作品タイトル不明
それは多分、ピザじゃない!
その日の朝ごはんは、TKG(卵かけごはん)だった。
美味しそうな料理を用意しているのに、生卵とおしんことわかめの味噌汁である。
「わたくし、ぴざが食べたいですわ」
「朝からピザは食べません」
「ムキィーッ。わたくし、こんな鼻水みたいな汁をかけたゴハンなんて、食べたくありません」
「生卵は、鼻水とちゃうわぁー!」
「だって……。すごくニュルニュルしています。卵を割っただけで、生のまま火も通さないなんて、料理とは言えませんでしょ。野蛮ですわ」
「何を言おうと、ピザは出しません」
「………………ッ」
千三百年の長きを生きてきたマルグリットも、こんなお預けは我慢ならなかった。
「イヤなら、食わんでエエぞぉー!」
「なっ。わたくしのゴハンを取り上げないでくださる」
これを食べなければ、おそらくきっとピザも食べさせてもらえない。
常日頃から小さな子に優しいメルだが、千三百歳の女児を甘やかすことはなかった。
「食べたくないんでしょ?」
「オホホ……。食べたくないけど、食べないとは申しておりませんことよ」
マルグリットは顔を引きつらせ、笑ってごまかした。
三日ほど前にTKGを拒絶した結果、トンカツという料理を食べそこねた。
あの無念な気持ちは、決して忘れられない。
「けっ!」
メルは食べ終えた自分の食器を片付けながら、眼鏡をクイッとさせた。
野蛮な冒険者どもとの戦闘中に、パクパクと牛丼弁当を平らげたメルである。
TKGなんて十秒チャージだ。
オカワリをして、食器についた卵をペロペロと舐め取っても、五分は掛からない。
「マルー。遅いとハエが止まるで……」
「お姉さまったら、横暴ですわ!」
マルグリットは生卵にお醤油を垂らし、カチャカチャと箸でかき混ぜてからゴハンにかけた。
「うへっ!」
金髪縦ロール女児の眉間に、深い深い縦ジワが刻まれた。
何だか、見た目が犬のゴハンみたいだ。
余計な想像をしてはならない。
想像したら、食べられなくなってしまう。
それでも食文化の違いは生理的嫌悪を生じさせるので、食すには勢いが大事だった。
生卵はNGだし、実のところゴハンも 幼虫(ウジ) みたいで好きになれない。
二つを合体させれば、目を背けたくなる汚物の完成だ。
繁々(しげしげ) と見てはならない。
理由をつけて、間を置いてはならない。
「食べるならモタモタせんと、はよ食べれ!」
「あい」
マルグリットの顔から、スコンと表情が抜け落ちた。
精神修養中の聖女も斯くやと言った風情だった。
それ 即(すなわ) ち、無我の境地である。
「行きます」
目を瞑って、ズルズルとTKGを啜った。
「んっ!?」
匂いは良い。
味も悪くない。
むしろ食べてみれば美味しい。
「大丈夫……。食べられます」
金髪縦ロールの女児が子供用の茶碗を手にして、溶き卵で黄色く染まったゴハンを掻き込む。
お味噌汁を行儀よく、音を立てずに飲む。
貴重な絵面だった。
ゴハンを食べ終えたら、お茶碗を香の物で綺麗に拭い、ポリポリと齧る。
その食事作法は、まるで禅寺のお坊さまのようだ。
金髪縦ロールの禅僧である。
「ご馳走さまでした」
幼児椅子の上で、食後の御挨拶だ。
「お粗末さまです」
メルもキチンとお辞儀を返す。
駄々をこねても、メルには通用しなかった。
マルグリットが威張っていられたのは、もう遠い過去の話である。
なす術もなく頭を小突かれまくって、彼我の立場は嫌と言うほど学ばされた。
再度の生き埋めだけは、何があろうと勘弁してもらいたい。
「食後の茶ぁー飲め」
「ありがとうございます」
「んっ」
メルはお姉さんだ。
そしてマルー(マルグリット)は、小さな妹である。
このリアルなままごと遊びは、昼夜を問わず永遠に続く。
メルが飽きるまで……。
早めに朝食を済ませると、メルはピザの仕込みを再開した。
とは言え、この作業は休ませて置いた生地をスケッパーで切り分け、調理台で丸く成型するだけだ。
調理スキルの賜物か器用なもので、麺棒を使い薄く延ばされた円盤が次々と完成していく。
「こんなに作るの……?」
「みんなで食べるデショ。山ほどないと足りません」
「あーっ。そういうことですね。それで、ぴざはお昼なんだ」
マルグリットは納得顔で頷いた。
美味しいものは皆で食べる。
