

(あーっ、そっか。命令じゃなくて、お願いすれば良いのか…!)

メルは次回の機会があれば、攻撃中止を頼んでみようと思った。

妖精打撃群司令官としての責任は、キチンと果たすべきだった。

治癒魔法で回復した悪党たちの一人が、すっかり油断していたメルの足首をガシッとつかんだ。

「ウヒャァ―!」

「こんのガキがぁ…。はぁはぁ…。こんな真似しやがって、ただで済むと思ってやがるのか?」

男は掠れるような声で、メルに凄んで見せた。

「ム―ッ!」

メルはデイパックからホットチリペッパーの小瓶を取りだして、男の顔に振りかけた。

「目つぶし…」

「ウッ、ギャァーッ!」

地下迷宮に男の悲鳴が響いた。

アーロンが悪党たちの手足を縛りあげて通路に転がすと、クリスタはメルの手を引いて歩きだした。

「とんだ邪魔が入ったね。まったく…。ウィルヘルムには情報管理をちゃんとさせなきゃ、ダメだよ…!」

「宮廷ではモルゲンシュテルン侯爵家の勢力が強すぎるので、今のところ対処できない状態です」

「皇帝を名乗りながら、なんて軟弱な…!」

「それは初代の頃から変わりませんよ。揉め事さえなければ、よい皇帝なんですけれどね…。余計なことは、一切しませんから…」

「戦略、戦術、政略ともに、センスが皆無だからね…。緊張感を維持できないのは、あいつの血筋なのかね?」

「わたしに聞かれましても…」

アーロンはクリスタの問いに、言葉を濁した。

歴代の皇帝たちを教育してきたのは、相談役のアーロンである。

ウィルヘルム皇帝陛下が緩い性格なのは、明らかにアーロンのせいだった。

皇帝陛下と言っても単なる飾りなのだから、穏やかな性格でよいと…。

実際にウスベルク帝国を支えているのは、代々の宰相を筆頭とする優秀な家臣たちだった。

アーロンにはウィルヘルムが皇子だった頃に、ちょっとばかり甘やかして育てた自覚があった。

それを師匠であるクリスタに白状することは、出来なかった。

緊張感を維持できないのは、アーロンの性質だ。

心根の優しいアーロンは、小さな子供に殊のほか甘いのだ。

そのせいでウィルヘルム皇子は、人間的魅力にあふれる緩い皇帝に育ってしまった。

未だにアーロンは、ウィルヘルム皇帝陛下がやらかした事実を知らない。

ウィルヘルム皇帝陛下に派遣された騎士隊は、このときバスティアン・モルゲンシュテルン侯爵の魔導甲冑によって壊滅させられようとしていた。

忙しく立ち回るアーロンやフーベルト宰相に隠れて、こっそりと盤上のコマを動かした結果が、この有様である。

ウィルヘルム皇帝陛下の目も当てられない失策にアーロンが慌てふためくのは、まだ先のことであった。

ウィルヘルム皇帝陛下は、良い人だった。

だが残念ながら、それしか取り柄のない男でもあった。