作品タイトル不明
アーロンの提案
「お誕生会を開きませんか?」
夕食の席で、朗らかな笑みを浮かべたアーロンが提案した。
「オタンジョウカイ……?」
ラヴィニア姫は、アーロンの言葉に首を傾げた。
「生まれた日を皆で祝うパーティーです」
「ああ、誕生日……。だれのかしら?」
「もちろん、姫のです」
「わたし……!?」
帝都ウルリッヒに戻ったはずのアーロンが、家にやって来たことでさえ理解不能なのに、唐突に誕生会と聞かされて面食らうラヴィニア姫だった。
「でも……。お誕生日なんて、忘れちゃった」
「大丈夫。ちゃんと、私が覚えていますから……。姫の誕生日は、精霊祭が終わった後ですよ」
「すごいね。ずっと昔の話なのに」
「毎年のことです。自分の誕生日を忘れても、姫の誕生日は忘れません」
「…………」
このところ落ち込んでいたラヴィニア姫は、アーロンの優しい言葉に少し感動した。
「お友だちを招待しましょう」
「でも、わたし……」
「ユリアーネさんから聞いていますよ。随分と、ぐずったんですってね」
「だって……。タリサやティナは、どんどん成長していくのに……。それでもメルちゃんだけは一緒だと思ってたのに……。わたし、大人なんだよ」
「知ってますよ。私のメモによると、今年で三百十二歳になります」
「そうよ。三百歳なの……。それなのに、毎日毎日スモック。三角形の服ばっかし!」
「三百歳なのに、ドレスが着れないから拗ねちゃったんですね」
「…………!?」
決して馬鹿にされている訳ではないのだが、カチンとくる台詞だった。
「拗ねたって……。そんな子供じみたこと」
「良いんです。姫は子供をやり直しているんだから、拗ねようとぐずろうと、メルさんに嫉妬しようと、全く問題ありません」
「くっ……」
ラヴィニア姫はテーブルに腕を組み、そこに顔を伏せた。
恥ずかしくて、アーロンと視線を合わせたくなかったからだ。
「メルちゃんに、謝らないと」
「いいえ。姫がメルさんに謝る必要なんて、これっポッチもありません。『可哀想だから、相手をして上げる!』くらいの態度で、充分です。あれは甘やかすと、どこまでも付け上がりますからね。ベタベタと馴れ馴れしくて、ウンザリとさせられますよ」
「エェーッ。わたしのお友だちに、それは酷くない?」
アーロンはメルのことになると、毒を吐かずにいられないようだ。
まあウィルヘルム皇帝陛下とメルの 歪(いびつ) な関係を目にしたら、帝都ウルリッヒで愚痴を零すことなどできない。
ウィルヘルム皇帝陛下の忍耐力ときたら、もう底なしだった。
「これでも妖精女王陛下の立場を考慮して、やんわりと話しています。幾ら頼んでも、私との約束を守ってくれないし。嘘を吐いて誤魔化すし。ここぞと言うところで、女王さま風を吹かせるし。お土産を渡したって、ありがとうも言わないんですよ。ホント可愛げのない」
言いたいことも言えない環境に置かれ、積もりに積もった過去のアレコレがあるので、身内の席ではついつい陰口を叩いてしまう。
「照れているんじゃないですか?」
「メルさんが照れる……?ちと考えられませんね」
ラヴィニア姫はアーロンが見せてくれた子供っぽさに、ププッと吹きだした。
醜くて大嫌いな自分を少しだけ許せるような気持ちになった。
「わたし、メルちゃんが大好きだよ」
「知っています。そこが気に入らないんですけどね」
「それって嫉妬?」
「そうですよ。男だって、嫉妬するんです」
横でラヴィニア姫とアーロンのやり取りを見ていたユリアーネ女史が、口元を押さえて笑った。
「まるで娘に悪い虫が付かないかと気を揉む、世間の父親みたいね」
「あのー。兄のつもりでいたんですけど……」
「どっちだろうと、同じです」
ユリアーネ女史は空になった食器を重ねて片手で持ち、アーロンの額をペチッと叩いた。
小間使いのメアリが、デザートの皿をラヴィニア姫の前に置いた。
「メルさんに教わった、ミルクプリンです」
「ワァー。わたしの好きなやつだ」
「メアリくん。私のは……?」
「普通のカスタードです」
「ミルクプリンが欲しい。私は、それを食べたことがないぞ!!」
メジエール村での滞在期間が短かいアーロンは、当然ながら幼児ーズよりメルのスペシャル料理を食べる機会に恵まれなかった。
その間に、アーロンの知らないメニューは増え続け、何を見ても目新しい。
やいのやいのと騒ぐ美食家エルフは、メアリをとても面白がらせた。
だから、ちょっとだけアーロンに意地悪をするメアリだった。
「アーロン。子供みたいですよ」
「……こども!?」
「駄々をこねて、メアリを困らせてはいけません」
ミルクプリンを食べながら、ラヴィニア姫が指摘した。
『何だか普通の家庭みたいで、楽しいな』と、ラヴィニア姫は思った。
◇◇◇◇