これはタリサがメルに教え込んだ、鉄の掟だ。
今ではメルも、それが当然だと考えるようになった。
アビーやディートヘルム、ジュディットに、幼児ーズの皆。
中央広場に全員が揃うのは、お昼どきだった。
メルはサイドメニューに、具だくさんのクラムチャウダーを選んだ。
水と白ワインを入れた大鍋にたっぷりのアサリを入れ、蓋をしてから火にかける。
アサリの口が開いたら、大鍋から取り出しておく。
フライパンで具材を炒める。
「玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジン、しめじ……。ベーコンにニンニク」
「色々なものが入るんだ」
もの凄いスピードで具材が処理されていく。
メルの包丁さばきは、達人だった。
「サイドメニューは、ピザが焼けるまでの繋ぎデス」
「これを食べながら待つのね」
「そそっ」
とても贅沢だった。
「バターを溶かして、ニンニクとベーコンを炒める」
「ほうほう」
「そこにニンジン、ジャガイモ、玉ねぎを入れまぁーす」
「お姉さま。野菜の大きさが微妙に違うのは、どうしてですかぁー?」
「マルー。良いところに気づいたのぉー。硬くて煮崩れせんものは、ちっさく刻んである」
ざっくりと具材に火を通したら、先程アサリを煮ていた大鍋に移し、コトコトと煮込む。
「ここで牛乳と 茸(シメジ) を投下!」
「いい匂いがする。貝の匂い」
「それはもう、クラムチャウダーですから」
大鍋に蓋をしていないので、アサリの出汁が香る。
そこに作り置きしておいたブイヨンを加え、塩コショウで味を調える。
「スープは用意できた」
「これで完成?貝はどうするの……?使わないなら食べていい?」
「完成ではないヨォー。仕込みが完了デス。アサリの身は食べるときに入れるから、摘まみ食いはアカン!!」
「…………ちぇ!」
「しゃぁーないのぉー。一個だけなら、食べてエエよ」
「やったぁー」
テーブルに並べるさいには、皮から外したアサリの身を大鍋に戻して熱を加え直す。
カップに注いで、刻んだパセリを散らせば完成だ。
「サラダは簡単に、野菜スティックを用意します」
野菜はセロリに大根、キュウリとパプリカだ。
ディップはクリームチーズにすりおろしたニンニクを混ぜ合わせ、乾燥ハーブで爽やかな香りをプラスする。
もう一種類、芥子味噌マヨも用意した。
「プギャ!」
「マルー。一個だけだと言うたよね」
メルは二個目のアサリに手を伸ばしたマルグリットをゲンコツで折檻した。
ちょっと厳しすぎる。
メルの妹分に対する態度は、虐めたり可愛がったり、愛憎半ばと言ったところか。
メルは帝都ウルリッヒの市場で、マルグリットにブタの耳と嘲笑されたことを忘れていなかった。
予定外の花丸ポイントを支払わされた悔しさも、折々の判断に加味されていた。
まあ生きているからには、色々とあるのだ。
妖精女王陛下が聖人君子でないのは、誰の目にも明らかだった。
◇◇◇◇
昼になってベイビーリーフ号(改)が中央広場に到着した。
「メルー、来たよぉー!」
「こんにちはぁー!」
「アビーさん。今日は、いいお天気ですね」
タリサ、ティナ、ラヴィニア姫の三名が、酔いどれ亭に雪崩れ込んできた。
「ウーッ。さぶさぶ」
「もうすぐ春だというのに、風が冷たいです」
「今日のゴハンは何ですかぁー?」
「ぴざだ。新しい料理だぞ」
既に自分のピザを渡されて、トッピングの吟味をしていたダヴィ坊やが答えた。
「へぇーっ。自分で作るの……?」
ピザソースとチーズが載ったピザ生地を見ながら、タリサが訊ねた。
「自分の好きなものを選ぶのだ。だけど、載せ過ぎたら食べづらいらしい」
賢いダヴィ坊やは、バランスよく自分のピザを完成させた。
オニオンとカマンベールチーズにサラミや生ハム、マッシュルームにオリーブなどを均等に並べた、オーソドックスなピザだ。
だけどゴージャスである。
「おーっ。おまぁーら、寒かったデショ。先ずはスープ飲め!」
ハンガーにコートをかけ、手袋を外した女子たちに、メルがクラムチャウダーのカップを配って回った。
熱々のスープからは、白い湯気が漂っていた。
「美味しいスープ」
「お腹から温まりますね」
「この香は、貝が入っているのね」
さっそくクラムチャウダーを飲みながら、女子組は自分のピザを作り始めた。