マルグリットはメルの助手となって、お誕生会に欠かせないケーキを作っていた。
この仕事の素晴らしい点は、毎回のようにケーキを試食できるところだ。
メルが凝り性なので、ギリギリまでケーキ作りは続くだろう。
「シフォンケーキも、デコレーションケーキも、なぁーんか……。今一つおもんないわ」
「うんうん……。ありきたり?」
「かと言って、ニンニクケーキは冒険やし……」
「ラヴィニア姫しか、食べないかも知れませんね」
「そや……。少なくとも、わらしは食べん!」
「試食は、お断りしますわ」
タルトに飾られたリンゴのコンポートをフォークで 突(つつ) きながら、マルグリットが言った。
「せや。いったん小麦粉から離れるとしよか!」
「小麦粉を使わないケーキですか?それってアイスケーキでは……」
「他にもあるやろ。小麦粉と言うか、スポンジを使わんケーキじゃ!」
「タルト……?」
「ちゃうわ」
幼児ーズに用意するオヤツは、小分けされているものが良い。
五十メルカの代金をきっちり受け取るので、でっかいケーキを切り分けるとどうしてもトラブルになった。
やれ、飾りが同じでないとか、大きさが違うとか、苺が小さいとかでケンカを始める。
そんなもの同じに切れる訳がないので、ショートケーキみたいに分けておく。
色々と試してみた結果、一切の飾りをなくし、シフォンケーキにホイップクリームを添えるのがベストだった。
タルトは敢えて種類を増やし、自分の欲しいものを選ばせる。
このような事情があって、いくら頑張ってもスポンジケーキやタルトだと代り映えしない。
まあ、デコレーションに凝りまくるのはありかも知れないけれど、切り分けてしまえばいつもと同じ。
『それは違うだろ!』と思う、メルだった。
何しろ、三百年ぶりのお誕生会なのだ。
それだけでなく、最近ラヴィニア姫に避けられているメルとしては、ここでヒットを飛ばしておきたい。
しかる後、スペシャルな誕生日プレゼントで、ラヴィニア姫のハートをゲットする計画だ。
「グヌヌヌヌッ……。なにか閃け。ひらめけぇー!」
「まぐまぐ……」
マルグリットは7号サイズのフルーツタルトを黙々と食べながら、メルを見守った。
自分の顔より大きなタルトである。
そうそう食べ終わらない。
幸せだ。
「んんーっ。おっ、ピピッと閃いたわー!」
メルはコーヒーが入ったカップをテーブルに戻し、ニンマリと笑った。
「どうせなら、こいつも使おう」
「コーヒーですか……」
「ラビーさんは、大人に憧れとるやろ。大人の味じゃ!」
そう言うなり、メルは戸棚から大きめの保存ビンを取り出した。
トロリとした茶色の液体が、保存ビンの中で揺れた。
自作のカルーアである。
「コーヒーは大人の味。 蒸留酒(リキュール) も大人の味ですね。コーヒーリキュールなら、バッチリでっしゃろ?」
「ラヴィニア姫の誕生会に、お酒を使ったりして叱られませんか……?」
「んなモン、やっちまえば勝ちや。お誕生会が終わったら、どんだけ叱られても構へんヨー」
「…………」
気づかれる前にやれ。
止められる前にやれ。
それが幼児ーズの、お子さま 精神(スピリット) だった。
「まぁまやおとぉーの説教にびくついとったら、毎日が灰色じゃ。ホンマ、腹の底から笑えんようになるデェー!」
「そうですか……」
マルグリットは、尊敬の眼差しをメルに向けた。
何にせよブレない上官というものは、勇敢で格好よく見える。
アビーに捕まって、泣きっ面で 折檻(せっかん) されるまでは……。
「そうと決まれば、材料を用意せんと……。フンフン、フフフン♪」
メルはババロアケーキを作ろうとしていた。
基本のババロアにカルーアを加えた、ちょっぴり大人っぽいデザートだ。
先ずはババロアだけ作ってみて、マルグリットに試食させる。
マルグリットが酔っぱらうようでは、話にならない。
ラヴィニア姫のお誕生会には、ディートヘルムだって参加するのだ。
「さあ、お食べ……」
「えっ!?もう、お腹が苦しいです」
「お食べ……」
「………………」
マルグリットの上官は鬼だ。
その日、マルグリットはカルーアの適量が判明するまで、ババロアの試食を続けさせられた。
『そろそろしょっぱいものが食べたいな』と思う、マルグリットだった。
そうこうする内に、厨房の作業台が材料で埋まっていく。
薄力粉に無塩バター、卵、砂糖……。
「ビスケットを先に作っておく」
卵黄と卵白を分け、別々のボールに入れる。
適量の砂糖を加えて卵黄を泡立てる。
「妖精さーん。出番ですよ」
卵白も泡立てるのだけれど、自分でやると腕が死ぬ。
そんな時は、妖精さんたちの出番だ。
〈合点、がってん……♪〉
〈まぜまぜ、カシャカシャ!〉
〈ヘイヘイホー。ヘイヘイホー〉
今日もエルフさんの魔法料理店は賑やかだった。