「できたぁー」
一番手はラヴィニア姫だった。
「なんやこれ?生ニンニクのスライスに、ガーリックチップ。それとカリカリベーコン……?てか、ニンニク多すぎデショ!」
「好きなものを載せろって、メルちゃんが言った」
「………………」
メルはツッコミを入れたものの、黙るしかなかった。
好みは人それぞれだ。
ニンニクだらけでも仕方がない。
「ピザが焼けるまで、サイドメニューをどうぞ」
「揚げたイモ?」
「くし切りにしたジャガイモのフライじゃ!」
「いつもと、代り映えしないわね」
タリサは不満そうに言った。
「それがさぁー。食べてみて……」
「どういうことですか、アビーさん?」
「いやいや。いつものと味が違うのだ。すごく美味しいよ」
人魚さんのジュディットが、フライドポテトを推す。
「ほんとだ。ガーリックの匂いがする」
ニンニクが大好きなラヴィニア姫である。
フライドポテトに 塗(まぶ) されたガーリックパウダーに、いち早く気づいた。
メルはほっくりと揚げたジャガイモに、自家製のシーズニングソルトを振りかけたのだ。
「細く切ってある野菜も美味しい」
ティナは野菜スティックが気に入ったようだ。
「うわぁー。ピリ辛で良いね」
「わたしはチーズのヤツが好きです」
二種類のディップは、クリームチーズも芥子味噌マヨも好評だった。
最初に焼き上がったディートヘルムとアビーのピザは、待ちきれない面々にシェアされることになった。
勿論、次に焼き上がったジュディットとマルグリットのピザも、シェアされる。
「お好み焼きに似てるかと思ったけど、ぜんぜん違うねぇー」
「これも、すっごく美味しいよ」
「んーっ!サイコォー」
テーブルに置かれたピザは、容赦なく食べ尽くされた。
「一枚じゃ足りないヨォー」
あっという間に自分のピザが消えてしまったので、ディートヘルムが訴えた。
「大丈夫……。材料は一杯あるから、新しく作ろう」
ジュディットは泣きっ面のディートヘルムを慰め、まだトッピングされていないピザの生地をテーブルに置いた。
「うん。これは食べてからだと間に合わないよ。あたしたちも、食べながらピザをトッピングしよう」
「「「おう!!」」」
タリサの指示で、全員が新しいピザを作り始めた。
「……っ。椅子に立たないと、わたくしのが作れませんわ」
小さなマルグリットは、テーブルでの作業に参加できなかった。
様々な具材が盛られた皿にも、手が届かない。
「マリーのは、あたしが作ってあげるよ」
ジュディットがマルグリットの頭をポンポンと叩いた。
「ありがとぉー」
マルグリットは食べるのも作るのも、ジュディットに助けてもらった。
ジュディットは優しくて面倒見が良かった。
メルより、ずっと甲斐甲斐しい。
よいお姉さんだ。
「忙しい。忙しい……」
メルは焼く係なので、魔法料理店のオーブンに張り付きだ。
焼けたピザを酔いどれ亭の食堂まで運ぶのは、アビーとダヴィ坊やである。
「くっ。わらしも、ピッツアが食べたい」
「ガンバレ、メル姉。オレも手伝う」
「ラビーの焼けたどぉー」
「おう」
頑固シェフは頑固なので、食べたくてもジッと我慢をしていた。
一人だけオーブンの横で食べるなんて、したくない。
そんなの寂しいから。
なので額の汗を拭いながら、ジャンジャンとピザを焼く。
一方、酔いどれ亭の食堂では、ラヴィニア姫が首をかしげていた。
「わたしの作ったピザが、食べてもらえない。どうして……?」
ラヴィニア姫のピザは、人気がなかった。
悲しくなったラヴィニア姫は、自分のピザを持ってメルのところにやってきた。
「はい、メルちゃん。ピザを持って来たよ。アーンして下さい」
「フォーッ。ラビーさん、ありがとぉー」
メルはラヴィニア姫にピザを食べさせてもらった。
「おいしい?」
「………………!?」
パリパリのクリスピーに、濃厚なピザソースとモッツアレラチーズ。
だけど、ニンニクの匂いと味しかしなかった。
オレガノは何処へ……?
「???????」
ほぼほぼニンニクだ。
これじゃない感が半端ない。
「おいしい?」
「うん。すっごく、おいしいデス」
「よかったぁー。もっと、食べてネ」
「うん……」
惚れた弱みだった。
ラヴィニア姫に、『こんなの要らない!』とは言えない。